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一般2022年05月17日 ワリエワ選手CAS裁定 執筆者:大橋卓生

北京冬季オリンピックに出場していたワリエワ選手は、オリンピック期間中に、3か月前のロシアでの大会で実施されたドーピング検査で陽性結果が出て、ロシア・アンチドーピング機構(RUSADA)は、2022年2月8日に、強制的な暫定的資格停止処分が課されました。しかし、ワリエワ選手は、すぐにDisciplinary Anti-Doping Committee(DADC)に異議を申立て、DADCは9日にワリエワ選手の暫定的資格停止処分を解除する決定を出しました。これに対し、世界アンチ・ドーピング機構(WADA)・国際スケート連盟(ISU)・国際オリンピック委員会(IOC)は、2月11日にDADCの行った決定を不服として、北京オリンピックのアドホック仲裁に異議を申し立てました。2月13日に関係者の聴聞が実施され、14日の午後に、暫定的資格停止処分を課さない旨の決定が出ました。
ワリエワ選手の年齢と試合への出場の当否について注目の集まった決定ですが、CASの決定内容を踏まえたコメントがほとんど見られませんので、決定書を読んだうえで本件を解説してみます。

WADAルールでは、ドーピング検査により非特定物質が検出された場合、強制的に暫定的資格停止処分が課されます。この暫定的資格停止処分を解除できる場合としては、陽性結果が「汚染製品」による可能性が高いことを立証した場合に限られています。

DADCにおいて、ワリエワ選手は、おじいちゃんが服用していたトリメタジジンが家庭内で混入したという主張をし、DADCはこれをもってワリエワ選手の陽性結果は「汚染製品」による可能性が高いと判断して、強制的な暫定的資格停止処分の解除を認めました。
DADCのした「汚染製品」という判断は、WADAルールの定義と異なるもので、「汚染製品」に該当するものではありませんでした(本件大会に適用されるアンチドーピングルールも同様)。

CASのアドホック仲裁において、WADA等の主張は、DADCの「汚染製品」該当性の判断に対する反論が中心になっています。おそらくWADA等は容易な事案と考えていたのではないかと思われます。

ところが、CASパネルは、強制的な暫定的資格停止処分の解除要件を満たしていたかを論点とせず、要保護者と暫定的資格停止処分の制度上の問題点を取り上げました。当事者には不意打ちに思われますが、ルールの適用・解釈としてCASパネルの権限内ではあります。

CASパネルによれば、要保護者については、WADAルールにおいて年齢的な未熟さを考慮して特別な扱いがなされているにもかかわらず、暫定的資格停止処分に関してはそうした扱いが明示されていないとし、その結果、要保護者が同種の制裁を科される成人選手よりも厳しい扱いがなされており、免除規定を置いていないことをルールのギャップ・欠缺として指摘しています。また、WADAにおいて2021年版WADAルールの起草委員会でもこの問題について検討されていないということも指摘しています。
ルールのギャップ・欠缺についてCASパネルが埋めた先例(CAS2006/A/1025)を引用し、新たなルールの制定ではなく、ルールの解釈であるとしています。
この解釈として、CASパネルは、要保護者については任意的な暫定的資格停止処分の可否を検討すべきとしています。

WADAルールでは、任意的な暫定的資格停止処分を課すか否かの基準は明示されていませんが、CASの先例やCASの仲裁手続ルールで基準が定められており、その基準に該当するかを破断しています。具体的基準は、①その措置(本件では暫定的資格停止処分の解除)がワリエワ選手を回復不能な損害から保護するために必要かどうか、②ワリエワ選手が勝訴する可能性、③ワリエワ選手の利益がWADA等相手方の利益を上回るか否か、です。
ここでCASパネルは、一切の事情を勘案し、特に主要な競技大会に参加できないことはCASの先例上回復不能な損害とされていること、陽性結果の遅れについてワリエワ選手に過失がないこと、その後に実施されたドーピング検査で陰性であることなどから、上記基準を満たすと判断し、ご存知のとおり、北京オリンピックの出場を認めました。

まず、本件CAS決定に関しては、要保護者と暫定的資格停止処分についてWADAは新たに危険なルールが作られたと批判しています。本件CASパネルがルールの欠缺を埋める権限があるとして引用したCAS2006/A/1025は、違反事案に比して制裁が極めて不均衡な事案で、パネルはかなりのレアケースであることを強調していました。本件は要保護者一般について、WADAルールが要保護者に厳しくなっているという、いわば制度的な問題をパネルはルールの欠缺として修正を図ったように思われます。
また、CASの先例において、必ずしもルールの欠缺をパネルが埋めている訳ではありません。逆にルールを補填する解釈を否定した先例もあります(CAS2011/A/2452)。また、孫楊選手の事案(CAS2019/A/6148)では、CASパネルはルールを適用すると事案に比して処分が極めて重いと認識しつつ、CAS2006/A/1025のようにルールの欠缺とはせずに、ルールどおりの処分を課しています。
先例と比較すると、本件は果たしてルールの欠缺に該当するのか疑問に思います。制度上の問題を解釈の名の下に修正したような印象を持っています。

最終的に出場を認める判断については賛否両論あり、否の方が大きい印象です。
もし仮に、ロシア大会の検体の検査機関が北京オリンピック前にワリエワ選手の陽性結果を報告していた場合、ワリエワ選手は北京オリンピックに参加できていたかが問題となります。ロシアのドーピングスキャンダルに関するCAS決定(CAS2020/O/6689)で、ロシアのアスリートがオリンピックに参加できる条件(資格停止等を課されていないこと)に抵触するのではないかと思われます。パネルはこの点については検討していないようです。
また、手続上、ワリエワ選手とWADA等という関係者だけの事情が考慮されるのはやむを得ないとは思いますが、ワリエワ選手のドーピング問題の影響で、オリンピックの表彰台でメダルを授与されるという経験を奪われたドーピングをしていない選手達が回復不能な損害を被っていることも配慮すべきではないか、と思います。

(2022年4月執筆)

執筆者

大橋 卓生おおはし たかお

弁護士

略歴・経歴

1991.03  北海道大学法学部卒業
1991.04~
 2003.01 株式会社東京ドーム勤務
2004.10〜 弁護士登録(第一東京弁護士会)
2011.11~ 虎ノ門協同法律事務所
2012.01~ 金沢工業大学虎ノ門大学院 准教授(メディア・エンタテインメントマネジメント領域)
2018.04~ 金沢工業大学虎ノ門大学院 教授(メディア・エンタテインメントマネジメント領域)
2021.08~ パークス法律事務所

【著書】
「デジタルコンテンツ法の最前線」共著,商事法務研究会,2009
「詳解スポーツ基本法」共著,成文堂,2010
「スポーツ事故の法務 裁判例からみる安全配慮義務と責任論」創耕舎、2013
「スポーツ権と不祥事処分をめぐる法実務―スポーツ基本法時代の選手に対する適正処分のあり方」共著,第一東京弁護士会総合法律研究所研究叢書,清文社,2013
「スポーツにおける真の勝利-暴力に頼らない指導」共著,エイデル研究所,2013
「スポーツガバナンス 実践ガイドブック」共著,民事法研究会,2014
「スポーツにおける真の指導力ー部活動にスポーツ基本法を活かす」共著,エイデル研究所,2014
「スポーツ法務の最前線ービジネスと法の統合」共著,民事法研究会,2015
「標準テキスト スポーツ法学」共著,エイデル研究所,2016
「エンターテインメント法務Q&A」共著,民事法研究会,2017
「スポーツ事故対策マニュアル」共著,体育施設出版,2017

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