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解説記事2020年05月25日 論考 相続・事業承継における租税弁護士の役割(2020年5月25日号・№835)

論 考
相続・事業承継における租税弁護士の役割
 弁護士法人淀屋橋・山上合同 弁護士 木村浩之


 近年、相続・事業承継の分野での重要な法改正が相次いでいる。2018年には約40年ぶりに民法相続編が大きく改正され、今年の4月から全面施行となったことは記憶に新しい。事業承継をめぐっても、経営者の高齢化が進み、「事業承継待ったなし」の状況で、その円滑化を促進するための重要な法律・税制の改正が毎年のようになされている。本稿では、かかる状況において、相続・事業承継の実務を率先する立場にある専門家に期待される役割について検討することにしてみたい。
 相続や生前贈与による次世代への財産承継、あるいは後継者への株式の移転による事業承継などにおいては、個人・法人が所有する財産の移転が伴う。そして、財産の移転に当たっては、相続税・贈与税などの課税関係が生じることが不可避である。そこで、相続・事業承継において税務の専門家である税理士の役割が重要であることは言うまでもない。もっとも、ここで税理士に期待されるのは単なる税務にとどまらない。すなわち、簿記や会計学をベースとして考えればよい所得税・法人税とは異なり、相続税・贈与税が関係する相続・事業承継では、民法その他の法律をベースとして考える必要があるため、税理士には一定の範囲で法律家としての役割も期待されるといえよう。
 他方で、財産の移転そのものを規律するのは、言うまでもなく、民法を中心とした法律である。そこで、法的な観点から有効なものとして相続・事業承継を成功させるためには、法律の専門家である弁護士の役割も重要である。ここでも、期待されるのは単に法律上の問題にとどまらない。すなわち、相続・事業承継の場面では、相続税・贈与税のみならず、所得税・法人税などの課税関係が複合的に生じるということも珍しくない。財産の移転がいかに法的に有効なものであったとしても、それに伴う課税関係が十分考慮されないとすれば、思わぬ課税関係が生じることによって、結果として相続・事業承継そのものが失敗する危険性がある。かくして、弁護士にも、一定の範囲で税務の専門家としての役割が期待されることになる。
 このように、相続・事業承継の実務に携わる専門家には、二つの分野における専門家としての役割、すなわち、法律の専門家であり、かつ、税務の専門家でもあることが期待されている。この点をさらにいくつかの具体例で敷衍して説明することにしたい。

具体例① 生前贈与

 親から子への財産承継や同族会社における事業承継などにおいて、生前贈与が活用されることは多い。そして、生前贈与に当たっては、当然、贈与時に発生する贈与税や将来の相続時に発生する相続税などの課税関係を総合的に考慮する必要がある。贈与時における贈与税の負担が大きい場合、その対策について事前に検討する必要がある。また、特に贈与財産が非上場株式である場合には、その評価額について検討することも重要な課題である。このような課税関係の検討は、一般に税務の専門家である税理士が取り扱うことの多い領域であるといえる。
 他方で、生前贈与については、将来相続が発生した際に相続人間で争いが生じやすいものである。すなわち、生前贈与が特別受益(特定の相続人に対する特別な利益の供与)に当たるとすれば、各相続人の相続分(遺産分割における取り分)に影響を与えるため、その該当性をめぐって争いが生じる余地がある。特別受益に該当すると認められた場合、贈与された財産を相続財産に持ち戻す必要があるため、生前贈与をした意義が失われる可能性がある。また、生前贈与が他の相続人の遺留分(各相続人が有する最低限の取り分)を侵害するとすれば、これをめぐる争いが生じる余地がある。遺留分侵害が認められる場合、贈与を受けた相続人が金銭による補償を義務付けられるため、これによって相続・事業承継がうまくいかなくなる可能性もある。そこで、これらについてどのように手当てをしておくかということは重要な法的課題である。
 このように、生前贈与について検討するに当たっては、課税関係のみに着目するのでは十分ではなく、こうした法的課題に対してどのように対応するかも含めて検討することが重要である。

具体例② 遺産分割

 相続が発生した後、相続人間で遺産分割をめぐって争いが生じるということは珍しくない。これを解決するには、上述した特別受益や遺留分の問題も踏まえて、法的な観点からの検討が必要である。これに加えて、遺産分割に関連して、相続人の範囲をめぐる紛争、相続財産の範囲をめぐる紛争、遺言の有効性をめぐる紛争など、様々な紛争が生じ得る。これらの法的な問題についての検討は、一般に法律の専門家である弁護士が取り扱うべき領域である。
 他方で、遺産分割については、具体的な財産の分割方法次第で課税関係が大きく異なるということも珍しくない。例えば、共同相続人のうちの誰がどの相続財産を取得するかによって配偶者控除や小規模宅地の特例といった相続税における課税の特例についての適用関係が異なり、税額が大きく異なる結果になることがある。また、特定の財産の分割方法として換価分割・代償分割のいずれを選択するかによって、所得税を含めた総合的な課税関係が異なり得る。さらには、非上場株式については、共同相続人のうちの誰が取得するかによって相続税評価の方法が異なり、結果として税額が大きく異なることもある。これらを考慮せずにして、単に法的な観点のみから検討して遺産分割が進められるとすれば、相続人に不利な結果となることも十分に考えられる。
 このように、遺産分割について検討するに当たっては、法的な観点からの分析では十分ではなく、課税関係も含めてどのような解決方法が最適であるかを検討することが重要である。

具体的③ M&A

 事業承継において適切な後継者がいない場合、第三者へのM&Aが検討されることも多い。M&Aには、その手段として株式譲渡、事業譲渡、合併、会社分割などの各種方法が考えられるが、これらが法的にどのような差異があるかを比較して検討することは円滑なM&Aを進める上で重要である。特に、M&Aを実施するに当たっては、既存の権利関係に影響を及ぼすことになるため、利害関係者との関係について法的な観点から分析することが不可欠といえる。
 他方で、M&Aの手段としていずれを選択するかによって、売り手・買い手における課税関係は大きく異なり得るため、その検討も重要である。また、例えば、合併、会社分割などの組織再編を伴う場合には、課税の繰延べを認める組織再編税制の適用関係についても検討が必要であろう。
 そのほか、M&Aに伴って退職役員をどのように処遇するか、退職金に関する条件をどのように設定するかなど、法的な観点と課税関係を踏まえて検討すべき事項は多い。このように、M&Aにおいては、法務と税務の双方を踏まえた検討が重要となる。
 以上で挙げた例はごく基本的なものであるが、相続・事業承継の実務においては、個々の依頼者の具体的なニーズに合わせて、様々なスキームの活用を柔軟に提案することが専門家には期待される。例えば、納税資金が不足することが懸念される場合、その手当てとして生命保険の活用を提案することが考えられるが、その際には生命保険金の法的な取扱いと税務上の取扱いの双方について検討した上で提案する必要がある。また、応用例として、社団法人・財団法人の活用、信託の活用といったことを検討する場合、これらは法務・税務が複雑に交錯する領域であることから、双方の知識をフルに活用して適切な助言をすることが期待される。
 この点、欧米諸国においては、税務を専門とする弁護士が法務・税務の双方の観点から助言をするというのが一般的にみられる。そのような弁護士は「租税弁護士」(タックス・ロイヤー)などと呼ばれるが、特に租税制度が複雑な米国においては租税弁護士が弁護士業界における花形の一つとされている。大学で相続法を学ぶ学生にとって租税法は必修科目であり、相続について助言する弁護士は同時に税務についても助言できなければならないともいう。
 日本でも租税弁護士は確実に増えてきている。手前味噌ではあるが、筆者は最近、他の弁護士と共同で「租税弁護士が教える事業承継の法務と税務」という書籍を著した。これは事例ごとに法務と税務の勘所について租税弁護士の視点からの解説をしたもので、上述した生前贈与・M&Aなどの基本的な事例から社団法人・財団法人の活用、信託の活用といった応用的な事例まで取り上げている。本稿に興味を持たれた読者におかれては、ぜひ手に取っていただければと思う。
 もちろん、租税弁護士といっても万能ではなく、税額計算や申告手続など、一定の範囲で税理士の協力が必要である。その一方で、いかに法律に精通した税理士であっても、契約書の作成や裁判所での手続など、一定の範囲では弁護士の協力が必要であろう。いずれにしても、相続・事業承継の実務においては、依頼者のために「最適な解」を提供することが重要であり、そのためには税理士・弁護士といった各専門家が法務と税務の双方の知識を研鑽することに加えて、これら業界の垣根を取り払い、専門家同士が協働(コラボ)することが重要ではないかと思われる。筆者としては、こうした動きが活性化することを願うばかりである。

木村浩之 きむら ひろゆき
弁護士法人淀屋橋・山上合同パートナー弁護士、一橋大学法学研究科非常勤講師。2005年東京大学法学部卒業、2005年〜2009年国税庁(国家公務員一種)、2010年弁護士登録、2016年ライデン大学国際租税センター(国際租税法上級LL.M.)、2016年ビューレン法律事務所客員弁護士、2017年KPMGシンガポール国際租税部。
主な著書に「基礎から学ぶ相続法」(清文社・近刊)、「租税弁護士が教える事業承継の法務と税務」(共著・日本加除出版・2020年)、「租税条約入門」(中央経済社・2017年)。

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