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労働基準2025年05月22日 境界を越える働き方「越境ワーク」とその法的留意点 執筆者:大川恒星

【はじめに】
近年、テクノロジーの進化とともに、国境を越えて働く「越境ワーク」という新しい働き方が注目を集めています。越境ワークとは、他国からリモートで企業や個人のために働くことを指し、海外出張や出向、転籍とは異なる独特のスタイルです。この形態で働く人は「越境ワーカー」と呼ばれ、労働者として企業や個人に雇われるケースもあれば、フリーランスとして業務委託契約(≠労働契約)で働く場合もあります。
例えば、アメリカに住む人が日本企業の業務をリモートで担う場合や、海外赴任中の駐在員の配偶者が日本の仕事を続ける場合、さらには一時帰国中の駐在員が現地企業の仕事をリモートで行うケースなどが挙げられます。こうした働き方は、デジタルノマドと重なる部分もあります。越境ワークは、テクノロジーの進化によって可能になった柔軟な働き方ですが、実は法的にはグレーゾーンが多く、注意が必要です。
アメリカに住む人が、日本企業のもとで越境ワークをする場合を例に考えてみましょう。
【日本側での法的留意点】
越境ワーカーが日本企業の労働者として働く場合、まず問われるのが日本の労働基準法の適用範囲です。労基法は、原則として日本国内の事業場で使用される労働者に適用されます。したがって、日本にのみ事業場を有する企業が、海外からリモート勤務する労働者を使用する場合でも、労基法の適用は基本的に及ぶと考えられます。
また、採用方法によっては、派遣法や職業安定法の適用も検討する必要があります。たとえば、アメリカの人材エージェントを介して越境ワーカーとなる人材を確保した場合、派遣法や職業安定法の適用が問題となります。
さらに、労働契約の準拠法については、日本の「法の適用に関する通則法」に基づき、契約当事者が選択できるものの、労働者保護のため、「特定の強行規定」の適用が優先される場面があります(通則法12条)。
加えて、日本の社会保険や労働保険の加入の要否のほか、日本における課税関係(国内源泉所得として日本の所得税が課されるかなど)も問題となります。
【アメリカ側での法的留意点】
一方、アメリカ側でも留意点は少なくありません。たとえ日本企業に雇われていても、実際にアメリカ国内で働いている場合、アメリカの雇用規制が適用される可能性があります。特に、米国には連邦法と州法があり、州ごとに雇用規制が異なるため、その点も考慮が必要です。
就労資格(ビザ)についても確認が不可欠です。アメリカ市民権を有する場合は問題ありませんが、日本人留学生や駐在員の配偶者など、ビザの種類によって就労制限が課されるケースがあります。
社会保険については、アメリカ独自の制度であるソーシャルセキュリティやメディケアへの加入が必要になる場合があります。これに加え、州ごとの失業保険などの加入義務も生じます。また、アメリカにおける課税関係(連邦と州ごとの個人所得税)も問題となります。
さらに、日本企業からの視点では、リスクとして、現地で労使間のトラブルが発生した場合、アメリカの裁判所で訴えられる可能性があります。この場合、雇用契約書上、紛争解決方法として、日本の裁判所を専属的合意管轄裁判所と合意していたとしても、当該合意が無効となってしまうことから(民事訴訟法3条の7第6項)、アメリカにおける訴訟リスクを防ぎきれるものではありません。
【業務委託契約で万事解決できるのか?】
こうした複雑な法的課題を回避するため、企業が「業務委託契約」を用いてフリーランスとして越境ワーカーと契約するケースも増えています。確かに、形式上は労働法の適用を回避でき、日本の社会保険や労働保険の加入も回避できるかもしれません。しかし、これも「万事解決」とは言い切れません。
先ほどの、アメリカに住む人が、日本企業のもとで越境ワークをする場合を例にすれば、日米ともに、契約形式よりも実態を重視して判断すると言えるでしょう。つまり、たとえ業務委託契約でも実態が「労働者」であれば、労働法の適用が及ぶことになります。とくに、業務委託契約への切り替え時には、指揮命令がないか、報酬体系が成果報酬になっているかなど、日米の労働法に照らして実態が伴うよう、慎重な対応が必要です。
【越境ワークを安全に進めるために】
今後、グローバル化とリモートワークの拡大に伴い、越境ワークはさらに普及することが予想されます。しかし、その広がりに先んじて、企業も個人も、法的枠組みをしっかり理解し、適切な対応を取ることが、持続可能な越境ワークの鍵となるでしょう。
(本記事の内容に関する個別のお問い合わせにはお答えすることはできません。)

(2025年5月執筆)

執筆者

大川 恒星おおかわ こうじ

弁護士・ニューヨーク州弁護士(弁護士法人淀屋橋・山上合同)

略歴・経歴

大阪府出身
私立灘高校、京都大学法学部・法科大学院卒業

2014年12月   司法修習修了(第67期)、弁護士登録(大阪弁護士会)
2015年1月   弁護士法人淀屋橋・山上合同にて執務開始
2020年5月  UCLA School of Law LL.M.卒業
2020年11月~  AKHH法律事務所(ジャカルタ)にて研修(~同年7月)
2021年7月   ニューヨーク州弁護士登録
2022年4月   龍谷大学法学部 非常勤講師(裁判と人権)

<主な著作>
「Q&A 感染症リスクと企業労務対応」(共編著)ぎょうせい(2020年)
「インドネシア雇用創出オムニバス法の概要と日本企業への影響」旬刊経理情報(2021年4月)

<主な講演>
・2021年7月 在大阪インドネシア共和国総領事館主催・ジェトロ大阪本部共催 ウェビナー「インドネシアへの関西企業投資誘致フォーラム ―コロナ禍におけるインドネシアの現状と投資の可能性について」
・2019年2月 全国社会保険労務士会連合会近畿地域協議会・2018年度労務管理研修会「働き方改革関連法の実務的対応」

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