労働基準2025年09月25日
公益性の高い専門職の働き方改革
裁判官・検察官・弁護士・医師・教員を比較する 執筆者:大川恒星

「働き方改革」という言葉が日常的に語られるようになって久しい。民間企業にとどまらず、公務員の世界でも改革は進められてきた。
医師や教員といった、公益性が高く、労働時間規制がなじみにくいとされてきた専門職の世界でも、この議論は避けられない。医師であれば、目の前の患者を救うという使命感のもと、身を粉にして働くことが当たり前とされ、教員であれば、昼夜問わず、生徒指導に全力を注ぐことが理想的な教師像とされてきた。しかし、こうした価値観は、今日においては制度的にも社会的にも見直しを迫られている。
私自身、弁護士として労働問題を扱う中で、このような専門職の労働時間をどう捉えるべきか、常に考えさせられる。
そして、私の生きる法曹の世界でも、法曹三者と呼ばれる裁判官、検察官、弁護士は、公益性が高く、労働時間規制がなじみにくいとされてきた専門職である。しかし、この法曹三者の働き方改革も避けては通れない課題である。
裁判官・検察官・弁護士・医師・教員といった公益性の高い専門職では、その使命や勤務形態の特殊性から、制度と現実の乖離が顕著である。
1. 裁判官と検察官――「残業代ゼロ」の法的根拠と改革の必要性
裁判官については、事件の適正かつ迅速な処理のため、夜間など一般職の職員の勤務時間外においても対応が求められる場合が少なくない。そのため、一般職の職員と同様の勤務時間を前提とすることは困難である。そこで、裁判官については、時間外手当的な要素も考慮した上で、職務と責任の特殊性を踏まえた報酬が設定されており、裁判官の報酬等に関する法律第9条第1項ただし書において、超過勤務手当、夜勤手当、休日給等を支給しないこととしている。裁判官志望者の数は減少傾向にあると指摘されており、法曹全体の志望者減少など様々な要因があるため一概には言えないものの、決して楽とは言えない労働環境(ときに遅くまで残っての書面作成作業など)や定期的な転勤もその理由として挙げられる。
一方、検察官についても、一般職の職員の勤務時間や休暇等の規定の適用は受けるものの、事件の適正・迅速な処理のため、夜間など勤務時間外にも対応が求められることが多い。そのため、時間外勤務時間を計測し、給与上の措置を講ずるのはなじみ難い面がある。そこで、検察官は裁判官に準じた俸給水準が設定されつつ、こうした特殊性を踏まえ、検察官の俸給等に関する法律第1条第1項ただし書において、超過勤務手当、夜勤手当、休日給等を支給しないこととされている。しかしながら、近年報じられた広島地検における検事の自殺事案にみられるように、過重労働の問題が背景にあると指摘されるケースも存在し、その労働環境の改善が課題となっている。
もっとも、裁判官や検察官の使命は国民の権利保障や刑事司法の基盤を支えるものであり、重く尊い。近年は、裁判所においては、裁判の電子化(民事裁判書類電子提出システム(mints)やTeams上の裁判期日の進行に関するやり取り等)、下線式認否(相手方の訴状や準備書面のワードデータをもとに認める部分は下線を引く等)、録音テープ等による調書代用といった効率的な主張や証拠整理など、業務効率化の取り組みが進められている。検察庁においても、法務省の情報によれば、ワークライフバランス向上を目的とした施策が講じられている。
こうした改革は、過重労働の是正と持続可能な司法体制の確立に不可欠である。
2. 弁護士――委任契約と雇用契約
弁護士は、委任契約に基づき依頼者の事件を処理する存在である。裁判官や検察官と異なり、公務員ではない。そして、私の知る限り、法律事務所でイソ弁やアソシエイトとして働く若手弁護士の多くが委任契約の形で働いており、私自身もかつてはその一人であった。
依頼者のために最善を尽くすという職務の性質上、ときに土日や深夜に働くことも避けられないが、それを「労働法の枠組み外」と整理するのがこれまでの常識であった。父が弁護士である私も、この世界はそういうものだと覚悟してこの世界に飛び込んだ。自由と独立の気風の中で、依頼者の信頼を勝ち得、多様な案件を通じてさまざまな人と出会い学び成長していける――これこそが弁護士の魅力であると感じている。
しかし近年、委任契約形式であっても「実態は労働者ではないか」と労働者性を争点にして訴訟に発展するケースもみられる。法律事務所によっては、勤務時間を定めて雇用契約を締結する例もある。さらに、企業に雇用される「インハウスローヤー」も定着し、労働法の保護を受けながら働く弁護士が確実に増えてきた。私が弁護士になった約10年前と比較して、若手弁護士の労働環境改善を求める機運が広がり、若手弁護士の勤務時間を把握・管理したり、定期的な面談をしたりするなどの取り組みも珍しいものではない。
弁護士は自由業である――そんな常識が絶対ではなくなった時代である。事務所経営においても、若手弁護士のみならず、それぞれの弁護士の働き方に応じた柔軟な対応が不可欠となっている。弁護士という仕事の自由さと責任感を尊重しつつ、持続可能な制度設計を模索することが、これからの課題であろう。
3. 医師――専門職であっても労働法の適用あり
医師もまた長時間労働が常態化している専門職である。しかし、裁判官や検察官と異なり、医師は原則として労働基準法の適用対象であり、残業代の支給も必要となる。過労死や医療事故のリスクからも労働時間管理は喫緊の課題とされ、近年の働き方改革では、労働基準法の改正により、医師の時間外労働に上限規制(原則年960時間、特例で年1,860時間)が導入された。もっとも、この規制によって医師の長時間労働が解消されたとは言い難い。実務上、「自己研鑽」として扱われ、実際には労働時間であるはずのものが労働時間に含まれない扱いとされているケースも少なくないのではなかろうか。患者の安全を守りつつ、医療従事者が長く働き続けられる持続可能な医療体制をどう作るかが喫緊の課題である。
4. 教員――公立と国・私立で異なる二重構造
教員の働き方を巡る問題は、公立と国・私立で制度が異なる点が大きい。
区分 | 公立学校教員 | 国・私立学校教員 |
---|---|---|
適用法令 | 給特法(公立学校の教職員の給与等 に関する特別措置法) | 労働基準法 |
時間外労働命令 | 原則不可。 例外は「超勤4項目」 (①生徒の実習、②学校行事、③職員会議、 ④非常災害かつ「臨時又は緊急のやむを得ない 必要のある場合」) | 就業規則等の労働契約上の根拠と 36協定があれば可能 |
割増賃金 | 不要。代わりに「教職調整額」 | 必要(労働基準法37条)。 ただし、多くの国・私立学校で、 公立学校と同様、「教職調整額」で 処理され、未払いが生じることもある |
実態 | 部活動等で残業が常態化し、法制度と 実態が乖離 | 割増賃金不払いの例もあり、 制度との乖離が見られる |
公立は「命じられないはずの残業が常態化」、国私立は「支払うべき割増賃金が支払われない」といった、制度と現実の二重の乖離が存在する。
現実の学校現場では、授業以外にも部活動指導、学校行事の運営、保護者・地域対応など、教員の業務は多岐にわたり、「教育=授業」だけでは収まらない状況である。
したがって、法制度の整備に加え、学校に期待される役割や教員像に対する社会全体の意識改革も必要である。熱血教師が無尽蔵に時間を割くことが当然という前提を見直し、学校が担うべき業務と外部に委ねるべき業務を整理する議論が求められる。部活動についても、地域移行にとどまらず、業務負担軽減のための再編や活動形態の見直しといった抜本的な改革が必要であり、これが教員の負担軽減につながるだろう。
5. おわりに――専門職と「働き方改革」の未来
公益性の高い専門職だからといって「働き方改革」は先送りできない。報酬体系を工夫すれば済む問題ではなく、それぞれの専門職の実情に応じて、従事者が健康に持続的に働き続けられる制度設計が不可欠である。
(本記事の内容に関する個別のお問い合わせにはお答えすることはできません。)
(2025年9月執筆)
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執筆者

大川 恒星おおかわ こうじ
弁護士・ニューヨーク州弁護士(弁護士法人淀屋橋・山上合同)
略歴・経歴
大阪府出身
私立灘高校、京都大学法学部・法科大学院卒業
2014年12月 司法修習修了(第67期)、弁護士登録(大阪弁護士会)
2015年1月 弁護士法人淀屋橋・山上合同にて執務開始
2020年5月 UCLA School of Law LL.M.卒業
2020年11月~ AKHH法律事務所(ジャカルタ)にて研修(~同年7月)
2021年7月 ニューヨーク州弁護士登録
2022年4月 龍谷大学法学部 非常勤講師(裁判と人権)
<主な著作>
「Q&A 感染症リスクと企業労務対応」(共編著)ぎょうせい(2020年)
「インドネシア雇用創出オムニバス法の概要と日本企業への影響」旬刊経理情報(2021年4月)
<主な講演>
・2021年7月 在大阪インドネシア共和国総領事館主催・ジェトロ大阪本部共催 ウェビナー「インドネシアへの関西企業投資誘致フォーラム ―コロナ禍におけるインドネシアの現状と投資の可能性について」
・2019年2月 全国社会保険労務士会連合会近畿地域協議会・2018年度労務管理研修会「働き方改革関連法の実務的対応」
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