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解説記事2020年11月09日 実務解説 民事信託の会計(2020年11月9日号・№857)

実務解説
民事信託の会計
 一般社団法人民事信託活用支援機構 代表理事 髙橋倫彦


 信託の会計は受託者の信託事務の中核をなすものであり、受託者の監督に欠かせないツールである。限定責任信託の会計については、特に厳格な計算等の特例が認められている(信託法221条、信託計算規則第3章)、民事信託といえども受託者は信託の会計を適正に行う義務がある。しかし信託の会計は商事信託を中心に発展したので、民事信託の会計に関する文献はごく少ししか見かけない(脚注1)。信託銀行等は、バブル期以降特定金銭信託等による機関投資家のための大量の有価証券の事務管理のシステムを開発し、また資産流動化信託による金銭債権や不動産の管理業務の態勢を整えた。彼らは、信託の会計実務をそのノウハウと考えているため、これを一般に公開することをためらっている。そこで、本稿では筆者の信託会社等における勤務経験を踏まえて民事信託の会計について解説する。

Ⅰ 信託会計

(1)委託者、受託者、受益者の信託会計
 会計単位とは主体性のある一つの財産の集合体であり、その典型例は法人の擬制である。法人は自然人ではないが、法律上その資本に人格があるかのようにみなし、これを一個の会計単位と考えてその財産、その取引、そこから生ずる損益を帰属させる。会計とはこの会計単位の一定時点の財産を記録し、その取引から生ずる財産の出入りと収益・費用を記帳し、その決算においてその会計年度の財産の状況を表示し、その損益を計算する技法である。信託財産は一つの財産の集合体であり、受託者の中にあるが、受託者の固有財産から独立した一つの会計単位とみなされる。そこで信託の会計とは、受託者が行う信託財産の会計のことをいう。しかし広く信託会計という場合は、信託関係の当事者である委託者及び受益者が行う信託財産に関する会計処理を含む。信託財産は信託の設定により委託者から受託者に移転するので、信託会計の検討はもっぱら受託者による会計(以下「受託者会計」という)と受益者による会計(以下「受益者会計」という)を対象とする。自益信託では信託設定後も委託者が受益者として信託の利益を享受するので、委託者が当初受益者として会計を行う。
 信託法は受託者に信託財産の会計に関する事務処理を行う義務を課し、営業受託者は信託業法等による規制を受ける。
(2)信託会計の論点
 信託会計の論点としては、貸借対照表の科目が信託財産構成物か受益権か、総額法か純額法か、その価額は簿価か時価か、所得の認識がパススルーかペイスルーか、受託者の信託勘定と委託者の固有勘定とを連結するか単独か、自益信託の場合、信託財産構成物の取得価額は信託勘定の簿価と委託者の簿価と通算するか分離するか等が考えられる。
(3)信託の税務会計
 受益者が個人の場合は、所得税の確定申告のための税務会計を行う。法人の場合は企業会計原則に従い会計処理を行い、これを調整して課税所得を計算する。受益者等課税信託の場合は、受託者の会計処理に拘わらず、受益者が、自己の持分について信託財産に属する資産および負債を保有し、信託財産に係る収益及び費用を帰属させて、その所得を計算しなければならない。法人課税信託では受託者が信託所得を認識し、信託勘定ごとに法人税を申告納税する。
 集団投資信託では信託受益権は金融商品として、受託者が会計処理を行い、受益者は受託者から信託給付を受けた時にその信託給付額について所得を認識する。

Ⅱ 受託者の経理事務

(1)受益者等の信託事務処理状況等を知る権利
 委託者又は受益者は受託者に対して信託事務の処理の状況並びに信託財産に属する財産及び信託財産責任負担債務の状況について報告を求めることができる(信託法36条)。受益者は、受託者に対し、信託帳簿等の書類の閲覧又は謄写の請求をすることができる。この請求があった場合、受託者は原則としてこれを拒むことができない(同法38条1項、2項)。受託者は、財産状況開示資料又は電磁的記録を作成したときは、その内容について受益者に報告しなければならない。ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる(同法37条3項)。
(2)受託者の経理事務
 受託者は上記の委託者又は受益者の知る権利に応じるために、適正な経理事務を行わなければならない。すなわち、信託事務に関する計算並びに信託財産に属する財産及び信託財産責任負担債務の状況を明らかにするため、信託計算規則で定めるところにより、信託財産に係る帳簿その他の書類(信託帳簿)又は電磁的記録を作成し保存しなければならない(信託法37条1項、4項、信託計算規則4条1項、2項)。信託帳簿は、一の書面その他の資料として作成することを要せず、他の目的で作成された書類又は電磁的記録をもって信託帳簿とすることができる(同規則4条2項)。
 受託者は、毎年一回、一定の時期に、信託計算規則で定めるところにより、貸借対照表、損益計算書その他の信託計算規則で定める書類(財産状況開示資料)又は電磁的記録を作成しなければならない(信託法37条2項)。信託帳簿及び財産状況開示資料等については信託計算規則4条2項以下に定めがある。財産状況開示資料は信託財産に属する財産及び信託財産責任負担債務の概況を明らかにし、信託帳簿に基づいて作成しなければならない(同規則同条4項および5項)。信託帳簿又は財産状況開示資料の作成に当たっては、信託行為の趣旨をしん酌しなければならない(同規則同条6項)。
(3)営業受託者の規制
 信託会社等の営業受託者はその受託する信託財産についてその計算期間ごとに信託財産状況報告書を作成し、その受益者に対して交付しなければならない(信託業法27条1項)。計算期間は原則として1年を超えることができない(同法26条3項)。営業受託者は、金融商品の信託の会計については金融商品会計基準を、集団投資信託についてはその信託固有の会計規則をそれぞれ遵守しなければならない。

Ⅲ 信託会計の原則

(1)信託会計の原則
 ① 信託会計の定め

 信託法は「信託の会計は一般に公正妥当と認められる会計の慣行に従うもの」と定め(13条)、信託計算規則はその解釈・適用に関しては「一般に公正妥当と認められる会計の基準その他の会計の慣行をしん酌しなければならない」と定めている(3条)。受託者が遵守すべきこの「会計の慣行」は、企業会計の原則等に限らないと解されている。民事信託の受託者は会計に疎い個人が多く、個人の会計に特段の会計原則の定めはない。信託行為に会計の定めがあった場合、これが一般に公正妥当と認められる会計の慣行に従っていれば、これに従ってよいと解されている(神田秀樹、折原誠「信託法講義」第2版弘文堂50頁)。企業が受託者の場合は企業会計の原則等に従う。
 ② 企業会計の原則等
 企業会計の原則については企業会計審議会の定めた「企業会計原則」があり、また企業会計基準委員会が公表した各種の企業会計基準がある。信託に関しては、バブル経済の時代に運用を目的とした金銭の信託が隆盛となり、その崩壊後の時代に不動産の流動化を目的とした不動産の信託が発展した。そこで、その過程で形成された信託会計の慣行に基づき、平成11年に企業会計基準委員会が金銭の信託を含む金融商品の会計基準「金融商品に関する会計基準」(企業会計基準第10号、以下『金融商品会計基準』という)を公表した。続いて平成12年に日本公認会計士協会は会員の公認会計士のために「金融商品会計に関する実務指針」(会計制度委員会報告第14号)と「特別目的会社を活用した不動産の流動化に係る譲渡人の会計処理に関する実務指針」(同委員会報告第15号)を公表した。これらの実務指針は近時若干の改正が行われている。
 ③ 新信託法制定に伴う信託会計の基準
 新信託法の制定を受けて、平成19年に企業会計基準委員会は「信託の会計処理に関する実務上の取扱い」(実務対応報告第23号)を公表し、令和元年にこれを若干改正した。また、平成25年に「従業員等に信託を通じて自社の株式を交付する取引に関する実務上の取扱い」を公表した(実務対応報告第30号)。
(2)金融商品の企業会計基準の適用
 金融商品については金融商品会計基準が優先する。有価証券の信託、金銭の信託、金融資産の信託受益権は金融商品として金融商品会計基準の適用を受ける。これらの信託については、金融商品会計に関する実務指針、金融商品会計に関するQ&Aの適用を受ける。なお、金融商品として信託受益権は自益信託の受益権であり、民事信託で多く利用される他益信託ではない。
(信託の種類別の適用)
① 有価証券の信託
  委託者及び受益者は当該信託を構成する有価証券を自己が保有していたときと同一の保有目的区分に分類し、それに従って評価及び会計処理を行う(実務指針78項)。
② 金銭の信託(合同運用を除く)
  信託契約毎に、運用目的、満期保有目的、又はその他に区分する(実務指針97項)。運用目的の場合は当該信託の構成物である金融資産および負債について、金融商品会計基準により付されるべき評価額を合計した額をもって貸借対照表価額とし、その評価額は当期の損益として処理する(金融商品会計基準24項、実務指針98項)。運用目的の信託財産構成物である有価証券は売買目的の有価証券とみなし、時価で評価される(同基準注8)。特定金銭信託又は指定金外信託については運用を目的とする金銭の信託と推定される(同基準87項)。信託財産構成物である有価証券の取得価額は、企業の保有する同一の有価証券から簿価分離された取得価額に基づき信託契約毎に算出する(実務指針98項なお書き)。
  満期保有目的に区分されるためには、信託契約において原則として受託者に信託財産構成物の売却を禁止しており、かつ信託期日と債券の償還期限が一致していることなどが明確になっていることが必要である。信託財産構成物である有価証券をその他有価証券に区分するためには、信託契約にその強い根拠が必要である(実務指針288項後段)。
③ 金融資産の信託受益権
  金融資産の信託受益権(金銭の信託及び有価証券の信託を除く)の保有者の会計は以下の評価を行う。
 ア 信託受益権が質的に単一の場合は信託財産構成物を受益者がその持分に応じて直接保有するのと同様の評価を行う。
 イ 信託受益権が優先劣後のように質的に分割されており、その保有者が複数ある場合には、信託を一種の事業体とみなして、当該受益権を信託に対する金銭債権(貸付金等)の取得又は信託からの有価証券(債券、株式等)の購入とみなして取り扱う。但し、企業が信託財産構成物の委託者である場合で、かつ信託財産構成物が委託者たる譲渡人にとって金融資産の消滅の認識要件を満たす場合には譲渡人の保有する信託受益権は新たな金融資産ではなく、譲渡金融資産の残存部分として評価する(実務指針100項、291項)。
④ 不動産信託受益権
  信託受益権の会計処理は、受益者がその信託財産を直接所有するものとみなして会計処理する考え方(信託導管論)が、我が国の会計慣行となっており、受益者が信託設定により取得した不動産信託受益権を法的に売買すれば、会計上、信託財産そのものの売買と同様に扱うことになる。
  不動産の信託に係る受益権の売買は、通常、信託財産である不動産の全部又は一部を売買したのと同一の効果を生ずるものと考えられ、委託者兼当初受益者が信託設定により取得した不動産信託受益権の全てを法的に売買すれば、当該信託受益権の売却は、会計上は信託財産の売買と同様に取り扱う。
  したがって、信託受益権の譲渡に関する会計処理については、信託財産たる不動産そのものの譲渡と同様に、リスク・経済価値アプローチに基づいて処理することになる(特別目的会社を活用した不動産の流動化に係る譲渡人の会計処理に関する実務指針44項)。
(質的に単一な信託受益権)
 質的に単一な信託受益権の場合は、流動化された不動産のうち、その対応する部分のリスクと経済価値が、特別目的会社を通じて他の者が取得した持分に分割されて均質に移転していると考えられるため、譲渡人は、リスク負担割合を算定して判断することなく、当該他の者に移転したリスクと経済価値が含まれている不動産信託受益権部分について売却取引として会計処理を行うことが適切である(同実務指針45項)。
(質的に異なる信託受益権)
 受益権が優先受益権と劣後受益権に分割されている場合には、信託財産が一つの財産権であるため、それぞれの受益権を独立した財産権とみなすことができないため、譲渡人が劣後受益権を保有していることに基づいて生ずるリスク負担割合の状況によっては、当該信託財産のリスクと経済価値のほとんど全てが他の者へ移転したと認めることができない場合がある。
 したがって、当該不動産全体に関するリスクと経済価値のほとんど全てが譲受人である特別目的会社を通じて他の者に移転しているときに限り、譲渡人が保有する信託受益権部分を除き、売却取引として会計処理を行うことが適切である。
 この場合のリスク負担割合は、リスク負担の金額を譲渡人が保有する信託受益権の時価とし、流動化する不動産の譲渡時の適正な価額(時価)を全ての信託財産、すなわち信託受益権の全体の時価として算定する。また、流動化に伴う不動産の売却価額は、譲渡された信託受益権の譲渡価額となる。
 なお、信託財産の簿価と時価が異なり信託元本が信託財産の委託者簿価によって設定されている場合には、当該信託財産の売却原価の決定については以下の二つの方法が考えられる。
① 信託契約上の信託元本(受益権の額面)比率により簿価を配分する方法
② 受益権の時価の比率により簿価を配分する方法
 この売却原価の決定については、実務指針では、②の受益権の時価の比率により簿価を配分する方法の方がより客観的であると考えている(同実務指針46項)。
(3)信託の会計処理に関する実務上の取り扱い
 実務対応報告第23号は、金銭の信託に限らず、もの(金銭以外)の信託を含めて、自益の信託の委託者、受益者又は受託者の会計処理を定めている。なお自益の信託では委託者は当初受益者を兼ねる。
 ① 自益の金銭の信託における委託者及び受益者の会計処理(実務対応報告第23号Q1とQ2)
ア 委託者が単数の場合
 設定時の会計処理:
信託金銭の勘定科目を「現預金」から「金銭の信託」に振り替える。
 期末時の会計処理:その信託目的により運用目的、満期保有目的、その他に区分する。運用目的の信託(トッキン)は、その信託財産を構成する金融資産の評価額の合計額をその信託の貸借対照表評価額とし、その評価差額は当期の損益とする。
イ 委託者が複数の場合
 設定時の会計処理:
投資信託の場合は、信託金銭の勘定科目を「現預金」から「有価証券」に、合同運用の金銭信託(法人税法2条26号)の場合は、「合同運用金銭信託」に振り替える。
 受益権の売却時及び期末時の会計処理:受益者(他から受益権を譲り受けたものを含む)は、投資信託の場合は「有価証券」として会計処理を行う。合同運用金銭信託の場合は、取得原価をもって貸借対照表評価額とする。
 ② 金銭以外(もの)の信託における委託者及び受益者の会計処理(Q3とQ4)
ア 委託者が単数の場合
 信託設定時の会計処理:
金融資産の信託(有価証券の信託を含む。)や不動産の信託等の場合、委託者兼受益者は、信託財産を直接保有する場合と同様の会計処理を行い、損益は計上しない。
 受益権の売却時の会計処理:信託財産を直接保有していたものとみて(リスク経済価値アプローチにより)売却処理の会計処理を行う。
  但し、信託による流動化において、優先部分と劣後部分のように質的に異なる受益権に分割し、その優先受益権のみを譲渡する場合は、その譲渡を売却処理するためには、その優先受益権が消滅の認識要件を満たす必要がある(金融商品会計実務指針291項)。また、不動産の信託の優先受益権を売却処理するためには、当該不動産全体に関するリスクと経済価値のほとんどすべてが他の者に移転していなければならない(不動産流動化実務指針21項)。
 期末時の会計処理:原則として信託財産を直接保有する場合と同様の会計処理を行う。受益者が複数で受益権が同質に分割されている場合はその持分割合に相当する部分を受益者の貸借対照表における資産及び負債として計上し、損益計算書についても同様に持分割合に応じて処理する。このように資産と負債を相殺しない方法を「総額法」という。
  但し、次のような場合には、各受益者は受益権を当該信託に対する有価証券の保有とみなして評価する。この場合の評価は事実上純額になる。
・受益権が優先劣後等のように質的に異なるものに分割され、かつ譲渡等により受益者が複数になる場合や受益者が多数となる場合。
・受益権の譲渡等により受益者が多数(多数になると想定されるものも含む。以下同じ。)となる場合。なお、このように受益者が多数となる場合とは、受益権の分割や譲渡が有価証券の募集(金融商品取引法2条3項)又は有価証券の売出しにあたるときが考えられる。
イ 他から受益権を譲り受けた受益者の会計処理
  原則として、受益者は信託財産を直接取得したものとみて会計処理を行い、受益権をさらに売却したときには、信託財産を直接保有していたものとみて消滅の認識(又は売却処理)(金融商品会計基準9項並びに不動産流動化実務指針19項および20項)の要否を判断する。期末時に総額法により会計処理する。
  但し、受益権が質的に異なるものに分割されている場合や受益者が多数となる受益権を取得した時は、当該信託に対する有価証券の取得とみなして処理し、受益権をさらに売却したときには、有価証券の売却とみなして売却処理することになる。期末時には、受益権を当該信託に対する有価証券の保有とみなして処理することになる。
ウ 委託者が複数の場合
  省 略
 ③ 事業の信託における委託者及び受益者(Q5)
 省 略
 ④ 受益者の定めのない信託の委託者(Q6)
 委託者がいつでも信託を終了できるなど、通常の信託とは異なるため、原則として、委託者の財産として処理することが適当だと考えられる。ただし、信託契約の内容等からみて、委託者に信託財産の経済的効果が帰属しないことが明らかであると認められる場合には、もはや委託者の財産ではないものとして処理する。
 ⑤ 自己信託における委託者及び受益者(Q7)
 自己信託においては、委託者が受託者となるが、その会計処理は、基本的には他者に信託した通常の信託と相違はないと考えられる。
 ⑥ 受託者の会計処理(Q8)
 明らかに不合理だと認められる場合を除き、信託の会計は信託行為の定め等に基づいて行うことが考えられる。
 但し、次のような信託については、信託財産に対する債権者が存在したり、現在の受益者以外の者が受益者になることが想定されたりするので、利害関係者に対する財務報告を特に重視する必要性がある。そこで、当該信託の会計については、株式会社の会計(会社法431条)や持分会社の会計(会社法614条)に準じて行うことが考えられる。このような信託の会計は、原則として、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準じて行うことになる。
ア 新信託法第216条に基づく限定責任信託
イ 受益者が多数となる信託(この点については、Q3を参照)
 なお、受託者が信託行為の定めに基づくなど財産管理のための信託の会計を行っていても、受益者の会計処理は、原則として、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に基づいて行うことに留意する必要がある。
(4)民事信託や他益信託の場合
 前述の会計基準及び実務指針はいずれも主として商事目的の自益信託の場合を扱っており、民事信託や他益信託の場合ではない。
 民事信託では税法上原則として受益者等課税信託になり、受益者が信託財産に属する資産および負債を有するとみなされる。信託の会計処理に関する実務対応報告は、金銭以外(もの)の信託の受益権を他から譲り受けた受益者の会計処理においては、税法上と同様に、受益者が信託財産を直接取得したものとして会計処理を行うとしている。そこで、民事信託や他益信託の場合も受益者が信託財産を直接有しているものとして会計処理を行ってよいと思われる。
 しかしながら、同実務対応報告は、その受益権が優先部分と劣後部分のように質的に異なるものに分割されている場合は、受益権を当該信託に対する有価証券とみなして処理することになるとしている(Q3A4)。民事信託の受益権が複層化されて収益部分と元本部分とに分割されている場合は、優先部分と劣後部分とに分割されている場合と同様に受益権を当該信託に対する有価証券とみなして処理することが考えられるが、受益権複層化信託の会計処理はまだその会計慣行ができていない。
(5)限定責任信託及び受益証券発行限定責任信託の会計
 これらの信託については信託計算規則の第3章と第4章に特則がある。
(6)集団投資信託の会計
 集団投資信託については、次のようにその信託固有の会計規則があり、これを遵守しなければならない。
 ① 信託協会 受益証券発行信託計算規則
 新信託法では、従来、貸付信託等、一部の信託でしか認められなかった受益権の証券化が一般化され、いわゆる「受益証券発行信託」が新たな信託の類型として認められた。受益証券発行信託のうち、「未分配利益が信託元本総額の2.5%以下であること」等、一定の要件を満たすもの(「特定受益証券発行信託」という)は集団投資信託に該当し、分配時受益者課税となる。受益証券発行信託の受託者は信託協会が公表した「受益証券発行信託計算規則」を遵守しなければならない。
 ② 投資信託財産の計算に関する規則
 投資信託及び投資法人の受託者は、投資信託及び投資法人に関する法律の実施のための「投資信託財産の貸借対照表、損益及び剰余金計算書、附属明細表並びに運用報告書に関する規則」を遵守しなければならない。
 ③ 特定目的信託財産計算規則
 資産の流動化に関する法律に基づき特定目的信託を用いて資産の流動化を行う場合、当該信託の受託者は特定目的信託財産の計算に関してこの計算規則を遵守しなければならない。

Ⅳ 受託者の税務事務

(1)所得税又は法人税
 ① 受益者等課税信託
ア 信託財産に関する税務情報の提供

  受託者は、自身は課税されないが、受益者の所得税の申告のために、下記のような信託財産に関する税務情報をその知りうる範囲で受益者に提供する必要がある。
 ア 資産および負債:取得価額、減価償却累計額、信託借入額等
 イ 収益は、所得の種類別収益額、控除された源泉徴収税額等
 ウ 費用は、減価償却費、取引手数料、管理手数料、登録免許税、固定資産税、不動産取得税、印紙税、消費税等
イ 信託の計算書の提出
  受託者は、各人別の信託財産に帰せられる収益の額の合計額が3万円を超える場合は、原則としてその信託の受益者別の計算書を、毎年1月31日までに、受託者の所轄の税務署長に提出しなければならない(所得税法227条)。計算書は受益者等に交付した信託の利益の内容、受益者等の異動及び受託者の受けるべき報酬等に関する事項等を記載する(同法施行規則96条1項)。
 ② 受益者等が存しない信託
 受益者の定めがない信託、又は受益者の定めはあるが受益者としての権利を現に有する者が存しない信託を、税法では「受益者等が存しない信託」といい、法人課税信託になる(法人税法2条29号の2)。
 受益者の定めがない信託は寄付等を目的とし信託財産の給付を受ける受益者の存在を予定しない信託である。また、受益者としての権利を現に有する者が存しない信託は、受益者が未存在の場合、受益者が不特定の場合、受益者となることに停止条件又は効力発生の始期が付されている場合の信託である。
 受益者等が存しない信託の受託者はそれぞれの法人課税信託毎にその信託財産と固有財産を別のものとみなして法人税が課税される(法人税法4条の6)。受託者裁量信託では、受託者がその裁量で受益者を指定又は変更したり、受益者への給付額を決定又は変更したりすることができるので、受益者が受益者としての権利を現に有しないことになりかねない。その場合は「受益者が存しない信託」になる(相続税法9条の4)。
 ③ 集団投資信託
 集団投資信託では受託者段階では課税されず、信託収益が受益者に分配された段階で課税される。受託者には信託収益分配時に所得税等の源泉徴収義務があり(所得税法181条1項、212条1項)、支払調書の提出義務がある(同法224条、225条)。
(2)相続税、贈与税
 ① 受益者等課税信託

 受託者による委託者からの信託財産の受託、受益権にもとづく受益者宛信託財産の給付、清算受託者による信託の権利にもとづく残余財産の給付は贈与又は遺贈ではないので課税されない。
 ② 受益者等が存しない信託
 受託者が、受益者等が存しない信託の設定により信託財産を取得した場合、又は、受益者等課税信託がこの信託に該当することとなった場合には、受託者に対して、信託財産額の受贈益が発生したものとみなして法人税が課される。この場合、受益者等が存しない信託の受益者等となる者が、その委託者の親族であるときは、特例として、その受託者が、その委託者からその信託に関する権利を贈与又は遺贈により取得したものとみなし、贈与税又は相続税が重ねて課される。受益者等の存する信託について、その受益者等が存しないこととなった場合も、その受益者等の次に受益者等となる者が、その委託者又は次に受益者等となる者の前の受益者等の親族であるときは、その受託者が贈与又は遺贈により取得したものとみなされ、同様に課税される(相続税法9条の4第1項、2項)。但し、このように課される相続税又は贈与税の額から、既に受託者に課された法人税等に相当する額を控除する(同法9条の4第4項)。
 ③ 受益者別調書の提出
 受託者は、次に掲げる事由が生じた場合には、当該事由が生じた日の属する月の翌月末日までに、受益者別の調書を当該営業所等の所在地の所轄税務署長に提出しなければならない。ただし、受益者別の信託財産の相続税評価額が50万円以下である場合、および委託者と受益者等が同一である場合は、この限りではない(相続税法59条2項、同法施行規則30条3項1号および同項5号イ(2))。
一 信託の効力が生じたこと(当該信託が遺言によりされた場合は、当該信託の引受けがあつたこと。)。
二 贈与又は遺贈により受益権を取得して受益者等が変更されたこと。
三 信託が終了したこと。
四 信託に関する権利の内容に変更があつたこと。

Ⅴ 受益者の税務事務

(1)税務会計の規則
 個人については特段の会計基準はない。所得税の青色申告を行う場合は、帳簿を備え付けて、正規の簿記の原則に記録し貸借対照表および損益計算書の作成を行わなければならない(所得税法148条、同法施行規則条57条)。法人については仕訳帳、総勘定元帳、棚卸表、貸借対照表および損益計算書並びに決算整理又はその他の書類の備え付け、複式簿記の原則に従い記録し決算を行わなければならない(法人税法126条、同法施行規則53条)。
(2)所得税又は法人税
 民事信託は受益者等課税信託になり、信託の受益者は当該信託の信託財産に属する資産及び負債を有するものとみなし、かつ、当該信託財産に帰せられる収益及び費用を当該受益者の収益及び費用とみなして、年次の所得に対して課税される(所得税法13条1項)。
 受益者等課税信託の受益者等である法人は、当該受益者等課税信託の信託財産から生ずる利益又は損失を当該法人の収益又は費用とする(純額法)のではなく、当該法人に係る当該信託財産に属する資産及び負債並びに当該信託財産に帰せられる収益及び費用を当該法人のこれらの金額として各事業年度の所得の金額の計算を行う(総額法、法人税基本通達14−4−3)。同様に受益者等課税信託の受益者の当該信託に係る各種所得の金額の計算上総収入金額又は必要経費に算入する額は、当該信託の信託財産から生ずる利益又は損失をいうのではなく、当該信託財産に属する資産及び負債並びに当該信託財産に帰せられる収益及び費用を当該受益者のこれらの金額として計算したところによる(所得税基本通達13−3)。
(3)相続・贈与税
 受益者等課税信託の権利又は利益を取得した者は、信託財産に属する資産及び負債を取得し又は承継したものとみなされる(相続税法9条の2第6項)ので、権利等の取得時に資産等を取得したものとして記録する。
 適正な対価を負担せずに信託の受益者となった場合、受益権を取得した場合、又は信託の利益を受けることとなった場合は、その権利を贈与又は遺贈により取得したものとみなされるので、相続税等の申告納税が必要となる(相続税法9条の2)。
(4)信託の種類別の税務
 ① 証券投資を目的とした特定金銭信託

 法人が信託財産のうちに当該法人が有する有価証券と種類及び銘柄を同じくする有価証券がある場合には、原則として当該信託に係る有価証券と当該法人が有する有価証券とを区分しないで有価証券の一単位当たりの帳簿価額を算出する。例外は合同運用信託および証券投資信託、並びに指定単独運用の金銭信託である(法人税基本通達2−3−16)。有価証券運用を目的とする特定金外信託(トッキン)の信託財産に属する有価証券は委託者が直接保有している同一銘柄の有価証券とは区分して経理処理をすることができる(金融商品会計実務指針97項、98項、288項、金融商品Q&A(Q35、Q36))。
 ② 土地信託
 受益者等課税信託になる(土地信託通達は平成19年の新信託税制の施行に伴い廃止)。

Ⅵ 受託者会計の事例

管理目的の有価証券の自己信託
(1)信託の概要
(脚注2)
・当初信託財産は委託者の自社株(未上場閉鎖会社、相続税評価額40,000,000円)。自己信託のため信託譲渡は行われない。
・受益者は委託者の長男。
・株式配当金800,000円(源泉所得税等の租税公課163,360円)。
・手取り636,640円を受益者分配金とする。
(2)信託の取引の仕訳
設定仕訳:投資有価証券40,000,000/信託元本40,000,000
 会社の株主名簿に受託者名に「信託口」を追加記載
 この信託は他益信託であるので、信託に関する受益者(委託者別)調書を受託者の所轄税務署に提出する。
期中仕訳:株式配当金を受領

決算:決算書の作成

分配金支払い仕訳:未払い分配金636,640円/普通預金636,640円
終了仕訳:信託元本40,000,000/投資有価証券40,000,000

Ⅶ 受益者会計の事例

1. 管理目的の有価証券信託

(1)信託の概要
 Ⅵ(1)
に同じ。
(2)信託の取引の仕訳
受益者の受託者配当金受領時の仕訳:

 受益者等課税信託では受託者が認識した信託の損益が受益者に帰属するので、受託者による株式配当金受領時に、受益者がこれを受領したものとみなして記録する。

分配金受領時の仕訳:
普通預金636,640円/未収分配金636,640円(脚注3)

2. 運用目的の特定金銭信託

(1)信託の概要
信託構成物は次の通り

金銭の信託の会計処理(仕訳)
 運用目的の特定金銭信託の信託財産である株式は売買目的有価証券とみなすので時価評価する。預金利息は受益者である会社の事業年度に合わせて発生主義で算定する。特定金銭信託の貸借対照表価額は信託有価証券の時価評価の合計になる。その評価差額は次のように当期の純損益として会計処理する。
信託運用損益23 /金銭の信託23
(金融商品会計実務指針「設例9 金銭の信託の会計処理」)

3. 受益権を優先・劣後に分割して流動化する信託

(1)信託の概要
・信託財産は賃貸不動産簿価300、時価400。
・委託者は優先受益権を特別目的会社に時価380で売却し、劣後受益権時価20を留保。
・特別目的会社は投資家に社債380を発行し、優先受益権の購入資金に充当。
・委託者は毎年受託者への管理手数料1控除後の賃貸収入3.4を劣後受益権の配当として受領。
・委託者と特別目的会社に受益権の買い戻し特約はない。
譲渡人のリスク負担割合の計算
・譲渡人の保有する劣後受益権の時価20÷流動化する動産の譲渡時の時価400=リスク負担割合5%。
・リスク負担割合が5%以下の場合はリスクと経済的価値が移転していると判断され、売買取引として会計処理するが、流動化に伴う不動産の売却価額は優先受益権の譲渡価額になる。
譲渡時の仕訳
現預金380/(土地建物285+固定資産売却益95)
注:売却分の原価按分は時価による(300×380/400)
期中の仕訳
(営業未収入3.4+賃貸原価1.0)/賃貸収入4.4
注:この他に劣後部分の賃貸原価(減価償却等)がある。
(特別目的会社を活用した不動産の流動化に係る譲渡人の会計処理に関する実務指針「設例3」)
財産開示資料(貸借対照表、損益計算書及び剰余金計算書)

Ⅷ 民事信託の会計に固有な留意事項

 鯖田豊則先生は民事信託の会計において、個人用財務諸表作成を勧めておられる(脚注4)。個人ローンの借り入れの場合、相続対策のために財産目録の作成を必要とする場合等ではその必要性が高い。その場合は生命保険等の流通市場のない資産の時価見積もりや潜在的な相続税債務の見積もり等が求められる。受益者連続型信託における第2次以降の受益権の評価の問題もある。個人用財務諸表作成ソフトについては、資産承継等のために個人の財産状態を「見える化」する統合資産管理システムの開発が行われている(脚注5)。詳細は別稿に譲る。

脚注
1 信託会計の書籍では、Deloitteトーマツ『Q&A業種別会計実務15信託』中央経済社2014年、鯖田豊則『信託の会計と税務』税務経理協会2016年、商事信託の論文では秋葉賢一『信託を利用した流動化スキームと会計問題』日本銀行金融研究所『金融研究』1998年、木下浩和『信託の会計に関する一考察』紀要1号2016年等、民事信託の記事では、菅野真美『信託設定における会計・税務の実務』家族信託実務ガイド第10号2018年等。
2 菅野真実『信託設定における会計・税務の実務』家族信託実務ガイド第10号の事例(15頁)。
3 前出(注2)の記事では、受託者が会社から受取配当金を受領した時に、受益者が直ちにこれを受領したものとみなして会計処理するとしている。しかし、現実には、受託者が信託の期中において会社から受取配当金を受領したことに受益者が気づかないことが多い。受益者は、年初に受託者から受取配当金を含む税務情報を受領し、これに基づいて、受託者の配当金受領時に遡ってこれを受領したものとみなして会計処理する。また同号の記事では、現実に受託者から受益者宛て分配金の送金があった時の仕訳が書いてないが、受益者の普通預金に入金を記録する必要がある。
4 前出(注1)『信託の会計と税務』第2版550頁以下。
5 株式会社キャピタル・アセット・プランニングのWealth Management Workstation。

髙橋倫彦 たかはし ともひこ
 東洋信託銀行(現三菱UFJ信託銀行)、外資系の信託銀行を経て、ベルニナ信託(現FPG信託)の取締役。現在一般社団法人民事信託活用支援機構の代表理事。富裕層向けの信託の設計、家族信託の設計では日本でも数少ない専門家。本誌に掲載された論文「受益者複層化信託の税務の取扱い─所得課税と相続課税─」は第39回日税研究賞の奨励賞を受賞。
 著書に『信託を活用した ケース別 相続・贈与・事業承継対策』日本法令(共著)、『受益権複層化信託の法務と税務』日本法令(共著)等多数がある。過去外資系の信託銀行及び信託会社、並びに日本の信託会社の免許又は登録の申請を請負い、いずれも成功させてきた。

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