解説記事2021年05月03日 ニュース特集 米国の新提案を踏まえたデジタル課税の行方(2021年5月3日号・№881)
ニュース特集
売上・利益率に閾値設定で捕捉される日本企業は 最低税率は引上げも
米国の新提案を踏まえたデジタル課税の行方
デジタル課税について国際合意に向けた議論が進む中、国際協調路線に回帰した米国政府の提案により、これまでの議論の流れが大きく変わる可能性が出てきた。
OECDは今年7月9日から10日にかけて開催されるG20財務大臣中央銀行総裁会議の「前」までに包摂的枠組みでの合意を目指しており、米国もこれに歩み寄っているものの、米国の提案はこれまでの議論の一部を吹き飛ばすインパクトがある。米国の提案のポイントは、まず第1の柱については「簡素化」だ。米国は業種ではなく、「売上」と「利益率」という数値基準で対象企業を判定することを提案、従来のスコープ論を「主観的であり紛争を招く」と批判している。また、第2の柱についてはミニマム税の実現に向けた強いコミットメントを示しているが、その背景にあるのが自国で予定される連邦税率の引上げをはじめとする税制改革である。米国の税制改革に引きずられる形で、ミニマム税率が引き上げられ、カーブアウトも認められなくなるなどの影響が出る可能性がある。
本特集では、本誌独自取材に基づき、米国政府がデジタル課税について行った新提案の内容及びOECDが議論を進めて来たデジタル課税議論に与える影響を詳報する。
また、米国の新提案を横目に現在OECDで進むレベニュー・ソーシング・ルール(第1の柱)、税効果会計容認論(第2の柱)など実務的な議論に関する最新情報もお伝えする。
第1の柱に与える影響
売上約2兆円、利益率10%〜20%が“閾値”となる可能性
米国は既に今年2月のG20財務大臣会合で、第1の柱をセーフハーバーとする案(企業の選択制とする案)を取り下げたところだが、利益Aのスコープ(対象事業)を巡り決着が見通せない状況が続く中、突如として出てきたのが今回の米国政府案だ。
利益A、B、C
利益Aはグローバルの利益(又は事業ラインの利益)のうち通常利益を超える部分を一定の算式に基づきみなし残余利益として抽出し、それを各市場国に売上比で配分するもの。利益Bは、ベースラインのマーケティング及び販売活動を行う市場国の販売会社等に一定の固定比率によって利益の最低保証を行う。利益Cは紛争の予防・解決など、税の安定性に関するものである。
米国は包摂的枠組の幹部メンバーに宛てたプレゼンテーション・スライド(4月8日付)において、「米国企業に対して差別的な結果は、いかなるものも受け入れられない」と断言。その上で、自動化されたデジタルサービス(ADS:Automated Digital Services)、消費者向けビジネス(CFB:Consumer Facing Businesses)といった従来のスコープ論を「主観的であり紛争を招く」と批判し、簡素化や執行可能性の観点も踏まえ、業種ではなく「数値基準」で対象企業を判定することを提唱した。
具体的には、売上(revenues)と利益率(profit margins)の2つの閾値を設ける。米国は前者について200億ドル(約2兆円)とのアイディアをOECDに打診した模様だ。一方、利益率については具体的な水準が明らかになっていない。これまでOECDでは、目安として売上高税引前利益率10%をベースに議論してきたこともあり、10%〜20%のレンジのどこかで決定されるのではないかとの観測もある。結果として、巨大多国籍企業100社程度が対象となることが見込まれる。OECDのサンタマン租税局長は4月21日(現地時間)に開催されたアイルランド財務省主催のセミナーで、米国政府の狙いについて「グローバリゼーションの勝者を対象にするということだ」と解説している。
「利益率」で見ればアマゾンが課税対象外に
では、仮に売上200億ドル、利益率10%で設定された場合、どれほどの日本企業が課税対象として捕捉されるのだろうか。
主要各社の直近3年の連結財務諸表から単純に推計すると、捕捉される可能性のある企業としては、例えば大手通信キャリアが浮かび上がる(ただし、利益Aにおける税引前利益の定義は連結財務諸表の数値そのものではないことから、確定的とまでは言えない)。また、OECDが昨年10月に示したデジタル課税の青写真の段階では、主として国内のみで事業を行う企業については対象から除外する案も出ているため、その点も考慮する必要がある。製薬企業は一般的に利益率が高いが、200億ドルの閾値が導入されるならば、対象となる企業は相当減ることが見込まれる(利益率も考慮すれば、対象となる企業は存在しないと思われる)。自動車・エレクトロニクス業界もおおむね利益率10%以下となっている。ただし、企業によっては10%近辺のケースもあり、要注意だろう。
注目のGAFAについては、グーグル、アップル、フェイスブックの3社は確実に捕捉されることになる。一方、アマゾンは利益率が10%に満たない。これは、クラウド事業や小売部門等も含め収益率の異なるセグメントを抱えているためと見られる。ただ、アマゾンが対象とならない第1の柱は考えにくい。米国案のメリットの1つはADSやCFBといった業種判定が不要になることだが、アマゾンを補足するため、何らかのセグメンテーションが求められるのではないかとの見方もある。実際、前述のスライドは、「我々(米国)は、事業ラインのセグメンテーションを根絶又は最小化するアプローチを支持する」と微妙な言い回しとなっており、セグメンテーションが完全になくなるとは書かれていない。事務負荷の重いセグメンテーション議論の行方は日本企業にとっても関心事となる。
なお、売上及び利益率で判定した結果、上位100社の大部分が米国企業ということになれば、業種によるリング・フェンス(囲い込み)はないとはいえ、「米国企業に対する差別的な結果」となることに変わりはないため、果たして合意がなされるのかとの懸念も聞かれる。また、日本企業も、第1の柱の導入当初は対象から逃れたとしても、施行後に制度の運用が安定した場合には、徐々に閾値が下げられていくことも考えられるため、中長期的には油断は禁物と言えよう。
税収・執行の観点から日本の税務当局にとっても検討に値する米国案
日本の財務省・国税庁は、かねてからデジタル課税の適用対象を限定するよう主張してきた。税収への影響もさることながら、執行に際してのキャパシティについても問題意識がある。このため、適用対象が限定されることになる今回の米国提案は、日本の税務当局にとっても議論に値するはずだ。
では、結果としてどの程度の税収が市場国に配分されるのだろうか。OECDのサンタマン局長は上記セミナーの場で、「5,000億€の利益が配分対象となる」旨の発言をしている。青写真の段階では、売上高750百万€以上かつ利益率8%以上の場合の残余利益の額は6,000億ドルと推計されており、この数値と近似しているようにも見える(現在、1ドル≒0.8€)。ちなみに、売上高750百万€以上かつ利益率10%以上の場合の残余利益は4,900億ドルとなる。青写真の段階では、残余利益のうち10%〜20%程度が市場国に配分されるとの観測があった。いずれにせよ、対象を100社に絞りつつ、青写真の段階で期待されていた程度に市場国に利益を配分するならば、利益の配分割合を引き上げなければ計算が合わないことになる。この点には、果たして「残余利益の配分」という説明が維持されるのかも含め、注目が集まっている。
一国主義的な課税に対しては明確に停止求める
また、米国が各国の一国主義的な課税に対しては明確に停止を求めている点も、日本の税務当局・企業双方にとって好材料と言える。欧州等ではデジタルサービス税(DST)導入の動きがある上、日本は現在、インドが同国財政法の2021年改正で課税対象を明確化した平衡税への対応に苦慮している。
DSTも平衡税も、デジタル経済による租税回避を防止するための“もう一つの課税手法”と言えるが、欧州等で導入の動きがあるDSTは主としてオンライン広告やオンライン仲介市場をターゲットとしているため、多くの日本企業には影響が及ばない。インドの平衡税ではもともと「商品のオンライン販売(online sale of goods)」や「オンラインでのサービス提供(online provision of service)が課税対象とされてきたが、今般の改正法には、オンラインで行う以下の取引も課税対象に含まれることが明記された。
・販売の提案の受け入れ(Acceptance of offer for sale)
・注文(Placing the purchase order)
・注文の受け入れ(Acceptance of the purchase order)
・対価の支払い(Payment of consideration)
・物品の販売または役務の提供の全部または一部
これにより、いわゆるデジタル企業のみならず製造業でも、グループ内のITシステムを使用した単なるオンラインを通じた調達や受発注などが課税対象となる可能性が出てきた。しかも、改正法の規定は「2020年4月1日」より遡及的に適用される。これに対し日本企業からは「課税対象となる売上はどのように計算するのか」「どのように遡及適用するのか」など戸惑いの声が上がっている。
このような動きを防止するという観点からも、一国主義的な課税に対して強く反対する米国の姿勢は日本にとってある意味心強い。
第2の柱に与える影響
最低税率10%台後半、カーブ・アウトは不可も 背景に自国の税制改革
このように、第1の柱に関する米国の新提案は日本にとってもメリットがあるが、第2の柱に関する提案は厳しいものと言える。
米国は包摂的枠組で「底辺への競争」を終わらせる必要があるとし、ミニマム税の実現に強いコミットメントを示した。その背景には、バイデン政権の税制改革案がある。
米国の雇用計画では10年間で2兆ドルの投資が予定されている。それには巨額の財源を要するため、連邦法人税率は21%から28%に引き上げられる。この結果、例えばカリフォルニア州では、法人実効税率が34.36%になる。また、GILTI(グローバル軽課税無形資産所得)の実効税率を10.5%から21%に引き上げるとともに、計算方法を全世界ブレンディングから国別ブレンディングに改め、能動的所得見合いの控除(いわゆるQBAI控除)を廃止する。さらに、BEAT(税源浸食濫用防止税)をSHIELDと称される軽課税支払ルール(UTPR)に類する税源浸食防止ルールに切り替えるほか、FDII(国外無形資産所得)控除を廃止する。このような増税メニューを実行する以上、OECDにおいても最低(ミニマム)税率制度に確実に合意し、国家間の競争条件を維持する必要があるというのが米国の考え方だ。
米国の税制改革は、OECDにおける第2の柱の議論に大きく影響する。まず、最低税率の水準については、これまで、アイルランドの法人税率を念頭に12.5%近辺になるとの見方が多かったが、米国版ミニマム税ともいわれるGILTIの実効税率が21%になるのであれば「12.5%は低すぎる」ということになり、米国に引きずられて上振れするとの観測がある。もっとも、米国の連邦法人税率の引き上げが28%ではなく、もう少し低い水準で決着するとすれば、GILTIの最低税率も連動して低くなることが予想されるなど、変動要素は多い。これらを総合的に勘案すると、ミニマム税率は10%台後半で決着することもありえなくはない情勢となってきた。
GILTIにおけるQBAI控除の廃止も気になるところだ。第2の柱では、実際にIIR(所得合算ルール)によってトップアップ課税が行われる場合にも、給与や有形資産に係る償却費の一定割合を課税ベースから控除する措置(カーブ・アウト)が認められているが、QBAI控除を廃止するのであればカーブ・アウトも不要では、との議論になりかねない。日本企業からは、「既に厳格な外国子会社合算税制がある中で、高い水準のミニマム税率が設定され、さらにカーブ・アウトも認められないのは辛い」との声も聞こえてくる。
OECDにおける実務的な検討の現在
導入ならレベニュー・ソーシング・ルールの簡便化は不可避
こうした米国の税制改革に端を発した“喧噪”を横目に、OECDでは実務的な検討が着々と進んでいる。その1つが、第1の柱に関するレベニュー・ソーシング・ルールだ。
同ルール上、プールされた利益の総額は、売上に基づいて市場国に按分するが、独立販社を経由して製品を販売する場合、売上の最終帰属地の判定は容易でないとの課題がある。青写真では、独立販社に最終売上地のデータを求め、場合によっては契約を変更することなどが提案されていたが、企業側は市中協議において「現実的ではない」と反論。OECDは代替指標の可能性を含め、引き続き検討する構えを見せている。企業からすると、独立販社の所在地を売上計上地として擬制したいところだが、単一市場を特徴とするEUでそのような簡便法が機能するのか(例えば、フランスの販社がドイツに製品を転売していないと証明するのは難しい)、また、経済規模の小さい途上国が賛成できるのか(例えば、南アフリカの独立販社からナミビアに製品が流れていないと断言することは難しい)といった問題があり、簡単ではない。
いずれにせよ、青写真における整理にかかわらず企業による合理的な見積もりを認めるしかないという意見が、米欧日の多国籍企業の共通した見方となっている。第1の柱を米国案に基づき組み立てるとすると、売上及び利益率の閾値さえ超えれば、B to Bも理屈上はスコープに入る。とすれば、B to Bはバリューチェーンが複雑なだけに、レベニュー・ソーシング・ルールの簡便化の必要性はいよいよ高まることになる。
税効果会計の利用を原則認める方向
第2の柱について現在議論になっているのは「時間差異」への対応だ。
青写真では、税務・会計の収益・費用の認識タイミングの一時的なズレに起因するETR(実効税率)の歪みを解消すべく繰越ルール(損失繰越、現地税額繰越、IIR税額控除)を提案したところだが、市中協議では税効果会計方式への支持が優勢だった。これは、繰越制度では後年度に取り戻しができるとはいえ、一旦はIIRに服する可能性があるのに対し、税効果会計を利用すれば、そのリスクが低減できるからである。
OECDは、税効果会計の利用を原則認める方向に舵を切りつつある。ただし、繰延税金負債が計上されるケースでは、ETRがかさ上げされる恐れがあるため、計上を認めない又は事後的に調整する案が検討されている。
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