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一般2020年03月23日 スポーツにおける人種差別行為 執筆者:飯田研吾

1 なくならないスポーツにおける人種差別行為
 人種差別行為は、人類の歴史の中から必ず根絶しなければならない行為であり、スポーツの世界においても重要な課題の一つとなっています。
 世界人権宣言では、「すべての人は、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、門地その他の地位又はこれに類するいかなる事由による差別をも受けることなく、この宣言に掲げるすべての権利と自由とを享有することができる」と定めています1。また、オリンピック憲章の根本原則第6項においても、「このオリンピック憲章の定める権利および自由は人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治的またはその他の意見、国あるいは社会的な出身、財産、出自やその他の身分などの理由による、いかなる種類の差別も受けることなく、確実に享受されなければならない。」と、差別は決して容認されないことが謳われています2
 にもかかわらず、スタジアムやフィールド上での人種差別行為はなくならず、最近ではSNSにおける人種差別的な投稿など、多くの人種差別行為が発生し続けています。日本も例外ではありません。2014年3月に、Jリーグの浦和レッズ vs サガン鳥栖の試合において、会場である埼玉スタジアムの入場ゲート付近に“JAPANESE ONLY”という、人種差別とうかがえる横断幕が掲げられた事件は、大きく報道されました3。ちなみに参考までに、Jリーグにおける人種差別行為として、報道ベースで11件見つかっています。
 また、海外では日本人アスリート自身が人種差別の対象(被害者)となるケースも報告されています4
2 スポーツ界の対応
 2020年2月29日、ドイツのプロサッカーリーグ(ブンデスリーガ)のバイエルンvs ホッフェンハイムの試合中に事件は起こりました。開始から67分が経過したころ、バイエルンの一部のサポーターにより、ホッフェンハイムの実質的なオーナーであるディートマー・ホップ氏に対する侮辱的・差別的なメッセージが書かれた横断幕が掲出されました。この行為を認識した審判は、一時試合を止め、スタジアムのアナウンスで横断幕を片付けるよう要請。横断幕が片付けられたことから一旦は試合が再開されましたが、再び同様の横断幕が掲出されたため、審判は試合の中断を決め、選手をロッカールームに戻しました。
 15分以上の中断の後、選手らがピッチに戻って試合は再開されたものの、試合の残りの約10分間、選手たちはプレーを行わず、敵味方関係なくパス交換したりリフティングしたりするなどして時間の経過を待ち、試合が終了しました。
 このような試合中のサポーターによる差別行為は、ヨーロッパでは珍しくないことですが、この残り10分間の選手達のプレーが話題になり、日本のメディアでも取り上げられていました。
 スポーツ界では、こうした人種差別行為に対して対策を講じており、多く国際スポーツ競技団体が、その規約の中で人種などによる差別の禁止を謳っています。
 その中でもFIFA(国際サッカー連盟)では、度重なるスタジアムでの人種差別行為に対して様々な対策を講じています。2013年には、「Resolution on the fight against racism and discrimination」 を採択し、この中で、人種、肌の色、言語、宗教、家柄に関する差別的な言動について、FIFAが罰金や出場資格の停止、スタジアムの使用禁止、勝ち点の剥奪、降格、無観客試合、試合の没収などの制裁を科すことができることを明示しています。
 2018年に行われたロシアW杯では、専門のスタッフが、試合中に差別的な行為がないか監視するというシステムを採用しました。
 さらに2019年には、FIFA Disciplinary Codeの改訂し、人種差別やあらゆる形態による差別に対する“ZERO TOLERANCE”の原則(非寛容・絶対に容認しない)を明確にし、この中で、差別的な事象に対する“Three-step procedure” というものが定められました。
 Step 1:試合を止める
 審判は試合を止めることができる(その後、必要な説明と差別的な行動をやめるように求めるアナウンス)
 Step 2 試合の中断
 試合再開後にも差別的な行動が続く場合には、審判は、チームに対してドレッシングルームに戻り、差別的な行動が停止するまでの合理的な時間、試合を中断するよう指示することができる(その後、必要な説明と差別的な行動をやめるように求めるアナウンス)
 Step 3 試合の放棄(没収試合)
 最悪の場合には、試合を放棄することがでる(その後、必要な説明と警備員の指示に従ってスタジアムから退去するよう求めるアナウンス)
 上述のブンデスリーガの事例はまさにこの“Three-step procedure”が適用されたもので、他にも“Three-step procedure”が適用されて試合が止められたり中断した事案は多くありますが、それでも差別行為がなくならないのが現実です。バイエルンとホッフェンハイムの選手たちのように、試合再開後に、人種差別行為に対して一致団結して反対・抗議の意思をプレーで示したことは、せめてもの救いでしょうか。
3 2020東京オリンピック・パラリンピックに向けて
 2020東京オリンピック・パラリンピックには、206の国と地域が参加することが予定されています。私達が普段あまり耳にしないような差別的な行為が起こる可能性が十分に考えられます。
 大会を通じて、いかにして人種差別行為が行われない雰囲気を作り上げるか、万が一にも人種差別行為が行われた場合にいかに被害を最小限にとどめ対応できるか。
 2020東京オリンピック・パラリンピックは「多様性と調和」をコンセプトの1つとして掲げていますが、その実現に向けてしっかりとした準備を行い、いかなる差別もない素晴らしい大会であったと語り継がれることを期待します。

1 原文は次のとおり。“Everyone is entitled to all the rights and freedoms set forth in this Declaration, without distinction of any kind, such as race, colour, sex, language, religion, political or other opinion, national or social origin, property, birth or other status.”

2 原文は次のとおり。“The enjoyment of the rights and freedoms set forth in this Olympic Charter shall be secured without discrimination of any kind, such as race, colour, sex, sexual orientation, language, religion, political or other opinion, national or social origin, property, birth or other status.”

3 この事件を受けてJリーグは、浦和レッズに対し一試合を無観客試合とする処分を下しました。その後、浦和レッズは、差別撲滅に向けた取組と目標を定め実施するアクションプログラム「“ZERO TOLERANCE”(絶対許さない)」を策定し(2014年4月~2019年3月の5年計画)、実施しました。

4 MLBで活躍するダルビッシュ有選手が差別的な発言やジェスチャーをされたり、ベルギーでの試合中にサッカーの川島永嗣選手が、福島第一原発の事故を揶揄した野次を浴びせられた事例など。

(2020年3月執筆)
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