解説記事2015年01月05日 【税務マエストロ】 BEPSプロジェクトの進捗と税制改正への影響③(2015年1月5日号・№577)

税務マエストロ 税務における第一人者“税務マエストロ”による税実務講座

今週のマエストロ&テーマ
BEPSプロジェクトの進捗と税制改正への影響③
#128 品川克己
税理士法人プライスウォーターハウスクーパース(ディレクター)

略歴 89年より大蔵省主税局に勤務。90年7月より同国際租税課にて国際課税関係の政策立案・立法及び租税条約交渉等に従事。96年ハーバード・ロースクールにて客員研究員として日米租税条約について研究。97年より00年までOECD租税委員会に主任行政官として出向(在フランス)し、「OECD移転価格ガイドライン」及び「OECDモデル条約」の改定、及び関連会議の運営に従事。01年9月財務省を辞職し現職。

次回のテーマ
#129 経営戦略に応える企業再編成税制 税理士 朝長英樹 経営戦略の1つとして組織再編成税制を活用できる方法を、同税制等の創設を主導した筆者が事例形式で解説する。

※取り上げて欲しいテーマを編集部にお寄せください。
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マエストロの解説  BEPS行動計画6では、「租税条約の濫用を防ぐための措置」について検討が進められている。この行動計画6については、平成26年3月に、すでに第一次の討議草案(Discussion Draft)が公表され、それに対して産業界から実務的なコメントがなされている。これらコメントを踏まえ、9月にこの討議草案を改正した「報告書」(2014 Deriverable)が公表され、さらにこの報告書において「更なる検討が必要」とされた事項についての追加的討議草案(Discussion Draft:Follow up work in BEPS Action6)が11月に出されるなど議論は活発に展開している。
 第一次の討議草案においては、租税条約の濫用等を防止するため、OECDモデル条約の本文を改正することに加え、租税条約が「二重非課税」の状態を作り出すためのものではないことを明らかにするよう、タイトルや序文の改正が提言されていた。また、締約国が、租税条約を締結するか否かの判断を行う際に検討すべき租税政策についても提言されていた。特に、この討議草案では、特典制限規定(LoB:Limitation of Benefits)として米国が締結した租税条約の条文例を採用し、さらにその中に、「主要目的テスト(main purpose test)」や「一般的濫用防止規定(General Anti-abuse Rule)」を組み込ませることが提案されていた。
 今般の報告書では、この濫用防止規定や主要目的テストをLoB条項の中に組み込ませて1つの条項とする方法に代えて、条約濫用を防止する「最小限の防御策」として、LoB条項と主要目的テストのいずれかを採用することが提案されている。また、他国の居住者に所有される事業体にも租税条約の恩典を認める際の基準として「Derivative Benefits Test」が提案されている点も注目される。

1 租税条約の特典制限条項(LoB)
(1)米国タイプの採用
 報告書では、米国が締結している租税条約に含まれる特典制限規定(LoB)をOECDモデル条約に導入することが提案されている。この米国タイプのLoBは、一般的に、二国間条約の対象国以外の者(第三国居住者)が、条約対象国に法人を設立し、所得をその設立した法人経由で稼得することによって、その租税条約の適用を受けるといった濫用のケースをターゲットとしている。具体的には、米国タイプのLoBでは、こうした濫用を防止するため「適格居住者」にのみ条約の恩典(benefits)を与えることとしている。この適格居住者とは、法人が、第三国の居住者が条約の恩典を享受することを主な目的として設立したものではなく、その国に設立されたことに十分な関連性・理由がある法人(居住者)をいい、一定の基準(テスト)で判断することとなるが、この基準を定めるものがLoBである。現行の日米租税条約にも同様の条項が定められている。
 米国タイプのLoBは、きわめて包括的で、日米租税条約をはじめ、すでにいくつかの租税条約で採用されているところであるが、現段階では世界的に認知された規範というところまでは至っておらず、一部の規定は、必要以上に制限的な側面があるとの評価もある。
(2)提案されたLoB  報告書において提案されたLoBは、基本的に米国タイプのLoBと同様のものであり、条約の恩典を享受することができる適格居住者であるために満たさなければならない基準がいくつか定められている。
 ① 上場企業テスト  第1の基準は、上場企業テスト(Publicly Traded Company Test)と呼ばれる基準である。これは、法人の主たる種類の株式が継続的に証券取引所で取引されている場合に適格居住者とする基準で、さらに次のどちらかの基準をクリアする必要がある。
・居住地国(設立地)の証券取引所で取引されること
・管理支配の場所が居住地国であること
 多くの企業がこのテストを充足すると思われるが、居住地国の取引所が小さい場合には、他国のよりメジャーな取引所に上場しているケースも想定されるところである。さらに、居住地国の取引所に限定することは、EU法に違反している可能性があるとの指摘がある。また、管理支配の場所によるテストは、会社管理の分権化に反することになるとの指摘もある。こうしたことから、今般の報告書では、上場企業という条件は居住性の判断としては十分である一方、条約の恩典を与えるための経済的関係という点に鑑みれば、これら追加的なテストは必要な条件であるとされている。しかしながら、上場企業テストをクリアすれば条約濫用の可能性が低いと認識できるという長年採用されていた従来の共通理解と比較すると、さらに追加的な要件を付加することになり、かなり限定的な基準となってしまうことは否めない。一般的な考えとして、上場企業であっても租税条約が適用されないという事態は、そもそも租税条約の存在意義を否定することにもなりかねず、あまりにも厳しい基準となるといえよう。
 また、従来のOECDモデル条約では、上場企業の子会社も適格居住者としている。具体的には、直接および間接に50%の持分を5以下の上場企業に所有されている場合が該当することとなる。報告書においても、同様の基準が提案されているが、間接所有については、中間法人がどちらかの締約国の居住者であることを求めており、より厳しい基準となっている。多国籍企業は、健全な事業上の理由から、多くの国に関連企業を設立するため、この要件が障害となる可能性がある。
 ② 支配・浸食テスト  報告書では、支配・浸食テスト(Ownership-Base Erosion Test)が提案されている。これは、50%以上の持分を居住地国の適格者(Qualified Persons)に所有され、かつ、その適格者以外の者に対する支払総額が総所得(gross income)の50%未満であることを要件とするテストである。
 この支払総額と独立企業間価格の問題や、なぜ株主が居住地国の適格者でなければならないかについて十分な説明はされていない。
 ③ 事業活動基準  事業活動基準とは、企業が、居住地国で実態のある事業を営み(active conduct of a trade or business)、その事業に付随して得られた所得についても条約の恩典が供与されるというものである。同様の基準は、すでに日米租税条約にもみられるところであるが、「実態のある事業」の解釈・認定は容易なことではなく、実務上、条約の適用をしようとする納税者企業と条約を適用させまじとする課税当局との間で、条約の適用の可否について論争となるケースが増加することも否定できないと考えられる。
 ④ 同等受益者基準  同等受益者基準は、討議草案の段階でも検討されていましたが、今般の報告書では、新たに「Derivative Benefits Test:DBT」として提案さている。これは、次の2つの基準を満たした法人に条約の恩典を与えるという基準である。
・95%以上の持分を、直接および間接に、7以下の同等適格者(Equivalent Beneficiaries)に所有されていること
・同等適格者以外の者への支払いが、総所得の50%未満であること
 この同等適格者とは、いずれかの締約国の適格者および、第三国の者で当該条約と同等以上の恩典を得ることができる者が該当する。このDBTを満たす場合には、そもそも同等適格者が同等以上の恩典を得ることができることから、当該条約の濫用という要素は見出せないことに根拠がある。なお、DBTにおける間接所有の中間法人はいずれかの締約国の居住者に限定されている。この制限は、上場企業の子会社の場合と同様、その根拠が不明であり、実務的には大きな障害となる可能性があるといえよう。
 ⑤ 権限ある当局による認定  これらLoBの各テストを満たせない者は、その所得源泉地の権限ある当局(日本では国税庁)に、条約恩典の承認を得ることができることも定められている。ただし、この方式は、これまでの経験から、時間や費用がかかる点が懸念されている。

2 主要目的テスト  主要目的テストは、討議草案において「Main Purpose Test」とされていたもので、今回の報告書では「Principal Purpose Test:PPT」とされた。内容は、条約の恩典の利用が主要目的の一つである場合には、条約を適用しない(つまり恩典を与えない)というものである。「条約の恩典利用が主要目的の一つか否か」という判断基準は、きわめて曖昧で主観的なものとなってしまう。主要か否かの判断もさることながら、恩典利用を考えていたということや、逆に目的の一つではなかったということを事後的に証明することは容易ではなく、恣意的な課税を誘発する事態も想定できる。また、条約の恩典利用を根本的に否定するのであれば、そもそも租税条約など必要ないことになろう。租税条約の内容やその存在に不知であり、意図せず与えられた恩典しか認めないといっているに等しいのではないだろうか。
 なお、報告書では、このPPTを、条約本文に導入することが提案されている。いくつかの国では、国内法の一般的租税回避防止規定(GAAR)の運用により条約を適用しないことができるようであるが、一般的には、国内法で条約の規定・適用に制限を加えることができないため、こうした対応ができないこととなる(通常は憲法上の問題であり、日本をはじめ多くの国が該当する。)。そのため、条約の適用制限として、条約そのものに規定する必要があるためである。
 なお、報告書では、LoBとPPTの双方が採用される場合には、PPTは付属的な位置づけで、LoBの運用の制限とならないようにすべきとされている。

3 その他の項目  報告書では、上記LoBに関する提案に加え、以下の提案もされている。
・親子間配当のように一定の持分を有する法人からの配当には、一般的により低い源泉税率が適用されるが、この低い源泉税率の適用対象とするよう持分を操作することを防止するための365日保有基準の設定
・不動産化体株式譲渡の要件の強化
・二重居住者のtie-breaker ruleの改正
・低課税国のPEへの金融資産の移転により生じる所得への課税強化
・建設PEの継続期間要件の適用の強化

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