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一般2022年08月17日 スポーツ仲裁について 執筆者:飯田研吾

 最近、3件のスポーツ仲裁に関わった。3件はいずれも迅速な解決が求められる緊急仲裁1 と呼ばれる手続きで行われ、短期間で申立人側の代理人、被申立人側の代理人のいずれの立場も経験した。ここでは、スポーツ仲裁の中でも緊急仲裁における代理人活動について、少し述べたいと思う。

 このコラムの読者には釈迦に説法になってしまうが、スポーツ仲裁というのは、代表選手選考や、資格停止処分などの競技団体内の不利益処分といったスポーツ競技やその運営に関して競技団体が行った決定に関する競技者等2と競技団体との紛争の解決手段の一つであり、公益財団法人日本スポーツ仲裁機構(以下「JSAA」)3により運営されている。JSAAが設立されたのが2003年のことであり、今年で20年目を迎える。ちなみに、2020年度までの申立件数は102件、そのうち仲裁判断にまで至ったものは65件である(通常のスポーツ仲裁のみ)4

 今年度(2022年4月~)、既に7件のスポーツ仲裁(ただし、同一事案で複数の申立人がいる場合、申立人ごとに事件番号が振られるが事件としては1つとカウントしている。)が申し立てられているが、そのうち分かっているだけで5件は緊急仲裁手続である。

 スポーツ仲裁では、競技団体(被申立人)は、申立てが受理されてから3週間以内に答弁書を提出しなければならないとされている(スポーツ仲裁規則16条1項)。弁護士の感覚としては、労働審判と同様にかなりタイトな手続きであるが、これが緊急仲裁となるとより一層タイトになる。事案によっても異なるが、申立書が送付されてきてから数日以内に答弁書を提出しなければならないような事案もある。

 競技団体(被申立人)の代理人としては、早急に関係者からのヒアリングを行って反論を組み立てつつ、反論を裏付ける証拠資料も準備しなければならない。競技団体は、こうした紛争対応に慣れていないところが多く、どのような資料が必要か的確な指示を出し、準備を促す必要がある。競技団体にとっては大きなヤマ場の一つである。

 スポーツ仲裁では、一定程度、書面でのやり取りが行われた後、「審問」といって、双方の主張・意見を戦わせるとともに、裁判でいうところの人証調べに相当する手続きが行われる。特に、審問までの時間が限られ、事前に何度も書面のやり取りを行うことができない緊急仲裁においては、書面で言い尽くせなかった主張をこの審問の場で主張する必要があり、大変重要である。競技団体としては、短い準備期間の中で審問の場に証人として出席できる関係者を確保することができるかが、ポイントとなる。

 ところで、通常、スポーツ仲裁は、3名の仲裁人で構成されるスポーツ仲裁パネルで審理・判断されるが、申立人・被申立人はそれぞれ1名の仲裁人を選定できる。裁判にはない大きな特徴である。これが、緊急仲裁となると、当事者による選定手続を経ていたのでは間に合わずJSAAが選定する。また、原則として仲裁人は1名となる。もっとも、今年度の5件の緊急仲裁のうち、3件は3名の仲裁人でパネルが構成されていた。これは私の推測でしかないが、たとえ緊急仲裁であっても、可能な限り3人の仲裁人によってパネルを構成することで、形式面でも仲裁判断の法的安定性を高め、当事者の納得を得られるよう努めているのではないだろうか。もっとも、緊急仲裁という時間的な制約がある中で3名の仲裁人を選定することは、JSAAの事務局にとっては非常に大変な作業であり、頭が下がる思いである。

 競技団体にとっては、スポーツ仲裁の申立てを受けて対応することは大変な負担であり、さらに、結果として決定が取り消された場合には、取消しを前提とした対応(例えば代表選考のやり直しなど)が必要になる。今年度の事案では、競技団体の決定が取り消されたことにより、競技会が一部中止になった競技もあったと聞く。

 スポーツ仲裁は競技団体にとっては大変なことだらけでメリットがないようにも見える。確かに、対応は決して楽ではないが、スポーツ仲裁という公平・中立な機関で紛争を解決することができるのは競技者等の権利であるし、競技団体にとっても、日ごろからしっかりとした団体運営を行っていれば決定が取り消されることはなく、自らの決定が正当であることのお墨付きを得ることができる。また、スポーツ仲裁を通じて、自らの運営の問題点が浮かび上がってきたり、仲裁パネルから具体的な指摘を受けることもある。

 私の経験上、外から競技団体のガバナンスを整備していくことは非常に大変であり、なかなか思うように進まない。スポーツ仲裁というのは、紛争解決の手段としての役割も大きいが、競技団体にとっては、自らのガバナンスを見直し改善していくためのきっかけや気づきを得られる絶好の機会であると考えている。競技団体におかれては、スポーツ仲裁を、決して負担を被るだけのものではなく、得られるものも大きいとポジティブに捉えてもらえればと、ここ最近のスポーツ仲裁案件を通じて感じた次第である。

1 スポーツ仲裁規則50条1項は、「日本スポーツ仲裁機構が事態の緊急性又は事案の性質に鑑み極めて迅速に紛争を解決する必要があると判断したときには、緊急仲裁手続による」と定めている。競技団体(被申立人)の同意は不要であり、申立人側の意見で緊急仲裁の手続きに付すか判断される。
2 スポーツ仲裁規則では、スポーツ競技における選手、監督、コーチ、チームドクター、トレーナー、その他の競技支援要員及びそれらの者により構成されるチームが、「競技者等」として、スポーツ仲裁の申立人となれる(スポーツ仲裁規則2条1項、3条1項)。
3 https://www.jsaa.jp/
4 日本スポーツ仲裁機構2020年度事業報告より (https://www.jsaa.jp/doc/jigyou/2020report.pdf)

(2022年8月執筆)

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