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一般2024年07月31日 スポーツ資格の安全配慮義務 執筆者:菅原哲朗

1 日本スポーツ法学会の動向

 北海道は国内外の多くの観光客が四季折々の大自然を楽しめるアウトドア活動を目的として訪れるので、観光産業は主要産業として位置づけられている。それ故、観光客に関わるアウトドア活動の事故やトラブルも数多く起きている。
 行政と民間団体が観光地域づくりを実現すべく連携協力し、2002(平成14)年度から北海道知事認定の「北海道アウトドア資格制度」(註1)を導入し、安全で質の高いサービスを提供する事業者とアウトドアガイドを養成している。しかし、民間資格であるため、普及はまだまだ不十分だ。
 日本スポーツ法学会は2024年7月6日夏期合同研究会を札幌学院大学(新札幌キャンパス)で、「アウトドア活動をめぐる法的問題~北海道の観光産業の現状から考える~」をテーマとして開催した。
 プロのガイドをパネリストにインバウンド観光客の事故・トラブルの実態を聞いた。外国人向けリゾートの人々は地元のガイドに依頼しない。パウダースノーのスキー場として有名なニセコでは、事故防止のため定めた「ニセコルール」を無視する外国人の無資格のガイドが引率する。スキー場コースではなく、自然の山中を滑走する「バックカントリー(BC)スキー」の雪崩事故がニュースになる。パネリストの新野和也さん(NPO法人どんころ野外学校ガイド・インストラクター)は、プロガイドとして安全配慮義務を尽くしている事実をビデオ映像で示しつつ、優れた有料ガイドとは客に「リスクをコントロールしてアウトドアスポーツの楽しさと大自然のスリルを満喫させる機会を提供できる者」をいうと語った。

2 札幌医科大学での講演

 国家資格の理学療法士(註2)を取得後、民間資格のアスレティックトレーナーを目指す学生が多いと聞いた。
 理学療法士は「Physical Therapist」の略で、通称「PT」と呼ばれている。理学療法士は寝返る、起き上がる、立ち上がる、歩くなどの日常生活を行う上で基本となる動作の改善を目指す。理学療法の中心は運動療法である。いわば人間の動作の専門家で、病院などで怪我や病気で身体が不自由な患者に対して、リハビリを提供する仕事である。
 他方、障害のある人だけではなく、予防やスポーツのパフォーマンス向上など、健康な人に対しても理学療法士の仕事が広がっている。理学療法士(PT)は国家資格であり、免許を持った人でなければ名乗ることができないが、他方PTとしては独立して起業することができず、開業する手段の一つに民間資格のアスレティックトレーナ(AT)を名乗る必要がある。
 2024年7⽉7⽇、 札幌医科⼤学で医師・大学研究者及び理学療法を学ぶ学生向けに「現在スポーツ法の様々な論点(JSPO-ATの法的検討)」と題する90分の講演をした。講演の概要は、「現代スポーツ法の課題・トップアスリートとアンチ・ドーピング・裁判例からみるアスレティックトレーナーの法的規制・危機管理能力を考える」等々である。
 公益財団法人日本スポーツ協会(JSPO)はJSPO-AT(アスレティックトレーナー)資格を発行している(註3)。JSPO-ATはスポーツ医学の分野で専門的な知識と技術を持つトレーナーを育成するための民間資格で、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師、柔道整復師、理学療法士及び作業療法士など国家資格も併せ持つ者が多い。
 2020年第75回国民体育大会(開催県:鹿児島県:新型コロナで2023年に延期した)からは、開催基準要項に、JSPO-ATの原則的な帯同義務化を明記するようになった 。
 聴衆から応急手当の際の事故等、JSPO-ATのうち医業類似行為の国家資格を持つ者の安全配慮義務について、いくつか質問があった。
 JSPO-ATとしてスポーツ選手に施術を行う際には、契約に基づき必要な検査を行い、当該選手の状態を的確に把握した上で、それに見合った施術を安全に行う義務を負っている。国家資格でも民間資格でも安全配慮義務について法的差異はない、と回答した。

3 アウトドアスポーツガイドの安全配慮義務とスポーツトレーナーの安全配慮義務

 ガイド・トレーナーは事故防止に万全の配慮をしなければならない。もとよりスポーツに危険が伴う限り、事故に直面することも避けられない。重傷者や死亡等重大な結果が生じたら、当然に責任問題が生じ、それが紛争、事件に発展することは、われわれの見聞することである。ガイド・トレーナーは少なくとも事故の責任についての基礎的な法律知識をもち、法的責任がいかなる場合に発生するかについて、十分に理解しておかなければならない。
 スポーツに関する事故では「安全配慮義務」(註4)が論じられる。そして、民事的には不法行為責任(民法709条)・債務不履行責任(民法415条)、刑事的には業務上過失致死傷罪(刑法211条)を根拠に、その具体的内容は裁判官が安全配慮義務違反として判断してきた。
 スポーツが危険である限り、ガイド・トレーナーは、救助をすべき事態が発生したら直ちに救助しなければ法的責任が問われる。しかも安全配慮義務の具体的内容は、スポーツ参加者の自己責任を前提としつつも様々であり、一義的に判断できない。 
 つまり、プロであるか、ボランティアであるか、国家資格か、民間資格か、法的に差異はない。
 裁判の場では「安全配慮義務」(註5)という注意義務をガイド・トレーナーが尽くしたか否かが、事故発生に至る過程のなかで問われることになる。もちろん、天候急変の突発的な雪崩、水泳訓練中の海流の異常、暴風雨によるキャンプ場の崩壊、またスポーツ活動をなす個人の特異体質による心臓マヒ等、天災・地変によるまったくの不可抗力のためガイド・トレーナーの法的責任はないと認められる場合もある。


(註1)一般社団法人北海道体験観光推進協議会ホームページ参照
 「北海道アウトドア資格制度は、日本で唯一 知事がアウトドアガイドを認定する制度です。質の高いサービスを提供するための知識・技術・経験を有し、厳しい試験をクリアした5つのアクティビティの「北海道アウトドアガイド」を認定しています。
資格取得ガイドは478人(2019年3月31日現在)にのぼります。」
(註2)理学療法士
 「理学療法士及び作業療法士法」(昭和四十年六月二十九日)で理学療法士は、「厚生労働大臣の免許を受けて、理学療法士の名称を用いて、医師の指示の下に、理学療法を行なうことを業とする者をいう。」と定め、「理学療法」とは、「身体に障害のある者に対し、主としてその基本的動作能力の回復を図るため、治療体操その他の運動を行なわせ、及び電気刺激、マツサージ、温熱その他の物理的手段を加えることをいう。」(第2条)と規定する。
(註3)JSPO-AT:公益財団法人日本スポーツ協会ホームページ参照
 公認スポーツ指導者制度に基づき、1)スポーツ活動中の外傷・障害予防、2)コンディショニングやリコンディショニング、3)安全と健康管理 、および4)医療資格者へ引き継ぐまでの救急対応という4つの役割に関する知識と実践する能力を活用し、 スポーツをする人の安全と安心を確保したうえで、パフォーマンスの回復や向上を支援する。
(註4)「安全配慮義務」の定義として、一般的に「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務である」とされ、「その内容は、当該法律関係の性質、当事者の地位及び安全配慮義務が問題となる具体的状況によって決せられる」と判例は言う。
(註5)「安全配慮義務」は、民法に規定はないが判例法上認められ、平成20年3月施行の労働契約法第5条において明文化された。
 労働契約法第5条では、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」として、ハラスメントも含め様々な場面で使用者が労働者に対して負うべき労働契約上の付随義務を定めている。

(2024年7月執筆)

(本記事の内容に関する個別のお問い合わせにはお答えすることはできません。)

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執筆者

菅原 哲朗すがわら てつろう

弁護士

略歴・経歴

(出 身)1948年 東京都生まれ

(学 歴)1972年 東京都立大学法学部卒業
     1975年 司法研修所卒業 (司法修習27期)

(職 歴)1975年 弁護士開業 (第二東京弁護士会)
     2000年 中国大連市外国法弁護士事務所開設

(役 職)

 元日本スポーツ法学会会長
 公益財団法人日本スポーツ協会国民スポーツ大会委員会委員
 公益財団法人日本スポーツ協会アンチ・ドーピング委員会委員長
 第二東京弁護士会スポーツ法政策研究会代表幹事
 一般財団法人モーレイ育英会理事
 一般社団法人心身統一合氣道会理事
 元独立行政法人国立国際医療研究センター理事
 独立行政法人日本スポーツ振興センタースポーツ団体ガバナンス支援委員会委員長

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