解説記事2024年07月15日 ニュース特集 相続税実務におけるよくある誤解 第3弾(2024年7月15日号・№1035)
ニュース特集
負担付特定財産承継遺言、使用貸借地への小規模特例、過大納付税の債務控除
相続税実務におけるよくある誤解 第3弾
本誌980号、1002号に続き、本特集では「相続税実務におけるよくある誤解」第3弾をお届けする。
1つ目の事例としては、相続させる旨の遺言に負担が付されていた場合の課税価格の計算について取り上げる。そもそも相続させる旨の遺言(特定財産承継遺言)の作成にあたり、負担付の相続をさせる旨の遺言を作成できるのかとの疑問を持つ専門家も少なくない。また、相続税上、相続税法基本通達9−11《負担付贈与等》の定めがあるため、この問題は、同通達の定めに従って相続税の課税価格を計算するのかという疑問も生む。
2つ目の事例としては、被相続人とは生計を別にする相続人が、被相続人から使用貸借している土地で駐車場業を営み、その収入を全て自らの所得として申告している場合、当該土地が小規模宅地等の特例の対象宅地等に該当するかどうかという問題を取り上げる。
3つ目の事例としては、相続人の誤申告に起因する被相続人の所得に係る過大納付税の債務控除の可否について取り上げる。ここでは、除斥期間が経過した過大納付税を、被相続人に係る相続税の債務控除の対象とすることができるかどうかが論点となる。
いずれの論点においても民法が絡んでくる上に、関連する判例の存在を知っているかどうかが適切な税務判断を下す上でのカギとなろう。
事例1 相続させる旨の遺言に負担が付されていた場合の課税価格の計算は
最高裁は、相続させる趣旨の遺言の解釈を「遺産分割の方法の指定」と判示
相続させる旨の遺言(特定財産承継遺言)の作成にあたり、そもそも負担付の相続をさせる旨の遺言を作成できるのかとの疑問を持つ税務専門家も少なくない。また、相続税上、相続税法基本通達9−11《負担付贈与等》の定めがあるため、この問題は、同通達の定めに従って相続税の課税価格を計算するのかという疑問も生む。
例えば、被相続人甲が次のような遺言を残していたとしよう。
第1条 次の財産は、子丙に相続させる。
(1)土地 ……、(2)預金 ……
第2条 次の財産は、子丁に相続させる。
(1)預金 ……、(2)株式 ……
第3条 子丙は、第1条により相続する負担として遺言者が長年お世話になったXに現金3,000万円を支払う。
仮に丙及び丁が相続する財産の価額(第3条適用前)を各1億円とした場合、相続税の課税価格は以下のA案、B案によるべきか、悩ましいところだ。
A案……丙7,000万円、丁1億円、X3,000万円
B案……丙1億円、丁1億円(Xの取得した3,000万円は丙からの贈与と整理する)
負担付遺贈であれば、相続税法基本通達9−11《負担付贈与等》の定めがあることから「A案」となるが、上記の通り、そもそも相続させる旨の遺言(特定財産承継遺言)に負担を付すことができるか、疑義がある。
この点最高裁平成3年4月19日判決では、相続させる趣旨の遺言の解釈について「遺産分割の方法の指定である」と判示しており、平成30年の相続法改正では、特定財産承継遺言として遺贈とは見ないとの考え方を採用している。
負担を付すことを認める裁判例踏まえ、相基通9−11の定めを準用
民法上は、民法1002条《負担付遺贈》第1項で「負担付遺贈を受けた者は、遺贈の目的の価額を超えない限度においてのみ、負担した義務を履行する責任を負う。」と規定し、また、1027条《負担付遺贈に係る遺言の取消し》で「負担付遺贈を受けた者がその負担した義務を履行しないときは、相続人は、相当の期間を定めてその履行の催告をすることができる。この場合において、その期間内に履行がないときは、その負担付遺贈に係る遺言の取消しを家庭裁判所に請求することができる。」と規定しているものの、負担付の相続をさせる旨の遺言については同様の規定が存在しない。
しかし、負担付の相続をさせる旨の遺言には原則として民法1002条1項又は1027条の類推適用を認めている裁判例が複数存在している(東京地裁平成30年1月18日判決、仙台高裁令和2年6月11日決定、大阪地裁令和3年9月29日判決)。結論として、相続させる旨の遺言にも負担を付すことが認められている以上は、相続税法基本通達9−11の定めを準用して相続税の課税価格を計算するのが相当であるため、本事例のケースでは「A案」を採用すべきということになる。
事例2 被相続人から無償で借受け駐車場を営む土地への小規模特例の適用可否
実質所得者課税原則により対価は被相続人に帰属、土地は特例対象に
被相続人と生計を別にする相続人が、被相続人から使用貸借している土地で駐車場業を営み、その収入を全て自らの所得として申告している場合、当該土地は小規模宅地等の特例の対象宅地等に該当しないようにも見える。
例えば、被相続人甲の相続人として、同人と生計を別にする乙及び丙がいるとする。そして、甲はA土地、B土地、C土地(乙、丙との共有)を所有しており、A土地は自宅敷地として、B土地は共同住宅の敷地として利用し、C土地の共有持分(以下、本件共有持分)は乙に使用貸借で貸し付け、乙はアスファルトを敷いて月極駐車場を営み、その収入を全て自らの所得として申告していたとする。
甲の遺言書には、A土地及びB土地を乙に相続させる旨の記載はあるものの、本件共有持分についての記載がなく、本件共有持分の遺産分割協議が相続税の申告期限までにまとまらなかったとしよう。この場合、C土地では生計別の乙が事業を営んでいることから、小規模宅地等の特例の対象宅地等に該当しないと判断し、A土地及びB土地について、丙の同意を得ることなく同特例の適用を受けることができるのか、という疑問が生じる。
まず、不動産所得等の帰属者に関する課税実務の取扱い(実質所得者課税)では、例えば、父親の土地を子供が無償で借り、月極駐車場(青空駐車場のような簡易なもの)として賃貸し、それによって得られる利益を自ら費消している場合、同人が形式的・表面的に賃借人から得ているように見える利益は父親に帰属するとされている。
収益を相続人が費消していたとしても、相続人は単なる名義人に過ぎず
また、この点に関して判示した裁判例として、大阪高裁令和4年7月20日判決がある。本事案では、月極駐車場として賃料を得ていた土地(本件各土地)の所有者Aが、その土地を子(XとY)に使用貸借(当該使用貸借に係る契約を「本件各使用貸借契約」という)により貸し付けるなどした上で、当該賃料をXとYの収入として申告していたところ、課税庁が当該賃料は甲に帰属するとして更正処分等を行ったことから、A(係争中に甲が死亡したためXとYなど)が当該更正処分の取消しを求めていた。本事案について大阪高裁令和4年7月20日判決は、「不動産所得である本件各土地の駐車場収入は、本件各土地の使用の対価として受けるべき金銭という法定果実であり(民法88②)、駐車場賃貸事業を営む者の役務提供の対価ではないから、所有権者がその果実収得権を第三者に付与しない限り、元来所有権者に帰属すべきものである……使用貸借における転貸の承諾、すなわち法定果実収得権の付与は、その無償性から、その承諾を撤回し、将来に向かって付与しないことができると考えられることからすると、……本件各土地の駐車場の収益がXとYの口座に振り込まれていたとしても、そのように亡AがXとYに対する本件各土地の法定果実収得権の付与を継続していたこと自体が、亡Aが所有権者として享受すべき収益をXとYに自ら無償で処分している結果であると評価できるのであって、やはりその収益を支配していたのは亡甲というべきであるから、本件各使用貸借契約の締結後のその収益については、XとYは単なる名義人であって、その収益を享受せず、亡Aがその収益を享受する場合に当たる」旨判示している。
以上を踏まえると、本件共有持分に係る賃料は、実質所得者課税の原則により甲に帰属すると判断されることになるため、本件共有持分は特例対象宅地等に該当する。したがって、A土地及びB土地について、丙の同意を得ることなく小規模宅地等の特例の適用を受けることはできないということになる。
事例3 相続人の誤申告に起因する被相続人の所得に係る過大納付税の債務控除
本来他人に帰属する収入を自己の収入として過大に納税した場合でも、納税義務は自己に
例えば、被相続人甲の所有する土地(本件土地)は、相続開始の十数年前から甲の唯一の推定相続人である乙に無償で貸し付けられ、乙は本件土地において月極駐車場を営み、その収入(本件収入)を全て自らの所得として申告していたとしよう。ところが、被相続人甲の相続開始後に受けた税務調査で、本件収入は実質所得者課税の原則により乙ではなく甲に帰属すると指摘を受け、乙は甲の所得税等の是正措置を講じることとなった。
この場合、乙が納付した所得税等のうち除斥期間内のものについては減額更正を受けることができる。一方、それ以前の所得税等については、乙は被相続人甲のために過大に所得税等を納付していたことになることから、民法上の事務管理(697条)に該当することになり、その結果、当該過大に納付した所得税等(除斥期間が経過したもの)は被相続人甲に係る相続税の債務控除の対象とすることができるようにも見える。
民法697条に規定する事務管理が成立するためには、①管理者に法律上の義務がないにもかかわらず、②他人のために、③他人の事務の管理を始め、④本人の意思と利益に適合する方法により管理がなされていることが必要とされている。そして、事務管理に該当する場合、管理者が本人の利益となる支出をしたときは、本人に対して当該支出額を請求することができる(管理費用償還請求権(民法702条))。すなわち、過大に納付した所得税等を被相続人甲に係る相続税の債務控除の対象とすることができるのかどうかの判断においては、乙が甲の不動産所得を申告する義務がないのに、甲のために乙の不動産所得として申告していたことが事務管理に該当するのか否かが鍵となる。
この点、共有不動産から生ずる賃料を共有者の1人が全額自己の収入として所得税の額を過大に申告していた場合に事務管理が成立するか否が争われた訴訟において、最高裁平成22年1月19日判決は、「所得税は、個人の収入金額から必要経費及び所定の控除額を控除して算出される所得金額を課税標準として、個人の所得に対して課される税であり、納税義務者は当該個人である。本来他人に帰属すべき収入を自己の収入として所得金額を計算したため税額を過大に申告した場合であっても、それにより当該他人が過大に申告された分の所得税の納税義務を負うわけではなく、申告をした者が申告に係る所得税額全額について納税義務を負うことになる。また、過大な申告をした者が申告に係る所得税を全額納付したとしても、これによって当該他人が本来負うべき納税義務が消滅するものではない」としている。
所得税申告は自己の事務であり、民法上の管理費用償還請求権は生じず
その上で最高裁は、「したがって、共有者の1人が共有不動産から生ずる賃料を全額自己の収入として不動産所得の金額を計算し、納付すべき所得税の額を過大に申告してこれを納付したとしても、過大に納付した分を含め、所得税の申告納付は自己の事務であるから、他人のために事務を管理したということはできず、事務管理は成立しないと解すべきである。このことは、市県民税についても同様である。」と判示している。
この判示を踏まえると、乙が甲の不動産所得を申告する義務がないのに甲のために乙の不動産所得として申告していたことが事務管理に該当しない以上、管理費用償還請求権は生じず、除斥期間が経過した過大納付所得税等は債務控除の対象外となる。
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