解説記事2024年12月02日 未公開判決事例紹介 顧問先が銀行に虚偽事実を告知も不法行為は成立せず(2024年12月2日号・№1053)
未公開判決事例紹介
顧問先が銀行に虚偽事実を告知も不法行為は成立せず
東京地裁、相談しただけで名誉権の侵害ならず
本誌1036号8頁で紹介した税理士報酬等請求事件の判決について、一部仮名処理した上で紹介する。
〇顧問先及び税理士法人がお互いに信頼関係を失い、税理士法人(原告)が税理士報酬等の請求とともに、被告である顧問先が第三者であるY銀行に対して虚偽事実を告知したことから不法行為に基づき損害賠償を求めた事件。東京地方裁判所(下山久美子裁判官)は令和5年6月29日、被告会社の決算書類等作成報酬及び被告代表者の確定申告書作成報酬について、被告に対し税理士法人に支払うよう命じたが、被告代表者がY銀行に相談したことをもって、原告の名誉権を侵害したとはいえず、原告に対する不法行為が成立すると認められないと判断した(令和4年(ワ)第5632号)。
主 文
1 被告有限会社Gは、原告に対し、13万7500円及びこれに対する令和4年2月9日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
2 被告Mは、原告に対し、3万3000円及びこれに対する令和4年2月2日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用はこれを10分し、その3を被告らの負担とし、その余は原告の負担とする。
5 この判決は、第1項及び第2項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告有限会社Gは、原告に対し、24万7500円及びこれに対する令和4年2月9日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
2 被告Mは、原告に対し、33万3000円及びこれに対する令和4年2月2日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、原告が、①被告有限会社G(以下「被告会社」という。)に対して、法人税等申告書作成に係る報酬として13万7500円及び令和3年7月から10月までの顧問料として11万円並びにこれらに対する令和4年2月9日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求め、②被告M(以下「被告M」という。)に対して、所得税等申告書作成に係る報酬として3万3000円及び不法行為に基づく損害賠償として30万円の各支払及びこれらに対する令和4年2月2日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年3分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)当事者等
ア 原告は、税理士業務を行う法人であり、税理士B(以下「B税理士」という。)の個人事務所を平成27年11月2日に法人化したものである。
B税理士は、令和3年1月8日、原告を脱退し、税理士A(以下「A税理士」という。)は、同日、原告の代表社員となった。
イ 被告会社は、不動産賃貸を主たる業務とする会社であり、被告Mは、被告会社の代表者である。
(2)被告会社とB税理士との顧問契約の締結
B税理士は、平成27年7月23日、被告会社との間で、下記内容の顧問契約を締結した(甲1。以下「本件顧問契約」という。)。
記
第1条(委任業務)
被告会社がB税理士に委任する事項は次の範囲とする。
① 税務顧問
・税目 法人税、消費税、事業税、都道府県民税、市町村民税
・税務代理 上記税目にかかる申告
・税務相談 上記税目にかかる簡易の相談及び助言
② 税務書類の作成
上記税目の確定申告書及びその添付書類の作成
③ 会計顧問
総勘定元帳及び試算表の作成に関する会計処理についての相談
④ 決算書類の作成
第2条(契約期間)
平成27年7月28日から平成28年7月27日までの1年間
ただし、期間満了の日の1か月前までに当事者のいずれからも本件雇用契約を更新しない旨の書面による意思表示がない場合は同一内容で1年間自動更新されるものとし、以後も同様とする。
第3条(報酬)
① 税務顧問料 月額3万円(消費税等別途)
② 決算書類及び税務書類作成報酬(消費税申告書作成料3万円を含む。以下総称して「決算書類等作成報酬」という。) 年額15万円(消費税等別途)
第4条(支払時期)
① 決算書類等作成報酬 法定申告期限の翌月の末日まで
② 税務顧問料 当月の末日まで
第12条(中途解約)
① 当事者は契約期間の中途であっても、解約の2か月前までに書面により相手方に対し申し出ることにより、本件顧問契約を将来に向かって解除することができる。
② 前項の場合、被告会社は原告に対し、本件顧問契約の終了する日の属する月まで税務顧問料(月額3万円)を支払うものとする。
第13条(解除)
① B税理士は、被告会社が税務顧問料又は上記決算書類等作成報酬の支払を2か月以上滞ったとき、第8条に掲げる資料等の提供もしくは開示が著しく遅延したとき、又はB税理士が正常な業務の遂行もしくは適正な税務上の処理が困難であると判断したとき、その他信頼関係を維持できない事情が生じたときは、本件顧問契約を解除することができる。
② 前項の場合、被告会社は、B税理士に対し、本件顧問契約の解除日の属する月まで税務顧問料(月額3万円)を支払うものとする。
(3)原告への本件顧問契約の承継及び報酬額変更
B税理士は、平成27年11月2日、個人事務所を法人化して原告を設立し、本件顧問契約の契約上の地位を原告に引き継いだ。
以後、原告及び被告会社は、本件顧問契約の更新を重ね、平成30年4月から、税務顧問料は月額2万5000円(消費税等別途)に、決算書類等作成報酬は12万5000円(消費税等別途)にそれぞれ減額された。
(4)平成27年7月から令和3年7月までの本件顧問契約の担当者
C(以下「C」という。)は、本件顧問契約締結の時点において、B税理士の個人事務所の従業員であった者であり、原告設立以降、原告の従業員であった者である。Cは、平成27年7月から令和元年8月まで税理士補助者の立場で本件顧問契約の業務を担当し、同月に税理士資格を取得した後は税理士の立場で令和2年8月まで本件顧問契約の業務を担当していた。
税理士D(以下「D税理士」という。)は、令和2年9月以降、Cから本件顧問契約の担当を引き継ぎ、同月以降、本件顧問契約の業務に従事していた。
(以上につき、当事者間に争いはない)。
(5)原告による被告会社の法人税等申告書の作成及び提出
原告は、本件顧問契約に基づき、令和3年6月28日、被告会社の令和2年4月1日から令和3年3月31日に至る法人税及び地方法人税申告書(甲2)並びに消費税申告書(甲3)を作成して渋谷税務署に提出し、また、法人都道府県民税・事業税・特別法人事業税申告書(甲4)を作成して渋谷都税事務所に提出した(当事者間に争いはない。なお、これら3つの申告書を総称して「被告会社申告書」という。)。
(6)原告による被告Mの所得税等申告書の作成及び提出
原告は、被告Mの依頼に基づき、令和3年3月8日、被告Mの令和2年分の所得税及び復興特別所得税申告書(甲5。以下「被告M確定申告書」という。)を作成して緑税務署に提出した(被告Mが原告に被告M確定申告書の作成を委任したことについては当事者間に争いはないが、報酬合意の有無につき争いがある。)。
2 争点及びこれに対する当事者の主張
(1)争点(1)(決算書類等作成業務の履行の有無)について
(原告の主張)
原告は、令和3年6月28日に被告会社申告書を作成して渋谷税務署及び渋谷都税事務所に提出しているから、決算書類等作成報酬は発生している。
(被告会社の主張)
原告が被告会社申告書を作成及び提出したことは認めるが、原告の担当税理士らが被告Mを愚弄する言動をしたり、担当替えの際に十分な引継ぎをしなかったり、不必要な保険への加入を勧めたり、被告M名義のクレジットカード利用の際のポイント利用について算定する必要性についての説明が遅れるなど、原告の作成業務は杜撰であって行うべき仕事を行っていないから、債務の本旨に従った履行がされたとはいえない。
(2)争点(2)(令和3年7月から10月までの税務顧問料の発生)について
(原告の主張)
原告は、令和3年8月13日、被告会社に対し、①提示済みの同年7月20日付合意書案の趣旨で解決できるのであれば、本件顧問契約は同年7月8日に終了したものとしてよいこと、②上記合意書案の内容に異論があるときは未だ本件顧問契約は終了していないため、原告は本件顧問契約の中途解約条項(第12条)に基づいて解除する旨の意思表示をした。これに対し、被告らは、上記合意書案の内容に納得せず合意解約の協議が整わなかったから、本件顧問契約は令和3年10月(上記中途解約通知の2か月後)いっぱいをもって終了した。
したがって、令和3年7月から10月まで本件顧問契約は存続しているから各月の税務顧問料は発生している。
(被告会社の主張)
否認する。本件顧問契約は令和3年7月8日に終了している。原告の代表者であるA税理士は、同日、被告会社の代表者である被告Mに対し、「あなたとは信頼関係を結ぶのは困難だ。今までお世話になりました。」と述べて解除の意思表示をしている。このように本件顧問契約は令和3年7月8日に終了し、原告は、令和3年7月以降、本件顧問契約に基づく業務を履行していないから、令和3年7月以降の税務顧問料は発生しない。
(3)争点(3)(被告M確定申告書作成についての報酬合意の有無)について
(原告の主張)
被告Mは、平成28年から令和3年まで、原告に対し、被告M個人の確定申告の税務代理を委任していた。契約書は作成されていないが、原告と被告Mは平成28年分以降、被告Mの確定申告書作成料の基本報酬を3万円(消費税等別途)としていた。被告Mは、令和2年(令和元年分の確定申告)まで、異議を述べることなく基本報酬どおりの3万円(消費税等別途)の支払を続けており、確定申告書の作成報酬が3万円(消費税等別途)であることについて承知していた。
(被告Mの主張)
否認する。そもそも原告と被告Mとの間には確定申告書作成料を支払う合意はなく、原告に言われて確定申告書作成料を支払ったことがあるというのが実態である。
(4)争点(4)(被告Mの不法行為の成否)について
(原告の主張)
被告Mは、第三者であるE銀行に対し、①原告の担当税理士からセクハラ行為を受けた、②不必要な共済・保険に加入させられた、③本件顧問契約を締結する前に契約をしていた不動産管理会社を変更させられた、④担当税理士が交代した際の引継ぎがされなかった、⑤被告M個人についての総勘定元帳が作成されていなかった、⑥クレジットカードのポイントやiDeCoについて経費算入の説明がされなかった、⑦上記セクハラ行為などの迷惑行為は原告がこれを公認しているとの虚偽の主張を告知した。
E銀行は、原告にとって業務上の付合いのある重要な顧客であるところ、被告Mが上記のように虚偽事実をE銀行に告知したことにより原告は名誉又は信用を毀損され、また、E銀行に対して事情説明に赴かなければならず業務に多大な妨害を受けた。
この損害についての賠償額は30万円をくだらない。
(被告Mの主張)
被告Mが上記①ないし⑦の苦情を述べたことは認めるが、その余は否認し、争う。上記①ないし⑦は虚偽事実ではなく、また、原告に損害は発生していない。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実に加え、後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1)被告Mは、平成27年7月、E銀行の担当行員からB税理士を紹介され、B税理士と本件顧問契約を締結した。
Cは、同月以降、本件顧問契約の税務顧問及び会計顧問の業務のため、毎月1回以上、被告M宅を訪問し、被告Mの会計ソフトの入力状況の確認などを行っていた。
(2)Cと被告Mは、平成30年6月から同年8月まで、メールで昼夜を問わず「×××ん」「××くん」と頻繁に呼び合い、そのメールのやりとりの中で、Cは「おやすみなさい ちゅ 大好きだよ~」「うん。大すきだよ~」との被告Mへの好意を示す文言を記載し、ほぼ毎週、被告M宅を訪問し、被告M宅で被告Mの料理を食べるなどしていた(乙6、乙8、証人C12、20頁、被告M本人5頁)。
(3)Cは、平成30年12月に税理士試験に合格した。Cは、令和元年2月6日、被告Mに対し、関係解消に際して100万円を支払った。以後、Cが被告M宅を頻回に訪問することはなくなった。
(以上につき、乙18の1~8、証人C14~16、27頁、被告M本人7、8頁。なお、100万円の支払理由については、被告MはCが被告M宅を頻回に訪問していた際に被告Mから抜き取っていた金銭の返還としてCが支払った旨を供述し、Cは被告MからCが原因で精神的に不安定になり占いに依存し占いの利用料金が高額になったとして100万円を支払うよう要求されたためと供述している。)。
(4)被告Mは、令和2年7月、B税理士に対し、Cを本件顧問契約の担当から外してほしい旨要望し、原告は、令和2年9月、CからD税理主に本件顧問契約の担当を変えた。
B税理士は、被告Mからの上記要望を受けた後、Cに対し、被告Mとの間で何かあったかと尋ねたが、Cは、前項(2)の被告Mとのメールのやりとりや前項(3)の100万円の支払の事実を隠し、B税理士に対して特にない旨回答した。B税理士は、Cの回答を盲信し、それ以上事情を確認することはなかった。
(以上につき、証人B6,7頁、証人C27頁)
(5)D税理士が、令和3年3月、被告M確定申告書を作成したところ、被告Mに5200円の所得税が発生することが判明した。
また、D税理士は、同月、被告Mに対し、被告会社の繰越欠損金がないため法人税が昨年に比して大幅に増額になると説明し、経費を増やすために生命保険に加入することを勧め、被告Mは同保険に加入した。
(6)原告は、令和3年6月28日、被告会社申告書を作成して渋谷税務署等に提出した。なお、国税庁の新型コロナ感染症流行に対応した期限延長措置により、被告会社申告書は期限内に提出された。
(7)被告Mは、令和3年7月2日、原告に対し、メールを送信し、被告会社申告書の提出が当初の予定よりも1か月も遅れたこと、被告M自身が作成した被告M名義のクレジットカードの利用履歴にかかるエクセル表を決算資料の一部にしていることから、決算書類等作成報酬の全額を支払うのは納得できないとして、値引きを要望した(乙3)
(8)被告Mの上記メールを受けて、D税理士とA税理士は、令和3年7月8日、原告宅を訪問し、令和3年4月から6月までの月次相談として会計ソフトのデータの入力に誤りがないか等をチェックするとともに、被告会社の決算書控え及び被告M確定申告書控えを原告に対して納品し、同年7月12日までに納税手続をするよう依頼した。
被告Mは、原告の本件顧問契約の業務について苦情を述べて決算書類等作成報酬の減額を要望したところ、A税理士は被告らとの信頼関係を結ぶのは困難である旨述べて、本件顧問契約の終了を提案し、被告Mは「これで打ち切りならそれでもよい」と述べた。
(以上につき、乙4、12)
(9)原告は、令和3年7月20日、解約合意書(甲6。以下「本件合意書」という。)を作成し、被告らに交付した。本件合意書は、本件顧問契約が令和3年7月31日をもって終了することの確認のほか、被告会社申告書の作成料を9万3500円に減額すること、被告M確定申告書の作成料を2万7800円に減額することが記載されていた(甲6)。被告らは納得せず、本件合意書を原告に返送しなかった。
(10)被告らが本件合意書を返送しないでいたところ、原告は、令和3年8月11日、被告会社に対し、①本件合意書の作成に至っていないので本件顧問契約が継続しており、したがって同年7月分の税務顧問料として支払われたものについての返金はできないこと、②本件合意書の作成がない限り本件顧問契約が存続するため同年8月分以降は振込みにより税務顧問料を支払っていただくこと等を記載したメールを送付した(甲7)。
(11)被告Mは、令和3年8月11日、上記メールに対する返信として、令和3年7月8日の来訪時にA税理士から「あなたとは信頼関係を再構築するのは難しい。6年間お世話になりました」との言葉をいただいており、その時点で解約が成立したと認識している旨返答した(乙4)。
(12)原告は、令和3年8月13日付け内容証明郵便を被告らに送付し、本件合意書案の趣旨に沿っての話であれば令和3年7月8日に本件顧問契約を終了することはやぶさかではないが、被告らがこれに異論がある場合は合意解約に至らなかったものとして本件顧問契約が存続するとして、原告は本件顧問契約の中途解約条項(第12条)に基づいて解除通知をする旨の意思表示をした。
(13)同原告は、令和3年8月、被告会社の本件顧問契約の報酬の口座引落しを止めた。
2 争点(1)(決算書類等作成業務の履行の有無)について
(1)前記前提事実(5)及び前記認定事実(6)のとおり、原告は、令和3年6月28日に被告会社申告書を作成して渋谷税務署及び渋谷都税事務所に提出している。被告会社申告書の内容に誤りや申告漏れなどの不備があったとの事情は見当たらず、申告期限も徒過していないのであるから、原告は、債務の本旨に従って決算書類等作成業務を履行したと認められる。
(2)これに対し、被告会社は、①原告の担当税理士であるD税理士が、原告に対してCとの仲を揶揄する言動をして原告を愚弄したこと、②CがD税理士に対して引継ぎをしなかったこと、③D税理士が法人税を安くするためと述べて被告Mに保険に加入するよう勧誘したこと、④申告の直前である令和3年3月になってから被告M名義のクレジットカードを被告会社のために使用した際のポイントの計算が必要であることを告げたこと、⑤C担当時の会計処理(被告会社が自社ビルで資料を保管していたことについて「倉庫代」として計上したこと)について、一度A税理士が疑問を呈しながらCによって経費に計上されたとの被告Mの返答に対して、その会計処理の適否や理由を説明せず謝罪もしなかったこと、⑥D税理士とA税理士が令和3年6月に被告M宅を訪問した際、消毒を拒んで洗面所で手を洗い、被告Mを「あんた」呼ばわりして「この家はくつろげない」などと言い、「Cとやったのか?」などと大きな声で被告Mに話しかけ、被告MがCのセクハラ行為について弁護士に相談すると述べたのに対して、証拠(電話の通話記録)なんて取れませんよねなどと言ったこと、⑦被告Mが上記⑥の素行について抗議するメールを出したが原告から返事がなかったこと、⑧令和3年7月8日、原告が被告会社の決算書をレターパックで送ったことを連絡せず、連絡しなかったことについて原告が謝罪しなかったことを根拠に、原告が債務の本旨にしたがった決算書類等作成業務を行わなかった旨主張する。
しかし、①、⑥及び⑦は、原告に所属する税理士が被告Mに対し失礼な言動をしたというものであり、③は、法人の繰越欠損金がなくなってしまったために法人税が増額することの対策として、申告期の直前になって経費を増やすために本来不必要な保険への加入を助言したというものであり、⑤はC担当時の会計処理について、A税理士がその処理の適否や理由を説明しなかったというものであり、⑧は被告会社申告書提出後の事情であり、かつ申告書控えは原告が郵便局に取りに行き被告会社に交付したのであるから、これらは、いずれも決算書類等作成業務の履行の有無に影響しない事情である。また、②の引継ぎが十分にできていなかったことや④のポイント算定の指摘が遅かったことについては、これらが原因で、誤った内容の決算書類や申告漏れが生じたというのであれば、債務の本旨にしたがった決算書類等作成業務を行わなかったと認められるが、②や④により内容に不備のある決算書類が作成されたとは認められない。
したがって、被告会社が指摘する上記の事情はいずれも、決算書類等作成業務の履行の有無の判断を左右する事情とはいえないから、これらの事情が仮に存在していたとしても、原告が債務の本旨に従って決算書類等作成業務を履行したとの前記認定は左右されない。
3 争点(2)(令和3年7月から10月までの税務顧問料の発生)について
(1)本件顧問契約は、信頼関係を前提とする委任契約であるから、原告及び被告会社はいつでも解除することができ(民法651条1項)、さらに本件顧問契約第13条は、信頼関係を維持できない事情が生じたときは原告は本件顧問契約を解除できると定めている。
そして、前記認定事実(7)及び(8)によれば、令和3年7月8日の時点で、原告と被告会社との信頼関係は崩れていることが認められ、原告及び被告会社ともそのことを認識していたと認められる。そして、前記認定事実(8)のとおり、原告は、A弁護士は被告会社と信頼関係を結ぶのは困難である旨述べて、本件顧問契約の終了を提案し、被告Mは「これで打ち切りならそれでもよい」と述べたのであるから、これをもって原告からの解除を被告会社が異議なく受け入れ、本件顧問契約が終了したとみるのが自然である。
(2)仮に原告は解除の意思まで有していなかったとしても、前記認定事実(13)のとおり、原告は自ら令和3年8月分から被告会社の口座からの顧問料引落しを止める手続をし、令和3年7月中も合意解約に向けた手続(本件合意書作成業務)に専念し、令和3年7月以降、税務相談及び助言、総勘定元帳及び試算表の作成に関する会計処理についての相談を行っていないのであるから、本件顧問契約に基づく顧問業務を履行したとは認められない。
(3)以上によれば、令和3年7月以降は本件顧問契約に基づく報酬(税務顧問料)が発生したとは認められない。
4 争点(3)(被告M確定申告書作成についての報酬合意の有無)について
(1)証拠(証人B、甲19、乙12)によれば、平成27年度から令和2年度まで、原告は被告Mの確定申告書の作成及び提出業務を行い、被告Mは特段異議を述べることなく平成28年度分以降、毎年3万円(消費税等別途)を原告に支払っていたこと、令和3年7月8日に被告MがA税理士に対して確定申告で生じた納税額5200円分を本来の報酬から値引きするように要望したことが認められる。これらの事実関係に照らせば、原告と被告Mとの間には、被告M確定申告書作成についての報酬額を3万円(消費税別途)とする黙示の報酬合意がされていたと認められる。
(2)なお、被告Mは、納税分の5200円の減額を主張するようでもあるが、5200円の納税が生じたことは原告の債務不履行に基づくものではなく、また、5200円の減額合意がされたと認めるに足りる証拠もない。
5 争点(4)(被告Mの不法行為の成否)について
(1)原告は、被告MがE銀行に対して①原告の担当税理士からセクハラ行為を受けた、②不必要な共済・保険に加入させられた、③本件顧問契約を締結する前に契約をしていた不動産管理会社を変更させられた、④担当税理士が交代した際の引継ぎがされなかった、⑤被告M個人についての総勘定元帳が作成されていなかった、⑥クレジットカードのポイントやiDeCoについて経費算入の説明がされなかった、⑦上記セクハラ行為などの迷惑行為は原告がこれを公認していると告知したことが、原告の名誉及び信用の毀損にあたり損害を被ったとして不法行為が成立すると主張する。
(2)しかしながら、被告MがE銀行に対して上記を告げた理由は、前記認定事実(1)のとおり、E銀行の行員からB弁護士を紹介されて本件顧問契約の締結に至ったという経緯があったことから、原告の業務に不満を有し、Cとの関係にも悩んでいた原告が、紹介先であるE銀行に相談したというものである。このようにE銀行としては、顧客である被告Mから顧問先の税理士事務所についての相談を受ける中で上記①~⑦の不満を聞いたのであるから、かかる相談内容を他の顧客等に漏洩するとはおよそ考え難い。
そうすると、被告MがE銀行に告げた行為に伝播可能性があるとは認められないから、被告MがE銀行に上記①~⑦を相談したことをもって、原告の名誉権を侵害したとは認められない。
また、上記②~⑥は原告の業務方法についての被告Mの不満をいうにとどまるものであるから、この相談を受けたE銀行の原告への信用を直ちに失墜させるものとはいえない。
さらに、上記①及び⑦について、原告は、Cが原告にセクハラをしていたというのは全くの虚偽であると主張するが、前記認定事実(2)及び(3)のとおり、Cが被告Mに対し性的関係を意識したやりとりをしていること、Cが関係解消に際して100万円を被告Mに支払っていることに加え、セクハラというのは、当事者の主観的な評価を含むあいまいな概念であることに照らせば、Cからすれば被告Mが積極的に親密なやりとりをしていたと認識していたとしても、被告Mからすれば上記の親密なやりとりに嫌悪感を抱きセクハラであると感じていた可能性は否定できない。これに加え、前記認定事実(4)のとおり、原告は被告MからCから担当を変えて欲しいとの要望を受けてもCの言い分を盲信してCと被告Mとの上記親密な関係性について気付かなかったことも認められる。そうすると、上記①及び⑦についても、被告Mが完全に虚偽事実を告げたとも認められない。
(3)以上によれば、被告MがE銀行に上記①~⑦を相談したことについて原告に対する不法行為が成立するとは認められない。
6 以上によれば、原告の被告会社に対する請求は、決算書類等作成報酬13万7500円(消費税込)及びこれに対する遅延損害金の限度で認められ、原告の被告Mに対する請求は、被告M確定申告書の作成報酬3万3000円(消費税込)及びこれに対する遅延損害金の限度で認められる。
第4 結論
よって、原告の請求は主文第1項及び第2項の限度で理由があるからこの限度で認容することとし、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第5部
裁判官 下山久美子
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