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一般2019年09月09日 民事訴訟の三本の矢(法苑188号) 執筆者:山本正名

1 本の出版
 私は、簡易裁判所の裁判官として約二〇年間勤め、平成三〇年(二〇一八年)九月に定年退官した。その年は、現行の民事訴訟法(以下「現行法」という。)施行(平成一〇年(一九九八年))から二〇周年目であった。
 その現行法制定前の立法準備作業で、私は最高裁判所の担当部局の端くれで、僅かばかり関与したことがある。その縁から、退職を機に、浅学非才を顧みず、現行法誕生から現在までを振り返り、今年(二〇一九年)六月、「コートマネージャーとしての裁判所書記官―協働の中の裁判実務―」(新日本法規出版(株))という本を出版した。
 その内容は、裁判所書記官(以下「書記官」という。)の権限と役割を中心として、平成時代における書記官権限の変革史と、裁判官との連携による職務の内容とその仕事術、思考方法、そして訴訟書類の記載方法等をまとめてみたものである。
 私は、その執筆のため、過去三〇年分の主立った関連資料を読み、原稿を仕上げたが、その後改めて思うことは、現行民事訴訟の特徴と現在、そして未来の姿だった。
2 現行法改正の狙い
 現行法以前の民事訴訟では、争点も定まらないまま書面交換だけで五月雨式に審理が行われ、時間・費用がかかり過ぎ、手続が分かりにくい等、国民から厳しい批判があった。
 これを踏まえての現行法の改正では、「利用しやすく分かりやすい裁判」を目指し、<1>争点整理を重視した審理の充実促進、<2>計画審理による集中証拠調べの実施、<3>裁判官と当事者(代理人)の間の協同関係、<4>裁判官と書記官の間の情報の収集・共有による協働的訴訟運営等が重視され、実務改善と法整備が図られた。
 その結果として、今、現行の訴訟運営の重要な思考の枠組みを私流に考えれば、次の三点に要約されると思う。第一は「整理」、第二は「計画」、第三は「協働」である。
3 法的な情報処理システム
 民事訴訟は、基本的に訴状提出に始まり、当事者からの主張立証による審理が行われ、判決で終了する。こうした訴訟も、システム論的に言えば、「入力→内部処理→出力」のプロセスをたどる。
 裁判では、<1>入力部で、対立した当事者から「事実」(主張・立証)が提出され、<2>内部処理で、裁判官が大前提となる「法規」を解釈・適用し、<3>出力部で、「判決」の形で判断処理する。判決に至るには、事実の認定、法規の解釈・適用が重要なステップになる。いわゆる判決三段論法である。
 こうした民事訴訟の審理は、「情報」を核とした、情報の収集と交換、整理の過程であるといえる。今日、この理解に異論はないと思う。
4 整理
 こうした情報の収集・交換・整理の過程で最も重要なのは、第一に挙げた「整理」である。
 「整理」とは、「<1>乱れた状態にあるものをととのえ、秩序正しくすること、<2>不必要なものを取り除くこと」(広辞苑)の意である。
 昔、法学案内書に、我妻栄博士が「法律学は整理の学問である」と書いていたとの紹介記事があったが、法律実務の世界でも、「整理」は重要なキーワードになる。
 訴訟における「情報の収集・交換」では、訴訟上の請求(訴訟物)や請求原因事実、抗弁事実などが、法的な基準に沿って明らかにされる。
 訴訟で提出される訴訟書類は「簡潔な文章で整然かつ明瞭に」記載すべきことが求められている(民事訴訟規則五条)。これは、記載すべき情報が「整理」して提示されるべきことを定めたものといえる。
 訴訟の審理では、争いのある事実とない事実が仕分けされ、重要な事実とそうでない事実等が選別・分類される。そして、争点はどこか、立証の必要点はどこか等の分析と絞り込みが行われ、「整理」が進められていく。
 現行法は、特に「争点及び証拠の整理手続」の節を設け、弁論準備手続等の詳細な手続規定を置いている(現行法一六四条~一七八条)。また、「訴訟関係を明瞭にするため」、裁判長(裁判官)の釈明(同一四九条)や釈明処分(同一五一条)の規定もある。訴訟進行上いかに「整理」が重要視されているかが理解できる。
 争点の整理では、主張事実が時系列的に分析・整序され、証拠との繋がりが明確化される。その中で、「動かし難い事実」が見極められ、論理的に整理されていく。「整理」することにより、事案のより構造的な解明と本質の理解が進み、結果の予測可能性が高まり、事件解決の道筋が導かれる。
 法律実務家の間では、大方の事件は争点整理で七割方決まると言われている(判タ一四〇五号(二〇一四年)「民事裁判プラクティス 争点整理で七割決まる!?」)。
 書記官事務に関し、前記の拙著「コートマネージャーとしての裁判所書記官」で紹介した6W2H、目的―根拠―合理性からの検討、システム的問題解決法の思考術、複眼的思考等も、結局は、的確な法的処理を図る「整理」のための思考ツールだといえる。書記官作成の調書でも、法的にポイントを得た情報の要約力と「整理」が職務上重要とされている。
 「整理」は、適正な判断と迅速処理の前提である。
5 計画
 訴訟審理が充実し迅速化するため、第二に重要なことは「計画」である。
 「整理」自体が目的で終わることはない。「整理」は、常に次の行動目標への企画とその効果的実現を図る「計画」と行動を予定する。そこには「期限」の制約がつく。
 第一審の審理が充実し迅速に行われるためには、<1>情報が集約・整理され、<2>早期に事案の概要が分かり、争点が定まり、<3>証拠調べが短期集中で行われ、<4>当事者の求めに応じて早期に「判決(又は和解解決案)」が示されなければならない。
 現行法の「第二編 第一審の訴訟手続」中には「計画審理」の規定が置かれ、「裁判所及び当事者は、適正かつ迅速な審理の実現のため、訴訟手続の計画的な進行を図らなければならない」とされている(現行法一四七の二条以下)。
 また、「攻撃又は防御の方法は、訴訟の進行状況に応じ適切な時期に提出」されなければならず(同一五六条)、時機に遅れた場合には却下もあり得る(同一五七条)。証人尋問等は、「できる限り、争点及び証拠の整理が終了した後に集中して」行われるべきことが定められている(同一八二条)。これらも、一定期限での「整理」を要求し、計画的、かつ、迅速な訴訟審理を図ろうとするものである。
 こうした計画的な訴訟進行においては、書記官の役割が重要となっている。当事者の情報を収集・交換を促し、訴訟進行に必要な「期日」の調整確保(スケジューリング)、書面の事前送付、必要な「場」の設営、「人」の出頭確保等を図り、円滑かつ確実な手続進行が準備され、充実した期日の実現と適切な記録化が行われなければならない。
 この段取りを行う仕事は「審理充実事務」と呼ばれ、コートマネージャーとしての書記官の重要な役割となっている。現代の訴訟運営には、マネージメント力が求められている。
6 協働
 訴訟審理の充実促進が図られるために、第三の重要点として、人と人との「協働」が求められる。「協働」とは、異なる資格、立場の者が、より大きな共通の目的実現に向けて共に協力することをいう。
 現行法下では、訴訟手続は「情報」を核に、上記の「整理」と「計画」が有効適切に行われるように、裁判所と当事者(代理人)との間では、信義誠実に従い、協力的に訴訟が追行される(現行法二条)。これは、「協同的訴訟運営」と呼ばれるものである。
 その当事者(代理人)と裁判所(裁判官)との間の協同的訴訟運営のジョイント役となるのは、書記官である。
 書記官の基本職務としては、公証事務として、的確に整理された調書の作成(民事訴訟規則六七条)、事件記録その他の書類の作成・保管等が求められている(裁判所法六〇条二項)。これに加えて、現行法上、書記官には、裁判官と事件認識を共有し、訴状の補正の促し(民事訴訟規則五六条)、事前の参考事項の聴取(同六一条)、期日外の釈明(同六三条)等の連絡調整をする根拠規定が置かれ、書記官の役割(「審理充実事務」)が重視されている。
 書記官は、事案の解明と争点整理について必要な情報収集をし、裁判官と情報の共有、認識の共通化を図り、訴訟運営に主体的かつ積極的に参画していくことが求められているのである。これは「協働的訴訟運営」と呼ばれている。
 この当事者と裁判所の間の「協同」、裁判官と書記官との間の「協働(チームワーク)」が効果的に実現されるためには、<1>関係者間で共通目標が明確にされ、<2>主体的、積極的な協同(協働)意欲があり、<3>コミュニケーション(ミーティング、情報の収集・伝達)が密に行われることが求められる。
 「協同(協働)」により、必要な「整理」が円滑かつ効果的に行われ、「計画」的に、迅速に裁判の結果が示されることこそ、国民が望む適正・迅速な裁判の実現につながっていくものと思う。
7 変革と現状の問題点
 現行法の制定前後には、以上のような新体制の構想の下に、実務では、訴訟の「整理」と「計画」、「協働関係」が工夫され、新法の目的に沿って、各庁で争点整理・集中証拠調べが鋭意行われ始めていった。
 その頃は、書記官の会報や法律雑誌でも、盛んに各庁の取組状況が紹介され、書記官からは「やり甲斐がある」との感想も寄せられ、活気があったように思う。
 しかし、その後の実務改善や刑事での裁判員裁判の導入等の司法改革の進展、録音反訳導入等の事務環境の変化や弁護士の急増、世代交代等により、次第に、以前のような活気は後退していったようである。
 現行法施行一〇周年の頃には、外部の論者から「最近では元気のいい書記官が減って来た」との声が聞こえ、昨年(二〇一八年)の現行法施行二〇周年の法律雑誌特集号では、現行法制定前後の熱気が薄れ、期日が書面交換の場になって争点整理手続が形骸化し旧に復していると指摘されるようになった。「失われた二〇年」から、今改めて「再興」を求める声も聞こえてきた(判タ一四三八号(二〇一七年)「審理の充実・訴訟促進の中興方策案」)。
 そんな折の平成三〇年(二〇一八年)三月、政府の「裁判手続等のIT化検討会」の検討結果として、「裁判手続等のIT化に向けた取りまとめ―「三つのe」の実現に向けて―」が発表された(「自由と正義」二〇一八年一一月号「特集民事裁判のIT化」)。訴訟手続の全過程を完全電子化(ペーパーレス化)を図り、裁判システムの利便性、迅速性、経済性、省スペース化等を高めようとする計画である。
8 来るべきIT化時代への対応
 このIT化計画は、テレビ会議の拡大実施等の取組から既に動き始めている。裁判所は、更なる大変革を迎えるが、これまでとは大きく異なる変革になる。
 明治以降、裁判実務では、毛筆がペンに、ペンがワープロに、ワープロがパソコンにと「書く道具」が進化してきたが、基本的には、人力(人手)により、紙という物理媒体に文字が書かれた文書によって処理されてきた。
 ところが、IT化(電子文書化)が進めば、紙という記録媒体はなくなり、直接目に見えない電子媒体(電子情報)を中心に処理される。仕事の仕組みや仕方が大きく変わることは必至である。
 先々の姿を読むことは難しいが、はっきりしていることは、各庁(地方裁判所だけで全国五〇庁)で異なる現状の実務をそのままIT化することは困難である。いずれIT化に適するように、程度問題はあれ、裁判事務の処理方法を同一にして簡素化し、文書の仕様や書式の定型化、統一化を図っていく取組が必要になる。
 訴訟の当事者(代理人)にも、システム化と運用の統一に対し積極的な理解と協力が得られなければ、望ましいIT化の実現は困難になる。
 現状でも、<1>訴状の記載が不十分である、<2>準備書面が期限内に提出されない、<3>書面の交換のみで口頭弁論が活性化していない等の問題が指摘されている(前記判タ一四〇五号(二〇一四年))。また、最近では、裁判官の意識と代理人弁護士の認識との間の齟齬、争点整理期間の長期化等が現状の問題点として挙げられている(令和元年七月一九日付け、裁判所Webページの「裁判の迅速化に係る検証結果の公表(第八回)について」http://www.courts.go.jp/about/siryo/hokoku_08_about/index.html参照)。
 未来の「裁判情報システム」が有効に機能するには、有能なITシステムの構築・導入の前に、効果的な争点の「整理」方法や共通認識形成のためのルール作り、「計画」や「協同」のあり方についてのコンセンサスの確立が急務と思われる。
 一度作られた大規模システムの基本フレームは、その後容易に変えられない。今は、その構築に向けた知恵の結集期である。より良い「裁判情報処理システム」の構築には、現行法改正の「原点」に立ち帰った検討がなければならない。
 訴訟運営の中で「整理」と「計画」、「協同(協働)」の「三本の矢」がより合わされてこそ、国民のために真に役立つIT化の「裁判情報処理システム(仕組み)」の実現が可能になる。これまで以上の議論と知恵と工夫の発揮が望まれる。

(元犬山簡易裁判所裁判官)

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