一般2026年02月09日 連盟の「見落とし」が奪ったもの-人員不足では済まされないボブスレー男子2人乗り五輪消滅 執筆者:大橋卓生

ミラノ・コルティナ冬季五輪を目指してきた日本のボブスレー男子2人乗りが、制度上の事情により出場の可能性を失ったと報じられました。ここで重いのは、選手の競技力や努力が足りなかったからではなく、連盟側の情報収集と確認体制の欠如によって、機会そのものが閉ざされたという点です。
国際競技のオリンピック出場資格は、「強ければ行ける」という単純な話ではありません。国際連盟が定める配点方式、対象大会、締切、種目間の連動といったルールを前提に、どこで何を積み上げるかを逆算して設計する必要があります。特にボブスレーは、種目が複数に分かれ、国別枠の配分も絡みます。制度の理解が不十分なままシーズンを戦うことは、地図を持たずに遠征へ出るのと同じです。
今回の報道で具体的に指摘されているのは、次の二点です。第一に、2024年6月のIBSF会議で、ミラノ・コルティナ五輪(2026年)の出場資格に関する新方式が説明されたにもかかわらず、日本連盟がこの会議に不参加だったことです。第二に、同年のルール変更では、男子2人乗りの五輪出場のために4人乗りの国際大会でポイントを獲得することが条件となっていたのに、連盟が要件を把握せず、4人乗りを派遣していなかったことです。さらに、報道では「ルール変更を通知するメールも見落とした」とされています。
ここで誤解してはいけないのは、「国際会議に人を出していない」という表現の射程です。現時点で確認できるのは、少なくとも当該の重要会議に参加しなかったという事実であって、「一切の国際会議に出していない」と一般化できる資料が示されているわけではありません。とはいえ、五輪出場資格に直結する会議への不参加と通知メールの見落としが同時に起きているなら、それだけで十分に深刻です。なぜなら、これは偶然の事故ではなく、国際連盟対応のプロセスそのものが脆弱だったことを示すからです。
そして、ここで強調しておきたいのは、人員不足は言い訳にならないという点です。スポーツ団体の多くが限られた予算と人員で運営されていることは理解できます。しかし、だからこそ優先順位が問われます。五輪出場資格の把握は、競技団体の「付随業務」ではなく、選手の競技機会を守るための中核業務です。ここを落とした結果、選手の数年単位の準備が無に帰すのだとすれば、組織としての基本が崩れていると言わざるを得ません。
今回の問題は、「誰か一人が読み違えた」ことが本質ではありません。より根本は、チェック体制を整えていれば防げた類いの問題だという点です。国際ルールの変更は、担当者の記憶や経験則に頼って運用してよい領域ではありません。最低限、(1)国際連盟の会議・通達のモニタリング、(2)重要変更点の要約と文書化、(3)複数人による二重チェック、(4)選手・コーチ陣への共有、(5)遠征計画への反映、という流れが必要です。これらは大組織でなくても実装できます。たとえば「会議の参加が難しいなら、議事要旨と資料の入手・確認を別担当で必ず回す」「メールは個人受信に依存せず、共有アドレスで受けてログを残す」「変更点は月次でレビューする」といった仕組みで足ります。
ガバナンスの観点からも、今回の失敗は重いです。現行のIBSF体制では、年次総会(Congress)を含む場でルールや統治に関する重要決定が行われます。したがって、継続的な参加と情報収集の体制整備は、原則として必須です。仮に「参加しない」という判断をするのであれば、それ自体をリスクとして認識し、代替の情報取得ルートと検証手続きを用意しなければなりません。参加しない、代替もない、通知も見落とす――この組み合わせは、結果として「知らなかった」では済まない水準のガバナンス・リスクになります。
選手側からすれば、制度の読み違いに異を唱えることは容易ではありません。競技の現場は過酷で、選手は滑走やトレーニングに集中します。国際規則の細目を追い、遠征計画と結びつけ、期限までの最適解を作ることは、本来、競技団体の仕事です。その信頼関係が崩れたとき、失われるのは一大会の出場権だけではありません。支援者に示してきた将来像、キャリア形成、競技人生の時間が失われます。
連盟が本当に向き合うべきは、謝罪の言葉よりも、具体的な再発防止策の提示と実装です。担当者任せを改め、二重チェックを制度化し、国際連盟対応を「属人化」から「仕組み化」へ移行すること。これをやり切れば、少なくとも同種の事故は防げます。そしてそれは、予算や人数の問題ではなく、優先順位と設計の問題です。今回の教訓は、他競技団体にとっても他人事ではありません。国際資格制度が複雑化する今、夢を守るのは、地味な確認作業を制度として回す力です。
(2026年1月執筆)
(本記事の内容に関する個別のお問い合わせにはお答えすることはできません。)
執筆者

大橋 卓生おおはし たかお
弁護士
略歴・経歴
1991.03 北海道大学法学部卒業
1991.04~
2003.01 株式会社東京ドーム勤務
2004.10〜 弁護士登録(第一東京弁護士会)
2011.11~ 虎ノ門協同法律事務所
2012.01~ 金沢工業大学虎ノ門大学院 准教授(メディア・エンタテインメントマネジメント領域)
2018.04~ 金沢工業大学虎ノ門大学院 教授(メディア・エンタテインメントマネジメント領域)
2021.08~ パークス法律事務所
【著書】
「デジタルコンテンツ法の最前線」共著,商事法務研究会,2009
「詳解スポーツ基本法」共著,成文堂,2010
「スポーツ事故の法務 裁判例からみる安全配慮義務と責任論」創耕舎、2013
「スポーツ権と不祥事処分をめぐる法実務―スポーツ基本法時代の選手に対する適正処分のあり方」共著,第一東京弁護士会総合法律研究所研究叢書,清文社,2013
「スポーツにおける真の勝利-暴力に頼らない指導」共著,エイデル研究所,2013
「スポーツガバナンス 実践ガイドブック」共著,民事法研究会,2014
「スポーツにおける真の指導力ー部活動にスポーツ基本法を活かす」共著,エイデル研究所,2014
「スポーツ法務の最前線ービジネスと法の統合」共著,民事法研究会,2015
「標準テキスト スポーツ法学」共著,エイデル研究所,2016
「エンターテインメント法務Q&A」共著,民事法研究会,2017
「スポーツ事故対策マニュアル」共著,体育施設出版,2017
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