解説記事2018年08月13日 【税制改正解説】 平成30年度における租税条約の改正について(下)(2018年8月13日号・№751)
税制改正解説
平成30年度における租税条約の改正について(下)
鈴木一宏
第二 税源浸食及び利益移転を防止するための租税条約関連措置を実施するための多数国間条約の締結
はじめに
2015年10月に取りまとめられたBEPSプロジェクトの最終報告書では、多国籍企業等による国際的な租税回避行為に対応するために15の行動計画に基づく措置が勧告されたが、それらの措置には租税条約に関連するBEPS防止措置も多数含まれている。
租税条約に関連するBEPS防止措置を実施するためには、これらの措置が既存の租税条約に導入されることが必要となるが、多数の租税条約を個別的に改正してBEPS防止措置を導入するためには膨大な時間とリソースを要する。そこで、BEPSプロジェクトの行動15において、租税条約に関連するBEPS防止措置を締結主体の異なる多数の既存の租税条約に一挙に導入するための多数国間条約の策定が勧告された。
この勧告を受け、2015年11月から、OECD及びG20によってその設置が承認されたこの条約の策定のための特別部会において交渉が進められ、2016年11月に「税源浸食及び利益移転を防止するための租税条約関連措置を実施するための多数国間条約」(以下「本条約」という。)の条約文が採択された。
本条約は、2016年12月末から署名のために開放されており、2018年6月1日までに、76か国・地域が本条約に署名している。我が国は、2017年6月7日に署名した。
本条約は、本条約に署名したいずれかの5か国・地域が批准書、受諾書又は承認書(以下「批准書等」という。)を寄託することにより、その5番目の寄託から所定の期間が満了した後に、その5か国・地域について効力を生じることとされているが、2018年3月22日までに5か国・地域(オーストリア、マン島、ジャージー、ポーランド、スロベニア)が批准書等を寄託したことにより、本条約は、2018年7月1日に、まずこれらの5か国・地域について効力を生じることとなった。その後に批准書等を寄託する国・地域については、それぞれの批准書等の寄託から所定の期間が満了した後に効力を生ずる。
本条約は、本条約の適用対象となる各租税条約の全ての当事国(注)について本条約が効力を生じてから所定の期間が満了した後に、その租税条約について適用が開始される。
我が国においては、本条約について批准書等を寄託するためには国会の承認が必要となるところ、本条約は2018年5月18日に第196回国会において承認された。なお、我が国は未だ批准書等の寄託は行っていない。
(注)本条約では、本条約の締約国と区別するため、既存の租税条約の締約国を「当事国」と称している(下記第1部二2(1)③参照)。
総 論
1 本条約のポイント
(1)本条約によって導入されるBEPS防止措置 本条約によって既存の租税条約に導入されるBEPS防止措置は、①租税条約の濫用等を通じた租税回避行為の防止に関する措置、及び、②二重課税の排除等納税者にとっての不確実性排除に関する措置から構成され、具体的には、BEPSプロジェクトの以下の行動計画に関する最終報告書が勧告する租税条約に関連するBEPS防止措置が含まれる。
行動2:ハイブリッド・ミスマッチ取極めの効果の無効化
行動6:租税条約の濫用防止
行動7:恒久的施設認定の人為的回避の防止
行動14:相互協議の効果的実施
(2)本条約の適用対象となる租税条約 本条約の各締約国は、自国の既存の租税条約のいずれを本条約の適用対象とするかを任意に選択することができる。
本条約は、各租税条約の全ての当事国がその租税条約を本条約の適用対象とすることを選択したものについてのみ適用され、各租税条約のいずれかの当事国が本条約の締約国でない又はその租税条約を本条約の適用対象として選択していない場合には、本条約はその租税条約については適用されない。
(3)BEPS防止措置の選択及び適用 本条約の各締約国は、本条約に規定する租税条約に関連するBEPS防止措置の規定のいずれを自国の租税条約について適用するかを所定の要件の下で選択することができる。
本条約に規定する租税条約に関連するBEPS防止措置の規定は、原則として、各租税条約の全ての当事国がその規定を適用することを選択した場合にのみその租税条約について適用され、各租税条約のいずれかの当事国がその規定を適用することを選択しない場合には、その規定はその租税条約については適用されない。
また、本条約の各締約国が適用することを選択した本条約の規定は、原則として、本条約の適用対象となる全ての租税条約について適用され、特定の租税条約についてのみ適用すること又は適用しないことを選択することはできない。
本条約に規定する租税条約に関連するBEPS防止措置の規定が既存の租税条約について適用される場合には、本条約の規定が、既存の租税条約に規定されている同様の規定に代わって、又は、既存の租税条約に同様の規定がない場合にはその租税条約の規定に加えて、適用される。
(4)選択の通告 本条約の各締約国は、自国の租税条約に対する本条約の適用関係を明らかにするため、①自国の租税条約のうち本条約の適用対象とするものの一覧、及び、②本条約に規定する租税条約に関連するBEPS防止措置の規定のうち適用することを選択するものの一覧を、署名の時又は批准・受諾・承認の時に寄託者に通告しなければならない。署名の時に通告しない場合には、これらの暫定の一覧を署名の時に提出することとされている。
また、寄託者は、各締約国からの通告等を公表することとされている。
2 本条約の基本的構造 本条約は、前文及び第1部から第7部までにより構成されている。このうち第1部は定義規定等、第7部は本条約に関する手続規定等を規定しており、第2部から第6部までは本条約により既存の租税条約に導入されるBEPS防止措置に関する規定、具体的には、第2部は行動2のハイブリッド・ミスマッチ取極めの効果の無効化に関する措置、第3部は行動6の租税条約の濫用防止に関する措置、第4部は行動7の恒久的施設認定の人為的回避の防止に関する措置、第5部及び第6部は行動14の相互協議の効果的実施に関する措置を規定している。
第2部から第6部までの各条は、基本的に次の4つの規定から構成されている。
① 実体規定
BEPSプロジェクトで勧告された具体的なBEPS防止措置の内容を規定した条文であり、この実体規定に規定されている内容が、既存の租税条約の規定に代えて、又は加えて適用される。
② 互換規定
本条約の規定が、既存の租税条約のいずれの規定に代わるか又はどのような既存の租税条約に本条約の規定が加わるかについての条件を規定している。多数の租税条約を同時に修正することを目的とする本条約の性格上、実体規定の対象となる既存の租税条約の条項番号を本条約の条文において特定することができないため、互換規定では、実体規定の内容を書き下ろした規定を用いて、それに該当するか否かで各条の対象となる既存の租税条約の規定の有無を判定することとしている。
③ 留保規定
本条約の各締約国は各条に規定されている実体規定を適用しないことが認められることを規定している。各締約国は留保規定に定める制限の下で実体規定を適用しないことを選択することができる。
④ 通告規定
本条約の各締約国は、既存の租税条約のどの規定が本条約の規定と代わることになるのかを各租税条約の具体的な条項番号で特定して、寄託者に通告することを規定している。
以下では、本条約の主な条項について、逐条で解説していくこととする。
(注)第2部から第6部については、上記の②互換規定、③留保規定及び④通告規定の基本的構造は同様であることから、BEPS防止措置の内容を規定した①実体規定についてのみ、解説することとする。
第1部 適用範囲及び用語の解釈
一 本条約の適用範囲(第1条)
本条約は全ての対象租税協定を修正することを規定している。
二 用語の解釈(第2条)
(1)各用語の定義(本条1) 本条約において用いられる用語の定義を次のとおり規定している。
① 「対象租税協定」とは、所得に対する租税に関する二重課税を回避するための協定(他の租税を対象とするか否かを問わない。)であって、次の全ての要件を満たすものをいう。(本条1(a))
(i)次のいずれかに該当する国又は地域であって二以上のものの間において効力を有すること。
(A)締約国
(B)当該協定の当事者である地域であって、締約国が国際関係について責任を負うもの
(注)我が国が締結する租税条約との関係では、香港がこの地域に該当する。
(ii)各締約国が、本条約の対象とすることを希望する協定として寄託者に通告した協定及び当該協定を改正する文書又は当該協定に附属する文書であって、題名、当事者の名称、署名の日及びその通告の時において効力を生じている場合には効力発生の日によって特定されるものであること。
② 「締約国」とは、次のものをいう。(本条1(b))
(i)本条約が効力を有する国
(ii)第27条(署名及び批准、受諾又は承認)1(b)又は(c)の規定に従って本条約に署名した地域であって、本条約が効力を有するもの
③ 「当事国」とは、対象租税協定の当事者(各対象租税協定の締結主体である国又は地域)をいう。(本条1(c))
④ 「署名国」とは、本条約に署名した国又は地域であって、本条約が効力を有していないものをいう。(本条1(d))
(2)本条約において定義されていない用語の解釈(本条2) 締約国による本条約の適用に際しては、本条約において定義されていない用語は、文脈により別に解釈すべき場合を除き、関連する対象租税協定において当該用語がその適用の時点で有する意義を有することとされている。
第2部 ハイブリッド・ミスマッチ
三 課税上存在しない団体(第3条)
(1)課税上存在しないものとして取り扱われる事業体を通じて取得される所得に対する租税条約の適用(本条1) 例えば、一方の当事国ではある事業体を納税義務者として認識(事業体課税)するが、他方の当事国では事業体そのものではなくその構成員を納税義務者として認識(構成員課税)する場合のように、ある事業体に関する課税上の取扱いが両当事国で異なる場合には、両当事国で対象租税協定の特典を受ける者に関する認識が異なるため、実質的な二重課税が生じているにもかかわらず対象租税協定が適用されないこととなる。
本条1は、いずれか一方の当事国の租税に関する法令の下において全面的若しくは部分的に課税上存在しないものとして取り扱われる団体若しくは仕組み(以下「課税上透明体」という。)によって又は課税上透明体を通じて取得される所得は、一方の当事国における課税上当該一方の当事国の居住者の所得として取り扱われる限りにおいて、当該一方の当事国の居住者の所得とみなすことを規定することにより、このような所得に対する対象租税協定の適用関係を明らかにしている。
(注)本規定はOECDモデル租税条約第1条(対象となる者)2に相当する規定である。
(2)二重課税の除去に関する規定の適用の制限(本条2) 対象租税協定の二重課税の除去に関する規定は、原則として、所得を取得する者の居住地国が二重課税を除去する義務を負うことを規定しているが、課税上透明体を通じて取得される所得については、両当事国が居住地国に該当する場合が想定される。
本条2は、課税上透明体規定の導入に伴い生ずるこのような場合における二重課税の除去の取扱いを明らかにするための規定で、具体的には、一方の当事国の居住者が取得する所得であって対象租税協定の規定に従って他方の当事国において租税を課することができるものについて租税を免除すること又は納付される租税の額を控除することを当該一方の当事国に求める当該対象租税協定の規定は、当該所得が当該他方の当事国の居住者によって取得されるものであることのみを理由として当該対象租税協定の規定に従って当該他方の当事国において租税を課することができるものである限りにおいて、適用しないことを規定している。
(注)OECDモデル租税条約第23条のA(国外所得免除による二重課税の除去)1及び2並びに第23条のB(外国税額控除による二重課税の除去)1にこれに相当する規定が含まれている。
(3)セービング・クローズ(本条3) 本条1の規定に関するセービング・クローズ(注)を規定している。具体的には、締約国が対象租税協定全体を対象とするセービング・クローズ(下記十一参照)を適用しない場合に、源泉地国に所在する事業体を通じて取得される所得に関して源泉地国が自国の居住者である当該事業体に対して課税する権利が対象租税協定によって制限されることのないよう、本条3は、いかなる場合にも本条1の規定は一方の当事国が自国の居住者に対して課税する権利を制限するものと解してはならないことを規定している。
(注)セービング・クローズとは、租税条約の規定は自国の居住者に対する居住地国の課税に影響を及ぼさないことを明らかにする規定のことをいう。
四 双方居住者に該当する団体(第4条) 個人以外の者が双方居住者に該当する場合には、両当事国の権限のある当局が、その者の事業の実質的な管理の場所、その者が設立された場所その他関連する全ての要因を考慮して、合意によりその居住地国を決定するよう努め、そのような合意がない場合には、その者は、対象租税協定により認められる租税の軽減又は免除(両当事国の権限のある当局が合意する範囲及び方法で与えられるものを除く。)を受けることができないことを規定している。
(注1)本規定はOECDモデル租税条約第4条(居住者)3に相当する規定である。
(注2)各締約国は、本条の留保規定に基づき、第二文中の括弧書きを削除する権利を留保することができる。
五 二重課税の除去のための方法の適用(第5条) 国外所得免除による二重課税の除去に関する対象租税協定の規定の適用を制限することについて規定している。
第3部 条約の濫用
六 対象租税協定の目的(第6条) 租税条約の目的を明らかにする文言を対象租税協定の前文に追加することを規定している。
七 条約の濫用の防止(第7条)
(1)主要目的テスト規定(本条1) 取引等の主要な目的が対象租税協定の特典を受けることである場合には当該対象租税協定の特典は与えられないとするいわゆる主要目的テスト規定(PPT:Principal Purpose Test)について規定している。
具体的には、対象租税協定のいかなる規定にもかかわらず、全ての関連する事実及び状況を考慮して、当該対象租税協定に基づく特典を受けることが当該特典を直接又は間接に得ることとなる仕組み又は取引の主たる目的の一つであったと判断することが妥当である場合には、そのような場合においても当該特典を与えることが当該対象租税協定の関連する規定の目的に適合することが立証されるときを除き、その所得又は財産については、当該特典は、与えられないこととされている。
(注)本規定はOECDモデル租税条約第29条(特典を受ける権利)9に相当する規定である。
(2)主要目的テスト規定適用後の特典の認定(本条3及び4) 本条3は、締約国は、対象租税協定について本条4の規定を適用することを選択することができることを規定している。
本条4は、仕組み若しくは取引又は仕組み若しくは取引に関与する者の主たる目的又は主たる目的の一つが対象租税協定に基づいて与えられる特典を得ることであった場合に当該特典の全部又は一部を与えないことを規定する当該対象租税協定の規定(本条約によって修正される場合には、その修正の後のもの。以下同じ。)に基づいてある者に対して当該対象租税協定に基づく特典が与えられない場合においても、当該特典を与える当事国の権限のある当局は、その者からの要請に基づいて、かつ、関連する事実及び状況を検討した上で、当該仕組み又は取引がなかったとしたならばその者に対して当該特典が与えられたと判断するときは、その者を特定の所得又は財産について当該特典又は当該特典と異なる特典を受ける権利を有する者として取り扱うこと、及び、一方の当事国(居住地国)の居住者から当該要請を受けた他方の当事国(源泉地国)の権限のある当局は、当該要請を拒否する前に、居住地国の権限のある当局と協議することを規定している。
八 配当を移転する取引(第8条) 配当に対する租税の免除又は限度税率の適用に関する持分保有期間要件について規定している。
九 主として不動産から価値が構成される団体の株式又は持分の譲渡から生ずる収益(第9条)
(1)不動産化体株式の譲渡収益に対する課税に関する規定の適用要件の追加(本条1) 一方の当事国の居住者が株式その他団体に参加する権利の譲渡によって取得する収益に対して、これらの価値の一定の割合を超えるものが他方の当事国内に存在する不動産によって構成される場合又は当該団体の資産の一定の割合を超えるものが他方の当事国内に存在する不動産によって構成される場合(いわゆる不動産化体株式)に、当該他方の当事国において租税を課することができることを規定する対象租税協定の規定(九において「不動産化体株式の譲渡収益課税に関する規定」という。)について、次のことを規定している。
(i)不動産化体株式の譲渡収益課税に関する規定は、当該譲渡に先立つ365日の期間のいずれかの時点においてこれらの割合の基準値を満たす場合に適用する。(本条1(a))
(注)例えば、日蘭租税条約第13条(譲渡収益)2では、法人等の資産の価値の50%以上が一方の締約国内に存在する不動産によって構成される場合に当該法人の株式等の譲渡収益に対して不動産所在地国における課税を認めているが、この「50%以上」が上記の基準値に該当する。
(ii)不動産化体株式の譲渡収益課税に関する規定は、当該対象租税協定の規定の適用対象となっている株式又は権利に加えて、当該対象租税協定の規定の適用対象となっていない株式又は同等の持分(組合又は信託財産の持分を含む。)についても適用する。(本条1(b))
(注)OECDモデル租税条約第13条(譲渡収益)4にこれに相当する規定が含まれている。
(2)不動産化体株式の譲渡収益課税に関する規定の選択(本条3及び4) 本条3は、締約国は、不動産化体株式の譲渡収益に対する課税を規定する本条4の規定を対象租税協定について適用することを選択することができることを規定している。
本条4は、対象租税協定の適用上、一方の当事国の居住者が株式又は同等の持分(組合又は信託財産の持分を含む。)の譲渡によって取得する収益に対しては、当該株式又は同等の持分の価値の50%超が、当該譲渡に先立つ365日の期間のいずれかの時点において、他方の当事国内に存在する不動産によって直接又は間接に構成される場合には、当該他方の当事国において租税を課することができることを規定している。
(注1)本規定はOECDモデル租税条約第13条(譲渡収益)4に相当する規定である。
(注2)本条1は既存の対象租税協定の規定について適用されるものである一方、本条4は既存の対象租税協定の規定に加わって又は代えて、それ自体が適用されるものである。
十 第三国内に存在する恒久的施設に関する濫用を防止する規則(第10条) 当事国以外の国又は地域、いわゆる第三国の内に存在する恒久的施設に帰属する所得に対する特典の制限について規定している。
十一 自国の居住者に対して租税を課する締約国の権利を制限する租税協定の適用(第11条) いわゆるセービング・クローズ(上記三2(3)参照)について規定している。
対象租税協定は、当該対象租税協定の規定に基づいて与えられる一定の特典を除き、一方の当事国の居住者に対する当該一方の当事国の課税に影響を及ぼすものではないこととされている。
第4部 恒久的施設の地位の回避
十二 問屋契約及びこれに類する方策を通じた恒久的施設の地位の人為的な回避(第12条)
(1)契約締結代理人に関する規定(本条1) 企業が代理人を通じて行う活動について、恒久的施設を有するものとされる場合を規定している。具体的には、企業の代理人(本条2に規定する独立の地位を有する代理人を除く。)が、一方の当事国内で当該企業を代理するに当たって、反復して契約を締結し、又は当該企業によって重要な修正が行われることなく日常的に締結される契約の締結のために反復して主要な役割を果たす場合において、これらの契約が次の(i)から(iii)までのいずれかに該当するときは、その代理人が当該企業のために行う全ての活動について、当該企業は当該一方の当事国内に恒久的施設を有するものとされる。ただし、当該活動が当該企業により当該一方の当事国内に存在する当該企業の事業を行う一定の場所で行われたとしても、対象租税協定に規定する恒久的施設の定義(本条約によって修正される場合には、その修正の後のもの)に基づいて、当該事業を行う一定の場所が恒久的施設を構成するものとされない場合は、恒久的施設を有するものとはされない。
(i)当該企業の名において締結される契約
(ii)当該企業が所有し、又は使用の権利を有する財産について、所有権を移転し、又は使用の権利を付与するための契約
(iii)当該企業による役務の提供のための契約
(注)本規定はOECDモデル租税条約第5条(恒久的施設)5に相当する規定である。
(2)独立代理人に関する規定(本条2) 本条1の規定は、対象租税協定の一方の当事国内において他方の当事国の企業に代わって行動する者が、当該一方の当事国内において独立の代理人として事業を行う場合において、当該企業のために通常の方法で当該事業を行うときは、適用しないことを規定している。ただし、その者は、専ら又は主として一又は二以上の自己と密接に関連する企業に代わって行動する場合には、当該企業について、ここにいう独立の代理人とはされないこととされている。
(注)本規定はOECDモデル租税条約第5条(恒久的施設)6に相当する規定である。
十三 特定の活動に関する除外を利用した恒久的施設の地位の人為的な回避(第13条)
(1)準備的又は補助的な性格の活動に関する規定(本条1から3まで) 本条1は、締約国は、選択肢A若しくは選択肢Bを適用すること又はいずれの選択肢も適用しないことを選択することができることを規定している。
① 選択肢A(本条2)
「恒久的施設」を定義する対象租税協定の規定にかかわらず、次の活動を行う場合には、「恒久的施設」に当たらないものとすることを規定している。ただし、その活動((iii)の規定に該当する場合には、(iii)に規定する事業を行う一定の場所における活動の全体)が準備的又は補助的な性格のものである場合に限る。
(i)本条約によって修正される前の対象租税協定に規定する特定の活動であって、準備的又は補助的な性格のものであることを条件とするか否かを問わず、恒久的施設を構成しないとされるもの
(ii)企業のために(i)に規定する活動以外の活動を行うことのみを目的として、事業を行う一定の場所を保有すること。
(iii)(i)及び(ii)に規定する活動を組み合わせた活動を行うことのみを目的として、事業を行う一定の場所を保有すること。
(注1)本規定はOECDモデル租税条約第5条(恒久的施設)4に相当する規定である。
(注2)本規定に規定されるいずれの活動についても、準備的又は補助的な性格のものである場合に限り、恒久的施設を構成しないものとみなされる。
② 選択肢B(本条3)
「恒久的施設」を定義する対象租税協定の規定にかかわらず、次の活動を行う場合には、「恒久的施設」に当たらないものとすることを規定している。
(i)本条約によって修正される前の対象租税協定に規定する特定の活動であって、準備的又は補助的な性格のものであることを条件とするか否かを問わず、恒久的施設を構成しないとされるもの。ただし、特定の活動が準備的又は補助的な性格の活動である場合に限り恒久的施設を構成しないものとされることが、対象租税協定の関連する規定において明示的に規定される場合を除く。
(ii)企業のために(i)に規定する活動以外の活動を行うことのみを目的として、事業を行う一定の場所を保有すること。ただし、当該活動が準備的又は補助的な性格のものである場合に限る。
(iii)(i)及び(ii)に規定する活動を組み合わせた活動を行うことのみを目的として、事業を行う一定の場所を保有すること。ただし、当該一定の場所におけるこのような組合せによる活動の全体が準備的又は補助的な性格のものである場合に限る。
(注)OECDモデル租税条約第5条(恒久的施設)コメンタリー・パラ78にこれに相当する規定が規定されている。
(2)活動分割規定(本条4) 企業が使用し、又は保有する「事業を行う一定の場所」について、その企業又はその企業と密接に関連する企業が、当該一定の場所又は当該一定の場所が存在する当事国内の他の場所において事業活動を行う場合において、次の(i)又は(ii)に該当する場合は、当該一定の場所については、例外活動規定は適用されず、当該一定の場所は恒久的施設に該当することを規定している。ただし、これらの企業がそれぞれの場所において行う事業活動が、一体的な業務の一部として補完的な機能を果たす場合に限ることとされている。
(i)本条の規定に基づき、当該一定の場所又は当該他の場所が、その企業又はその企業と密接に関連する企業の恒久的施設を構成する場合
(ii)その企業及びその企業と密接に関連する企業が当該一定の場所においてそれぞれ行う活動の組合せ又はその企業若しくはその企業と密接に関連する企業が当該一定の場所及び当該他の場所において行う活動の組合せによる活動の全体が、準備的又は補助的な性格のものではない場合
(注)本規定はOECDモデル租税条約第5条(恒久的施設)4.1に相当する規定である。
十四 契約の分割(第14条) 建築工事現場等が恒久的施設となるか否かを決定するための期間の合算について規定している。
十五 企業と密接に関連する者の定義(第15条) 第12条、第13条又は第14条に規定する企業と密接に関連する者の意義を規定している。
第5部 紛争解決の改善
十六 相互協議手続(第16条)
(1)相互協議手続の申立てに関する規定(本条1) 本条1第一文は、いずれか一方又は双方の当事国の措置により対象租税協定の規定に適合しない課税を受けたと認める者又は受けることになると認める者は、その事案について、一方又は双方の当事国の法令上の救済手段(異議申立て、訴訟の提起等)とは別に、いずれかの当事国の権限のある当局に対して申立てをすることができることを規定している。
本条1第二文は、その申立てをすることができる期間を、対象租税協定の規定に適合しない課税に係る措置の最初の通知の日から3年とすることを規定している。
(注)本規定はOECDモデル租税条約第25条(相互協議手続)1に相当する規定である。
(2)相互協議及び合意の実施に関する規定(本条2) 本条2第一文は、本条1に規定する申立てを受けた権限のある当局は、その申立てを正当と認めるが、自ら満足すべき解決を与えることができない場合には、他方の当事国の権限のある当局との合意によってその事案を解決するよう努めなければならないことを規定している。
本条2第二文は、権限のある当局間で成立した合意は、両当事国の法令上のいかなる期間制限にもかかわらず実施されなければならないことを規定している。
(注)本規定はOECDモデル租税条約第25条(相互協議手続)2に相当する規定である。
(3)条約の解釈又は適用に関する規定(本条3) 本条3第一文は、両当事国の権限のある当局は、対象租税協定の解釈又は適用に関して生ずる困難又は疑義についても合意によって解決するよう努めなければならないことを規定している。
本条3第二文は、対象租税協定に定めのない場合における二重課税を除去するため、相互に協議することができることを規定している。
(注)本規定はOECDモデル租税条約第25条(相互協議手続)3に相当する規定である。
十七 対応的調整(第17条) 一方の当事国が当該一方の当事国の企業の利得を更正して課税した場合に、更正された部分の利得が他方の当事国の関連企業の利得にも含まれて課税されているときは、双方の当事国が同一の利得に対して課税することとなり経済的な二重課税の状態が生ずることになる。
このような二重課税を除去するため、当該一方の当事国の課税がいわゆる独立企業原則に基づく課税である場合には、他方の当事国が当該他方の当事国の企業である関連企業の利得を減額調整することを規定している。この調整に当たっては、両当事国の権限のある当局は、必要があるときは、相互に協議することとされている。
(注)本規定はOECDモデル租税条約
第6部 仲裁
租税条約の規定に適合しない課税に関する事案の解決のための仲裁について規定している。
十八 仲裁(第18条から第26条まで) 第18条は、各締約国は、第6部に規定する仲裁規定(以下「仲裁規定」という。)を、対象租税協定について適用することを選択することができること、及び、その場合にはその旨を寄託者に通告することを規定している。仲裁規定は、二の当事国がその通告を行った場合に限り、当該二の当事国に関してのみその対象租税協定について適用することとされている。
第19条から第26条は、その仲裁規定の取扱いについて定めている。
第7部 最終規定
十九 署名及び批准、受諾又は承認(第27条) 本条1は、本条約は、2016年12月31日から、次の国又は地域による署名のために開放しておくことを規定している。
① 全ての国(本条1(a))
② ガーンジー、マン島及びジャージー(本条1(b))
③ 締約国及び署名国のコンセンサス方式による決定(全ての締約国及び署名国が合意すること)により締約国となることを認められた他の地域(本条1(c))
本条2は、本条約は、批准され、受諾され、又は承認されなければならないことを規定している。
二十 留保(第28条) 本条約の規定によって明示的に認められている場合を除き、いかなる留保も付することができず、また、留保は、原則として、署名の時又は批准書等の寄託の時に付すること等を規定している。
本条は、条約におけるその留保の取扱いについて定めている。
二十一 通告(第29条) 通告は、署名の時又は批准書等の寄託の時に行うこと等を規定している。
本条は、条約におけるその通告の取扱いについて定めている。
二十二 対象租税協定の修正後の改正(第30条) 本条約の規定は、対象租税協定の当事国の間で合意される当該対象租税協定の改正であって、本条約による修正の後に行われるものに影響を及ぼすものではないことを規定している。
二十三 締約国会議(第31条) 締約国は、本条約の規定に基づいて求められ、又は適当とされる決定を行い、又は機能を遂行するために締約国会議を開催することができること等を規定している。
二十四 解釈及び実施(第32条) 本条約によって修正された対象租税協定の規定の解釈又は実施に関して生ずる問題は、当該対象租税協定の相互協議手続に関する規定(本条約の規定によって修正される場合には、その修正の後のもの)に従って解決されること等を規定している。
二十五 改正(第33条) 締約国は、寄託者に改正案を提出することによって本条約の改正を提案することができること等を規定している。
二十六 効力発生(第34条) 本条1は、本条約は、5番目の批准書等が寄託された日に開始する3か月の期間が満了する日の属する月の翌月の初日に効力を生ずることを規定している。2018年3月22日までに5か国・地域(オーストリア、マン島、ジャージー、ポーランド、スロベニア)が批准書等を寄託しており、これにより、本条約は2018年7月1日にその5か国・地域について効力を生じる。
本条2は、5番目の批准書等が寄託された後に本条約を批准し、受諾し、又は承認する各署名国については、本条約は、当該署名国によって批准書等が寄託された日に開始する3か月の期間が満了する日の属する月の翌月の初日に効力を生ずることを規定している。例えば、署名国が2018年9月30日に批准書等を寄託する場合には、本条約は2019年1月1日にその署名国について効力を生ずることとなる。
二十七 適用の開始(第35条)
(1)第6部(仲裁)を除く規定の適用開始規定(本条1) 本条約の規定は、対象租税協定の各当事国において、次のものについて適用することを規定している。
① 非居住者に対して支払われ、又は貸記される額に対して源泉徴収される租税については、本条約が当該対象租税協定の各当事国について効力を生ずる日のうち最も遅い日以後に開始する年の初日以後に生ずる課税事象(本条1(a))。
② 当該当事国によって課されるその他の全ての租税については、本条約が当該対象租税協定の各当事国について効力を生ずる日のうち最も遅い日から6か月の期間(全ての当事国が6か月よりも短い期間を適用する意図を有することについて寄託者に通告する場合には、当該期間)が満了した時以後に開始する課税期間に関して課される租税(本条1(b))。
(2)適用開始の時期に関する選択規定(本条2及び3) 本条2は、締約国は、自国において本条約を源泉徴収される租税について適用するに当たり、本条1(a)及び5(a)に規定する「年」を「課税期間」に代えることを選択することができること、及び、その場合にはその選択を寄託者に通告することを規定している。
本条3は、締約国は、自国において本条約を源泉徴収される租税以外の租税について適用するに当たり、本条1(b)及び5(b)に規定する「課税期間」を「年の1月1日以後に開始する課税期間」に代えることを選択することができること、及び、その場合にはその選択を寄託者に通告することを規定している。
これらの規定は、当該規定を選択した締約国についてのみ適用することとされている。
(3)相互協議手続に関する規定の適用開始(本条4及び6) 本条4は、第16条(相互協議手続)の規定は、対象租税協定につき、本条約が当該対象租税協定の各当事国について効力を生ずる日のうち最も遅い日(以下(3)において「発効日」という。)以後に一方の当事国の権限のある当局に対して申し立てられた事案(本条約によって修正される前の当該対象租税協定の規定に基づき、発効日において申立てをすることが認められなかったものを除く。)に関し、当該事案が関連する課税期間を考慮することなく、適用することを規定している。
本条6は、締約国は、対象租税協定について、本条4の規定を適用しない権利を留保することができることを規定している。この場合には、第16条(相互協議手続)の規定は、本条1から3までの規定に基づき、発効日から所定の期間経過後の課税事象又は課税期間に関する事案について適用されることとなる。
(4)対象租税協定を追加した場合の適用開始規定(本条5) 通告される協定の一覧に追加されることによって新たに対象租税協定となる対象租税協定(以下「適用希望協定」という。)については、本条約の規定は、各当事国において、次のものについて適用することを規定している。
① 非居住者に対して支払われ、又は貸記される額に対して源泉徴収される租税については、当該一覧への協定の追加に関する通告について寄託者が通報した日の後30日を経過した日以後に開始する年の初日以後に生ずる課税事象(本条5(a))
② 当該各当事国によって課されるその他の全ての租税については、当該一覧への協定の追加に関する通告について寄託者が通報した日から9か月の期間(全ての当事国が9か月よりも短い期間を適用する意図を有することについて寄託者に通告する場合には、当該期間)が満了した時以後に開始する課税期間に関して課される租税(本条5(b))
(5)当事国の国内手続完了後に適用開始を認める留保規定(本条7) 締約国は、各条に規定する本条約の適用開始の基準となる日を、特定の対象租税協定について本条約の規定の適用を開始するための国内手続が完了した旨の通知のうち最も遅いものを寄託者が受領した日の後30日を経過した日に代える権利を留保することができることを規定している。(本条7(a))
本条7(a)の規定に基づいて留保を付する締約国は、国内手続の完了を確認するための通告を寄託者及び他の当事国に対して同時に行うこととされている。(本条7(b))
対象租税協定の一又は二以上の当事国が本条7(a)の規定に基づいて留保を付する場合には、当該対象租税協定の全ての当事国について、本条約の規定、留保の撤回若しくは変更、当該対象租税協定に関する追加の通告又は仲裁規定の適用が開始される日については、本条7(a)の規定を適用することを規定している。(本条7(c))
二十八 第6部の規定の適用の開始(第36条)
(1)仲裁規定の適用開始に関する規定(本条1) 仲裁規定は、対象租税協定の二の当事国について、次の日から適用することを規定している。
① 本条約が対象租税協定の各当事国について効力を生ずる日以後に一方の当事国の権限のある当局に対して申し立てられた事案については、本条約が対象租税協定の各当事国について効力を生ずる日のいずれか遅い日(本条1(a))
② 本条約が対象租税協定の各当事国について効力を生ずる日のいずれか遅い日の前に一方の当事国の権限のある当局に対して申し立てられた事案については、両当事国が、第19条(義務的かつ拘束力を有する仲裁)10の規定に従って仲裁規定の実施方法について合意に達したこと及び当該合意に定める条件に従い、一方の当事国の権限のある当局に対して当該事案が申し立てられたとみなされる日に関する情報について寄託者に通告した日(本条1(b))
(2)留保規定(本条2) 締約国は、本条約が対象租税協定の各当事国について効力を生ずる日のいずれか遅い日の前に一方の当事国の権限のある当局に対して申し立てられた特定の事案について仲裁規定を適用することについて両当事国の権限のある当局が合意する場合に限り当該事案について仲裁規定を適用する権利を留保することができることを規定している。
(3)対象租税協定が追加される場合の適用開始(本条3) 適用希望協定の一覧に追加されることによって新たに対象租税協定となる協定に仲裁規定が適用される日について、本条1及び2の特則を規定している。
二十九 脱退(第37条) いずれの締約国も、寄託者に宛てた通告によって、いつでも本条約から脱退することができること等を規定している。
三十 議定書との関係(第38条) 本条約は、一又は二以上の議定書によって補足することができること等を規定している。
三十一 寄託者(第39条) 本条約及び第38条(議定書との関係)に規定する議定書の寄託者は、OECD事務総長とすること等を規定している。
平成30年度における租税条約の改正について(下)
鈴木一宏
第二 税源浸食及び利益移転を防止するための租税条約関連措置を実施するための多数国間条約の締結
はじめに
2015年10月に取りまとめられたBEPSプロジェクトの最終報告書では、多国籍企業等による国際的な租税回避行為に対応するために15の行動計画に基づく措置が勧告されたが、それらの措置には租税条約に関連するBEPS防止措置も多数含まれている。
租税条約に関連するBEPS防止措置を実施するためには、これらの措置が既存の租税条約に導入されることが必要となるが、多数の租税条約を個別的に改正してBEPS防止措置を導入するためには膨大な時間とリソースを要する。そこで、BEPSプロジェクトの行動15において、租税条約に関連するBEPS防止措置を締結主体の異なる多数の既存の租税条約に一挙に導入するための多数国間条約の策定が勧告された。
この勧告を受け、2015年11月から、OECD及びG20によってその設置が承認されたこの条約の策定のための特別部会において交渉が進められ、2016年11月に「税源浸食及び利益移転を防止するための租税条約関連措置を実施するための多数国間条約」(以下「本条約」という。)の条約文が採択された。
本条約は、2016年12月末から署名のために開放されており、2018年6月1日までに、76か国・地域が本条約に署名している。我が国は、2017年6月7日に署名した。
本条約は、本条約に署名したいずれかの5か国・地域が批准書、受諾書又は承認書(以下「批准書等」という。)を寄託することにより、その5番目の寄託から所定の期間が満了した後に、その5か国・地域について効力を生じることとされているが、2018年3月22日までに5か国・地域(オーストリア、マン島、ジャージー、ポーランド、スロベニア)が批准書等を寄託したことにより、本条約は、2018年7月1日に、まずこれらの5か国・地域について効力を生じることとなった。その後に批准書等を寄託する国・地域については、それぞれの批准書等の寄託から所定の期間が満了した後に効力を生ずる。
本条約は、本条約の適用対象となる各租税条約の全ての当事国(注)について本条約が効力を生じてから所定の期間が満了した後に、その租税条約について適用が開始される。
我が国においては、本条約について批准書等を寄託するためには国会の承認が必要となるところ、本条約は2018年5月18日に第196回国会において承認された。なお、我が国は未だ批准書等の寄託は行っていない。
(注)本条約では、本条約の締約国と区別するため、既存の租税条約の締約国を「当事国」と称している(下記第1部二2(1)③参照)。
総 論
1 本条約のポイント
(1)本条約によって導入されるBEPS防止措置 本条約によって既存の租税条約に導入されるBEPS防止措置は、①租税条約の濫用等を通じた租税回避行為の防止に関する措置、及び、②二重課税の排除等納税者にとっての不確実性排除に関する措置から構成され、具体的には、BEPSプロジェクトの以下の行動計画に関する最終報告書が勧告する租税条約に関連するBEPS防止措置が含まれる。
行動2:ハイブリッド・ミスマッチ取極めの効果の無効化
行動6:租税条約の濫用防止
行動7:恒久的施設認定の人為的回避の防止
行動14:相互協議の効果的実施
(2)本条約の適用対象となる租税条約 本条約の各締約国は、自国の既存の租税条約のいずれを本条約の適用対象とするかを任意に選択することができる。
本条約は、各租税条約の全ての当事国がその租税条約を本条約の適用対象とすることを選択したものについてのみ適用され、各租税条約のいずれかの当事国が本条約の締約国でない又はその租税条約を本条約の適用対象として選択していない場合には、本条約はその租税条約については適用されない。
(3)BEPS防止措置の選択及び適用 本条約の各締約国は、本条約に規定する租税条約に関連するBEPS防止措置の規定のいずれを自国の租税条約について適用するかを所定の要件の下で選択することができる。
本条約に規定する租税条約に関連するBEPS防止措置の規定は、原則として、各租税条約の全ての当事国がその規定を適用することを選択した場合にのみその租税条約について適用され、各租税条約のいずれかの当事国がその規定を適用することを選択しない場合には、その規定はその租税条約については適用されない。
また、本条約の各締約国が適用することを選択した本条約の規定は、原則として、本条約の適用対象となる全ての租税条約について適用され、特定の租税条約についてのみ適用すること又は適用しないことを選択することはできない。
本条約に規定する租税条約に関連するBEPS防止措置の規定が既存の租税条約について適用される場合には、本条約の規定が、既存の租税条約に規定されている同様の規定に代わって、又は、既存の租税条約に同様の規定がない場合にはその租税条約の規定に加えて、適用される。
(4)選択の通告 本条約の各締約国は、自国の租税条約に対する本条約の適用関係を明らかにするため、①自国の租税条約のうち本条約の適用対象とするものの一覧、及び、②本条約に規定する租税条約に関連するBEPS防止措置の規定のうち適用することを選択するものの一覧を、署名の時又は批准・受諾・承認の時に寄託者に通告しなければならない。署名の時に通告しない場合には、これらの暫定の一覧を署名の時に提出することとされている。
また、寄託者は、各締約国からの通告等を公表することとされている。
2 本条約の基本的構造 本条約は、前文及び第1部から第7部までにより構成されている。このうち第1部は定義規定等、第7部は本条約に関する手続規定等を規定しており、第2部から第6部までは本条約により既存の租税条約に導入されるBEPS防止措置に関する規定、具体的には、第2部は行動2のハイブリッド・ミスマッチ取極めの効果の無効化に関する措置、第3部は行動6の租税条約の濫用防止に関する措置、第4部は行動7の恒久的施設認定の人為的回避の防止に関する措置、第5部及び第6部は行動14の相互協議の効果的実施に関する措置を規定している。
第2部から第6部までの各条は、基本的に次の4つの規定から構成されている。
① 実体規定
BEPSプロジェクトで勧告された具体的なBEPS防止措置の内容を規定した条文であり、この実体規定に規定されている内容が、既存の租税条約の規定に代えて、又は加えて適用される。
② 互換規定
本条約の規定が、既存の租税条約のいずれの規定に代わるか又はどのような既存の租税条約に本条約の規定が加わるかについての条件を規定している。多数の租税条約を同時に修正することを目的とする本条約の性格上、実体規定の対象となる既存の租税条約の条項番号を本条約の条文において特定することができないため、互換規定では、実体規定の内容を書き下ろした規定を用いて、それに該当するか否かで各条の対象となる既存の租税条約の規定の有無を判定することとしている。
③ 留保規定
本条約の各締約国は各条に規定されている実体規定を適用しないことが認められることを規定している。各締約国は留保規定に定める制限の下で実体規定を適用しないことを選択することができる。
④ 通告規定
本条約の各締約国は、既存の租税条約のどの規定が本条約の規定と代わることになるのかを各租税条約の具体的な条項番号で特定して、寄託者に通告することを規定している。
以下では、本条約の主な条項について、逐条で解説していくこととする。
(注)第2部から第6部については、上記の②互換規定、③留保規定及び④通告規定の基本的構造は同様であることから、BEPS防止措置の内容を規定した①実体規定についてのみ、解説することとする。
第1部 適用範囲及び用語の解釈
一 本条約の適用範囲(第1条)
本条約は全ての対象租税協定を修正することを規定している。
二 用語の解釈(第2条)
(1)各用語の定義(本条1) 本条約において用いられる用語の定義を次のとおり規定している。
① 「対象租税協定」とは、所得に対する租税に関する二重課税を回避するための協定(他の租税を対象とするか否かを問わない。)であって、次の全ての要件を満たすものをいう。(本条1(a))
(i)次のいずれかに該当する国又は地域であって二以上のものの間において効力を有すること。
(A)締約国
(B)当該協定の当事者である地域であって、締約国が国際関係について責任を負うもの
(注)我が国が締結する租税条約との関係では、香港がこの地域に該当する。
(ii)各締約国が、本条約の対象とすることを希望する協定として寄託者に通告した協定及び当該協定を改正する文書又は当該協定に附属する文書であって、題名、当事者の名称、署名の日及びその通告の時において効力を生じている場合には効力発生の日によって特定されるものであること。
② 「締約国」とは、次のものをいう。(本条1(b))
(i)本条約が効力を有する国
(ii)第27条(署名及び批准、受諾又は承認)1(b)又は(c)の規定に従って本条約に署名した地域であって、本条約が効力を有するもの
③ 「当事国」とは、対象租税協定の当事者(各対象租税協定の締結主体である国又は地域)をいう。(本条1(c))
④ 「署名国」とは、本条約に署名した国又は地域であって、本条約が効力を有していないものをいう。(本条1(d))
(2)本条約において定義されていない用語の解釈(本条2) 締約国による本条約の適用に際しては、本条約において定義されていない用語は、文脈により別に解釈すべき場合を除き、関連する対象租税協定において当該用語がその適用の時点で有する意義を有することとされている。
第2部 ハイブリッド・ミスマッチ
三 課税上存在しない団体(第3条)
(1)課税上存在しないものとして取り扱われる事業体を通じて取得される所得に対する租税条約の適用(本条1) 例えば、一方の当事国ではある事業体を納税義務者として認識(事業体課税)するが、他方の当事国では事業体そのものではなくその構成員を納税義務者として認識(構成員課税)する場合のように、ある事業体に関する課税上の取扱いが両当事国で異なる場合には、両当事国で対象租税協定の特典を受ける者に関する認識が異なるため、実質的な二重課税が生じているにもかかわらず対象租税協定が適用されないこととなる。
本条1は、いずれか一方の当事国の租税に関する法令の下において全面的若しくは部分的に課税上存在しないものとして取り扱われる団体若しくは仕組み(以下「課税上透明体」という。)によって又は課税上透明体を通じて取得される所得は、一方の当事国における課税上当該一方の当事国の居住者の所得として取り扱われる限りにおいて、当該一方の当事国の居住者の所得とみなすことを規定することにより、このような所得に対する対象租税協定の適用関係を明らかにしている。
(注)本規定はOECDモデル租税条約第1条(対象となる者)2に相当する規定である。
(2)二重課税の除去に関する規定の適用の制限(本条2) 対象租税協定の二重課税の除去に関する規定は、原則として、所得を取得する者の居住地国が二重課税を除去する義務を負うことを規定しているが、課税上透明体を通じて取得される所得については、両当事国が居住地国に該当する場合が想定される。
本条2は、課税上透明体規定の導入に伴い生ずるこのような場合における二重課税の除去の取扱いを明らかにするための規定で、具体的には、一方の当事国の居住者が取得する所得であって対象租税協定の規定に従って他方の当事国において租税を課することができるものについて租税を免除すること又は納付される租税の額を控除することを当該一方の当事国に求める当該対象租税協定の規定は、当該所得が当該他方の当事国の居住者によって取得されるものであることのみを理由として当該対象租税協定の規定に従って当該他方の当事国において租税を課することができるものである限りにおいて、適用しないことを規定している。
(注)OECDモデル租税条約第23条のA(国外所得免除による二重課税の除去)1及び2並びに第23条のB(外国税額控除による二重課税の除去)1にこれに相当する規定が含まれている。
(3)セービング・クローズ(本条3) 本条1の規定に関するセービング・クローズ(注)を規定している。具体的には、締約国が対象租税協定全体を対象とするセービング・クローズ(下記十一参照)を適用しない場合に、源泉地国に所在する事業体を通じて取得される所得に関して源泉地国が自国の居住者である当該事業体に対して課税する権利が対象租税協定によって制限されることのないよう、本条3は、いかなる場合にも本条1の規定は一方の当事国が自国の居住者に対して課税する権利を制限するものと解してはならないことを規定している。
(注)セービング・クローズとは、租税条約の規定は自国の居住者に対する居住地国の課税に影響を及ぼさないことを明らかにする規定のことをいう。
四 双方居住者に該当する団体(第4条) 個人以外の者が双方居住者に該当する場合には、両当事国の権限のある当局が、その者の事業の実質的な管理の場所、その者が設立された場所その他関連する全ての要因を考慮して、合意によりその居住地国を決定するよう努め、そのような合意がない場合には、その者は、対象租税協定により認められる租税の軽減又は免除(両当事国の権限のある当局が合意する範囲及び方法で与えられるものを除く。)を受けることができないことを規定している。
(注1)本規定はOECDモデル租税条約第4条(居住者)3に相当する規定である。
(注2)各締約国は、本条の留保規定に基づき、第二文中の括弧書きを削除する権利を留保することができる。
五 二重課税の除去のための方法の適用(第5条) 国外所得免除による二重課税の除去に関する対象租税協定の規定の適用を制限することについて規定している。
第3部 条約の濫用
六 対象租税協定の目的(第6条) 租税条約の目的を明らかにする文言を対象租税協定の前文に追加することを規定している。
七 条約の濫用の防止(第7条)
(1)主要目的テスト規定(本条1) 取引等の主要な目的が対象租税協定の特典を受けることである場合には当該対象租税協定の特典は与えられないとするいわゆる主要目的テスト規定(PPT:Principal Purpose Test)について規定している。
具体的には、対象租税協定のいかなる規定にもかかわらず、全ての関連する事実及び状況を考慮して、当該対象租税協定に基づく特典を受けることが当該特典を直接又は間接に得ることとなる仕組み又は取引の主たる目的の一つであったと判断することが妥当である場合には、そのような場合においても当該特典を与えることが当該対象租税協定の関連する規定の目的に適合することが立証されるときを除き、その所得又は財産については、当該特典は、与えられないこととされている。
(注)本規定はOECDモデル租税条約第29条(特典を受ける権利)9に相当する規定である。
(2)主要目的テスト規定適用後の特典の認定(本条3及び4) 本条3は、締約国は、対象租税協定について本条4の規定を適用することを選択することができることを規定している。
本条4は、仕組み若しくは取引又は仕組み若しくは取引に関与する者の主たる目的又は主たる目的の一つが対象租税協定に基づいて与えられる特典を得ることであった場合に当該特典の全部又は一部を与えないことを規定する当該対象租税協定の規定(本条約によって修正される場合には、その修正の後のもの。以下同じ。)に基づいてある者に対して当該対象租税協定に基づく特典が与えられない場合においても、当該特典を与える当事国の権限のある当局は、その者からの要請に基づいて、かつ、関連する事実及び状況を検討した上で、当該仕組み又は取引がなかったとしたならばその者に対して当該特典が与えられたと判断するときは、その者を特定の所得又は財産について当該特典又は当該特典と異なる特典を受ける権利を有する者として取り扱うこと、及び、一方の当事国(居住地国)の居住者から当該要請を受けた他方の当事国(源泉地国)の権限のある当局は、当該要請を拒否する前に、居住地国の権限のある当局と協議することを規定している。
八 配当を移転する取引(第8条) 配当に対する租税の免除又は限度税率の適用に関する持分保有期間要件について規定している。
九 主として不動産から価値が構成される団体の株式又は持分の譲渡から生ずる収益(第9条)
(1)不動産化体株式の譲渡収益に対する課税に関する規定の適用要件の追加(本条1) 一方の当事国の居住者が株式その他団体に参加する権利の譲渡によって取得する収益に対して、これらの価値の一定の割合を超えるものが他方の当事国内に存在する不動産によって構成される場合又は当該団体の資産の一定の割合を超えるものが他方の当事国内に存在する不動産によって構成される場合(いわゆる不動産化体株式)に、当該他方の当事国において租税を課することができることを規定する対象租税協定の規定(九において「不動産化体株式の譲渡収益課税に関する規定」という。)について、次のことを規定している。
(i)不動産化体株式の譲渡収益課税に関する規定は、当該譲渡に先立つ365日の期間のいずれかの時点においてこれらの割合の基準値を満たす場合に適用する。(本条1(a))
(注)例えば、日蘭租税条約第13条(譲渡収益)2では、法人等の資産の価値の50%以上が一方の締約国内に存在する不動産によって構成される場合に当該法人の株式等の譲渡収益に対して不動産所在地国における課税を認めているが、この「50%以上」が上記の基準値に該当する。
(ii)不動産化体株式の譲渡収益課税に関する規定は、当該対象租税協定の規定の適用対象となっている株式又は権利に加えて、当該対象租税協定の規定の適用対象となっていない株式又は同等の持分(組合又は信託財産の持分を含む。)についても適用する。(本条1(b))
(注)OECDモデル租税条約第13条(譲渡収益)4にこれに相当する規定が含まれている。
(2)不動産化体株式の譲渡収益課税に関する規定の選択(本条3及び4) 本条3は、締約国は、不動産化体株式の譲渡収益に対する課税を規定する本条4の規定を対象租税協定について適用することを選択することができることを規定している。
本条4は、対象租税協定の適用上、一方の当事国の居住者が株式又は同等の持分(組合又は信託財産の持分を含む。)の譲渡によって取得する収益に対しては、当該株式又は同等の持分の価値の50%超が、当該譲渡に先立つ365日の期間のいずれかの時点において、他方の当事国内に存在する不動産によって直接又は間接に構成される場合には、当該他方の当事国において租税を課することができることを規定している。
(注1)本規定はOECDモデル租税条約第13条(譲渡収益)4に相当する規定である。
(注2)本条1は既存の対象租税協定の規定について適用されるものである一方、本条4は既存の対象租税協定の規定に加わって又は代えて、それ自体が適用されるものである。
十 第三国内に存在する恒久的施設に関する濫用を防止する規則(第10条) 当事国以外の国又は地域、いわゆる第三国の内に存在する恒久的施設に帰属する所得に対する特典の制限について規定している。
十一 自国の居住者に対して租税を課する締約国の権利を制限する租税協定の適用(第11条) いわゆるセービング・クローズ(上記三2(3)参照)について規定している。
対象租税協定は、当該対象租税協定の規定に基づいて与えられる一定の特典を除き、一方の当事国の居住者に対する当該一方の当事国の課税に影響を及ぼすものではないこととされている。
第4部 恒久的施設の地位の回避
十二 問屋契約及びこれに類する方策を通じた恒久的施設の地位の人為的な回避(第12条)
(1)契約締結代理人に関する規定(本条1) 企業が代理人を通じて行う活動について、恒久的施設を有するものとされる場合を規定している。具体的には、企業の代理人(本条2に規定する独立の地位を有する代理人を除く。)が、一方の当事国内で当該企業を代理するに当たって、反復して契約を締結し、又は当該企業によって重要な修正が行われることなく日常的に締結される契約の締結のために反復して主要な役割を果たす場合において、これらの契約が次の(i)から(iii)までのいずれかに該当するときは、その代理人が当該企業のために行う全ての活動について、当該企業は当該一方の当事国内に恒久的施設を有するものとされる。ただし、当該活動が当該企業により当該一方の当事国内に存在する当該企業の事業を行う一定の場所で行われたとしても、対象租税協定に規定する恒久的施設の定義(本条約によって修正される場合には、その修正の後のもの)に基づいて、当該事業を行う一定の場所が恒久的施設を構成するものとされない場合は、恒久的施設を有するものとはされない。
(i)当該企業の名において締結される契約
(ii)当該企業が所有し、又は使用の権利を有する財産について、所有権を移転し、又は使用の権利を付与するための契約
(iii)当該企業による役務の提供のための契約
(注)本規定はOECDモデル租税条約第5条(恒久的施設)5に相当する規定である。
(2)独立代理人に関する規定(本条2) 本条1の規定は、対象租税協定の一方の当事国内において他方の当事国の企業に代わって行動する者が、当該一方の当事国内において独立の代理人として事業を行う場合において、当該企業のために通常の方法で当該事業を行うときは、適用しないことを規定している。ただし、その者は、専ら又は主として一又は二以上の自己と密接に関連する企業に代わって行動する場合には、当該企業について、ここにいう独立の代理人とはされないこととされている。
(注)本規定はOECDモデル租税条約第5条(恒久的施設)6に相当する規定である。
十三 特定の活動に関する除外を利用した恒久的施設の地位の人為的な回避(第13条)
(1)準備的又は補助的な性格の活動に関する規定(本条1から3まで) 本条1は、締約国は、選択肢A若しくは選択肢Bを適用すること又はいずれの選択肢も適用しないことを選択することができることを規定している。
① 選択肢A(本条2)
「恒久的施設」を定義する対象租税協定の規定にかかわらず、次の活動を行う場合には、「恒久的施設」に当たらないものとすることを規定している。ただし、その活動((iii)の規定に該当する場合には、(iii)に規定する事業を行う一定の場所における活動の全体)が準備的又は補助的な性格のものである場合に限る。
(i)本条約によって修正される前の対象租税協定に規定する特定の活動であって、準備的又は補助的な性格のものであることを条件とするか否かを問わず、恒久的施設を構成しないとされるもの
(ii)企業のために(i)に規定する活動以外の活動を行うことのみを目的として、事業を行う一定の場所を保有すること。
(iii)(i)及び(ii)に規定する活動を組み合わせた活動を行うことのみを目的として、事業を行う一定の場所を保有すること。
(注1)本規定はOECDモデル租税条約第5条(恒久的施設)4に相当する規定である。
(注2)本規定に規定されるいずれの活動についても、準備的又は補助的な性格のものである場合に限り、恒久的施設を構成しないものとみなされる。
② 選択肢B(本条3)
「恒久的施設」を定義する対象租税協定の規定にかかわらず、次の活動を行う場合には、「恒久的施設」に当たらないものとすることを規定している。
(i)本条約によって修正される前の対象租税協定に規定する特定の活動であって、準備的又は補助的な性格のものであることを条件とするか否かを問わず、恒久的施設を構成しないとされるもの。ただし、特定の活動が準備的又は補助的な性格の活動である場合に限り恒久的施設を構成しないものとされることが、対象租税協定の関連する規定において明示的に規定される場合を除く。
(ii)企業のために(i)に規定する活動以外の活動を行うことのみを目的として、事業を行う一定の場所を保有すること。ただし、当該活動が準備的又は補助的な性格のものである場合に限る。
(iii)(i)及び(ii)に規定する活動を組み合わせた活動を行うことのみを目的として、事業を行う一定の場所を保有すること。ただし、当該一定の場所におけるこのような組合せによる活動の全体が準備的又は補助的な性格のものである場合に限る。
(注)OECDモデル租税条約第5条(恒久的施設)コメンタリー・パラ78にこれに相当する規定が規定されている。
(2)活動分割規定(本条4) 企業が使用し、又は保有する「事業を行う一定の場所」について、その企業又はその企業と密接に関連する企業が、当該一定の場所又は当該一定の場所が存在する当事国内の他の場所において事業活動を行う場合において、次の(i)又は(ii)に該当する場合は、当該一定の場所については、例外活動規定は適用されず、当該一定の場所は恒久的施設に該当することを規定している。ただし、これらの企業がそれぞれの場所において行う事業活動が、一体的な業務の一部として補完的な機能を果たす場合に限ることとされている。
(i)本条の規定に基づき、当該一定の場所又は当該他の場所が、その企業又はその企業と密接に関連する企業の恒久的施設を構成する場合
(ii)その企業及びその企業と密接に関連する企業が当該一定の場所においてそれぞれ行う活動の組合せ又はその企業若しくはその企業と密接に関連する企業が当該一定の場所及び当該他の場所において行う活動の組合せによる活動の全体が、準備的又は補助的な性格のものではない場合
(注)本規定はOECDモデル租税条約第5条(恒久的施設)4.1に相当する規定である。
十四 契約の分割(第14条) 建築工事現場等が恒久的施設となるか否かを決定するための期間の合算について規定している。
十五 企業と密接に関連する者の定義(第15条) 第12条、第13条又は第14条に規定する企業と密接に関連する者の意義を規定している。
第5部 紛争解決の改善
十六 相互協議手続(第16条)
(1)相互協議手続の申立てに関する規定(本条1) 本条1第一文は、いずれか一方又は双方の当事国の措置により対象租税協定の規定に適合しない課税を受けたと認める者又は受けることになると認める者は、その事案について、一方又は双方の当事国の法令上の救済手段(異議申立て、訴訟の提起等)とは別に、いずれかの当事国の権限のある当局に対して申立てをすることができることを規定している。
本条1第二文は、その申立てをすることができる期間を、対象租税協定の規定に適合しない課税に係る措置の最初の通知の日から3年とすることを規定している。
(注)本規定はOECDモデル租税条約第25条(相互協議手続)1に相当する規定である。
(2)相互協議及び合意の実施に関する規定(本条2) 本条2第一文は、本条1に規定する申立てを受けた権限のある当局は、その申立てを正当と認めるが、自ら満足すべき解決を与えることができない場合には、他方の当事国の権限のある当局との合意によってその事案を解決するよう努めなければならないことを規定している。
本条2第二文は、権限のある当局間で成立した合意は、両当事国の法令上のいかなる期間制限にもかかわらず実施されなければならないことを規定している。
(注)本規定はOECDモデル租税条約第25条(相互協議手続)2に相当する規定である。
(3)条約の解釈又は適用に関する規定(本条3) 本条3第一文は、両当事国の権限のある当局は、対象租税協定の解釈又は適用に関して生ずる困難又は疑義についても合意によって解決するよう努めなければならないことを規定している。
本条3第二文は、対象租税協定に定めのない場合における二重課税を除去するため、相互に協議することができることを規定している。
(注)本規定はOECDモデル租税条約第25条(相互協議手続)3に相当する規定である。
十七 対応的調整(第17条) 一方の当事国が当該一方の当事国の企業の利得を更正して課税した場合に、更正された部分の利得が他方の当事国の関連企業の利得にも含まれて課税されているときは、双方の当事国が同一の利得に対して課税することとなり経済的な二重課税の状態が生ずることになる。
このような二重課税を除去するため、当該一方の当事国の課税がいわゆる独立企業原則に基づく課税である場合には、他方の当事国が当該他方の当事国の企業である関連企業の利得を減額調整することを規定している。この調整に当たっては、両当事国の権限のある当局は、必要があるときは、相互に協議することとされている。
(注)本規定はOECDモデル租税条約
第6部 仲裁
租税条約の規定に適合しない課税に関する事案の解決のための仲裁について規定している。
十八 仲裁(第18条から第26条まで) 第18条は、各締約国は、第6部に規定する仲裁規定(以下「仲裁規定」という。)を、対象租税協定について適用することを選択することができること、及び、その場合にはその旨を寄託者に通告することを規定している。仲裁規定は、二の当事国がその通告を行った場合に限り、当該二の当事国に関してのみその対象租税協定について適用することとされている。
第19条から第26条は、その仲裁規定の取扱いについて定めている。
第7部 最終規定
十九 署名及び批准、受諾又は承認(第27条) 本条1は、本条約は、2016年12月31日から、次の国又は地域による署名のために開放しておくことを規定している。
① 全ての国(本条1(a))
② ガーンジー、マン島及びジャージー(本条1(b))
③ 締約国及び署名国のコンセンサス方式による決定(全ての締約国及び署名国が合意すること)により締約国となることを認められた他の地域(本条1(c))
本条2は、本条約は、批准され、受諾され、又は承認されなければならないことを規定している。
二十 留保(第28条) 本条約の規定によって明示的に認められている場合を除き、いかなる留保も付することができず、また、留保は、原則として、署名の時又は批准書等の寄託の時に付すること等を規定している。
本条は、条約におけるその留保の取扱いについて定めている。
二十一 通告(第29条) 通告は、署名の時又は批准書等の寄託の時に行うこと等を規定している。
本条は、条約におけるその通告の取扱いについて定めている。
二十二 対象租税協定の修正後の改正(第30条) 本条約の規定は、対象租税協定の当事国の間で合意される当該対象租税協定の改正であって、本条約による修正の後に行われるものに影響を及ぼすものではないことを規定している。
二十三 締約国会議(第31条) 締約国は、本条約の規定に基づいて求められ、又は適当とされる決定を行い、又は機能を遂行するために締約国会議を開催することができること等を規定している。
二十四 解釈及び実施(第32条) 本条約によって修正された対象租税協定の規定の解釈又は実施に関して生ずる問題は、当該対象租税協定の相互協議手続に関する規定(本条約の規定によって修正される場合には、その修正の後のもの)に従って解決されること等を規定している。
二十五 改正(第33条) 締約国は、寄託者に改正案を提出することによって本条約の改正を提案することができること等を規定している。
二十六 効力発生(第34条) 本条1は、本条約は、5番目の批准書等が寄託された日に開始する3か月の期間が満了する日の属する月の翌月の初日に効力を生ずることを規定している。2018年3月22日までに5か国・地域(オーストリア、マン島、ジャージー、ポーランド、スロベニア)が批准書等を寄託しており、これにより、本条約は2018年7月1日にその5か国・地域について効力を生じる。
本条2は、5番目の批准書等が寄託された後に本条約を批准し、受諾し、又は承認する各署名国については、本条約は、当該署名国によって批准書等が寄託された日に開始する3か月の期間が満了する日の属する月の翌月の初日に効力を生ずることを規定している。例えば、署名国が2018年9月30日に批准書等を寄託する場合には、本条約は2019年1月1日にその署名国について効力を生ずることとなる。
二十七 適用の開始(第35条)
(1)第6部(仲裁)を除く規定の適用開始規定(本条1) 本条約の規定は、対象租税協定の各当事国において、次のものについて適用することを規定している。
① 非居住者に対して支払われ、又は貸記される額に対して源泉徴収される租税については、本条約が当該対象租税協定の各当事国について効力を生ずる日のうち最も遅い日以後に開始する年の初日以後に生ずる課税事象(本条1(a))。
② 当該当事国によって課されるその他の全ての租税については、本条約が当該対象租税協定の各当事国について効力を生ずる日のうち最も遅い日から6か月の期間(全ての当事国が6か月よりも短い期間を適用する意図を有することについて寄託者に通告する場合には、当該期間)が満了した時以後に開始する課税期間に関して課される租税(本条1(b))。
(2)適用開始の時期に関する選択規定(本条2及び3) 本条2は、締約国は、自国において本条約を源泉徴収される租税について適用するに当たり、本条1(a)及び5(a)に規定する「年」を「課税期間」に代えることを選択することができること、及び、その場合にはその選択を寄託者に通告することを規定している。
本条3は、締約国は、自国において本条約を源泉徴収される租税以外の租税について適用するに当たり、本条1(b)及び5(b)に規定する「課税期間」を「年の1月1日以後に開始する課税期間」に代えることを選択することができること、及び、その場合にはその選択を寄託者に通告することを規定している。
これらの規定は、当該規定を選択した締約国についてのみ適用することとされている。
(3)相互協議手続に関する規定の適用開始(本条4及び6) 本条4は、第16条(相互協議手続)の規定は、対象租税協定につき、本条約が当該対象租税協定の各当事国について効力を生ずる日のうち最も遅い日(以下(3)において「発効日」という。)以後に一方の当事国の権限のある当局に対して申し立てられた事案(本条約によって修正される前の当該対象租税協定の規定に基づき、発効日において申立てをすることが認められなかったものを除く。)に関し、当該事案が関連する課税期間を考慮することなく、適用することを規定している。
本条6は、締約国は、対象租税協定について、本条4の規定を適用しない権利を留保することができることを規定している。この場合には、第16条(相互協議手続)の規定は、本条1から3までの規定に基づき、発効日から所定の期間経過後の課税事象又は課税期間に関する事案について適用されることとなる。
(4)対象租税協定を追加した場合の適用開始規定(本条5) 通告される協定の一覧に追加されることによって新たに対象租税協定となる対象租税協定(以下「適用希望協定」という。)については、本条約の規定は、各当事国において、次のものについて適用することを規定している。
① 非居住者に対して支払われ、又は貸記される額に対して源泉徴収される租税については、当該一覧への協定の追加に関する通告について寄託者が通報した日の後30日を経過した日以後に開始する年の初日以後に生ずる課税事象(本条5(a))
② 当該各当事国によって課されるその他の全ての租税については、当該一覧への協定の追加に関する通告について寄託者が通報した日から9か月の期間(全ての当事国が9か月よりも短い期間を適用する意図を有することについて寄託者に通告する場合には、当該期間)が満了した時以後に開始する課税期間に関して課される租税(本条5(b))
(5)当事国の国内手続完了後に適用開始を認める留保規定(本条7) 締約国は、各条に規定する本条約の適用開始の基準となる日を、特定の対象租税協定について本条約の規定の適用を開始するための国内手続が完了した旨の通知のうち最も遅いものを寄託者が受領した日の後30日を経過した日に代える権利を留保することができることを規定している。(本条7(a))
本条7(a)の規定に基づいて留保を付する締約国は、国内手続の完了を確認するための通告を寄託者及び他の当事国に対して同時に行うこととされている。(本条7(b))
対象租税協定の一又は二以上の当事国が本条7(a)の規定に基づいて留保を付する場合には、当該対象租税協定の全ての当事国について、本条約の規定、留保の撤回若しくは変更、当該対象租税協定に関する追加の通告又は仲裁規定の適用が開始される日については、本条7(a)の規定を適用することを規定している。(本条7(c))
二十八 第6部の規定の適用の開始(第36条)
(1)仲裁規定の適用開始に関する規定(本条1) 仲裁規定は、対象租税協定の二の当事国について、次の日から適用することを規定している。
① 本条約が対象租税協定の各当事国について効力を生ずる日以後に一方の当事国の権限のある当局に対して申し立てられた事案については、本条約が対象租税協定の各当事国について効力を生ずる日のいずれか遅い日(本条1(a))
② 本条約が対象租税協定の各当事国について効力を生ずる日のいずれか遅い日の前に一方の当事国の権限のある当局に対して申し立てられた事案については、両当事国が、第19条(義務的かつ拘束力を有する仲裁)10の規定に従って仲裁規定の実施方法について合意に達したこと及び当該合意に定める条件に従い、一方の当事国の権限のある当局に対して当該事案が申し立てられたとみなされる日に関する情報について寄託者に通告した日(本条1(b))
(2)留保規定(本条2) 締約国は、本条約が対象租税協定の各当事国について効力を生ずる日のいずれか遅い日の前に一方の当事国の権限のある当局に対して申し立てられた特定の事案について仲裁規定を適用することについて両当事国の権限のある当局が合意する場合に限り当該事案について仲裁規定を適用する権利を留保することができることを規定している。
(3)対象租税協定が追加される場合の適用開始(本条3) 適用希望協定の一覧に追加されることによって新たに対象租税協定となる協定に仲裁規定が適用される日について、本条1及び2の特則を規定している。
二十九 脱退(第37条) いずれの締約国も、寄託者に宛てた通告によって、いつでも本条約から脱退することができること等を規定している。
三十 議定書との関係(第38条) 本条約は、一又は二以上の議定書によって補足することができること等を規定している。
三十一 寄託者(第39条) 本条約及び第38条(議定書との関係)に規定する議定書の寄託者は、OECD事務総長とすること等を規定している。
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