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民事2023年04月24日 ハ-グ条約発効から9年~発効までの経過と国内法改正~ 執筆者:末吉宜子

1 ハーグ条約の作成

 ハ-グ条約の正式名称は、「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」である。
 1970年代頃から国際結婚の増加により、婚姻関係が破綻した場合、一方の親による子の国境を越えた連れ去りが増加してきたことを背景に、国際私法の統一を目的として、1976年に「ハーグ国際私法会議」において検討が始められた。そして1980年10月25日、「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約(ハ-グ条約)」が作成された。
 後述するとおり、日本がハ-グ条約を締結し、条約が発効したのは、2014年4月である。

2 ハーグ条約の内容

 国境を越えて子の連れ去りがなされた場合、子はそれまでの生活環境、生活基盤が激変し、他方の親や親族、友達との交流も突然遮断される。また言語や文化環境も変わる。
 そうしたことが子に悪影響を与えることから、ハーグ条約は、次のような内容を定めている。

(1)子を元の居住国に返還することが原則。
一旦生じた不法な状態(監護権の侵害)を原状回復させ、その後に居住国の司法の場で子の監護について判断するという考え方である。
「監護権の侵害」があることがハ-グ条約に基づく子の返還請求の前提となることから、まだ離婚が成立していない両親には双方に監護権があるため、居住国に残された親はハ-グ条約に基づく返還請求ができる。離婚が成立し、監護権がある親が自分の国に子どもを連れて帰った場合、居住国に残された親には監護権がないため、ハ-グ条約に基づく子の返還請求はできない。その場合には、ハーグ条約に基づき、面会交流の援助を受けることになる。
ただ、「返還により子が心身に害悪を受け、または耐え難い状況に置かれる重大な危険がある場合」には子の返還をしなくてもよいという条項がある。
(2)親子の面会交流の機会を確保する。
条約締約国間であれば、それぞれの国で指定された中央当局が相互に協力し、親子の接触の権利が効果的に尊重されるように援助をする。
日本における中央当局は外務大臣である。
3 日本のハーグ条約の締結は遅れた
(1)前述のとおり、ハーグ条約が作成されたのは1980年10月であるが、日本では、条約の締結がなかなか進まなかった。反対意見が強かったのである。
 日本の国際結婚はこれまでは、母親が日本人、父親はアメリカ人、居住先がアメリカ合衆国というケースが多数であった。夫婦が不仲となった場合、日本人の母親が子を連れて日本に戻る、ということが典型的で最も多かった。日本ではもともと、子どもは小さいときは母親が養育をするという風習があり、夫婦が不仲となって別居する場合は、子どもを連れて母親が日本に戻るということは母親にとっては一般であった。しかし、ハ-グ条約を締結した場合、離婚が成立する前(監護権は両親にある)であれば、子は一旦は居住国であるアメリカ合衆国に連れ戻されるということになる。不仲の原因がDVである場合、たとえ別居であっても夫の近くで生活するのは精神的にも耐え難いことであり、こうした背景が反対意見となった。
(2)このように日本国内には条約締結への反対意見が根強くあり、未締結のまま推移したが、世界的には条約締結国は次第に増え、未締結であることに対し欧米からの批判が強くなった。
 政府は2011年1月、ハーグ条約締結の是非を検討するために関係省庁の副大臣級の会議を開催し、締結賛成派、締結反対派からの意見を踏まえ検討を行ったところ、ハーグ条約の締結には意義があるとの結論に達した。
 意義があるとの理由には、日本も条約を締結することにより、双方の国の中央当局を通じた国際協力の仕組みを通じ、相手国から子を連れ戻すための手続きや親子の面会交流の機会を確保する手続きを進めることが可能となることや、ハーグ条約が未締結であると、子とともに一時帰国しようとする際、一時帰国が制限されている現状があること、などがあったようである。
 2011年5月、条約締結に向けた準備を開始することを閣議了解し、ハ-グ条約の実施に必要な国内法律手続きを定める「国内実施法」の作成の準備が開始された。
 その準備がようやく整った2013年5月22日、第183回通常国会においてハ-グ条約の締結が承認され、6月12日に国内実施法となる「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律」が成立した。日本は、2014年1月24日にハーグ条約に署名を行い、ハーグ条約は2014年4月1日に発効した。
4 2019年5月、「国内実施法」の一部改正法が成立

 国内実施法の成立から5年を経過した2019年5月、「国内実施法」の一部を改正する改正法が成立した(施行は2020年5月)。
 主な改正点は、子の返還を命ずる裁判所の決定が出た後、強制的に執行する手続きをより実効性のあるものに変更したことである。
 裁判所の決定が出た後も返還命令に従わない場合、従前は、まずは子の返還義務を履行するまで一定額の金銭の支払いを命ずる間接強制を求め、その決定から2週間を経過した後に初めて代替執行(裁判所によって指定された執行官及び返還実施者が子の開放・返還を債務者に代わって強制的に実現する)をすることが可能であった。
 改正法では、間接強制では返還の見込みがあるとは認められない時、子の急迫の危険を防止するため必要がある場合は、間接強制を経ずに代替執行をすることが可能となった。
 また代替執行に関しても、従前は、子が返還債務者(親)と一緒にいる場合に限って解放実施が可能であったが、改正法では、残された親(債権者)が出頭するか一定の条件を満たす代理人の出頭があれば、返還債務者と一緒でなくても解放を実現できることになった。
 また従前は、第三者の占有場所で代替執行を行う場合はその場所の占有者の同意が必要だったが、執行の場所が子の住居である場合は、裁判所の許可により、その場所の占有者の同意は不要となった。
 ハーグ条約の発効後も現実に子の返還がなされることに困難があった事例の積み重ねにより、実効性のある方法に改正されたことが伺われる。

5 まとめ

 ハ-グ条約締結に至るまでの根強い反対がありながらも、日本は、締結国の広がりの中で、国際協力によって子の引き渡し、面会交流を行う方向に舵をきった。
 婚姻の破綻と子の養育、面会交流は日本国内で生活する家族であっても困難な事例がある。まして国境を越えての問題であるから、今後も様々な問題が生ずることが予想される。
 法改正を含め、今後の動きに注視したい。

(2023年4月執筆)

執筆者

末吉 宜子すえよし たかこ

弁護士

略歴・経歴

資格 弁護士
   1983年弁護士登録(東京弁護士会)

役職 東京弁護士会消費者問題特別委員会 委員
   日弁連消費者問題対策委員会 幹事
   医療問題弁護団 副幹事長

著書(共著) 医療紛争の法律相談(青林書院 2003)
       医療事故の法律相談(学陽書房 2009)
       美容医療トラブル解決への実務マニュアル(日本加除出版 2018)

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