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一般2021年08月03日 スポーツ指導とセクハラ 執筆者:大橋卓生

本年4月に日本スポーツ仲裁機構から、スポーツ指導とセクハラについて、大きな問題をはらむ仲裁判断(JSAA-AP-2020-0031)が出ました。

知的障がい者の卓球の国際大会において、試合会場で試合前に30分程度の指導を行う中、指導者が選手に対して、フォアハンドを振る際のバランスを意識させるために、2回ほど、本件選手のラケットを握る右手と右肘に触れ、ラケットの動きを調整する等し、また、右膝で踏ん張れるように、2回ほど、シューズの上から右足のつま先を動かして、足の位置を調整し、右膝に触れ、膝の向きを調整する等したという行為を、競技団体がセクハラと認定し、「指導」の処分を科したことに対して、当該指導者が不服を求めた事案です。

この事案は、まず、被害者は、加害者である指導者の上記行為を含む不適切な行為について競技団体に通報し、競技団体において弁護士で構成されるコンプライアンス委員会及び調査委員会にて調査が実施され、上記行為をセクハラと認定して、当該指導者に「指導」の処分を科したものです。
なお、競技団体による調査と並行して、被害者は、中立的な立場にある日本スポーツ振興センターの暴力・ハラスメント相談窓口にも通報し、同センターが組織する弁護士等の専門家による被害者・加害者その他関係者等のヒアリングが実施され、同センターより当該指導者の上記行為を含む不適切な行為が認定され、競技団体に適切な対応をとるよう勧告がなされています。

この仲裁判断は、1回限りの身体接触や短時間の行為であってもセクハラに該当することはあり得るとしながらも、「国際大会の練習会場という大勢の人がいる中で、しかも極めて限られた時間(約30分の練習時間中、1回数秒でせいぜい数回程度)での指導に必要な最小限度の身体接触に過ぎず、性的性質を有する行為と認定することは困難である」等としてセクハラ行為を否定しました。
キーポイントになったのは、パネルが「指導に必要な最小限度の身体接触」と考えた点でしょう。そうした判断の前提となった考え方として、パネルは「スポーツの指導・教育には、言葉によるものだけでなく、一定程度の身体接触を含む、いわゆる「手取り足取り」の指導も、実技指導・コーチングのなかに組み込まれている」としています。

この点について、日本のスポーツ界における子どもの虐待の現状についてまとめた「数え切れないほど叩かれて」(2020年)2を刊行したHUMAN RIGHTS WATCHの土井香苗氏は「手取り足取り」が間違っていることを指摘しています3
スポーツにおける性的虐待等から青少年を保護するための法律の整備が進んでいるオーストラリアにおいて、スポーツ指導において適切な身体的接触とは何かが議論されています。しかしながら、身体的な接触が指導として必要な場合であっても、身体に触れることが適切とされるのは本人の理解と了解を得た場合とするなどかなり限定した検討がなされています4
日本のスポーツ界は、2013年に「スポーツ界における暴力根絶宣言5」を出し、スポーツ指導におけるセクハラ・パワハラを含む暴力行為を否定しました。同宣言では、指導者に対して、「指導者は、スポーツを行う者のニーズや資質を考慮し、スポーツを行う者自らが考え、判断することのできる能力の育成に努力し、信頼関係の下、常にスポーツを行う者とのコミュニケーションを図ることに努める」としています(下線強調は筆者)。
こうしたスポーツ界の傾向に反して、客観的にスポーツ指導の名を借りたセクハラは容易に生じることが想像されるにもかかわらず、この仲裁判断では「手取り足取り」指導も当然スポーツ指導に含まれているとしています。この仲裁判断のように、「手取り足取り」指導を安易にスポーツ指導と認めることは妥当でないと考えます。
セクハラを防止する観点から、選手の安全確保を図る必要がある場合を除いて、指導者が選手の身体に触れる必要があるときは、少なくとも、その旨をきちんと説明し、選手の同意を得て行うことが必要と考えます6
この事案では、仲裁パネルも認定していますが、指導者と選手との関係がうまくいっていない中で生じたものです。少なくとも選手の意に反した行為がされているという疑いを持つべきであった事案です。

また、仲裁パネルは、被害者から直接事情を聴けなかったこともセクハラを否定する根拠としているようです。この点、被害者・加害者双方から事情を聴取することは公平な判断のために必要となりますが、この事案は、競技団体による加害者の処分の是非が問題となっており、被害者は当事者になっていません。そのため、被害者の事情が聴けなかったことをもってセクハラ自体を否定することは、結局、加害者の主張を認めることとなってしまいます。このあたりは、被害者に対する配慮に欠ける判断であると言わざるを得ません。
仲裁パネルは「競技者が勇気を出して、ハラスメント・暴力を告発した場合には、競技者の悲痛な声を受け止めて、関係者は、事実確認の上、再発防止や被害救済に向けて、迅速かつ適切に対応しなければならない」としていますが、そうであるならば、セクハラ自体を否定するのではなく、競技団体において指導者に対する処分の根拠が立証できていないという判断でも十分なところでした。かえってセクハラを否定してしまったことは、悲痛な声を上げた被害者にとって二次被害につながりかねません。
この仲裁判断は、仲裁パネルの意図するところではないのでしょうが、少なくとも、上記のとおり、スポーツ指導のあり方について誤った考えを前提としており、暴力根絶宣言の流れに反するおそれがあるもので、先例として参照してはならないと考えます。

なお、この事案は、仲裁判断が出るまでに、日本スポーツ振興センター、競技団体及び仲裁と3回にわたって検討がなされています。仲裁においては被害者から事情が聴けなかったようですが、被害者としては何度も対応が要求されることになり、被害者にとって心身共にかなりの負担になると思います。このあたり競技団体外の中立的な立場にある日本スポーツ振興センターが組織する専門家が行った事実認定を前提に、その後の紛争解決をするなど被害者の負担の軽減や二次被害の防止にも配慮した仕組み作りが必要であると考えます。

1 http://www.jsaa.jp/award/AP-2020-003.pdf(2021.7.24閲覧)
2 https://www.hrw.org/sites/default/files/media_2020/07/japan0720jp_web.pdf (2021.7.24閲覧)
3 令和3年6月13日開催「第4回ジュニアスポーツフォーラム」分科会におけるプレゼンテーション
4 オーストラリアのスポーツ機関や州政府等の協力によって運営されているウェブサイトhttps://www.playbytherules.net.au/got-an-issue/physical-contact-with-children(2021.7.24閲覧)
5 https://www.joc.or.jp/sp/news/detail.html?id=2947(2021.7.24閲覧)
6 日本バレーボール協会は、「指導における倫理ガイドライン」において指導上身体に触れる際に選手本人の了解を得ることを明記。
  https://jvamrs.jp/themes/jva/assets/files/regulations/ethics.pdf(2021.7.24閲覧)

(2021年7月執筆)

執筆者

大橋 卓生おおはし たかお

弁護士

略歴・経歴

1991.03  北海道大学法学部卒業
1991.04~
 2003.01 株式会社東京ドーム勤務
2004.10〜 弁護士登録(第一東京弁護士会)
2011.11~ 虎ノ門協同法律事務所
2012.01~ 金沢工業大学虎ノ門大学院 准教授(メディア・エンタテインメントマネジメント領域)
2018.04~ 金沢工業大学虎ノ門大学院 教授(メディア・エンタテインメントマネジメント領域)
2021.08~ パークス法律事務所

【著書】
「デジタルコンテンツ法の最前線」共著,商事法務研究会,2009
「詳解スポーツ基本法」共著,成文堂,2010
「スポーツ事故の法務 裁判例からみる安全配慮義務と責任論」創耕舎、2013
「スポーツ権と不祥事処分をめぐる法実務―スポーツ基本法時代の選手に対する適正処分のあり方」共著,第一東京弁護士会総合法律研究所研究叢書,清文社,2013
「スポーツにおける真の勝利-暴力に頼らない指導」共著,エイデル研究所,2013
「スポーツガバナンス 実践ガイドブック」共著,民事法研究会,2014
「スポーツにおける真の指導力ー部活動にスポーツ基本法を活かす」共著,エイデル研究所,2014
「スポーツ法務の最前線ービジネスと法の統合」共著,民事法研究会,2015
「標準テキスト スポーツ法学」共著,エイデル研究所,2016
「エンターテインメント法務Q&A」共著,民事法研究会,2017
「スポーツ事故対策マニュアル」共著,体育施設出版,2017

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