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一般2026年07月03日 スポーツの安全・安心 執筆者:菅原哲朗

1 日本スポーツ少年団は2026(令和8)年6月14日、ベルサール新宿南口において、日本スポーツ法学会も主催団体の一つとした第9回ジュニアスポーツフォーラムを開催した。今年の全体テーマは「勝ちより大切な価値を探る」である。全国からの参加者は228名に及びABCDの4分科会に分かれて討議した。
 弁護士の役割は人権擁護と社会的正羲の実現である。日本スポーツ法学会はスポーツ事故をテーマに据えて啓発活動をしており、担当のC分科会は「みんなで見つけよう!スポーツ現場の法的トラブルの解決法」がテーマである。
 スポーツ少年団に関しては、私は50年前に弁護士になった当時からスポーツ少年団指導者及び保護者の育成母集団に安全で安心できるスポーツ事故防止の講演をしてきた。私自身の目標は全国からの参加者に子供のスポーツ権が存在することを認識させることである。
 スポーツ少年団指導者へ、「法の支配」を確保すべきとよく言う。法の支配とは「自由と正羲の実現」と言い換えることができる。そこでフェアプレーとインティグリティを訴えてきた。簡単に一言で言うと「スポーツを愛する人は暴力・ドーピング・パワハラ・セクハラ・カスハラ等、理不尽な行為を無くして行こう」と言うことである。
 2025年6月13日に参議院本会議で改正スポーツ基本法が可決成立した。改正スポーツ基本法には第29条で暴力行為の防止、より良いスポーツ環境の創出がまさに規定された。
 しかし、現場指導者の思考は昔も今も変わらない。C分科会で、「免責同意書」の質問がなされた。某地元スポーツ少年団に加入するときに「事故が起きたときは損害賠償保険の範囲内でのみ責任を負う」という誓約書は有効か?という法律相談である。座長の弁護士は当然ながら無効と回答した。私は会場参加者として、あえて手を挙げて補足した。「免責同意書」への質問は私が各地でスポーツ法講演をするときにも必ず出る。端的に言えば法的に公序良俗に反し無効で、保護者から一筆同意を取りつけて紙ぺら一枚の署名で責任を免れようとする安易な発想は間違いである、と述べた。
 スポーツ事故防止は自ら立ち上がらねばならない課題だ。

2 ガイドラインの公表
 スポーツ庁は2026年1月27日、「運動・スポーツにおける安全対策の評価・改善のためのガイドライン(試行版)」を公表した。このホームページの所管はスポーツ庁健康スポーツ課である。(註1)
 スポーツ庁河合純一長官はこの試行版の発表にあたり、メッセージとして『スポーツを通じて誰もが自分らしく生きられる社会の実現に向け、スポーツ庁では、安全で安心してスポーツに取り組める環境づくりを進めています。運動・スポーツ中の事故や熱中症のリスクに加え、暴力やハラスメントの問題も依然として見過ごせない課題です。こうした課題に向き合い、“誰もが安全に、安心してスポーツを楽しめる社会”を実現するため、スポーツ関係団体や有識者の皆さまと検討を重ね、「運動・スポーツにおける安全対策の評価・改善のためのガイドライン」を取りまとめました。』と成立経過を述べている。
 ガイドラインは通例、社会的な矛盾や紛争が生じる芽を摘み取るべく処罰をなすハードな強制力ある法律ルールと異なり、目的達成の指針・手引きと翻訳されるように、加害者・被害者という当事者間の紛争トラブルをソフト(柔軟)なルール運用によって判断・評価し、矛盾や紛争を解決することが求められる。
 そのため、このスポーツ庁のガイドライン(試行版)は5つの分野の人々が対象とされている。
(1)運動・スポーツを実施する皆さまへ
(2)運動・スポーツの指導者の皆さまへ
(3)運動・スポーツに関する大会・イベント等の主催者の皆さまへ
(4)運動・スポーツ活動の運営者の皆さまへ
(5)運動・スポーツ関連施設の設置・管理運営者の皆さまへ
 そこに例示されている5つの分野のスポーツ関係者は、あらゆるスポーツ団体を想定している。
 スポーツ庁の記載も「ガイドライン(試行版)の対象 ガイドライン(試行版)は、すべてのスポーツ関係者や施設における安全対策の評価・改善に活用できるよう、①個人としての対応(運動・スポーツの実施において必要となる対策)、②指導側の対応(指導者による対策)、③組織的対応(大会・イベント等の主催者による対策、運動・スポーツ活動の運営主体による対策)、④ハード対策(運動・スポーツ関連施設の設置・運営者による対策)に類型化してとりまとめました。 ガイドライン(試行版)は対象を特定の属性等に限定せず、以下のとおり運動・スポーツ全般を広く対象として想定していますが、それぞれの活動レベル、専門性、組織規模や体制などは様々です。そのため、必ずしもガイドライン(試行版)に記載されている全ての対策の実施を求める趣旨ではなく、自らの状況等を踏まえながら、実施可能な範囲で取組を進めていただくことを推奨するものです。」(註2)
と自ら総花的であると認識している。
 私の意見はスポーツ法として「安全安心」は重要なキーワードだということだ。
 従って、私は講演で話すとき「安全安心」という言葉を一塊の言葉に捉えずに必ず区別して、「安全」という言葉は客観的な目に見える明確な基準であり、「安心」という言葉は個々人がもつ様々な主観的な幅のある感覚だと話す。
 スポーツ事故を起こした人々の法的責任を問うときに、裁判官が判決で書く「安全配慮義務」の有無は客観的でなければならず、個々人ばらばらな主観的な「安心」は基準にならない。違法か?適法か?判例の集積で「安全配慮義務」の内容が客観的に明示され、法解釈の土台となる、と語る。
 つまり、ガイドライン(試行版)の言うメッセージの「 “誰もが安全に、安心してスポーツを楽しめる社会” 」という概念は「安全安心」をセットにするので、「ガイドライン」というソフトな行動目標を提示し、完成版ではなく将来的に改良されることを視野に入れて「試行版」にしたと法律家としては理解している。
 つまりこの「試行版」は各分野のスポーツ関係者に向けた総花的かつ詳細なガイドラインである。しかし「試行版」の意味は記載からは明確ではないが、医療関係者からの「ガイドライン」(註3)の名称に対する不安が払拭できなかったからと推測される。
 なぜなら、ガイドラインという言葉には医師側からすれば違反した場合、訴訟において高度専門家としての安全配慮義務違反に問われる可能性があるからだ。
 従って、スポーツ庁も「また、ガイドライン(試行版)は、記載されている事項が実施されていないことをもって関係者の責任を問うことを目的とするものではありません。安全水準を向上させるための参考資料としてご活用いただきたいと思います。」と但し書きをおいている。

3 室伏前長官の意向
 ところで、このガイドラインが成立するに至る、出発点の2025年6月9日付新聞報道は次の通りで、科学的知見を披瀝する室伏前スポーツ庁長官のアンチ・ドーピングへの熱意がうかがわれる。
『スポーツ庁は9日、スポーツの安全確保への包括的なガイドライン策定に向け、有識者による検討会の第1回会合を東京都内で開いた。熱中症や山岳遭難など事故対策に加え、暴力やハラスメントへの対応も協議する。禁止薬物を容認する国際大会「エンハンスト・ゲームズ」(註4)が物議を醸しているドーピングの問題も、安全や健康を損なう要素として議論の対象とする。室伏広治長官は「安全、安心にスポーツに取り組める環境整備は極めて重要。世界の潮流も踏まえ、必要な取り組みを進めたい」と語った。検討会には、スポーツや医療関係者らが参加。団体や分野ごとに事故やけがを防ぐガイドブックなどが作成されているが、共通して取り組むべき事項を国として定める。検討会が2025年度内に示す提言を基に、ガイドラインにまとめる。』(産経新聞2025/6/9 19:34)
 第1回会合は2025年6月9日で、同年6月にスポーツ基本法の改正もあり、日本スポーツ法学会元会長の立場から私も有識者の一人として本会合への参加を求められた。
 スポーツの事故防止は当然のことで、中でも死に至る重篤なスポーツ障害として注意すべきなのが「3H」と言われる「ヘッド(首の頸椎損傷)、ヒート(熱中症)、ハート(心臓麻痺)」である。
 スポーツ基本法においては、スポーツ事故等の軽減に資するため「スポーツの実施のための環境の整備」が位置付けられた(2025年6月改正、9月施行)。改正されたスポーツ基本法第14条(スポーツ事故の防止等)に記載されている。
 私が強調したのは、スポーツ指導者に関する「暴力ハラスメント行為への対応」である。
 ガイドライン作成に向けて日本スポーツ法学会の立場からも意見を述べていけたら良いと思った。
 この点については、ガイドラインの「(2)運動・スポーツの指導者の皆さまへ」に、
「5.暴力・ハラスメント行為の防止
(1)運動・スポーツ指導における暴力・ハラスメント防止に関する理解の重要性
(2)暴力・ハラスメントに該当する行為
(3)運動・スポーツ活動における暴力・ハラスメントの状況
(4)暴力・ハラスメントの発生要因と対策
(5)暴力・ハラスメント事案を把握した場合の対応」
と記載された。
 スポーツ界への法律家の様々な意見は、ますます要請される。


註1 スポーツ庁
 特定の競技や属性に限定することなく、すべての運動・スポーツ活動に共通して必要となる取組として、関係者の立場に応じたガイドラインを取りまとめています。
※必ずしもガイドラインに記載されているすべての事項を現場で実施することを求めるものではなく、現場の状況に応じて実施可能な範囲で取り組んでください。
(取りまとめ公表日:令和8年1月27日)
https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/sports/mcatetop05/list/1372002.htm

註2 概要
「運動・スポーツの安全確保対策の評価・改善のためのガイドライン(試行版)」を策定しました
令和8年1月27日
https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/houdou/31/09/1421070_00032.htm

註3 医療におけるガイドラインは、主に医学的な治療方針を示す「診療ガイドライン(治療方針・医学的エビデンス)」と医療情報やシステム運用の安全基準を示す「医療情報システムの安全管理(セキュリティー・運用)ガイドライン」の二つに大別されると言われている。

註4 エンハンスト・ゲームズ(Enhanced Games)
エンハンスの訳語は「向上させる・高める・強化する」と言われ、「エンハンスト・ゲームズ」とは2026年5月24日に米国ネバダ州ラスベガスで開催された、ドーピング(薬物使用)を制限・禁止せず、科学技術や薬剤で身体を強化したアスリートが記録を競う国際スポーツ大会のことである。

(2026年6月執筆)

(本記事の内容に関する個別のお問い合わせにはお答えすることはできません。)

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執筆者

菅原 哲朗すがわら てつろう

弁護士

略歴・経歴

(出 身)1948年 東京都生まれ

(学 歴)1972年 東京都立大学法学部卒業
     1975年 司法研修所卒業 (司法修習27期)

(職 歴)1975年 弁護士開業 (第二東京弁護士会)
     2000年 中国大連市外国法弁護士事務所開設

(役 職)

 元日本スポーツ法学会会長
 公益財団法人日本スポーツ協会国民スポーツ大会委員会委員
 公益財団法人日本スポーツ協会アンチ・ドーピング委員会委員長
 第二東京弁護士会スポーツ法政策研究会代表幹事
 一般財団法人モーレイ育英会理事
 一般社団法人心身統一合氣道会理事
 元独立行政法人国立国際医療研究センター理事
 独立行政法人日本スポーツ振興センタースポーツ団体ガバナンス支援委員会委員長

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