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解説記事2019年01月21日 【実務解説】 信託の先進国の米国から学ぶ福祉信託の税制(2019年1月21日号・№771)

実務解説
信託の先進国の米国から学ぶ福祉信託の税制
 一般社団法人民事信託活用支援機構 代表理事 高橋倫彦

まえがき 福祉信託とみなし受益者および特定委託者の制度

 更なる高齢化が進む日本においては、弱者にやさしい社会を形成するための福祉型の信託の発展が期待されるところである。障害者のための福祉型信託においては受託者の裁量が望まれるが、受託者裁量信託には「みなし受益者および特定委託者の制度」の理解が不可欠である。この制度は法律的には受益権を有しない者を受益者とみなして課税する制度であるから、納税者としては納得のいく説明が欲しいところである。財務省はその導入理由を多少説明しているが、この制度の理解は深まっていない(脚注1)。
 そこで本稿では、この信託の税制について、まず日本のみなし受益者および特定委託者の税制の問題点を浮き彫りにし、次にこれらに類似する米国の譲与者等信託の税制を紹介し、その上で日米の信託税制の比較から、あるべき姿を検討する。信託の先進国の米国の状況を知ることは、日本の税務の実務にも役立つと思われる。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添える。

第1章 日本のみなし受益者および特定委託者の定義と問題点
 福祉信託に関しては、法務には成年後見法制との関係及び改正相続法の施行の問題がある。医療には認知症等の精神的または肉体的な症状の確認の問題があり、税務にはみなし受益者および特定委託者の制度の問題がある。本稿では受益者等課税信託の税務の観点からみなし受益者および特定委託者の制度の問題点を検討する。

第1節 「みなし受益者」および「特定委託者」の定義
 平成19年度の信託税制の改正前においては、信託に対する受益者が特定していない場合または存在していない場合は委託者がその信託財産を有する者として所得税等が課税された(改正前所得税法13条1項2号、法人税法12条1項2号)。また、他益信託を設定した場合においても、受益者が特定していない場合または受益者が存在しない場合、もしくは停止条件付の権利について条件が成就していない場合は、依然として委託者が信託財産を有するとみなして、受益者等に相続税等が課税されなかった(改正前相続税法4条2項3号、4号)。
 平成19年度の信託税制では、これを発展的に解消し、「みなし受益者」および「特定委託者」の制度が導入された。

1.「みなし受益者」とは
(1)法令・通達の定義
 所得課税においては、信託の変更をする権限(軽微な変更をする権限として政令で定めるものを除く。)を現に有し、かつ、当該信託の信託財産の給付を受けることとされている者(受益者を除く。)は、受益者とみなして所得税または法人税を課税される(所得税法13条2項、法人税法12条2項)。
 この軽微な変更をする権限は信託の目的に反しないことが明らかである場合に限り信託の変更をすることができる権限とされ、信託の変更をする権限には、他の者との合意により信託の変更をすることができる権限を含むものとされ、また、停止条件が付された信託財産の給付を受ける権利を有する者は、信託財産の給付を受けることとされている者に該当するものとされる(所得税法施行令52条1項、2項、3項、法人税法施行令15条1項、2項、3項)。
 受益者とみなされる者には、信託の変更をする権限を現に有している委託者が次に掲げる場合であるものが含まれる(所得税基本通達13-8、法人税基本通達14-4-8)。
① 当該委託者が信託行為の定めにより帰属権利者として指定されている場合
② 信託法第182条第2項に掲げる信託行為に残余財産受益者若しくは帰属権利者(以下この項において「残余財産受益者等」という。)の指定に関する定めがない場合又は信託行為の定めにより残余財産受益者等として指定を受けた者の全てがその権利を放棄した場合
(2)改正担当者の説明  「信託の変更をする権限」については、所得税法の担当者も法人税法の担当者も同じように解説しているが、後者の方が詳しい。すなわち、「みなし受益者は、その者に信託財産に帰せられる所得が帰属するとみなして課税することが適当な状態にある者のことですが、このメルクマールについて、新信託法における受益者の概念(注1)(編注:新信託法2⑥⑦)を参考にしつつ、信託の変更をする権限(信託をコントロールする権利の具現化)を有するか否か及び信託財産の給付を受けることとされているか否かによって判断することとされました。なお、新信託法においては、委託者は信託行為に別段の定めがない限り信託の変更をする権限を有することとされ、残余財産受益者又は帰属権利者の定めがなければ委託者を帰属権利者として指定する旨の定めがあったものとみなすこととされていますので、このような場合には委託者がみなし受益者に該当することになります」。
 また、「新信託法では、信託行為に別段の定めがない限り、信託の目的に反しないことが明らかな場合には委託者の合意なくして信託の変更ができることとされています(新信託法149②③)が、このような信託の変更は軽微なものにすぎず、実質的に変更しないものと同様であると考えられるため、税法上信託をコントロールすることができる者に該当するか否かを判定する上での信託の変更には含めないこととしたものです」。
 更に「信託の変更は、新信託法上信託行為に別段の定めがない場合には委託者、受益者及び受託者の合意によって行うこととされている(新信託法149①)ように、信託行為において受益者とされた者であっても単独で信託の変更をすることはできないことから、みなし受益者となるか否かを判定する場合における信託の変更の権限についてもこれと同様、他の者との合意により信託の変更をすることができる権限を含むこととされたものです」。
 なお、「受益者としての権利を現に有する者(受益者とみなされる者を含みます。以下「受益者等」といいます。)が2以上ある場合には、受益者等課税信託の信託財産に属する資産及び負債の全部をそれぞれの受益者がその有する権利の内容に応じて有するものとし、当該信託財産に帰せられる収益及び費用の全部がそれぞれの受益者にその有する権利の内容に応じて帰せられるものとされています(法令15④)。すなわち、例えば信託に関する権利の一部が現に存しない者に帰属することとされている場合などにおいても、資産及び負債並びに収益及び費用は、受益者としての権利を現に有する受益者等にすべてが帰属することとされています。また、各受益者等に質的に均等に帰属することまでを定めたものではなく、……(中略)……信託行為の実態に応じて、帰属を判定するものと考えられます。」
 「以上の定義を形式的に当てはめたところ受益者等に該当する者であっても、権利の内容によってはその者に帰属させるべき資産及び負債並びに収益及び費用が限りなくゼロに近い場合もあると考えられ、この場合には、その者を受益者等として取り扱わないことも考えられます」。と解説している(脚注2)。

2.「特定委託者」とは
(1)法令・通達の定義
 相続課税においては、適正な対価を負担せずに当該信託の受益者等(受益者としての権利を現に有する者及び特定委託者をいう。以下この節において同じ。)となる者があるときは、当該信託の効力が生じた時において、当該信託の受益者等となる者は、当該信託に関する権利を当該信託の委託者から贈与(当該委託者の死亡に基因して当該信託の効力が生じた場合には、遺贈)により取得したものとみなされる。
 この「特定委託者」とは、「信託の変更をする権限を現に有し、かつ、当該信託の信託財産の給付を受けることとされている者(受益者を除く。)」をいい(相続税法9条の2第5項)、原則として次に掲げる者をいう(相続税法基本通達9の2-2)。
① 委託者(当該委託者が信託行為の定めにより帰属権利者として指定されている場合、信託行為に信託法182条2項に規定する残余財産受益者等(以下9の2-5までにおいて「残余財産受益者等」という。)の指定に関する定めがない場合又は信託行為の定めにより残余財産受益者等として指定を受けた者のすべてがその権利を放棄した場合に限る。)
② 停止条件が付された信託財産の給付を受ける権利を有する者(相続税法9条の2第5項に規定する信託の変更をする権限を有する者に限る。)
 なお、信託の変更をする権限を有する者には、異論があるが、受益者指定権者も含まれると解されている(資産課税課情報 第14号「相続税法基本通達」(法令解釈通達)の一部改正のあらまし(情報)(平成19年7月4日))。
 信託の変更をする権限は、軽微な変更をする権限として、信託目的に反しないことが明らかである場合に限り変更することができる権限を除き、他の者との合意により信託の変更をする権限を含むとされる(相続税法9条の2第5号、同法施行令1条の7)。
(2)改正担当者の説明  相続税法の改正担当者は特定委託者の要件を定めた理由を次のようの解説している。
 「受託者等に対して一定の行為を求めることができる権限と財産的な権利を有するか否かをメルクマールとして課税関係を生ぜしめることとされました。具体的には、先ず、信託に関する権利を有する者は、受益者としての権利を現に有する者及び特定委託者とされました。この両者を合わせて「受益者等」といいます(新相法9の2①)。この「受益者としての権利を現に有する者」とは、信託行為において「受益者」と位置づけられている者のうち、現に権利を有する者をいいます。例えば、信託法第90条第1項第2号の受益者のように委託者が死亡するまでは受益者としての権利を有さないこととされている者は、委託者が死亡するまでは現に権利を有する者とは言えないことから、委託者が死亡するまでは「受益者等」には含まれないこととなります。また、残余財産受益者であっても信託が終了し、残余財産に対する権利が確定するまでは残余財産の給付を受けることができるかどうかわからないような場合には、信託が終了し、残余財産に対する権利が確定するまでは「受益者等」には含まれないこととなるときもあります。」
 「この特定委託者は、基本的には、委託者を念頭においていますが、委託者でなくても信託行為によりこのような権限等を与えられた者がいれば、特定委託者に該当することとなります。なお、基本的に信託は、委託者の意思により受託者が信託財産を管理、処分等をするものであることから、委託者は何の権利も有さずとも課税関係を生ぜしめるべきとの考え方もありますが、相続人などの委託者の地位を引き継いだ者などの立場を考えると、やはり、課税関係を生ぜしめるには、受益者ほどではないにしろ、受託者等に対する一定の権限と財産的な裏付けが必要であるとの考えから、上記のような要件となったところです。」(脚注3)。
(3)委託者がみなし受益者も特定委託者になる場合  受益者等は信託財産に属する資産又は負債を有する者と見なされ(所得税法13条1項、法人税法12条1項)、またこれらを取得し又は承継したものとみなされる(相続税法9条の2第6項)。この受益者等にはみなし受益者も特定委託者も含む。このみなし規定により単独自益信託において金銭以外の資産を信託した場合に委託者に譲渡損益等が計上されないことになり(脚注4)、また委託者の受益権の取得に関し贈与税が課税されないこととなると思われる。

第2節 福祉信託の事例と問題点
 本節では障害者等に対する療養費等の給付を目的とする福祉信託を事例として取り上げる。この事例では、受益者である障害者を保護するために、健常者の受託者がその裁量で障害者の療養費等の給付を行い、療養の甲斐なく障害者が死亡し、信託財産が残った場合は、その残余財産は受託者に帰属するものとされる。さて、「みなし受益者」および「特定委託者」とは信託の変更をする権限を有し、信託財産の給付を受けることとされている者である。この事例では、受託者個人が「みなし受益者」および「特定委託者」等になるのであろうか。以下において、この問題を中心に検討する。
 ① 受託者の裁量の範囲  一般に契約を締結すれば、契約書に一方的な変更権限の付与の記載がなければ契約に拘束力があるので、契約の当事者は契約の途中で相手方の同意を得ずして契約を変更することができないが、契約当事者の全員の合意があれば変更することができる。信託の変更をする権限に他の者との合意により変更することができる権限が含まれるのであれば、契約当事者の全員が信託の変更をする権限を有することになる。しかし、療養費等の給付額の変更が障害者の療養費等の必要に応じた変更である限り、信託目的に反しない軽微な変更であるから、この変更は、信託の変更をする権限から除かれ、受託者は「みなし受益者」および「特定委託者」とはみなされない。
 ② 信託所得の納税義務  信託所得が受益者である障害者に帰属するのであれば、障害者が面倒な申告納税する必要が出てくる。これに対して受託者個人がみなし受益者及び特定委託者になるのであれば、受託者個人が納税義務を負うので、障害者の申告納税が不要なる。受託者個人は信託の収益や元本の給付を受けないので担税力がないが、受益者である障害者に所得税や贈与税を負担させることは避けたいという福祉信託ならではの事情がある。そこで受託者個人がみなし受益者又は特定委託者になり、その納税義務を負い、受託者個人が障害者に療養費等の給付を行うことが考えられる。この場合に、受託者個人が障害者の扶養者である場合は、扶養義務の履行として障害者への生活費や医療費を支出することになる。
 ③ 障害者への給付額に対する課税  受託者個人が受益者である障害者の扶養義務を負っている場合は、受益者への給付は扶養義務の履行であるから、受益者に所得税の課税はない(所得税法9条1項15号)。受益者への生活費(治療費や養育費も含む)又は教育費に充てるためにした贈与には贈与税の課税はない(相続税法21条の3、相続税法基本通達21の3-3)。受託者個人はその課税所得から被扶養者である障害者の医療費の控除や障害者控除を受けることができる(所得税法73条、79条)。
 ④ 贈与税または相続税の課税  受託者個人が特定委託者になる場合は、受託者個人に贈与税または相続税が課税されるのであろうか。障害者に高額の医療費がかかり、障害者が長生きしてその給付が増えれば、信託の終了により受託者個人に帰属する財産額が零になる可能性がある。受託者個人の特定受益者としての権利がこのように不確実であるならば、これを現に有するとは言えない。
 これに対して、障害者は、適正な対価を負担せずに受益権を取得するので、贈与税または相続税が課税されるのであろうか。障害者が特定障害者扶養信託契約に基づく信託財産の交付を受ける受益権を取得した場合は、相続税法の要件を充足すれば贈与税が非課税になる(相続税法21条の4)。この特定障害者扶養信託が非課税になるためには、受託者から障害者が受領する給付の額が、その生活又は療養の需要に応じるため、定期に、かつ、その実際の必要に応じて適切に支払われることが要件である(相続税法施行令4条の12)。障害者への給付がこのように定期的に支払われる場合は受益者としての権利を現に有しているとみなされる。なお、信託財産額が非課税限度額を上回る場合は障害者に対して贈与税を課税される。しかし、その給付が受託者の裁量権如何でもらえないリスクがあるのであれば、受益者としての権利を現に有しているとは言えない。
 もし障害者が受益者としての権利を現に有せず、受託者も特定委託者としての権利を現に有しない場合は、受益者等の存しない信託(相続税法9条の4)になるのであろうか。受益者等とは受益者としての権利を現に有する者及び特定委託者を言うので(相続税法9条の2第1項)、特定委託者がいる限りその権利を現に有しないとしても受益者等の存しない信託(相続税法9条の4)にはならない。
 もし受託者が裁量権を乱用し、受益者への給付額を抑えて信託財産を残し、信託の終了時に、これを自分に帰属させることが可能な場合は、受託者個人は特定委託者としての権利を現に有することになり、課税されることになると思われる。この場合、もし受託者が受益者より先に亡くなった場合は、受益者である障害者が信託財産に対し相続税を課税される危険がある。
 ⑤ 受益者連続型信託の場合  受益者連続型信託において委託者の長男が収益等の受益者、次男が残余財産の受益者、妻が受託者となり、その裁量で障害者である長男の療養費等の給付を行う場合、長男の療養費等の受給権は収益に関する権利が含まれるので、信託財産全額について相続税を課税されることになる(相続税法9条の3、相続税法基本通達9の3-1(2))。長男はこの信託から療養費等の給付を受けることができるが、多額の相続税の支払いのための給付を受けることができない。長男が給付金から相続税を支払うことができたとしても、療養費等の支払資金が不足するので信託目的である親亡き後の障害者の福祉が達成できないことになる。さりとて委託者の遺言による承継では不安が残る。
 受益者連続型信託は適正な対価を支払わないで取得した収益受益権に対して相続税を課すので、適正な対価を支払ってこれを取得すればこの課税を受けないのではないか。例えば、委託者が長男に収益受益権を適正な価額で譲渡する。この譲渡契約の効力の発生の停止条件を委託者の死亡とすれば、長男は委託者の死亡後に収益受益権を享受することができる。この場合長男は委託者に対価として支払う金銭を別途調達しなければならない。また次男は残余財産受益権を受益者連続の定めにより承継するとしても、その評価額は零にはならないと思われる。更に収益等の受益権の譲渡益があれば譲渡所得税を課税される。
 この信託において、妻が帰属権利者で、その信託の変更をする権限が軽微ではない場合は、妻がみなし受益者または特定委託者となり、妻と長男との二重課税の危険が発生する。しかし、みなし受益者又は特定受益者の制度は、受益者がいない場合に、受益者の存しない信託にならないようにするための制度であり、また、信託法上は受託者に帰属する所得を税法上は複数の受益者等に帰属すると擬制したので、信託法上の受託者以上の課税が行われることはない。従って受益者が存する以上、みなし受益者又は特定受益者である妻に収益が帰属しないので妻に課税が行われることはないと思われる。立法担当者は複数の受益者等がいる場合に、「権利の内容によってはその者に帰属させるべき資産及び負債並びに収益及び費用が限りなくゼロに近い場合もある」と解説している。
 ⑥ 利益相反の問題を回避する必要  この事例では、受託者が自己の帰属権利者としての利益を優先して、受益者に対する給付額を少なくするリスクがある。このように受益者の利益と受託者個人の利益とが相反することは好ましくない。そこで帰属権利者は受託者以外の者にすることが望ましい。これができない場合は、受託者の信託給付額の裁量を一定の基準の範囲内と決める必要がある。また、受益者は障害者であるから受託者を監督することができないので、別途受益者代理人又は信託監督人の設置が必要となる。

第2章 米国のみなし受益者および特定委託者
 米国の信託税制では、委託者等が信託に対して支配権を持っている信託を「譲与者等信託」(grantor trust)という。譲与者等(grantor)とは信託を作り、信託財産を拠出する者をいう。譲与者等は通常は委託者(settlor)であるから、この信託を「みなし自益信託」とも訳すが、譲与者等は必ずしも委託者に限らない。譲与者等信託とみなされる場合は、「譲与者等信託の特例」により、委託者等が受益者でないにもかかわらず所得税や相続税を課せられる。本章では、日本の税務当局が参考にしたと思われる、この米国の「譲与者等信託の特例」を紹介する。

第1節 所得課税における譲与者等信託の特例
 譲与者等信託の特例は連邦歳入法のSubtitle A, Chapter 1, Subchapter J, Part 1, Subpart E に以下の規定があり、これらの細則は財務省規則1.671条以下に規定がある。
(1)譲与者に帰属する所得等
 ① 譲与者等の所得(Income for benefit of grantor)になる場合
 このSubpart E(以下「本節」という)において、譲与者が信託の所有者(owner課税主体)としてみなされる場合は、譲与者の個人所得の計算において、信託に帰属する収益および費用が加算される(連邦歳入法671条)。
 ② 譲与者の所得にならない場合  譲与者が、信託収益をその裁量により法的扶養義務を負担している受益者の扶養の為に充当または分配することが可能である場合、その収益がそのように充当または分配される限り、信託収益は譲与者の課税所得とはみなされない(同法677条(b)、678条(c))。
(2)譲与者が信託の所有者とみなされる場合  次の場合、譲与者は信託財産を有しているとみなされて所得税を課税される。
 ① 復帰権的権利(reversionary interest)  譲与者が元本または収益に対して5%超の復帰的権利(reversionary interest(脚注5))を有する場合はその信託の所有者とみなされる。
 本節においては、譲与者の復帰的権利の価値は譲与者の利益のために最大限その裁量権を行使するのと仮定して決定される(同法673条)。
 ② 利益享受を支配する権利(Power to control beneficial enjoyment)  信託の元本または収益の受益権の享受が、不利益当事者(脚注6)の承認または同意なしに、譲与者の処分権(power of disposition)に服する場合は、譲与者がその信託の所有者とみなされる(同法674条)。
 ③ 信託財産の管理権限(administrative powers)  譲与者は、次の管理権限(administrative power)を有している場合は、信託の所有者とみなされる(同法675条)。
ア 不十分な対価による取引を行う権限
  譲与者が信託元本または収益を不十分な対価の金銭又はその等価物で買い付け、交換、取引、処分を行う権限。
イ 十分な金利または担保なしに借り入れる権限
  譲与者が信託元本または収益を十分な金利または十分な担保なしに直接または間接に(信託から)借り入れることを可能にする権限。但し、受託者が一般的な貸し出し権限に基づき、金利または担保にかかわらず誰にでも貸付する権限を付与されている場合は除く。
ウ 信託資金の借り入れの返済を留保する権限
  譲与者が信託元本または収益を直接または間接に借り入れて、税務年度の始まり前に金利を含む借入金を完全に返済しなかった場合。但し譲与者またはその従属者ではない受託者が十分な金利と十分な担保を取ってこの貸し付けを行った場合は、この限りではない。
エ 一般的な管理権限
  受託者でない者が受託者の承認または同意をなしに行使する次のような一般的管理権限。
・信託財産である会社の株式に関し、譲与者および信託株式の議決権の比率が大きい場合に、株式の議決権の行使またはその指図を行う権限。
・信託資金を、このような会社の株式または証券に投資または再投資の指図を行う権限、またはその拒否権の行使をする権限。
・信託元本を等価の代替資産と差し替えて再取得する権限。
 ④ 信託の取り消し権限(Power to revoke)  譲与者が信託一部でも取り消してその部分の信託財産を自分に復帰させる(revest)権限を持つ場合は、譲与者が信託の所有者とみなされる。但し、権限の行使による信託収益の受益がこの行使後にのみ起こる場合は、その権限が復帰的権利であったとしても、それまでは、譲与者は信託の所有者とはみなされない。しかしその行使後は信託の所有者とみなされる(同法676条)。
(3)信託収益が譲与者の配偶者等に分配される場合  次の場合、譲与者は信託の所有者とみなされる(同法677条)。
ア 信託収益が譲与者またはその配偶者に分配され、または譲与者の指図により分配される可能性のある場合、
イ 信託収益が、譲与者またはその配偶者への将来の分配の為に留保され、または積み立てられる場合、または、
ウ 譲与者またはその配偶者の生命保険証書の保険料の支払いに充当される場合、
 但し、権限の行使による信託収益の受益がこの行使後にのみ起こる場合は、その権限が復帰的権利であったとしても、それまでは譲与者は信託の所有者とはみなされない。しかしその行使後は信託の所有者とみなされる。
(4)譲与者が信託の所有者とみなされない場合  譲与者の信託の利益享受を支配する権利が次のような権利(power)の場合には、譲与者がその信託の所有者とみなされない(同法674条但し書き)。
 ① 信託収益を被扶養者(dependent)の扶養(support)に充てる権限
 ② 事実の発生(occurrence of event)後にだけ受益権の享受に影響を与える権限
 ③ 遺言のみにより信託の受益者を指名する権限
 不利益当事者(adverse party)の承認または同意なしに、委託者の遺言のみにより信託の留保利益の受益者を指名する権限。
 ④ 公益信託の受益者に対する元本または収益の給付権限
 ⑤ 次のような信託元本の分配権限
(ア)受益者への元本分配権が信託証書に規定された合理的に明確な基準に基づき制限される場合の元本分配権限。
(イ)信託元本があたかも別々の信託を構成するように、収益受益者への元本の分配が当該受益者への収益の支払いのための信託元本をその比例的割合で取り崩す場合の元本分配権限。
 ⑥ 収益を一時的に留保する権限  収益受益者に信託収益を分配するかまたはその受益者の為にこれを留保する権限。但し、留保利益は最終的に当該受益者に対して支払われなければならない。
 ⑦ 受益者の行為無能力の間は信託収益を留保する権限  収益受益者が法的に無能力の状態の間、またはその受益者が21歳未満である間は、そのような受益者に信託収益の分配を留保して元本に加算する権限。
 ⑧ 元本と収益の間の割り当て権限  元本と収益の間に受領と支払いを割り当てる権限。
 ⑨ 独立受託者(independent trustee)の一定の権限の例外  譲与者またはその従属者ではない受託者により行使される次の権限。
(ア)受益者に対する信託収益の分配、割り当て、または積み立て
(イ)受益者に対する元本の支払い
 ⑩ 基準に基づき制限された信託収益割り当て権限  譲与者またはその従属者ではない受託者が受益者に対して行う信託収益の分配、割り当て、または積み立てが、合理的に定義された外部的基準により制限されている場合の権限。
(5)実質的所有者(substantial owner)としての譲与者以外の者 原則:以下の場合は譲与者以外の者であっても、信託の所有者とみなされる(同法678条)。
(ア)自分だけの権限の行使により、信託元本または収益を自分自身に帰属させることのできる権限を有する場合、または
(イ)そのような権限を以前に部分的に放棄または修正したが、その後も信託の所有者としての支配権を維持する場合
例外:もし、この信託の譲与者以外の者が、この節のこの条文以外の条項により所有者とみなされる場合は、この原則は適用されない。また、その者が受託者としての資格で法的扶養義務を負っている者の扶養の為に信託所得を充当する場合は、そのように充当する限り、この原則はその者に適用されない。このような充当または分配が元本から支払われた場合は、そのような金額は同法661条(a)の2項の意味の範囲内で支払われたものとみなされ(信託の所得から控除され)、また、同法662条により譲与者等に対して課税される(受益者の分配所得)。
(6)譲与者が信託所得にかかる所得税を支払った場合  信託所得は受益者に帰属すべきものであるから、譲与者が支払った所得税相当額については、譲与者が受益者に対してこれを贈与したに等しいが、内国歳入庁はこれに課税しない(内国歳入庁ルーリング2004-64,2004-2C.B.7)。

第2節 遺産・贈与税における譲与者等信託の特例

(1)信託財産に対する遺産税の課税がある場合
 次のような譲与者等信託による移転は課税される。
 ① 留保生涯権付移転(transfer with retained life estate)  被相続人が信託により受託者に移転し、次のような権利を生涯にわたって留保した場合、その信託財産は、その権利の範囲内で、被相続人の課税遺産に含まれる(同法2036条(a))。
(ア)財産の所有または享受、またはそこから発生する収益の受益権、または
(イ)その権利者を指名する権利
 ② 死亡時に発効する移転(transfer taking effect at death)  被相続人が信託により受託者に移転した信託財産に対する権利が次のような場合は、その信託財産は、その権利の範囲内で、被相続人の課税遺産に含まれる(同法2037条(a))。このような信託はいわゆる遺言代用信託である。
(ア)被相続人より長生きすることによってのみ、権利に基づく財産の所有または享受を受ける場合、かつ
(イ)被相続人がその財産の価額の5%を超える価額の復帰権を留保していた場合
 ③ 取り消し可能な移転(Revocable transfers)  被相続人が信託により移転したが、その受益権が、被相続人の変更、修正、解除又は終了権限の行使により、変更される場合は、その権利の範囲内で、信託財産が課税遺産に含まれる(同法2038条)。
 ④ 指名権(Powers of appointment)  被相続人が一般指名権を有するか、又は指名権を行使した結果、もしその財産の移転が被相続人所有の財産の移転であったなら、その財産が被相続人の課税財産に含まれたであろう場合は、その財産が、その権利の範囲内で、被相続人の課税遺産に含まれる(同法2041条)。
(2)信託財産に対する遺産税の課税がない場合
 ① 委託者が信託収益を受領する期間が生前の一定期間であった場合
 委託者の信託収益を受領していたが、委託者の死亡前にその信託が満期となり、残余財産受益者に信託財産が交付された場合は、信託財産に対して遺産税の課税はない。例えば、委託者留保信託(grantor-retained trusts)により、委託者がその収益受益権等を保有し、残余財産受益権(remainder)を委託者の家族の者に贈与した場合、委託者が信託の満期まで生存していれば、信託財産は委託者の遺産財団に含まれることなく、残余財産受益者である家族の者に交付される(連邦歳入法第2702条、財務省規則CFR25.2702)。しかし委託者が信託期間中に死亡した場合は信託財産に対して遺産税が課税される。
 ② 委託者が復帰権を留保しないか、または生前に受益権が発効する信託の場合  このような信託の場合は遺産税の課税はない。例えば障害者のある子に収益受益権を付与し、元本受益権を健常者の子に残す信託は譲与信託ではないので、委託者の死亡時に信託財産に対して遺産税の課税はない。
(3)遺産税及び贈与税のための特別の先取特権(Special lien for estate and gift tax)  遺産税が支払われなかった場合は、遺産税の対象の財産を保有する受託者または受益者等は個人として未払い遺産税の支払い義務がある(連邦歳入法6324条(a)(2))。贈与税が支払われなかった場合は、贈与税の対象の財産を保有する受贈者は個人として未払い贈与税の支払い義務がある(同法同条(a)(3))。

第3章 米国の譲与者等信託の税制から学ぶこと
 第1章第2節で述べたように、障害者の為の福祉信託には、みなし受益者および特定委託者の制度に関して、受託者の裁量の範囲、特定委託者に対する所得税又は贈与税の課税、障害者に対する所得税又は贈与税の課税等についての現行法の税務の取り扱いが必ずしも明瞭ではない。そこでこの章では日本のみなし受益者および特定委託者の制度と米国の譲与者信託の制度とを比較する。両制度の範囲は異なるが、長い歴史のある米国の制度は参考になる。
(1)受託者の裁量の範囲  日本では受託者の裁量権が軽微なものは受託者個人がみなし受益者又は特定委託者とはならないが、この軽微な変更権かどうかの判定基準が必ずしも明確ではない。
 これに対して米国の譲与者等信託の制度では、受益者への元本の分配が信託証書に規定された合理的で明確な基準に基づく場合等の一定の場合は課税対象から除外され、その判定基準が具体的に明記されている。日本も今後法令解釈通達等によりこの基準を明確にすることが求められる。
(2)信託所得に対する所得税の課税  日本では受益者課税信託の受益者は、信託財産から発生した収益に関し現実の給付の有無にかかわらず課税される。受託者個人がみなし受益者になる場合は、受託者個人が課税されるが、被扶養者の扶養のために給付を行う場合は、扶養控除を受けることができる。
 米国では受託者が裁量権を有する信託は複雑信託となり、その留保所得は受託者(信託財産)に所得税が課税され、その分配所得は受託者の所得から控除され、受益者に課税される。譲与者等信託では譲与者個人課税が原則であるが、信託の利益を配偶者以外の被扶養者の扶養に充てる場合は、譲与者等は課税されない。
(3)給付を受けた障害者への所得税の課税  日本では、受益者が被扶養者の場合、信託元本から扶養の給付や学費の給付を受けても、所得税や贈与税の課税はない。
 米国でも同様である。
 障害者の扶養者は日米共に障害者の医療費の所得控除を受けることができる。
(4)信託財産に対する贈与税等の課税  日本では適正な対価を負担していない受益者は贈与税等を課税されるのが原則であるが、受託者個人が特定委託者になる場合は、受託者個人に贈与税等が課税される危険があり、また贈与税等が課税された特定委託者の死亡により、障害者が現に受益権を有することとなった場合は、遺贈により相続税が課税されるリスクがある。
 米国では、信託による贈与または遺贈には原則として贈与税又は遺産税が課税されるが、贈与税または遺産税は贈与者または遺産管理人が課税されるので、受益者連続型信託の場合でも収益受益者を含め受益者は課税されない。委託者が取り消し可能な遺言代用信託を設定した場合、この信託は譲与者等信託であるから委託者は贈与税を課税されないが、委託者の死亡時に信託財産が委託者の遺産として課税される。
(5)受益者連続型信託の収益受益権の課税  日本では、障害者が受益者連続型信託の収益受益権を取得した場合でも、取得した収益受益権の価値を大きく上回る信託財産の価値に対して課税される。
 米国では、前述のように贈与税または遺産税は贈与者または遺産管理人に課税されるので、受益者は課税されない。また信託財産に対する課税は被相続人が留保生涯給付移転(第2章第2節(1)①)を行う場合等の一定の場合に限定される。
 福祉信託を普及させる立場からは、日本の受益者連続型信託課税方法について当局の再考をお願いしたい。
(6)みなし受益者および特定委託者の制度の利用  福祉信託においては、受益者である障害者に対して所得税又は贈与税を負担させることは避けたいので、健常者である委託者又は受託者がみなし受益者又は特定委託者となり、課税を受けることが望ましい場合が少なくない。福祉信託はそれぞれの家庭の事情を考慮して、適切な仕組にする必要がある。税務当局には、みなし受益者および特定委託者の制度を適切に利用できるよう税務環境を整えていただくようお願いしたい。

高橋倫彦 たかはし ともひこ
 東洋信託銀行(現三菱UFJ信託銀行)、外資系の信託銀行を経て、ベルニナ信託(現FPG信託)の取締役。現在一般社団法人民事信託活用支援機構の代表理事。富裕層向けの信託の設計、家族信託の設計では日本でも数少ない専門家。本誌に掲載された論文「受益者複層化信託の税務の取扱い─所得課税と相続課税─」は第39回日税研究賞の奨励賞を受賞。
 著書に『信託を活用した ケース別 相続・贈与・事業承継対策』日本法令(共著)等多数がある。

脚注
1 財務省「平成19年度 税制改正の解説」83-84頁、294頁-295頁、477頁。
2 前出(注1)293頁-295頁。
3 前出(注1)476頁。
4 前出(注1)294頁。
5 復帰権的権利とは設定者が有する復帰権などの将来権をいう。復帰権とは例えば生涯権者が死亡してその生涯権が消滅したときに、信託財産が自動的に設定者に戻る権利である。
6 不利益当事者とは権限の行使で不利益を受ける受益者をいう。

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