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紛争・賠償2020年08月17日 スポーツ仲裁 曲がり角 執筆者:松本泰介

 スポーツ仲裁裁判所(Court of Arbitration for Sport; CAS)は、現代において、スポーツ法に関わる者であれば知らない人はいないだろう。先日も、サッカーイングランドプレミアリーグの著名クラブであるマンチェスターシティが欧州サッカー連盟(UEFA)から科された2年間の資格停止処分を取り消す仲裁判断(2020/A/6785)が出された。2016年には、リオデジャネイロオリンピックの際に、国際陸上競技連盟(当時IAAF)のドーピング審査機関がロシア陸上競技選手らの出場資格を認めなかった決定を是認する仲裁判断(2016/A/4703)など、スポーツ界において、その存在価値はますます高まっている。また、日本スポーツ仲裁機構(JSAA)など各国の国内スポーツ仲裁機関においても、CASの仲裁判断例はよく引用され、CASはまるでスポーツ界の最高裁判所であるかのようである。
 しかしながら、近年、このCASによるスポーツ界の紛争解決システムにはいくつかの疑問が提示されている。

 国際連合人権高等弁務官が本年6月15日に発表した報告書「Intersection of race and gender discrimination in sport」(A/HRC/44/26)においては1、特に女性アスリートの人権を否定するスポーツの参加資格ルールの見直し、修正、破棄が主張されている。その中で、参加資格ルールなどスポーツ団体が定めるルールに関して、国家裁判所の審査を排除し、スポーツ団体内紛争解決機関及び上訴機関としてのCASのみに審査を認める点について、このような義務的な仲裁制度によって、国家裁判所を通じた人権保護からスポーツ界が除外されてしまっていることや、スポーツ界の紛争解決制度の中での人権規範の検討が制限されてしまっていることが指摘されている。
 また、同報告書では、CASという紛争解決手段は国際人権規範が制限され、これと不整合な手続であり、大半のCAS仲裁人が人権の専門性を有しないことと相まって、人権が侵害されたと主張するアスリートが効果的な救済を受けるには深刻なハードルになっていることも指摘されている。

 欧州人権裁判所のMutu&Pechstein事案(nos. 40575/10 and 67474/10)においては2、CASの仲裁手続に関して、欧州人権条約の適用が認められている。そして、CASは仲裁として必要な同意が得られていない、特にアスリート自身が行ってきたスポーツを継続するためには、そのスポーツの国際団体が定める義務的仲裁条項を受け入れるしかないことが指摘されたり、また、反対意見ではあるものの、アスリートが公平な聴聞を受ける権利についても、CASがこの権利を保障する上で十分なスポーツ団体からの独立性を有していない、という指摘もなされている。

 ドイツのカルテル庁が2019年2月に発表したオリンピック憲章Rule40ガイドラインに関する決定においては3、Rule40違反に伴う紛争解決がCASに独占されている点について、アスリートが背負うRule40の制約に加えて、紛争解決方法がさらなるハードルになっていることや、CASはドイツの国家裁判所よりも非常に費用がかかること、また時間的負担が大きいことなども一つの理由として、Rule40ガイドラインが支配的地位の濫用にあたることが認定されている。この中では、スポーツ仲裁制度が、アンチドーピングに関する紛争解決ならまだしも、経済競争の公平性確保に関する紛争解決にはあまりアドバンテージがないとも指摘されている。そして、このような経済法問題ゆえに、仲裁合意も、私的自治の観点からのアスリートの自己決定であると見ることはできないかもしれないとも指摘されている。
 これを受け、ドイツオリンピックスポーツ連盟(DOSB)が2019年2月に発表した、オリンピック憲章Rule40に関するガイドラインにおいては4、当該ガイドライン違反の紛争解決を国家裁判所が担うこととし、仲裁手続は利用されないこととなった。

 CASが、今後、スポーツ界の紛争を適正に解決していくためには、このようないくつかの課題を乗り越えなければならない。スポーツ紛争におけるCASの専門性は維持、担保できるのであろうか。そして、CASと同様にスポーツ仲裁による紛争解決を行うJSAAも、このような問題を認識、クリアしなければ、スポーツ界の紛争解決機関としての信頼は得られない。スポーツ仲裁が曲がり角に立たされている。

2 European Court of Human Rights, Mutu and Pechstein v. Switzerland, judgment of 4 February 2019, paras. 109–115.

(2020年7月執筆)

執筆者

松本 泰介まつもと たいすけ

早稲田大学スポーツ科学学術院准教授・博士、弁護士

略歴・経歴

専門分野はスポーツ法、スポーツガバナンスなど。

主な経歴は、日本プロ野球選手会監事、日本スポーツ仲裁機構スポーツ団体のガバナンスに関する協力者会議委員、日本スポーツ仲裁機構将来構想検討委員会委員、早稲田大学競技スポーツセンター副所長、早稲田大学スポーツビジネス研究所(RISB)研究員など。

主な著作に、「代表選手選考とスポーツ仲裁」(大修館書店刊)、「標準テキスト・スポーツ法学」(エイデル研究所刊。編集委員)、「理事その他役職員のためのガバナンスハンドブック」(日本スポーツ仲裁機構刊。共著)、「NF 組織運営におけるフェアプレーガイドライン」(日本スポーツ仲裁機構刊。共著)、「トラブルのないスポーツ団体運営のために ガバナンスガイドブック」(日本スポーツ仲裁機構刊。共著)など。

その他経歴、肩書などは、https://wasedasportslaw.amebaownd.com/参照。

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