解説記事2021年11月29日 未公開判決事例紹介 簡易課税選択で消費税額増加も税理士に責任なし(2021年11月29日号・№908)

未公開判決事例紹介
簡易課税選択で消費税額増加も税理士に責任なし
東京地裁、売上高の予測ができるのは経営者

 本誌905号4頁で紹介した税理士賠償責任事件の判決について、一部仮名処理した上で紹介する。

○税理士(被告)が簡易課税制度選択届出書を提出したことが善管注意義務に違反するとして損害賠償が求められた税理士賠償責任事件。東京地方裁判所(西田昌吾裁判官)は令和3年7月5日、仮に売上高等が増大したことにより本則課税制度を選択していた方が結果として有利であったとしても、それは単なる結果論に過ぎないとし、会社(原告)の請求を棄却した(令和2年(ワ)第25699号)。裁判所は、事業の売上高は事業環境の変化や経営方針によって大きく変化し得るものであり、それを予測することができるのは経営者である原告代表者であると指摘した。

主  文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求
 被告は、原告に対し、412万9950円及びこれに対する令和2年11月6日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
 本件は、原告が、税理士である被告に対し、善管注意義務違反(債務不履行)に基づき、412万9950円の損害賠償及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提となる事実
(1)当事者

 原告は、一般車両及びレンタカー車両の陸送及び回送業務等を目的とする会社であり、平成25年9月2日に設立された。
 被告は、税理士である。
(2)原告が平成28年8月期から消費税等の課税事業者となったこと
 原告は、平成26年8月期(平成25年9月2日から平成26年8月31日まで)の売上高が295万3866円、所得金額が48万7866円の赤字であり(甲2の1)、平成27年8月期(平成26年9月1日から平成27年8月31日まで)の売上高が443万0868円、所得金額が11万1248円の赤字であり(甲2の2)、消費税等の課税事業者ではなかった。
 原告は、平成28年8月期(平成27年9月1日から平成28年8月31日まで)の売上高が2533万1225円、所得金額が25万0122円の黒字となり(甲3)、基準期間における課税売上高が1000万円を超えたため、消費税等の課税事業者となった。
(3)原告による消費税簡易課税制度選択届出
 原告は、税務署に対し、平成28年10月26日受付けで、消費税課税事業者届出書(甲4)及び消費税簡易課税制度選択届出書(適用開始課税期間:平成29年9月1日から平成30年8月31日まで。甲5)を提出した。
 消費税簡易課税制度は、課税売上高が5000万円以下の事業者が、消費税法37条1項の適用を受ける旨を記載した届出書(以下「消費税課税制度選択届出書」という。)を提出した場合に、課税売上高に対する消費税額にみなし仕入れ率(業種によって異なる。)を乗じた金額を仕入れ税額とみなす制度である。簡易課税制度と本則課税制度では、課税額に大きな差が生じる可能性がある。
 なお、簡易課税制度を選択すると、2年間は変更できない。
(4)原告の平成29年8月期(平成28年9月1日から平成29年8月31日まで)及び平成30年8月期(平成29年9月1日から平成30年8月31日まで)における売上高等
 原告の平成29年8月期の売上高は、8622万2990円、所得金額は177万0645円の赤字であり、売上原価は、合計6438万8850円(内訳:当期商品仕入高40万2769円、回送ドライバー外注4762万7539円、回送仕入高1635万8542円)であった(甲6)。
 原告の平成30年8月期の売上高は、8667万5165円であり、売上原価は、合計6819万5892円(内訳:当期商品仕入高22万5101円、ドライバー外注5782万6404円、回送仕入高1014万4387円)であった(乙2の3)。
 原告は、平成30年8月期に係る消費税及び地方消費税として353万0500円(内訳:本税310万5300円、延滞税42万5200円)を納付した(甲8)。
2 争点
(1)善管注意義務違反の有無(争点1)
(2)原告が被った損害の有無及び金額(争点2)
3 争点に関する当事者の主張
(1)争点1(善管注意義務違反の有無)に関する当事者の主張
(原告の主張)

ア 原告は、被告との間で、平成26年頃、被告が原告の決算書の作成などの税務申告や記帳代行を行う契約を締結した。
  したがって、被告は、上記契約に伴う信義則上の付随義務として、税務上の助言を行う義務を負う。
イ 原告は、平成28年8月期から消費税等の課税事業者となり、日頃から原告の経理を把握している被告に対処を相談した。
  被告は、原告から事情聴取や調査等を行い、事実関係を把握し、簡易課税制度の採用が納税額を減少させるか増大させるかを検討するため、原告の業種や実際の仕入れ率について十分な調査をすべきであった。その上で、簡易課税制度と本則課税制度の違いなどについて説明すべきであったのに、原告に対し、一切、説明しないまま、消費税簡易課税制度選択届出書を郵送し、記名・押印を求めた。
  また、被告は、原告の仕入れ率を調査するために、原告の経営状態の説明や資料の提供を求めるべきであったのに、一切行わなかった。
(被告の主張)
ア 被告は、原告から確定申告書の作成・提出業務を受託したが、記帳代行業務を受託していない。実際に、被告は、原告からの報酬として、年に1度7万円、平成30年8月期は10万円を受け取ったにすぎない。
イ 平成28年8月期の確定申告において、原告の課税売上高が1000万円を超えたことから、被告は、原告代表者に対し、消費税の免税事業者から外れることを伝え、簡易課税制度を選択するか否かにつき、原告代表者と協議した。
  原告代表者に対し、今後の事業見通しを確認したところ、大きく変わらずに推移するとの話であったから、そうであれば同制度を選択した方がよいとの話をし、原告代表者の了解を得たうえで、届出を行った。
  平成28年8月期の原告の決算によれば、2533万円の売り上げがある一方で、仕入れ額は31万円に過ぎなかったから、同制度を選択した方が税務上のメリットがあった。
  したがって、被告の助言内容に誤りはない。なお、上記届出について、原告から、別途、報酬等は受け取っていない。
(2)争点2(原告の被った損害の有無及び金額)に関する当事者の主張
(原告の主張)

 原告は、平成30年8月期の消費税及び地方消費税として合計353万0500円を納付すべき義務を負った。簡易課税制度ではなく、本則課税制度の適用を受けていれば、納税額は77万6000円であった。
 原告は、その差額である約275万4500円の支払を余儀なくされ、これに対処するために、金融機関等に借入れを申し込むなどの対処が必要となり、そのために要した諸経費として、少なくとも100万円の損害を被った。
 上記合計375万4500円の損害の10%に相当する弁護士費用は、被告の債務不履行と相当因果関係のある損害である。
(被告の主張)
 原告は、平成30年8月期の決算において、売上原価として5782万円のドライバー外注費を課税仕入れとして計上し、損害額を計算している。
 しかしながら、人件費を外注費に仕訳したとして、税務上、外注費として認められるかは別である。税務実務としては、各外注先との間の契約書の有無、各外注先からの請求書発行の有無、各外注先が売上げについて確定申告しているかなどの事情から、真に外注費といえるのか、本来、販管費とすべき人件費を外注扱いにしているにすぎないのかが判断される。
 原告は、外注先とされる者との間で、契約書の締結や請求書の送付を受けていないから、外注費と評価することは大きなリスクがある。
 外注費を課税仕入れと認められなかった場合、消費税額は535万7400円になるとともに、延滞税、過少申告加算税なども発生することになる。
 これらのことも考慮すると、簡易課税制度による方が安全確実に消費税の減額効果を得られた。したがって、平成30年8月期の申告においても、必ずしも本則課税制度によるべきであったとはいえない。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(善管注意義務違反の有無)に対する判断

 原告は、平成28年8月期において、2533万円の売り上げがある一方で、仕入れ額は31万円に過ぎなかったから、当時の売上げを前提とする限り、本則課税制度ではなく、簡易課税制度を選択した方が税務上のメリットがあったと認められる。
 そして、被告は、原告代表者に対し、今後の事業見通しを確認したところ、大きく変わらずに推移するとの話であったから、そうであれば簡易課税制度を選択した方がよいとの話をし、原告代表者の了解を得たうえで、簡易課税制度選択届出を行ったと陳述している(乙6)。
 これに対し、原告は、争点1に関する前記主張に加え、平成27年8月期と比べ、平成28年8月期の売上高が飛躍的に増加したことからすれば、翌年度以降、売上高及び仕入額等が飛躍的に増加することは容易に考えられたから、原告の代表者から今後の事業の見通しは大きく変わらずに推移するという話があったとしても、その話を鵜呑みにして対処したことには問題があるとか、会社の売上高等が年によって変動しやすいことは公知の事実であり、特に会社の設立当初においては変動しやすいことも十分考慮した対応が望まれ、簡易課税制度を選択するか検討すべきであったなどと主張している。
 しかしながら、原告の平成28年8月期以降の売上高及び仕入高等が飛躍的に増加すると事前に予測できたことを認めるに足りる主張立証はない。仮に、売上高等が増大したことにより本則課税制度を選択していた方が結果として有利であったとしても、それは単なる結果論に過ぎないというべきである。そもそも、事業の売上高は、事業環境の変化や経営方針によって大きく変化し得るものであり、それを予測することができるのは、経営者である原告代表者であって、税理士である被告ではない。税理士である被告としては、今後の事業の見通しは大きく変わらずに推移するという原告代表者の説明を前提として、助言すれば足りるというべきである。
 そうすると、原告が主張するような調査義務を被告が負うということはできないし、被告の助言内容に誤りがあるということもできないから、この点に関する原告の主張には理由がない。
2 結論
 以上によれば、争点2について検討するまでもなく、原告の請求には理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第26部
裁判官 西田昌吾

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