カートの中身空

閲覧履歴

最近閲覧した商品

表示情報はありません

最近閲覧した記事

一般2022年05月26日 現代スポーツにおける審判の判定 ~佐々木朗希投手と白井審判問題 執筆者:松本泰介

 2022年4月24日、プロ野球千葉ロッテマリーンズの佐々木朗希投手の投球に対する判定をめぐり、球審の白井一行審判の警告行動が大きな話題になりました。そもそも佐々木投手のピッチングに対する白井審判の判定がストライクかボールか、判定が正確だったのか、佐々木投手が白井審判の判定に異議を行ったかどうかも議論になっていますが、それ以上に、白井審判の警告行動の是非が注目されています。
1. 公認野球規則
 まず、この件で、プロ野球の審判も公認野球規則に基づいて活動しているため、白井審判の警告行動の前提となっているのが、公認野球規則の以下の規定です。
 8.02 審判員の裁定
 (a) 打球がフェアかファウルか、投球がストライクかボールか、あるいは走者がアウトかセーフかという裁定に限らず、審判員の判断に基づく裁定は最終のものであるから、プレーヤー、監督、コーチまたは控えのプレーヤーが、その裁定に対して、異議を唱えることは許されない。
 【原注】 ボール、ストライクの判定について異議を唱えるためにプレーヤーが守備位置または塁を離れたり、監督またはコーチがベンチまたはコーチスボックスを離れることは許されない。もし、宣告に異議を唱えるために本塁に向かってスタートすれば、警告が発せられる。警告にもかかわらず本塁に近づけば、試合から除かれる。
 プロ野球では、よく審判の判定に対して、選手が抗議するシーンが見られるため、抗議ができるようにも思われていますが、実は、異議自体が認められないものだったりします。そして、ストライク、ボールの判定について、選手が守備位置を離れることは許されていません。投手が本塁に向かってスタートすれば、警告されることになります。ですので、本件は、この規定にしたがって、佐々木投手が本塁に向かって歩いてしまったために、白井審判から警告を受けた、というのが実際だったりします。
 これに対して、日本野球機構(NPB)は、5月2日、審判員による全体ミーティングを行い、公認野球規則に記載された「審判員に対する一般指示」が確認されたと報道されています。審判員に対する一般指示とはあまり知られていませんが、以下のような規定がされています。
 審判員に対する一般指示
 審判員は、競技場においては、プレーヤーと私語を交わすことなく、またコーチスボックスの中に入ったり、任務中のコーチに話しかけるようなことをしてはならない。
 制服は常に清潔に保ち、しかも正しく着用し、競技場においては、積極的に機敏な動作をとらなければならない。
 クラブ役職員に対しては常に礼儀を重んずる必要はあるが、クラブ事務所を訪ねたり、特にあるクラブの役職員と親しくするようなことは避けなければならない。
 審判員が競技場に入れば、ただその試合の代表者として試合を審判することだけに専念しなければならない。
 (以下略)
 審判が公平なジャッジを行わなければならないことは当然で、対戦相手同士に不公平にならないよう上記のような一般指示が定められています。
 一方、プロ野球では、よく選手と審判が、ストライク、ボールの判定について、高い?低い?と話をしたりしているような場面が見られますが、これは事実上行われているものです。上記審判員に対する一般指示にあるような「私語」は禁止されています。審判の中には、このような「私語」の禁止を厳格に対応し、選手とコミュニケーションを取らない審判もいます。
 今回の件でも、白井審判は、一見感情が表に出てしまう警告行動の前に、佐々木投手、あるいはバッテリーを組んでいる松川虎生捕手に注意を促す、あるいはイニング間で説明するなどの対応を求める声もありました。ただ、実は、この一般指示で、誤解を招くような選手や監督、コーチとの「私語」が禁じられ、審判員は日本野球機構(NPB)から、一般指示の徹底を求められているため、解決が困難な話になっています。
2. 野球以外のスポーツ
 サッカーでは、競技規則その他ガイドラインなどで、このようなコミュケーションが禁じられているわけではありません。実際、試合中に、選手と審判が判定についてコミュニケーションを取っている場面は多々見られます。また、サッカー審判の方々が、様々なメディアを通じて、試合を円滑に進めるために選手とのコミュニケーションの重要性を語っています。
 ラグビーにおいては、ラグビー憲章、競技規則において、チームキャプテンがレフリーと意見交換することが想定されています。そして、チームキャプテンが、レフリーの反則の判定などについて試合中にコミュニケーションをとることで、審判の判定を味方につけることができるなどと言われています。ラグビー日本代表のキャプテンが、試合後のインタビューで、審判とのコミュニケーションについて、よく語っているのもそのためです。
 このようなサッカーやラグビーの選手と審判のコミュニケーション例は、昨今報道もよくされています。選手や審判が試合の円滑な運営のために協力体制にあることが示されることによって、それぞれのスポーツの価値や魅力を増大させることにつながっています。現代社会では、このようなコミュニケーションに1つの価値が認められている証拠でしょう。
3. 現代のスポーツ
 透明性や説明責任を求められる現代社会を反映し、現代のスポーツで、審判は強烈に正確なレフリングを求められます。また、審判の判定は、映像中継として常に検証されており、また昨今はそれがソーシャルメディア(SNS)によってリアルタイムで拡散されるため、極めて大きな話題になってしまいます。冒頭の白井審判のように大きな非難を浴びることもあります。審判の判定が極めて緊張感のあるものになっています。
 また、欧米のスポーツでは、スポーツがスポーツベッティングの対象となっていることから、審判の判定がベッティングの結果を左右しかねない問題です。実際、ベッティングを背景とした八百長のために審判が買収されること、身の危険にさらされることも少なくありません。
 その意味では、このような現代のスポーツを取り巻く状況を踏まえたレフリングが求められているのではないでしょうか。プロ野球も公認野球規則の文言を字義通り適用するのではなく、現代の透明性や説明責任に応じた対応を取るなら、「私語」にはならない程度で、選手とのコミュニケーションを積極的にとるなど、柔軟な対応が求められているといえるでしょう。

(2022年5月執筆)

執筆者

松本 泰介まつもと たいすけ

早稲田大学スポーツ科学学術院教授・博士、弁護士

略歴・経歴

専門分野はスポーツ法、スポーツガバナンスなど。

主な経歴は、日本プロ野球選手会監事、日本プロサッカー選手会執行理事、日本スポーツ仲裁機構スポーツ団体のガバナンスに関する協力者会議委員、早稲田大学競技スポーツセンター副所長、早稲田大学スポーツビジネス研究所(RISB)研究員など。

主な著作に、「スポーツビジネスロー」(大修館書店)、「代表選手選考とスポーツ仲裁」(大修館書店)、「標準テキスト・スポーツ法学」(エイデル研究所刊。編集委員)、「理事その他役職員のためのガバナンスガイドブック」(日本スポーツ仲裁機構刊。共著)、「トラブルのないスポーツ団体運営のために ガバナンスガイドブック」(日本スポーツ仲裁機構刊。共著)など。

その他経歴、肩書などは、https://wasedasportslaw.amebaownd.com/参照。

執筆者の記事

  • footer_購読者専用ダウンロードサービス
  • footer_法苑WEB
  • footer_裁判官検索