カートの中身空

閲覧履歴

最近閲覧した商品

表示情報はありません

最近閲覧した記事

医療・薬事2021年12月27日 現在の医事法制とスポーツ現場とのギャップ 執筆者:飯田研吾

 医師法及び医療法は、いずれも昭和23年7月に制定されて以来70年にわたり、度重なる改正を経て、現在も医療制度の中心をなす法律として通用している。
 医師法は、医師免許の得喪や医師の義務を定めた法律であり、医師の任務として、医療及び保健指導をつかさどることによって公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保することをその目的としている。
 また医療法は、病院や診療所等の開設、施設、管理等の基準、行政庁による監督等について定めた法律であり、医療を受ける者の利益の保護及び良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を図り、もって国民の健康の保持に寄与することを目的としている。
 いずれも、その規定ぶりから、“医療”の提供を通じた国民の健康な生活の確保や国民の健康の維持を目的としており、スポーツ現場において適用されることは想定されていないといえ、スポーツ現場における医師法や医療法の適用や解釈について議論されることもなかったように思われる。例えばスポーツ現場におけるアスリートに対する医療サービスの体制を整備することを考えたときに、現行の医療法や医師法の規定(スポーツ大会の救護所に関する診療所開設の要否や診療録作成の要否、処方箋交付の要否など)のスポーツ現場への適用については、十分な議論がされてこなかったように思われる(筆者が認識していなかっただけかもしれないが。)。
 そして現在、科学技術や情報通信技術の発達により、多様かつ大量のデータを取得し分析することが可能となり、アスリートの外傷・障害予防、コンディショニングサポート、さらには、競技力向上を目的として、アスリートの医科学データ(メディカル、フィジカル、パフォーマンスに関するデータ)の取得・分析、活用が大変重要となっている。そうした中で、現行の医師法、とりわけ、医師法17条の「医師でなければ、医業をなしてはならない」との規定が、こうしたアスリートの医科学データの取得の場面で、少々、足枷となっているように感じる。
 これまで「医業」とは、「業として医行為を行うことと」とされ、医行為とは、「当該行為を行うにあたり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」と解釈されてきた1
 スポーツ現場において、アスリートの医科学データを取得するにあたっては、例えば採血など、身体に対する侵襲行為を伴うものがあり、上述の「医行為」の解釈に従って「医行為」に該当するものとして、医師法の規制、すなわち、基本的には医師が関わることが必要とされてきた。
 しかしながら、データ取得のためにスポーツのトレーニング現場に医師が常に帯同していることは現実的でなく、他方で、採血行為一つとっても、指先から微量の血液を採取する方法から献血のように静脈から1回あたり200㎖以上も採取する方法まで様々であり、人体へのリスクが小さいものもあることから、安全性の確保のために一定の要件やスキルの確保は必要であるとしても、必ずしも、医師が行わなくともよいと思われるものも存在する。ここに、スポーツ現場への適用を想定していなかった医事法制とスポーツ現場とのギャップがあるように思う。
 この点で大変興味深い判例を一つ紹介したい。タトゥー施術行為を業として行っていた医師免許を持たない者が、医師法違反に問われた事案で、第1審2は有罪としたのに対し、第2審3は、第1審の判断を覆し、医行為を行ったとはいえないと判断して無罪とした。最高裁4は、第2審の結論を維持し、その判断の中で、「医行為」の意義について、「医療及び保健指導に属する行為のうち、医師が行うのでなければ保健衛生上の危険があるものをいう」という解釈を示しただけでなく、さらに、「医行為」の判断方法として、①当該行為の方法、②作用、③その目的、④行為者と相手方との関係、⑤当該行為が行われる際の具体的な状況、⑥当該行為の実情、⑦当該行為の社会における受け止め方、を考慮した上で、社会通念に照らして判断することが相当であると述べた。
 「医行為」の解釈として、これまでいわれていた保健衛生上の危険に加えて、「医療及び保健指導に属する行為」という要件を要求したこと、さらに、「医行為」該当性の判断要素を具体的に挙げたことに大きな意義がある。「医療及び保健指導に属する行為」の判断にもよるが、これまで「医行為」と解釈されてきたスポーツ現場の一部の行為について、「医療及び保健指導に属する行為」には該当しないことを理由に、「医行為」ではない(したがって医師以外でも行うことができる)と解釈できる余地も出てきたように思われる。
 我が国の競技力の向上のためにも、かかる最高裁の判断を機に、アスリートの安全の確保が最優先であることは当然であるが、スポーツ現場における「医行為」の解釈について、現場の実情にあった解釈なり考え方が、行政解釈として示され、さらには医療現場だけでない社会の現状に即した法改正が行われることを期待したい。

1 「医師法第17条、歯科医師法第17条及び保健師助産師看護師法第31条の解釈について」各都道府県知事あて厚生労働省医政局長通知 平成17年7月26日医政発第0726005号、最決平成9年9月30日刑集51巻8号671頁など。
2 大阪地裁平成29年9月27日判時2384号129頁
3 大阪高裁平成30年11月14日判時2399号88頁
4 最決令和2年9月16日判タ1487号161頁

(2021年12月執筆)

  • footer_購読者専用ダウンロードサービス
  • footer_法苑WEB
  • footer_裁判官検索