一般2024年08月06日 20歳未満のアスリートの飲酒・喫煙と代表辞退 執筆者:大橋卓生
パリオリンピック開幕直前に、体操女子日本代表で主将を務めていた宮田笙子選手(当時19歳)に飲酒・喫煙が発覚し、代表を辞退した件が議論になっています。妥当だという意見もありますが、印象としては厳しすぎるという意見の方が多いように思います。
厳しすぎる処分
プライベートな場での喫煙が1度およびナショナルトレーニングセンター内での飲酒が1度という違反行為の内容に比して、オリンピック出場辞退という結果は重すぎると考えています。特に、JOCおよび日本体操協会の対応を見るに、スポーツ界に悪しき先例を作ってしまったという感想を持ちました。
適用される規範と手続き
オリンピックに派遣される選手に適用されるルールは多岐にわたります。
まず、JOCが定める国際総合大会派遣規程(以下「派遣規程」)は、JOCが派遣する選手に適用されるルールです。この規程によれば法令およびJOCが定めるTEAM JAPAN行動規範などの遵守が定められています。そしてTEAM JAPAN行動規範にはIOCが定める倫理規程の遵守も含まれています。さらに、宮田選手は日本体操協会に所属しているため、日本体操協会の倫理規程や日本代表選手・役員の行動規範が適用されます。
JOCの派遣規程によれば、選手が法令等に違反した場合、JOC理事会で決定した本部役員会が選手に対して処分を行うこととしています。その処分としては、①指導、勧告、注意、②選手の認定の取消、③その他必要な処分が予定されています。こうした処分が下された場合、選手が処分に不服があるときは、日本スポーツ仲裁機構に不服を申し立てることができ、同機構の仲裁パネルが最終的に解決します。
また、日本体操協会の行動規範によれば、行動規範の違反には倫理規程が適用されると定められています。日本体操協会の倫理規程によれば、違反に対して、①永久追放、②登録抹消、③資格停止、④戒告、⑤その他必要に応じた処分が予定されています。そして、この処分は懲戒委員会で検討したうえで、理事会で決議することとされています。理事会で決議した処分に不服がある場合、日本スポーツ仲裁機構に不服申立ができます。
オリンピック派遣はJOCが行います。その前提として日本体操協会は代表選手の選考を行い、JOCに推薦し、JOCにて日本代表選手団編成方針に従って派遣する選手を認定します。こうしたルールの構造からすれば、代表選手が法令等の違反をした場合、まずはJOCが法令等の違反をした選手に対して処分をすべきことになります。
手続きの不備と辞退の問題
本件において、日本体操協会の行動規範違反の問題として扱われましたが、JOCにおいて処分手続を行わず、日本体操協会において選手自らが出場を取りやめるという趣旨の「辞退」として処理したことについて違和感を覚えます。処分でなく辞退としたことにより、JOCや日本体操協会の派遣規程や倫理規程所定の手続を経ずに代表選手の立場を奪い、かつ、選手に認められている不服申立の権利を奪ってしまいました。
公平な処分の必要性
それぞれの派遣規程や倫理規程は、違反行為=代表資格剥奪、という仕組みにはなっていません。事案に応じて幅のある処分が用意されています。いわゆる20歳未満の者の飲酒禁止法・喫煙禁止法は、20歳未満の者の飲酒・喫煙を禁止していますが、刑罰は定められておらず、違法ではありますが犯罪にはなりません。
オリンピックへの派遣などは公費が使われている関係上、一般の飲酒・喫煙違反よりも重く処分する根拠になりますが、オリンピック選手にとって代表に選考された後これを奪うことは極刑に近い処分です。
処分内容はルールに違反したという事実だけで決めるものではなく、動機や態様のほか、事後の反省、社会的に被っている不利益、教育的観点など様々な事情を考慮して判断することが求められます。
日本体操協会が認定した事実を基にすれば、極刑に値するものではなく、「戒告」+「その他必要な処分」として強化合宿やオリンピック派遣で支出される公費の全部または一部を選手の自己負担とする方法で解決するなど適切な処分を課すことができたのではないかと思います。
グッドガバナンスの重要性
スポーツ団体のガバナンスコードが制定され、JOC・日本体操協会とも法令等の違反行為について、専門家が入った中立・公正な判断ができるように手続が構築されているはずですが、本件では、そうした派遣規程や倫理規程の手続を経ることなく、日本体操協会において極めて不透明な密室での協議による「辞退」として処理し、JOCがこれをそのまま受け入れてしまったことが極めて残念でなりません。
本件はスポーツ界のグッドガバナンスの構築の流れに相反するものであり、これを先例として考えるべきではありません。
競技団体としては法令等の違反行為を処分するだけでなく、中立・公正な判断を超える処分要求から選手を守ることも重要な任務だと考えます。
(2024年7月執筆)
(本記事の内容に関する個別のお問い合わせにはお答えすることはできません。)
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執筆者
大橋 卓生おおはし たかお
弁護士
略歴・経歴
1991.03 北海道大学法学部卒業
1991.04~
2003.01 株式会社東京ドーム勤務
2004.10〜 弁護士登録(第一東京弁護士会)
2011.11~ 虎ノ門協同法律事務所
2012.01~ 金沢工業大学虎ノ門大学院 准教授(メディア・エンタテインメントマネジメント領域)
2018.04~ 金沢工業大学虎ノ門大学院 教授(メディア・エンタテインメントマネジメント領域)
2021.08~ パークス法律事務所
【著書】
「デジタルコンテンツ法の最前線」共著,商事法務研究会,2009
「詳解スポーツ基本法」共著,成文堂,2010
「スポーツ事故の法務 裁判例からみる安全配慮義務と責任論」創耕舎、2013
「スポーツ権と不祥事処分をめぐる法実務―スポーツ基本法時代の選手に対する適正処分のあり方」共著,第一東京弁護士会総合法律研究所研究叢書,清文社,2013
「スポーツにおける真の勝利-暴力に頼らない指導」共著,エイデル研究所,2013
「スポーツガバナンス 実践ガイドブック」共著,民事法研究会,2014
「スポーツにおける真の指導力ー部活動にスポーツ基本法を活かす」共著,エイデル研究所,2014
「スポーツ法務の最前線ービジネスと法の統合」共著,民事法研究会,2015
「標準テキスト スポーツ法学」共著,エイデル研究所,2016
「エンターテインメント法務Q&A」共著,民事法研究会,2017
「スポーツ事故対策マニュアル」共著,体育施設出版,2017
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