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一般2026年04月08日 JSAA仲裁判断(JSAA-AP-2025-006)にみる部活動におけるハラスメント判断の限界とセーフガーディングの課題 執筆者:大橋卓生

日本スポーツ仲裁機構(JSAA)は、2026年3月、高校女子バスケットボール部の顧問コーチに対する日本バスケットボール協会(JBA)の1年間の登録資格停止処分を取り消しました。本件は、複数の暴言が認定されながらも、1年間の資格停止処分が取り消された事案である。

本件では、6つの行為が問題とされ、そのうち5つは「バカ」「使い物にならない」「クソブス」などの発言であり、いずれも暴言に該当するとされています。争点となったのは、部則違反(男女交遊及び男女交際並びに SNS において異性と関わること等を禁ずる)が疑われた女子部員に対し、交際の有無やメッセージのやり取りの詳細等を反省文に記載させた行為が、JBA倫理規程におけるハラスメントに当たるか否かでした。

JBAは、この6件目の行為を、プライバシーへの配慮を欠き、指導の範囲を逸脱するハラスメントと評価し、これを含む全体の行為を踏まえて、顧問に対し1年間の資格停止処分を科しました。これに対しJSAA仲裁パネルは、当該行為について、部則・校則違反の有無を確認するという目的があり、求めた記載内容もその目的に照らして必要最小限であり、方法も直ちに不相当とはいえないとして、教育指導の範囲内の行為と評価し、ハラスメント該当性を否定しました。

その結果、JBAが処分の重さを基礎づける際に重視していた6件目の行為の「重大なハラスメント」という前提が崩れ、5件の暴言のみを前提にしてなお同じ1年間の資格停止処分を維持することは困難であるとして、処分全体が著しく合理性を欠くと判断されました。したがって、本件は「暴言が否定された事案」ではなく、「処分の中核となる行為についての評価が誤っていたため、処分全体が取り消された事案」と理解すべきものといえます。

この仲裁パネルの判断は、懲戒審査の枠組みとして筋の通ったものといえます。仲裁機関は、団体の裁量を一定程度尊重しつつも、処分の理由付けが論理的に維持可能かを検証する立場にあります。本件でも、仲裁パネルは暴言の存在自体は認めつつ、処分の基礎づけにおいて決定的な役割を果たした行為の評価が崩れた以上、同一の処分を維持することはできないと判断したにすぎません。

もっとも、学生スポーツにおけるハラスメントという観点からは、本件判断には検討すべき点が残ると考えます。特に問題となるのは、未成年の女性選手に対し、男性指導者が私的交際やメッセージのやり取りの詳細を反省文として提出させたという点です。仲裁パネルはこれを「必要最小限の事実確認」と評価しましたが、学生スポーツの文脈では、指導者と選手の間に強い権力差が存在し、その影響は競技機会や進路にも及び得るものです。このような関係性の下で、私的領域に踏み込んだ情報提供を求めること自体が、心理的圧迫や萎縮効果を生む可能性は否定できません。

近時のセーフスポーツの議論は、単に違法・適法を二分するのではなく、アスリートの心理的安全や尊厳を確保する環境の構築を重視しています。特に未成年アスリートについては、権力差、年齢、ジェンダーといった要素が複合的に作用するため、「目的が正当であれば許される」という発想だけでは不十分といえます。むしろ、誰が、どの方法で、どこまで関与すべきかという手続的配慮が重要となります。

この点、仲裁パネルも女性教員の関与が望ましかったと述べていますが、最終的には初動対応であることなどを理由に適法と評価しています。しかし、セーフガーディングの観点からすれば、まさにこのような場面こそ、男性指導者単独ではなく、生徒指導部門や同性職員の関与を前提とする運用が求められるべきものと思われます。すなわち、セーフガーディングは、暴力・虐待・ハラスメントの発生後の対応にとどまらず、これらを未然に防ぐための予防措置と適切な対処を含む包括的な取組とされています。この観点からすれば、本件のような場面では、未成年アスリートの私的領域への介入が必要最小限にとどまっているか、また権力差を背景とした萎縮を生みやすい運用になっていないかという点も、あわせて検討されるべきです。

また、労働法上のパワーハラスメントとの比較も示唆的です。職場において上司が部下に対し、私的交際やメッセージ内容の詳細を報告書として提出させる行為は、業務上の必要性が明確でない限り、パワーハラスメントやプライバシー侵害と評価される可能性が高いといえます。学生スポーツと企業は制度的背景を異にしていますが、「優越的関係にある者が私的領域に踏み込む」という構造的なリスクは共通しています。

本件の判断は懲戒審査としては理解できるものですが、仲裁パネルが採用したハラスメント判断の枠組みを、そのまま学生スポーツにおける一般基準とみるべきではないと考えます。今後は、未成年アスリートの安全、尊厳、心理的安全性を中心に、セーフガーディングの観点を組み込んだ判断枠組みを構築すべきです。

なお、本件では、当該部則の有効性自体は争われておらず、仲裁パネルもその前提で判断しています。しかし、交際やSNSでの異性との関わりを包括的に禁止する部則は、私生活への介入が強く、その後の詳細聴取や反省文提出を正当化しやすい構造的リスクを含む点で、その合理性には疑問が残るところです。もっとも、この点が本件で争点化されていない以上、仲裁パネルの判断はその限られた審理対象の中で理解すべきといえます。したがって、本件判断は、当該部則自体の相当性を積極的に認めたものではなく、当該部則の相当性については未審理のまま残されていることに留意する必要があります。

日本スポーツ協会『諸外国から学ぶセーフスポーツ ― 安心・安全なスポーツ環境の構築に向けて ― 2025』(2025年3月27日発行)

(2026年3月執筆)

(本記事の内容に関する個別のお問い合わせにはお答えすることはできません。)

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執筆者

大橋 卓生おおはし たかお

弁護士

略歴・経歴

1991.03  北海道大学法学部卒業
1991.04~
 2003.01 株式会社東京ドーム勤務
2004.10〜 弁護士登録(第一東京弁護士会)
2011.11~ 虎ノ門協同法律事務所
2012.01~ 金沢工業大学虎ノ門大学院 准教授(メディア・エンタテインメントマネジメント領域)
2018.04~ 金沢工業大学虎ノ門大学院 教授(メディア・エンタテインメントマネジメント領域)
2021.08~ パークス法律事務所

【著書】
「デジタルコンテンツ法の最前線」共著,商事法務研究会,2009
「詳解スポーツ基本法」共著,成文堂,2010
「スポーツ事故の法務 裁判例からみる安全配慮義務と責任論」創耕舎、2013
「スポーツ権と不祥事処分をめぐる法実務―スポーツ基本法時代の選手に対する適正処分のあり方」共著,第一東京弁護士会総合法律研究所研究叢書,清文社,2013
「スポーツにおける真の勝利-暴力に頼らない指導」共著,エイデル研究所,2013
「スポーツガバナンス 実践ガイドブック」共著,民事法研究会,2014
「スポーツにおける真の指導力ー部活動にスポーツ基本法を活かす」共著,エイデル研究所,2014
「スポーツ法務の最前線ービジネスと法の統合」共著,民事法研究会,2015
「標準テキスト スポーツ法学」共著,エイデル研究所,2016
「エンターテインメント法務Q&A」共著,民事法研究会,2017
「スポーツ事故対策マニュアル」共著,体育施設出版,2017

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