一般2022年10月03日 “NIL”-学生アスリートのパブリシティ権 執筆者:大橋卓生
“NIL”とは、”Name, Image and Likeness”の略称です。「氏名、イメージ及び肖像」を意味します。現在、米国の多くの州で、大学生アスリート(「学生アスリート」)に関する”NIL”立法がされつつあり、学生アスリートが自己の氏名・肖像を使ってお金を稼ぐことが容認されてきています。
学生アスリートを統括する全米大学体育協会(The National Collegiate Athletic Association; NCAA)は、長らく「アマチュアリズム」を堅持し、学生アスリートがスポーツ活動から対価を得ることを禁じてきました。
他方でNCAAが統括する競技の中でも、アメリカンフットボール、バスケットボール、野球、アイスホッケーなど人気競技であり、特にアメリカンフットボールやバスケットボールはプロ並みに高い人気を誇っています。当然、ビジネス的にも成功しており、放映権やスポンサー、ビデオゲームへのライセンスも高額になり、いまやNCAAの収益は1000億円を超えています。
こうしたNCAAビジネスの一端を担っているのは、当然のことながら、プレーヤーである学生アスリートです。
しかしながら、アマチュア規定があるため、NCAAや傘下の大学が稼いだ収益が、学生アスリートに還元されてきませんでした。
こうしたアンバランスから、NCAAに対して、反トラスト法違反を根拠に多くの訴訟が提起されてきました。代表的な事件を紹介します。
(1)O’Bannonケース
O’Bannon選手が、アメリカンフットボールと男子バスケットボールの学生アスリートを代表して、こうした収益が学生アスリートに分配されないNCAAのルールについて、反トラスト法(日本でいう独占禁止法)に違反するとして連邦裁判所に提訴した事案です。
一審は、2014年、NCAAのアマチュア規定を反トラスト法違反としました。救済措置として、大要、1年間5000ドルを上限に肖像等使用の収益を分配し、卒業後に学生アスリートに支払うという方法が示されました。
二審(第9巡回区控訴裁判所)は、2015年、NCAAのアマチュア規定を反トラスト法違反とした一審の結論を維持しましたが、一審が示した救済措置を取り消しました。その代わりに、学生アスリートに対し、一切の学費(授業料、教科書代、寮費等一切)を上限とする補償をすることによって、アマチュア規定による反トラスト法違反が治癒されると判示しました。
連邦最高裁に上訴されましたが、2016年に却下となり、二審の判断が維持されることになりました。
(2)Alstonケース
NCAAは、こうした規則の根底にアマチュアリズムがあり、高等教育における非商業性を維持する目的があり、反トラスト法の適用が除外されるとしましたが、一審、二審ともこうした規則は反トラスト法に該当するとしました。2021年、連邦最高裁もこの結論を維持しました。
こうした裁判の流れの中、2021年8月、カリフォルニア州が“NIL”法を可決したことにより、学生アスリートが、自分の“NIL”を使用して報酬を得ることを合法化しました。これを皮切りに20以上の州において”NIL”法が導入されることになりました。州によっては、タバコ、アルコール、スポーツ賭博会社に“NIL”を使用させることを禁止しており、必ずしも統一的なものではありません。このあたり、州によって規制が異なるため学生アスリート間に格差が生じるなどの問題が起きているようです。
こうした裁判の結果と各州による法制化の流れにより、当初は、批判的であったNCAAも“NIL”の取り扱いについて変更を余儀なくされ、2021年7月に”Interim NIL Policy”を公表するに至りました。これによれば、アマチュア規定の維持の姿勢は変わりませんが、”NIL”の使用によって報酬を得てもアマチュア規定違反としない旨を明記しています。現在、NCAAは、新たなNIL Policyの検討と統一的な”NIL“法の制定に向けて連邦政府と協議を続けているようです。
既に大学では学生アスリートの”NIL“ビジネスに取り組んでいて、多額の収益をあげているようです。絶大な人気のあるアメリカンフットボールやバスケットボールの選手に限られるようですが、個人で10億円を超える契約をした選手もいるようです1。
ここまでくると、報酬がないだけで、その活動はほとんどプロ選手と変わらない感じもします。
日本において、スポーツに限らず、エンターテインメントの世界でも肖像権立法が必要になってくるだろうと考えていますが、その話はまた別の機会に。
(2022年9月執筆)
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執筆者
大橋 卓生おおはし たかお
弁護士
略歴・経歴
1991.03 北海道大学法学部卒業
1991.04~
2003.01 株式会社東京ドーム勤務
2004.10〜 弁護士登録(第一東京弁護士会)
2011.11~ 虎ノ門協同法律事務所
2012.01~ 金沢工業大学虎ノ門大学院 准教授(メディア・エンタテインメントマネジメント領域)
2018.04~ 金沢工業大学虎ノ門大学院 教授(メディア・エンタテインメントマネジメント領域)
2021.08~ パークス法律事務所
【著書】
「デジタルコンテンツ法の最前線」共著,商事法務研究会,2009
「詳解スポーツ基本法」共著,成文堂,2010
「スポーツ事故の法務 裁判例からみる安全配慮義務と責任論」創耕舎、2013
「スポーツ権と不祥事処分をめぐる法実務―スポーツ基本法時代の選手に対する適正処分のあり方」共著,第一東京弁護士会総合法律研究所研究叢書,清文社,2013
「スポーツにおける真の勝利-暴力に頼らない指導」共著,エイデル研究所,2013
「スポーツガバナンス 実践ガイドブック」共著,民事法研究会,2014
「スポーツにおける真の指導力ー部活動にスポーツ基本法を活かす」共著,エイデル研究所,2014
「スポーツ法務の最前線ービジネスと法の統合」共著,民事法研究会,2015
「標準テキスト スポーツ法学」共著,エイデル研究所,2016
「エンターテインメント法務Q&A」共著,民事法研究会,2017
「スポーツ事故対策マニュアル」共著,体育施設出版,2017
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