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医療・薬事2020年12月18日 制度創設から12年となる産科医療補償制度の現在 執筆者:末吉宜子

1 産科医療補償制度創設の背景
分娩時の医療事故は、産婦や子どもに重大な結果をもたらすことがしばしばあり、他方、過失の判断が難しい側面があるため、医療訴訟では産科事案が多い時期が続いた。産科医師の減少は、そうした医療訴訟の増加にも一端があるのではないか、という意見も出ていた。
こうした背景の中で、無過失の補償制度が検討されるようになり、2006年11月に、与党による「医療紛争処理のあり方検討会」において「産科医療における無過失補償制度の枠組みについて」として、無過失医療補償制度を創設することが示された。
その後、2007年2月に財団法人日本医療機能評価機構(現在は、公益財団法人日本医療機能評価機構となっている)に「産科医療補償制度運営組織準備委員会」が設置され、2008年1月に「産科医療補償制度運営組織準備委員会報告書」が取りまとめられ、2009年1月に「産科医療補償制度」が創設された。
2 産科医療補償制度の枠組み
産科医療補償制度の柱は、①重度の脳性麻痺で生まれた児に対して、無過失で金銭補償をする。②運営委員会は脳性麻痺の原因分析を行い、保護者と分娩機関に報告書を提供する。③運営委員会は、複数事例の情報分析から再発防止のための提言等を行い、産科医療の質の向上をめざす。というものである。
(1)補償の対象と補償金
補償の対象となるのは、分娩時の医療事故のうち、重度の脳性麻痺で生まれた児である。重度の脳性麻痺に限っているのは、出生後の生活において、子どもとその家族への負担が非常に重いものであり、また、過失の立証が難しい分野であるためである。
この制度は分娩機関が加入するものであり、制度の運営費用、損害保険会社への費用は、分娩機関からの掛け金によって賄われる。加入する分娩機関は年間の分娩件数を運営組織に申告し、1分娩あたり、3万円(2015年1月からは1万6000円)の掛け金を支払う。補償の申請ができるのは、子どもの保護者である。
審査の基準は、①出生体重が2000g以上在胎週数は33週以上(2015年1月1日に改正があり、現在は、1400g以上在胎週数32週以上である)、②先天性や新生児期等の要因によらないもの、③身体障害者手帳1級・2級相当の脳性麻痺であること、である。また、補償の申請期間は、5歳の誕生日までである。
審査の結果、基準に当てはまった場合、保護者に支払われる補償金は、①準備一時金として600万円(1回のみの支払い)、②補償分割金として、1年間に120万円(支払い回数20回)である。合計で3000万円である。
(2)原因分析
運営組織(公益財団法人日本医療機能評価機構)が補償の対象とした全件について、原因分析委員会による脳性麻痺の発症についての原因分析が行われる。委員会のメンバ-は、産科医、小児科医、助産師、法律家、有識者で構成される。原因分析は報告書にまとめられ、保護者と分娩機関に提供される。
原因分析の視点について、運営組織は、「原因分析報告書作成にあたっての考え方」を公表している(初版は2016年4月、改訂版は2020年4月)。それによれば、基本的な考え方は、責任追及を目的とするものではなく、「なぜ起こったのか。」などの原因を明らかにするためであること、産科医療の質の向上のために、事後的検討も行い、脳性麻痺発症の防止に繋がる課題が見つかればそれを提言する、と記載されている。
原因分析報告書は、保護者と分娩機関に提供されたのち、要約版とマスキング版に改めてまとめられる。「要約版」は原因分析報告書のうち、「事例の概要・経過」「脳性麻痺発症の原因」「臨床経過に関する医学的評価」「今後の産科医療の質の向上のために検討すべき事項」の部分につき、個人や分娩機関が明らかにならないようにしてまとめたものであり、後日、産科医療補償制度のHPに公表される。
「要約版」は2017年5月の個人情報保護法の改正に伴い、2018年8月に一旦公表が停止されたが、2020年7月の運営委員会において公表に関する方針が取りまとめられ、この制度の公益性の高さ、全件を公表することで産科医療の質の向上に資する、との理由から、2020年8月以降、要約版の公表は全件一律に実施することになった。
「マスキング版」は、原因分析報告書のうち、特定の個人を識別できる情報や分娩機関が特定されるような情報をマスキングしたもので、産科医療の質の向上に資すると考える研究目的のための利用申請があって、運営組織が開示を妥当と判断した場合に、その申請者にのみ開示するものである。
(3)再発防止
原因分析報告書等の情報をもとに、再発防止委員会により、再発防止の視点で必要な情報を整理し、テ-マに沿った分析を行う。分析の結果は、リ-フレットやポスタ-などにまとめられ、分娩機関、関係学会・団体、行政機関等に配布し、HPに掲載する。
また、「再発防止委員会からの提言」が産科医療関係者にどのように活かされているか、その動向を把握する活動も行う。
3 実効性のある制度への働きかけ
以上のように、制度発足後、12年の間に、さまざまに修正・変更の動きがあった。重度の脳性麻痺を発症した子どもを育てることは、保護者、関係者にとって、大変な重荷となっているはずであり、今後も、保護者の支援、救済の範囲の拡充と再発防止に向けて、動いていくものと思われる。私たちも関心をもって注視していきたい。

(2020年11月執筆)

執筆者

末吉 宜子すえよし たかこ

弁護士

略歴・経歴

資格 弁護士
   1983年弁護士登録(東京弁護士会)

役職 東京弁護士会消費者問題特別委員会 委員
   日弁連消費者問題対策委員会 幹事
   医療問題弁護団 副幹事長

著書(共著) 医療紛争の法律相談(青林書院 2003)
       医療事故の法律相談(学陽書房 2009)
       美容医療トラブル解決への実務マニュアル(日本加除出版 2018)

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