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企業法務2024年04月26日 管理職に知っていただきたい「パワハラ」と言われないための注意・指導 執筆者:大川恒星

 企業のパワハラ防止措置義務が“ようやく”法制化されたこと(大企業は2020年6月1日より、中小企業は2022年4月1日より義務化)は皆様もご存知であると思います。
 部下を持つ管理職は、「加害者」になってはいけないことはもちろん、企業のパワハラ防止措置義務の担い手として「傍観者」にもなってはいけません。
 最近は、「逆パワハラ」という言葉が巷で話題になっているように、我々弁護士のもとに、管理職の方から、部下からパワハラを受けたとの相談もあり、管理職が「被害者」になってしまうこともあります。中間管理職に十分な人事権限がなく、年功序列型人事制度がまだまだ一般的である日本の雇用システムのもと、「あの上司には大した人事権限はない」、「自分よりも能力が劣っているにもかかわらず、会社に長く在籍しているだけで上司になって、賃金も高い」などと部下から舐められてしまい、管理職がパワハラの被害者になってしまうこともしばしばです。
 とはいえ、管理職は、「加害者になるな」、「傍観者になるな」とパワハラの文脈では語られることが一般的で、おそらく耳にたこができるほど、社内のパワハラ研修などで注意喚起を受けておられるのではないかと思います。かくいう私も、企業からご依頼を受けて、管理職向けに、社内のパワハラ研修の講師をさせていただく機会がしばしばございまして、そのような注意喚起を行っています。
 また最近は、パワハラに関する情報がネットであふれており、「マルハラ」という言葉もあるように(筆者は、もちろん、これがパワハラだとは思いませんが、「・・・してください。」という一見、何の変哲もない表現が若者たちにとっては淡々としすぎていて、怒っているように感じられる、とのことのようです)、部下からハラスメントだと言われることに委縮しすぎて、そもそも、管理職が注意・指導もしない、というような決して望ましいとは言えない状況も発生しているのではないかと思います。
 一方で、そんなことを言われたら、管理職は「罰ゲーム」だとの批判を受けるかもしれませんが、管理職は、加害者や傍観者になってはいけませんが、一方で、パワハラだと言われることを恐れて、注意・指導を怠ると、問題社員の発生を招き、それを放置すると、職場環境の悪化につながります。「あの若手社員は、上司の指示や会社のルールを守らず、好き勝手やって周りに迷惑を掛けているのに、あの部長は全く注意しない」と周りが不満を溜め込むような場面を想像して下さい。このような状況に陥れば、管理職としては、十分に部下を管理できていないとして、それが社内で責任問題になってしまうわけです。
 したがって、管理職としては、自身の言動がパワハラにならないよう、業務上必要かつ相当な注意・指導を行わなければならない、という高度なミッションを課せられていることになります。
 ちなみに、パワハラ防止法では、パワハラは、「職場」において行われる①「優越的な関係」を背景とした言動であって、②業務上必要「かつ」相当な範囲を超えたものにより、③「労働者」の「就業環境が害される」ものと定義されています。
 ここで注意いただきたいのは、決して「厳しい指導=パワハラ」ではない、ということです。裁判例においても、部下の不正経理に対して、ある程度の厳しい改善指導は、「上司のなすべき正当な業務の範囲内」と判示したものがありますし(前田道路事件(高松高判平21年4月23日労判990号134頁))、また、医療機関における厳しい指摘・指導について、「生命・健康を預かる職場の管理職が医療現場において当然になすべき業務上の指示の範囲内」と判示したもの(医療法人財団健和会事件(東京地判平21年10月15日労判999号54頁))もあります。つまり、厳しい注意・指導がパワハラ(≒民事上違法)になるのではなく、ケースバイケースで厳しい注意・指導は許容されると裁判所も述べているわけです。要は、部下の問題言動に見合った注意・指導をしましょう、ということです。「休暇をとる際の電話のかけ方の如き申告手続上の軽微な過誤」について、執拗に反省書を作成せよ、などと注意・指導した事案(東芝府中工場事件(東京地八王子支判平2年2月1日労判558号68頁))は民事上違法と判断されています。
 以上を踏まえて、管理職として、「パワハラ」と言われないための注意・指導とは、何でしょうか。裁判例を分析すると、以下に注意いただくと宜しいかと思います。
 ● 機嫌で叱らない/感情をぶつけない(大声はダメ)
 ● 人格攻撃(容姿、性格、学歴、能力等に紐づけて)をしない
 ● 人前で叱らない(メールのCCもダメ)
 ● 注意・指導の際、周囲の同調を求めない
 ● 注意・指導をメールだけで終わらせない
 ● 長々と注意・指導をしない
 ● 言い分(弁明)は確認(問題行動と決めつけない)
 ● 注意・指導は録音されている、メールは保存されていると常に意識
 ● 注意・指導は相手の性格に応じて
 ● 私生活に立ち入らない
 ● 部下とのコミュニケーションを大事にする
 紙幅の関係上全てを詳細に記載はしませんが、まず、注意・指導する者が怒ってしまっている場合、パワハラとして民事上違法と判断されている事案が目立ちます。感情的になってしまい、大声で怒鳴りつけるような場合、それ自体が相手に圧をかけますし、冷静さを欠くと、本来、言わなくても良いことを言ってしまうからでしょう。怒りっぽい性格であるとの自覚がある管理職の方は、「アンガーマネジメント」に気を付けましょう。怒りに反射せずに、頭の中で数を数えて、一呼吸を置き、まずは、怒りを鎮めるなど、様々なテニックがあるようです。
 また、注意・指導において、人格攻撃をしてしまうと、裁判所は厳しくパワハラとして民事上違法との判断を下していると言えます。例えば、比較的最近の事例であれば、「新入社員以下だ。もう任せられない。」、「なんで分からない。お前は馬鹿。」との上司の発言が民事上違法と判断された事案(東京高判平27年1月28日労経速2284号7頁)が挙げられます。厚生労働省作成の管理職向け研修資料にも、「『だからおまえとは仕事をしたくないんだ!』『噂どおり役立たずだな!』『仕事しなくていいから帰って寝てろ!』など人格を否定するような言動は、パワーハラスメントに該当する場合があります。」との指摘がなされています。
 さらに、人前で注意・指導をして相手に辱めを与えるようなことも民事上違法なパワハラと判断されやすいと言えます。ハラスメント研修でもパワハラの限界事例としてしばしば引用されるA保険会社上司(損害賠償)事件(東京高判平成17年4月20日労判914号82頁)では、上司が本人及び同僚十数名に赤文字でかつポイントの大きい字で「意欲がない、やる気がないなら会社を辞めるべきだと思います。当SCにとっても、会社にとっても損失そのものです。あなたの給料で業務職が何人雇えると思いますか。・・・これ以上、当SCに迷惑をかけないで下さい」などと電子メールを送信したことが、相手の名誉感情をいたずらに毀損するとして違法判断がなされています。この事案では、本人以外に同僚数十名がメールに含まれていた、ということが違法判断の一つの要素になったと考えられます。
 もっとも、人前で叱ってはいけないからといって、密室で二人っきりで注意・指導をしましょう、と言っているわけではありません。録音を取っていなければ、「言った言わない」の問題になってしまうこともそうですが、密室で二人っきりで注意・指導すること自体が相手に圧をかけることになります。例えば、典型的な場面として、上司と部下が異性であれば、セクハラ問題にもなりかねません。すると、人目に付くフロアの隅に場所を移して、周りに聞こえないよう、注意・指導をするとか、密室であっても、二人っきりではなく、人事担当者に立ち会ってもらうなど、工夫が必要です。
 最後に、「私生活に立ち入らない」という点ですが、いわゆるパワハラ指針(事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号))において、パワハラの行為類型として6つのものが例示されているところ、そのうち一つが「個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)」となっています。部下との信頼関係を構築できており、コミュニケーションの一つとして、例えば、「最近、子どもができたの?」と上司が部下に尋ねたりすることが全て悪いとは言いませんが、上司としては、部下のプライベートに首を突っ込まない方が無難と言えます。
 本稿が会社で難しい立場におられる管理職の方にとって少しでも参考になることがあれば、幸いです。

(2024年4月執筆)

執筆者

大川 恒星おおかわ こうじ

弁護士・ニューヨーク州弁護士(弁護士法人淀屋橋・山上合同)

略歴・経歴

大阪府出身
私立灘高校、京都大学法学部・法科大学院卒業

2014年12月   司法修習修了(第67期)、弁護士登録(大阪弁護士会)
2015年1月   弁護士法人淀屋橋・山上合同にて執務開始
2020年5月  UCLA School of Law LL.M.卒業
2020年11月~  AKHH法律事務所(ジャカルタ)にて研修(~同年7月)
2021年7月   ニューヨーク州弁護士登録
2022年4月   龍谷大学法学部 非常勤講師(裁判と人権)

<主な著作>
「Q&A 感染症リスクと企業労務対応」(共編著)ぎょうせい(2020年)
「インドネシア雇用創出オムニバス法の概要と日本企業への影響」旬刊経理情報(2021年4月)

<主な講演>
・2021年7月 在大阪インドネシア共和国総領事館主催・ジェトロ大阪本部共催 ウェビナー「インドネシアへの関西企業投資誘致フォーラム ―コロナ禍におけるインドネシアの現状と投資の可能性について」
・2019年2月 全国社会保険労務士会連合会近畿地域協議会・2018年度労務管理研修会「働き方改革関連法の実務的対応」

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