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労働基準2023年09月22日 今だからこそ、駐在員の労務管理について考えるべき(4)
~駐在員の安全管理-Part2 執筆者:大川恒星

 海外駐在(海外派遣)における駐在員の安全管理について、今回が2回目の投稿です。
 前回の拙稿「今だからこそ、駐在員の労務管理について考えるべき(4)~駐在員の安全管理-Part1」では、所属元の日本国内の企業の安全配慮義務について、「(在籍)出向」、「転籍」、「海外支店への配置転換」の海外駐在のパターンごとに、または、海外駐在とは異なる「海外出張」と比較して分析を行いました。
 出向や転籍という法形式を選択した場合でも、出向元や転籍元たる日本国内の企業の基本的なスタンスは、出向先・転籍先に丸投げするのではなく、駐在員の生命・身体の安全を確保すべく、できる限りの配慮をすることでした。
 なお、前回の拙稿でも述べたとおり、労働契約法第5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と規定し、企業の従業員に対する安全配慮義務を明記しています。
 それでは、派遣元である日本国内の企業が安全配慮義務の一環として何をすべきかについて具体的に掘り下げたいと思います。

1 安全配慮義務の具体的内容についての基本的な考え方

  安全配慮義務の具体的内容は、事案ごとに判断するほかありませんが、海外駐在の場面において類型化して考えることができるように思います。

(1) 労働災害の種類に応じて

  まず、労働災害の種類に応じて分類すると、典型的なものとしては、一つは、駐在員が治安の悪い国・地域で暴動に巻き込まれたり、現地工場等で事故に遭ったりするなど、災害や事故に巻き込まれるケースです。この場合、安全配慮義務の一環として、大きく、①物的環境を整備する義務と、②人的管理を適切に行う義務に分けて考えることができます。
  具体的には、例えば、①であれば、リスクとして予想される災害や事故についての対策マニュアルの策定や、細かいもので言えば、(治安の悪い国・地域への派遣であれば、)なるべく治安の良い地域に住居を準備し、通勤には運転手付きの社用車を準備したりするなどです。②であれば、派遣元に担当窓口を設けて、駐在員がいつでも業務指示を仰いだり、相談したりできるよう人的体制を整備することや、上記の対策マニュアルに基づく安全教育や業務指示が挙げられます。
  もう一つは、一連の連載で例として挙げてきた派遣先でメンタルヘルス不調になってしまった駐在員1年目のAさんのように、駐在員が(日本での勤務とは異なり、質量ともに負担が大きくなりがちな)過重労働によって心身の健康を損なうケースです。この場合、安全配慮義務の一環として、大きく、①勤務状況を把握・管理する義務と、②心身の健康状態を把握・管理する義務に分けて考えることができます。
  具体的には、例えば、①であれば、駐在員の勤務状況を逐一把握できるような体制の構築や、②であれば、労働安全衛生法に基づく海外派遣前後の健康診断(労働安全衛生規則45条の2)のみならず、派遣期間中における定期的な健康診断やストレスチェックの実施が挙げられます。
  なお、出向や転籍という法形式を選択した場合、第一次的には派遣先(出向先・転籍先)が駐在員の勤務状況や心身の健康状態を把握・管理する義務を負うのであるから、派遣元が主体的にこれらを把握・管理することに躊躇いを覚える企業もおられるかもしれません。しかし、駐在員の安全に支障が生じた場合、派遣元として、派遣先にこれらの把握・管理を委ねており、駐在員の安全に支障が生じていたとは知らなかったし、知り得なかった、というだけでは、必ずしも派遣元は安全配慮義務違反の法的責任を免れるとは言い切れません。第一次的には派遣先がこれらを把握・管理する義務を負うとしても(ただし、派遣元がいわば第二次的な安全配慮義務を負うにとどまるとしても、海外派遣であり、その就労環境も国内のそれとは全く異なる以上、必ずしも「派遣先に任せておけば良い」という考え方が妥当するとは言えず、第二次的な安全配慮義務として派遣元に求められる内容もおのずと高度化するのではないかと思われます。)、少なくとも、派遣元は、派遣先を通じて、これらを把握・管理し、必要に応じて駐在員への安全に配慮するよう、派遣先に然るべき措置を求めるなどの対応が求められると考えるべきでしょう。

(2) 海外駐在の段階に応じて

  次に、派遣時と派遣後という海外駐在の段階に分けて分類することができます。
  派遣時においては、派遣先で想定される安全上・健康上のリスクを踏まえて、そもそも当該従業員を派遣することが適切か(例えば、持病で健康不安を抱える従業員を、医療資源が不足する国・地域に派遣すること自体、危険な判断です)、また、上記のリスクを踏まえて、当該従業員を派遣するに際して、どのような安全配慮を行うか、という視点で考えます。
  派遣後においては、まずは、派遣先における駐在員の行動や、社内の状況のみならず外部環境(治安や派遣先や居住地の周辺環境など)を逐一把握した上、それを踏まえて安全配慮を行う、という視点で考えることになります。

2 派遣元である日本国内の企業に求められる安全配慮義務の具体的内容

  上記1で述べた基本的な考え方に即して、派遣元である日本国内の企業に求められる安全配慮義務の具体的な内容を検討すると、これらで尽きるわけではないものの、以下のものを列挙することができます。
  ■ 産業医の健康診断による赴任可否の判定
  ■ 海外駐在に関する規程(リスクとして予想される災害や事故についての対策マニュアルを含む)の整備、規程の周知・研修
  ■ 派遣先に応じた安全講習・現地法や現地の慣習についての講習
  ■ 派遣時の予防接種の実施
  ■ 駐在員向けの担当窓口の設置~駐在員のメンタルヘルスのケアなどを目的に
  ■ 駐在員の勤務状況その他外部環境を逐一把握できるような体制の構築
  ■ 労災保険の特別加入や海外旅行保険への加入~トラブル発生時の補償
  ■ 派遣期間中における定期的な健康診断やストレスチェックの実施
  また、海外駐在には、家族の帯同が伴うことが少なからずあります。本来、派遣元である日本国内の企業による安全配慮義務の対象は、派遣される駐在員であり、帯同家族の健康や安全に配慮せず、それによって帯同家族の健康や安全に生じた損害につき、安全配慮義務違反の法的責任を問われることは限定的であると考えられます。
  しかし、帯同家族の現地での生活を駐在員任せにして、万一、帯同家族の健康や安全が害されることになれば、駐在員が派遣先で勤務すること自体が困難になってしまうほか、そのことが駐在員のストレス要因となって、駐在員が心身の健康を損なうこともないとは言えません。
  従って、派遣元である日本国内の企業としては、帯同家族への健康診断やワクチン接種の実施を主導したり、帯同家族の現地の生活をサポートするなど、帯同家族への配慮についても検討すべきです。
  さらに、駐在員には、派遣先で勤務し、そこで生活する以上、通常、現地法令が適用されることになるため、例えば、意図せず、現地法令に違反して現地当局から摘発されたりすることのないよう、現地法令も踏まえて対処する必要があります。私が、海外研修を行ったインドネシアでは、外国人は、特定の人事職に就いてはならないとの規制があり、安易に人事関係の書類に駐在員がサインするようなことがあれば、労働法令に違反し、労働局による摘発の対象となり得ます。ほかにも、例えば、夜のお店での美人局による被害(お店と警察がグルで、警察から、逮捕しない代わりに賄賂を求められたりするなど)など、普通に日本で暮らしていれば考えられないようなトラブルに見舞われることもあります。従って、現地法令のみならず、このような慣習についても、駐在員がきちんと理解できるよう、派遣元としては、ときに現地法令や慣習に精通する専門家に依頼するなどして研修を実施すべきでしょう。駐在員において現地法令や慣習について気を付けるべき点を纏めて貰い、それを社内で受け継いでいく、といった対応も考えられます。現地の特殊なルールは、現地で働き、生活をした人でなければ、なかなか分かりませんし、情報収集も困難です。

3 最後に

  駐在員の労務管理について連載形式で6回に分けてテーマごとに掘り下げてきました。
  最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。少しでもご参考になりましたら、幸いです。
(2023年9月執筆)

執筆者

大川 恒星おおかわ こうじ

弁護士・ニューヨーク州弁護士(弁護士法人淀屋橋・山上合同)

略歴・経歴

大阪府出身
私立灘高校、京都大学法学部・法科大学院卒業

2014年12月   司法修習修了(第67期)、弁護士登録(大阪弁護士会)
2015年1月   弁護士法人淀屋橋・山上合同にて執務開始
2020年5月  UCLA School of Law LL.M.卒業
2020年11月~  AKHH法律事務所(ジャカルタ)にて研修(~同年7月)
2021年7月   ニューヨーク州弁護士登録
2022年4月   龍谷大学法学部 非常勤講師(裁判と人権)

<主な著作>
「Q&A 感染症リスクと企業労務対応」(共編著)ぎょうせい(2020年)
「インドネシア雇用創出オムニバス法の概要と日本企業への影響」旬刊経理情報(2021年4月)

<主な講演>
・2021年7月 在大阪インドネシア共和国総領事館主催・ジェトロ大阪本部共催 ウェビナー「インドネシアへの関西企業投資誘致フォーラム ―コロナ禍におけるインドネシアの現状と投資の可能性について」
・2019年2月 全国社会保険労務士会連合会近畿地域協議会・2018年度労務管理研修会「働き方改革関連法の実務的対応」

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