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解説記事2017年02月20日 【巻頭特集】 中長期インセンティブと税務・会計上の論点(2017年2月20日号・№679)

巻頭特集
中長期インセンティブと税務・会計上の論点
~平成29年度税制改正を踏まえて~
 ウイリス・タワーズワトソン 経営者報酬部門 コンサルタント 小川直人

はじめに

 コーポレート・ガバナンス強化の文脈の中で経営者の報酬に対しても議論が深まり、株式報酬を中心として中長期のインセンティブ報酬制度の導入が進んでいる。見直しの方向性としては、日本の経営者報酬が欧米諸外国と比べて固定報酬中心であるということが課題として認識される中、その解消を企図して「インセンティブ報酬の拡充」に落ち着くことが多く、この取り組みを通じて、経営者の適切なリスクテイクや迅速・果断な意思決定を支える経営者報酬制度を整備したい、というのが近時のトレンドと言える。
 インセンティブ報酬のボリュームが増えてくると、株主利益への影響や財務的なインパクトという観点から、どのようなプランが損金算入となるのかという税務の論点や、プランや会計基準によってどのように報酬費用が変わってくるのかという会計の論点が重要性を増してくる。
 そこで本稿では、多様化する中長期のインセンティブ報酬を整理しつつ、税務および会計の観点から、設計上の主要論点を概説したい。はじめに、平成29年度税制改正を踏まえて各インセンティブプランと損金性の関係がどのようになる見込みであるのか、次に、インセンティブプランや会計基準によって株式報酬費用の会計処理がどのように異なってくるのか、そして最後に、各社が利益連動給与の導入を志向する際にどのようなハードルがあるのかについて整理したい。
※ なお、本稿は経営者報酬の制度設計という観点から情報提供や考察を行うものであり、個別具体的な会計・税務上の助言は会計・税務の専門家等に依頼されたい。

Ⅰ.中長期のインセンティブ報酬と損金性
 平成29年度税制改正大綱(2016年12月22日閣議決定)を踏まえた「所得税法等の一部を改正する等の法律案」が2017年2月3日に閣議決定され、国会に提出されている。今回の税制改正においては、多様化したインセンティブ報酬をいま一度、現行の役員給与税制の枠組みの中で整理し直すことが企図されている。現行法においては、役員給与を損金算入するためには、定期同額給与、事前確定届出給与、利益連動給与のいずれかの要件を満たすことが必要とされているが、退職給与と新株予約権については別途定めがあり、多くの場合損金算入できるというのがこれまでの役員給与税制の運用であった。しかしながら、今回の税制改正においては、退職給与や新株予約権も含め、役員報酬が株価や業績に連動するインセンティブ報酬である場合には、今後は事前確定届出給与か利益連動給与の要件を満たさない限り、損金算入できなくなるという整理になっている(※)。
※ 税制改正は基本的に2017年4月1日からの適用となるが、退職給与、譲渡制限付株式、ストックオプションに係る今回の変更(課税が強化される部分)については、猶予期間が設けられ、2017年10月1日以後に支給又は交付に係る決議をする給与から適用とされている。また、今回の改正で利益連動給与については算定の基礎となる指標の範囲拡大に伴い、税法上の名称が「利益連動給与」から「業績連動給与」に変更される見込みであるが、本稿では理解のしやすさという観点から、現行役員給与税制上の名称を踏襲して解説する。
 以降、中長期のインセンティブ報酬について(1)業績/株価条件の無い株式報酬と、(2)業績/株価条件のある株式報酬に焦点を当てて整理していく。
 まず中長期のインセンティブ報酬と損金性の関係性を整理すると、今後は図表1のようになるものと想定される。

(1)業績/株価条件の無い株式報酬  業績/株価条件の無い株式報酬としては、株式等を直接付与するプランを想定すれば、譲渡制限付株式、通常型・株式報酬型ストックオプション、株式(現金)交付信託・譲渡制限付株式ユニット(ただし、いずれも業績/株価条件の無いプラン)が想定される(図表1において灰色で示されているプラン)。これらは今後、事前確定届出給与の枠組みにおいて損金算入の可否が判断される。留意点を5つ挙げたい。
 ① 業績等に応じて譲渡制限が解除される数が変動する譲渡制限付株式は損金不算入  上記のようなプランは事前確定届出給与の対象から除外することになっている。(図表1において点線で示されているプラン)。このようなプランが利益連動給与の要件を満たす場合に損金算入できるかについては大綱や法律案要綱等には明記されていないが、損金算入不可と考えられる。
 ② ストックオプションも今後事前確定届出給与として整理される  従来、税制非適格ストックオプションは原則損金算入可能であったが、これからは事前確定届出給与として要件を満たす必要がある。
 ③  株式(現金)交付信託における現金支給部分の取扱い  株式(現金)交付信託のうち、株式で交付される部分については事前確定届出給与と整理されるが、信託内で現金に換価されて役員に支給される部分については「所定の時期に確定した数の適格株式を交付する給与」(法律案要綱より抜粋)とは読みにくく、もしファントム・ストック(=現金報酬)と看做される場合は、事前確定届出給与ではなく、利益連動給与の要件を満たす必要があるだろう。
 ④ 事前確定の届出免除  譲渡制限付株式やストックオプションについては事前確定の届出が免除されるが、株式交付信託や譲渡制限付株式ユニットについては、届出不要の旨について大綱に言及がないため、届出を要するものと想定される。
 ⑤ 損金算入金額  損金算入金額については必ずしも大綱に明記はない。しかしながら、昨年度の税制改正における譲渡制限付株式の取り扱いと同様に、今回新たに事前確定届出給与に該当することとされたプランについては、事前に届け出た金額が損金算入金額の上限となる可能性がある。すなわち、権利確定までの待機期間において株価が上昇し続けたとしても、それに応じて際限なく損金算入できるとは考えにくい。
(2)業績/株価条件のある株式報酬  次に、業績/株価条件のある株式報酬について整理したい。具体的なプランとしては、主にパフォーマンス・シェア(PS)、業績/株価条件のある株式報酬型ストックオプション、株式(現金)交付信託(業績/株価条件あり)、パフォーマンス・シェア・ユニット(PSU)が想定される。これらは、先に述べたパフォーマンス・シェアを除けば、いずれも利益連動給与の要件を満たす場合には損金算入可、満たさない場合には損金算入不可という整理になると想定される。留意点を2つ挙げたい。
 ① 業績等に応じて付与数や権利行使可能数を変動させるストックオプション  株式報酬型ストックオプションには、業績等に応じて付与数が変動するプランや、付与したストックオプションについて業績等に応じて権利行使可能数が変動するプランが見受けられる。これらは、現行法においては基本的に損金算入が可能であったが、今後は利益連動給与の要件を満たさなければ損金算入不可となる。
 ② 業績/株価条件ありの株式(現金)交付信託  上記のプランは現行法では損金算入不可(在任時に交付されるプランの場合)であったところ、今後は利益連動給与の要件を満たせば損金算入可となる。

Ⅱ.株式報酬費用の差異
 インセンティブ報酬のボリュームが増えてくると、自社の株式報酬の総コストがどのように決まってくるのか、という論点も重要性を増してくる。付与時から権利確定時までに認識される株式報酬費用総額は、基本的に「単価×数」というシンプルな掛け算で表わすことができるが、ではその単価は株価なのか公正価値なのか、また、その単価や数は待機期間(業績評価期間)の始点のものを用いるのか、終点のものを用いるのか、それともそれ以外なのか、といった要素があり、しかも、これらはインセンティブプランや会計基準によって異なってくる。わが国における譲渡制限付株式(/ユニット)はまだ実務の蓄積も少なく、特にIFRSにおいてどのように判断されるのか必ずしも明確でない部分も残るが、それぞれの差異の概要を整理したものが図表2である。

 まず、「単価」という観点から概要を整理したい。株価は刻々と変動するため、いつ時点の株価を基準とするのかによって、株式報酬費用も変動しうることになる。ストックオプションであれば、日本基準であれIFRSであれ、付与時(=始点)の株価をもとに公正価値を算出することになり、会社コストとしてはその後の株価変動の影響を受けることはない。株式交付信託については、日本基準では株式を信託に拠出した際の株価、IFRSではポイント付与時(=始点)の公正価値が基準となり、差異が生じている。譲渡制限付株式の場合、日本基準においては株式交付時(=始点)の株価が基準となるが、IFRSでは株価そのものではなく公正価値という判断になる可能性もある。最後に、譲渡制限付株式ユニットであるが、こちらは日本基準においては株式交付時(=終点)の株価が基準になると考えられ、この比較表の中で唯一会社コストが最後まで株価変動の影響を受けるプランと言える(※)。IFRSにおいてはユニット付与時(=始点)の公正価値を用いるものと想定され、他のプランと差異がない。
※ ただし、株式交付信託について、現金換価部分が予め確定しており、かつ当該部分が税法上等の企業の源泉徴収義務に起因する純額決裁の取り決めに基づくものではない場合、現金換価部分について、IFRSにおける現金決済型の処理(株式交付時(=終点)の株価に基づく費用認識)が要求される可能性がある。
 次に「数」という観点から整理したい。こちらは会計基準やプランの差異はほとんどなく、確定した数/ポイント数/譲渡制限解除数/株式交付数など、基本的に待機期間の終点の数を用いることになる。すなわち、追加的な業績達成条件が付されていなければ、基本的に当初付与した数から変わることはなく、業績達成条件が付されていれば、当初付与数にその達成度を加味して変動した数を用いることになる。留意点として、IFRSでは、公正価値に確定数の見積もりを基礎数値として織り込める場合は、付与数(=始点)を用いることになり、当初から費用が固定されることになる。
 以上見てきたように、株式報酬費用総額は単価が変動するかどうか、数が変動するかどうか、という2つの変数で、コストが変動するかどうか、どのように変動するのかが異なってくる。

Ⅲ.利益連動給与を志向する際の主な論点
 先に見てきたように、業績・株価条件の無い株式報酬は、多くの場合、事前確定届出給与として損金算入できることになり、手続に係るスケジュール上の制約を除けば、特段のハードルはないものと思われる。他方で、業績・株価条件のある株式報酬を損金算入するためには税法上の利益連動給与の要件を満たす必要があり、ここが多くの企業にとって検討の焦点になると思われる。企業がハードルと感じるであろう点は主に3つあると考えられる。具体的には、①開示の程度、②裁量による調整、③委員会のメンバー構成である。
 まず開示の程度であるが、利益連動給与が損金算入要件の1つとして求めている有価証券報告書上の開示をどのように判断するかが論点となる。会社によっては、独自のKPI(Key Performance Indicator)を用いた評価を実施しており、たとえ有価証券報告書上の数字を基礎に算出可能であるとしても、そのKPIを開示すること自体が事業上の機密保持という観点から憚られる可能性がある。次に、裁量による調整については、報酬(諮問)委員会の審議事項として、インセンティブ報酬の実際の支給に際して裁量評価を行うという実務も見受けられるが、利益連動給与のフレームワーク内では支給額が算式によって一義的に決定される必要があり、こうした事後の裁量調整は困難になる。激変する事業環境下においては、非経常要因、マクロ要因などの影響により、定量的なインセンティブ制度では経営陣の経営努力を正しく評価できないことも想定されうるが、報酬(諮問)委員会は、そういった状況下においても客観的なプロセスを通じた事後調整を行い、インセンティブ制度の健全性や実効性の回復に寄与する必要がある。企業においては、このような仕組みを自社のインセンティブ制度に織り込むかどうかが課題となる。最後に、委員会のメンバー構成であるが、利益連動給与の要件としては報酬委員会メンバーが全員社外である必要があり、社内役員をメンバーに含めることができなくなる。ただし、監査役(会)設置会社や監査等委員会設置会社は、監査役の適正書面で代替できるため、こちらの論点は指名委員会等設置会社特有の論点と言える。
 このように、利益連動給与を検討する際にはいくつかの論点があると思われるが、損金算入ありきではなく、あくまで自社にとってのあるべきインセンティブ制度・ガバナンス体制がどのようなものであるか、という点が議論の出発点となるよう留意されたい。

おわりに
 本稿では、インセンティブ報酬拡充の時代にあって重要性が増すと思われる税務上、会計上のインパクト等についてその概要を整理した。これらは制度設計において念頭に置く必要はあるが、自社の経営者報酬制度のありたい姿(報酬の方針)を上回って優先されてしまうとバランスを欠くことになると思われる。各社が経営者報酬制度を見直す際に、より本質的な議論に十分に時間を割けるよう、本稿が参考となれば幸いである。

小川直人 おがわ なおと
ウイリス・タワーズワトソン 経営者報酬部門 コンサルタント
 国内大手上場企業に対する経営者報酬コンサルティング、経営者報酬データベースの編集・分析、ストックオプションの導入概況調査、オプション算定モデル等を用いたストックオプションの評価単価算定、に関与する。
 グローバル長期インセンティブに関する経験が豊富。キャッシュプラン、エクイティプランの各種ビークルについて、設計・導入支援から事務局への運用サポートまで幅広く従事。
 ウイリス・タワーズワトソン入社以前は、大手会計事務所にて国際移転価格に係る税務コンサルティングに従事。
 東京大学教養学部卒(地域文化研究学科フランス地域専攻)、公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員、CFA協会認定証券アナリスト

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