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労働基準2022年11月11日 今だからこそ、駐在員の労務管理について考えるべき(3)
~海外駐在において、「日本の労働法令が適用されるのか」-Part1 執筆者:大川恒星

 今回から、2回に分けて、海外駐在(海外派遣)において、「日本の労働法令が適用されるのか」という準拠法の問題について取り上げます。
 この際、「(在籍)出向」、「転籍」、「海外支店への配置転換」の海外駐在のパターンごとに、または、海外駐在とは異なる「海外出張」と比較して分析することは有用です。3つの海外駐在のパターン及び海外出張の詳細については、前回の拙稿「今だからこそ、駐在員の労務管理について考えるべき(2)~駐在員の海外派遣を命じることはできるのか 」をご確認ください。

1 「準拠法」と「国際裁判管轄」の二つの問題

 準拠法の問題を考える前に、まずは、意外と難しい「国際裁判管轄」の問題との違いを具体的な事例をもとに整理します。

 駐在員1年目のAさん。海外派遣先で、平日は、数多くの現地スタッフをマネジメントしながら、自らプレーヤーとして、現地の日系企業の日本人担当者とやり取りをしていると、気づけば深夜になり、連日の長時間残業。土日は、取引先や、所属元の国内企業から視察にやってきた役員・従業員との接待ゴルフ。家族との時間も十分に取れません。心身ともにヘトヘトに。とうとう、メンタルヘルス不調になってしまいました。

 Aさんとしては、①所属元の日本国内の企業又は②海外派遣先に対して、企業の安全配慮義務違反を理由に、慰謝料等の損害賠償請求をしたいと思うかもしれません(なお、所属元の日本国内の企業が駐在員に対して安全配慮義務を行うのかについては、「駐在員の安全管理」をテーマに別に取り上げます。)。その際、Aさんは、所属元の日本国内の企業からの海外派遣とはいえ、海外派遣先で勤務していたことから、果たして日本の労働法令が適用されるのかと悩むでしょうし、上記の損害賠償請求を行動に移したとしても、仮に話が上手くまとまらなければ、日本の裁判所で裁判を起こすことはできるのか、と考えるはずです。
 これが、「どの国の法令が適用されるのか」という準拠法の問題と、「日本の裁判所で裁判ができるのか(日本の裁判所に管轄権があるのか)」という国際裁判管轄の問題です (1) 。日本法が適用されるものの、日本の裁判所では裁判ができず、海外の裁判所で裁判をしなければならない、といったように、準拠法と国際裁判管轄にズレが生じることもあります。話は少し逸れますが、海外企業との契約書の作成に関与されたことがある方であれば、準拠法や紛争解決方法(どの国の裁判所で裁判を行うか、あるいは、裁判ではなく、国際仲裁で紛争解決を行うかなど)に関する条項を設けるべきであるとご理解されておられると思います。この発想は、労働契約であるがゆえに、労働者保護の観点から、特殊な例外ルールはあるものの、労働契約にも当てはまるものです。しかし、駐在員の海外派遣の場合に、わざわざ、準拠法や紛争解決方法に関する条項を雇用契約書(ほかにも、出向であれば出向規程、転籍であれば労働者の同意書)に明記していることはまれではないかと思います。ゆえに、必ずと言って良いほど、実務上、準拠法と国際裁判管轄の二つ問題が生じるわけです。

2 国際裁判管轄の問題

 準拠法の問題は次回に掘り下げることとし、今回は、国際裁判管轄の問題を掘り下げます。
国際裁判管轄については、2012年4月1日施行の改正民事訴訟法で明示的な規定が設けられました(民事訴訟法第3条の2乃至12等)。
 上記のAさんのケースを例にすれば、所属元の日本国内の企業に対しては、同企業の主たる事務所又は営業所が日本国内であることから、日本の裁判所で裁判を起こすことが可能です(同法第3条の2第3項)。
一方で、海外派遣先に対しては、場合分けをして考える必要があります。
 まず、海外支店への配置転換であれば、所属元の日本国内の企業に籍を残したまま、別法人ではなく、同一法人内で海外の支店に所属することになるため、同企業の主たる事務所又は営業所が日本国内にありますので、日本の裁判所で裁判を起こすことができます(同法第3条の2の3項)。海外出張についても同様です。
 これに対して、出向や転籍であれば、海外派遣先は別法人です。同企業の主たる事務所又は営業所は、通常、日本国内にはなく、海外にあります。また、契約上の債務に関する訴え等の管轄権(同法第3条の3)の定めの適用はなく(2) 、 消費者契約及び労働関係に関する訴えの管轄権(同法第3条の4)の定めについても適用はないと考えられます(3)。それぞれ注で分析をしてみましたので、気になる方はご覧ください。以上により、出向や転籍の場合、日本の裁判所で裁判を起こすことはできません。
 なお、予め雇用契約書等で国際裁判管轄に関する合意をすることも考えられますが、労働者保護の観点から、民事訴訟法第3条の7第6項(以下に抜粋。下線は筆者が付したものです。)が特殊なルールを定めています。「将来において生ずる個別労働関係民事紛争を対象とする」国際裁判管轄の合意については、そもそも、労働契約の終了の時にされた合意でなければ、無効です。従って、予め雇用契約書等で国際裁判管轄に関する合意をしても、それは無効となってしまいます。

(管轄権に関する合意)
第三条の七
(省略)
6 将来において生ずる個別労働関係民事紛争を対象とする第一項の合意は、次に掲げる場合に限り、その効力を有する。
 一 労働契約の終了の時にされた合意であって、その時における労務の提供の地がある国の裁判所に訴えを提起することができる旨を定めたもの(その国の裁判所にのみ訴えを提起することができる旨の合意については、次号に掲げる場合を除き、その国以外の国の裁判所にも訴えを提起することを妨げない旨の合意とみなす。)であるとき。
 二 労働者が当該合意に基づき合意された国の裁判所に訴えを提起したとき、又は事業主が日本若しくは外国の裁判所に訴えを提起した場合において、労働者が当該合意を援用したとき。

3 最後に

 次回は、「法の適用に関する通則法」における労働者保護の特殊なルールにも触れながら、準拠法の問題について掘り下げたいと思います。


国際裁判管轄の問題とは別に、日本国内の裁判管轄として「土地管轄」が問題となります。土地管轄は、日本の裁判所に管轄権があることを前提に、「国内のどの裁判所が当該事件を管轄するか」という問題です。


海外の出向先・転籍先に対する安全配慮義務違反を理由とした損害賠償請求であれば、「契約上の債務の不履行による損害賠償の請求」には当たるものの、損害賠償債務の履行地ではなく、本来の契約上の債務の履行地が「当該債務の履行地」とされますので、安全配慮義務の履行地は、海外の出向先・転籍先であって、日本国内ではありません(民事訴訟法第3条の3第1号)。また、「財産権上の訴え」には当たるものの、通常、差し押さえることができる海外の出向先・転籍先の財産は、日本国内にはないと考えられます(同条第3号)。さらに、通常、海外の出向先・転籍先は現地に事務所又は営業所を有していても、日本国内には事業所又は営業所はなく(同条第4号)、また、日本において事業を行っているわけでもありません(同条第5号)。加えて、法的構成を工夫することで、「不法行為に関する訴え」に該当し得るものの、「不法行為があった地」が日本国内にはないと考えられます(同法第8号)。なお、不法行為があった地には、結果発生地も含まれますが、日本国内におけるその結果の発生が通常予見することのできないものであったときは、管轄原因とならないとされています(同号括弧書)。


民事訴訟法第3条の4第2項は、「労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争(以下『個別労働関係民事紛争』という。)に関する労働者からの事業主に対する訴えは、個別労働関係民事紛争に係る労働契約における労務の提供の地(その地が定まっていない場合にあっては、労働者を雇い入れた事業所の所在地)が日本国内にあるときは、日本の裁判所に提起することができる。」と規定しています。もっとも、「労務の提供の地」は、海外派遣先であり、日本国内にありません。


(2022年10月執筆)

執筆者

大川 恒星おおかわ こうじ

弁護士・ニューヨーク州弁護士(弁護士法人淀屋橋・山上合同)

略歴・経歴

大阪府出身
私立灘高校、京都大学法学部・法科大学院卒業

2014年12月   司法修習修了(第67期)、弁護士登録(大阪弁護士会)
2015年1月   弁護士法人淀屋橋・山上合同にて執務開始
2020年5月  UCLA School of Law LL.M.卒業
2020年11月~  AKHH法律事務所(ジャカルタ)にて研修(~同年7月)
2021年7月   ニューヨーク州弁護士登録
2022年4月   龍谷大学法学部 非常勤講師(裁判と人権)

<主な著作>
「Q&A 感染症リスクと企業労務対応」(共編著)ぎょうせい(2020年)
「インドネシア雇用創出オムニバス法の概要と日本企業への影響」旬刊経理情報(2021年4月)

<主な講演>
・2021年7月 在大阪インドネシア共和国総領事館主催・ジェトロ大阪本部共催 ウェビナー「インドネシアへの関西企業投資誘致フォーラム ―コロナ禍におけるインドネシアの現状と投資の可能性について」
・2019年2月 全国社会保険労務士会連合会近畿地域協議会・2018年度労務管理研修会「働き方改革関連法の実務的対応」

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