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一般2025年12月01日 ユニバーサル・アクセス権の限界 ~WBC独占放映契約問題 執筆者:松本泰介

 2026年3月に開催されるWorld Baseball Classic(WBC)の独占放映権をNetflixが獲得し、日本のテレビ局による地上波無料放送がなくなったニュースが大きく取り上げられています。WBC2023年大会は、大谷翔平選手の活躍や日本の優勝で、日本における野球人気復活に大きく貢献したこともあり、日本のプロ野球界、東京ラウンドの興行権を有する読売新聞社などからは残念というコメントが出されています。
 既にスポーツビジネスの主たる放映がテレビ放送ではなく、映像配信に移っているのは時代の大きな流れですが、我々はもう地上波無料放送でメガスポーツイベントを観ることはできなくなるのでしょうか。
 このような議論の際に、近年日本でもよく出てくるようになっている言葉が「ユニバーサル・アクセス権」です。広く国民がテレビの地上波無料放送などで国民的スポーツイベントを観ることができる権利であるかのように使われています。しかし、ユニバーサル・アクセス権の実像はそのようなものではありません。

 ユニバーサル・アクセスという概念は、1948年の世界人権宣言にあるコミュニケーションの自由に基づくといわれています。ヨーロッパでは、スポーツを公共財と捉え、特にイギリスやフランスを中心に、高騰するテレビ放映権料、テレビ放送の有料化の中で、有料独占テレビ放送を規制する法制を行ってきています。一方、アメリカでは、このような公共放送を中心とした国とは異なり、商業放送が発展しているため、ユニバーサル・アクセスという発想はあまり生まれませんでした。
 イギリスの放送法においても、どのようなスポーツイベントでも無料放送を義務付けるものではありません。いわゆる公共放送以外の独占放送について国の許可が必要となる(規制対象となる)スポーツイベントは、特別指定リストに記載されたものに限られます。商業放送を行う事業者の利益を考えれば、このような限定がなされるのは当然のことと思われます。最新の特別指定されているイベントも、国際大会としては、オリンピックパラリンピック、FIFA男女ワールドカップ決勝トーナメント、ウィンブルドン決勝、ラグビーワールドカップ決勝などに限られており、すべての国際大会が対象になっているわけではありません。また、公共放送事業者にこのようなスポーツイベントの無料放送を義務付けるわけではなく、無料放送の機会を確保することを目的とする制度にとどまるため、誰でも無料で観れる権利が付与されているわけではありません。
 加えて、イギリスでは、2024年のメディア法制定により、2026年からいわゆる公共放送事業者が行う無料配信以外の独占配信についても国の許可を求めることになりましたので、いわゆるNetflixやAmazon Primeなどの配信事業者が特別指定されているイベントを自由に独占配信することはできなくなくなりました。

 ユニバーサル・アクセス権の議論をするときに最も難点なのは、放映権をどのように設定するかはスポーツイベントの主催者と放映事業者との間の契約によりますので、民事法上、基本的には契約自由の原則が当てはまることです。すなわち、放送なのか配信なのか、有料なのか無料なのかは本来この契約次第になります。そして、放映権の発展の歴史をみても、スポーツイベントの主催者である競技団体は、自らの資金調達のために、放映事業者に対してより大きな放映権料を求めてきました。その金額が多額になるにつれ、放映事業者としては自由に放映権が付与されると困りますので、独占権を取得することを目指すようになります。したがって、無料放映の最大の敵は競技団体による資金調達であり、逆に言えば、無料放映をある程度認めていくとなると、競技団体は資金調達を諦める必要があります。ここにユニバーサル・アクセス権を確立することの難しさがあります。イギリスの放送法も、何でも無料放送を義務付けているわけではなく、特別指定イベントの中でも、2つのカテゴリーにわけ、無料放送を強く保護するカテゴリーと競技団体の資金調達を行えるように一部独占放映を認めるカテゴリーもあります。
 したがって、いわゆるユニバーサル・アクセス権というものも、何でも地上波無料放送を義務付けるものではなく、限界があることを理解する必要があります。

(本記事の内容に関する個別のお問い合わせにはお答えすることはできません。)

(2025年11月執筆)

執筆者

松本 泰介まつもと たいすけ

早稲田大学スポーツ科学学術院教授・博士、弁護士

略歴・経歴

専門分野はスポーツ法、スポーツガバナンスなど。

主な経歴は、日本プロ野球選手会監事、日本プロサッカー選手会執行理事、日本スポーツ仲裁機構理事、早稲田大学スポーツビジネス研究所(RISB)所長など。

主な著作に、「スポーツビジネスロー」(大修館書店)、「代表選手選考とスポーツ仲裁」(大修館書店)、「標準テキスト・スポーツ法学」(エイデル研究所刊。編集委員)、「理事その他役職員のためのガバナンスガイドブック」(日本スポーツ仲裁機構刊。共著)、「トラブルのないスポーツ団体運営のために ガバナンスガイドブック」(日本スポーツ仲裁機構刊。共著)など。

その他経歴、肩書などは、https://wasedasportslaw.amebaownd.com/参照。

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