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一般2023年07月12日 スポーツガバナンスを問い直す 執筆者:菅原哲朗

1 東京五輪・パラリンピックを巡る汚職事件

 日本スポーツ法学会会報第60号(2023/06/13発行)に「特集 東京オリ・パラの汚職問題を語る」が掲載された。3会員の論考は異なる視点で興味深い。中村祐司会員(宇都宮大学教授)は「東京五輪における『天上がり』」と題し、贈収賄・談合問題は「官が民に再就職する『天下り』とは逆の『天上がり』。ゼネコンが国土交通省に出向し、自社にダムを発注したようなものだ(2023/2/11付産経新聞)」という公正取引委員会OBの造語『天上がり』が2020東京五輪中枢のメカニズムを鋭く突き、同大会のマネジメントの実質機能において、民(企業)に対する官(準政府機関である組織委)による統制ベクトルの逆流現象を指摘した、としている。鈴木知幸会員(国士舘大学客員教授)は「2020年東京五輪と談合罪」と題し、1964年東京五輪も、2020年東京五輪でも電通が大会の機能と役割を一手に担い主導権を握ってきた1社独占の歴史を踏まえ、いわば国際スポーツ競技大会は「商業イベント」と言っても過言ではない、東京地検特捜部も大会組織委員会元理事高橋治之氏(現在、受託収賄罪の被告人)の逮捕に至る贈収賄容疑を掴んでも円滑な大会運営を慮り2020東京五輪終了まで待ったと推測し、北海道経済発展の牽引車となるはずの札幌冬季五輪招致に本当にクリーンな五輪なのか、札幌市民の反応は冷ややかに揺れ動いていると指摘する。松本泰介会員(弁護士・早稲田大学教授)は「スポーツ団体ガバナンスコード」に深く関与してきた経緯から「スポーツ界の民主制」と題し、今回の不祥事は、日本の中央競技団体で続く不祥事がすべて結実したかのような不祥事である、とスポーツガバナンスの観点から論断する。欧米の中央競技団体では意思決定に登録競技者や指導者が公正に関与し民主的手続きが担保されている、民主的手続きにより日本の中央競技団体のチエックアンドバランスを導入すべきと提言する。
 2020東京五輪・パラリンピック大会組織委員会理事はみなし公務員という立場であり、東京五輪・パラリンピックを巡る汚職の刑事公判の幾つかは既に有罪判決が下されているが、未だ刑事裁判公判中で軽々に法的評価はできない時期に的確な論点を提起している。

2 ガバナンス(組織の統治)を再構築すべき

 2023年6月1日、衆議院第一議員会館会議室で「スポーツ立国推進塾(塾長遠藤利明氏)」主催の「シンポジウム:スポーツ団体のガバナンスコードを考える」が開催された。日本スポーツ法学会は伊東卓副会長が挨拶をなし、堀田裕二理事(弁護士)が「スポーツ団体ガバナンスコードについての日本スポーツ法学会内での意見(報告)」と題する意見を述べた。意見の骨子は、現行の女性理事割合、定年、任期制限、スポーツ・インテグリティ規程等の原則を緩めず、しかし団体の実情に応じて柔軟に対応すべきとの発言、特にスポーツ基本法第5条の努力事項を実効あるものとすべく「NF(中央競技団体)向けガバナンスコードにスポーツの安全管理及び事故防止の徹底に関する原則を設けるべき」と4項目の具体的な原則案を述べた。
 その趣旨は、死亡事故防止や頸椎損傷等の重篤な被害の予防・救済が、スポーツの力を大きく発揮させる必須条件だからという発想である。

<具体的な原則案>
「スポーツの安全管理及び事故防止を徹底すべきである」とする原則の下位の具体的な原則として次のことをガイドラインに示すべきである。
(1) 安全管理またはリスクマネジメントに関するガイドラインを策定し公表すること
(2) リスクマネジメント委員会等の専門の担当組織を設置し、リスクマネジメントの運営及び継続的な改善を実施すること
(3) スポーツ事故の原因究明、安全管理及びリスクマネジメント対策を調査・研究し、事故防止に向けた是正措置を講じるとともに、安全対策に関する研修・教育を行うこと
(4) スポーツ事故の被害者を救済するための諸措置、事故補償対策を講じること

3 スポーツ組織を「天日にさらす」とは名言である。

 私は元日本スポーツ法学会会長としてフロアからの発言を求められた。日本スポーツ法学会がこの10年間、プロ・アマを問わず日本のスポーツ界の暴力・セクハラ・パワハラを根絶すべく取り組んできた経過を簡単に述べた。意見の骨子はスポーツ組織の不祥事は法を犯す悪人ではなく、善意かつ身内の仲間意識が世論とかけ離れてガバナンス不全を発生してきた事実を直視しなければ再発する、スポーツ界は大相撲の八百長事件と同様な前近代的な「ムラ社会」であり外部の声を取り入れることが必須である、との発言だ。
 サッカーJリーグ前チェアマンであり、公益財団法人日本バドミントン協会新会長村井満パネリストのスポーツ組織再建を目指す発言は面白かった。村井パネリストは組織のガバナンス整備は「天日にさらす」のが一番良いとの鋭い指摘だ。
 バドミントン協会不祥事は元職員の約680万円補助金不正流用を着服横領として刑事告訴せず、五輪への影響を考慮して隠蔽し、当時の役職者・理事の個人負担で損害を補填した。メディアに報道され、JOCから不祥事認定を受けても「再発防止と信頼の回復」が優先として当該役職者の懲戒も引責辞任者もなし、厳重注意処分に留めた。まさに世論の批判を無視し、世間と切り離した「ムラ社会」の身内の対応だ。スポーツ団体ガバナンス支援委員会は、第三者の専門家を入れて徹底的な事実調査をすべきとバドミントン協会不祥事調査委員会に公認会計士2名を推薦した。
 「天日にさらす」とは名言だ。スポーツの種類は様々であるがスポーツ組織に外部の声を入れないと「スポーツの仲良しクラブ」で組織は硬直化する。組織運営をオープンにして風通しを良くし「透明性」と「説明責任」を確保することがガバナンス整備の根幹だと簡明に言い表している。
 村井パネリストの発言を受けて 、「ボランティアのスポーツ組織にはじめからの悪人はいない」「善意のムラ社会でもひとたび不祥事が生じれば責任逃れとなる」「弁護士・会計士など専門家の声を聞くべき」等、独立行政法人日本スポーツ振興センター(理事長芦立訓)には「スポーツ団体ガバナンス支援委員会」(2022/7/22著者コラム参照)が2022年4月1日から設置されているので活用しようと述べた。

(2023年6月執筆)

執筆者

菅原 哲朗すがわら てつろう

弁護士

略歴・経歴

(出 身)1948年 東京都生まれ

(学 歴)1972年 東京都立大学法学部卒業
     1975年 司法研修所卒業 (司法修習27期)

(職 歴)1975年 弁護士開業 (第二東京弁護士会)
     2000年 中国大連市外国法弁護士事務所開設

(役 職)

 元日本スポーツ法学会会長
 公益財団法人日本スポーツ協会国民体育大会委員会委員
 公益財団法人日本スポーツ協会アンチ・ドーピング委員会委員長
 第二東京弁護士会スポーツ法政策研究会代表幹事
 一般財団法人モーレイ育英会理事
 一般社団法人心身統一合氣道会理事
 元独立行政法人国立国際医療研究センター理事
 独立行政法人日本スポーツ振興センタースポーツ団体ガバナンス支援委員会委員長

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