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一般2021年03月12日 ダイバーシティや透明性とは何か? ~日本スポーツ界での真のガバナンス実現のために 執筆者:松本泰介

 先日、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会前会長による女性差別発言、後任指名問題などが話題になりました。今回、この問題をめぐる世の中の議論でガバナンスの理解が十分に進んでいないことも明らかになりましたので、課題となったいくつかの要素を解説させていただきます。

1.ダイバーシティ(Diversity)とは

 今回、組織委員会の前会長が「女性は」という発言をし、改めて日本の男女平等問題(gender equality)が大きくクローズアップされました。男女平等問題は深刻な日本社会の課題ですが、様々な議論で私が注目したのは、男女平等とダイバーシティの問題が同一視されてしまっている点です。
 ダイバーシティという用語は、大きな違いがあることを示すdiverseという形容詞が名詞化されたもので、違いがあることを前提とすることを意味し、日本では「多様性」などと訳されています。性別・年齢・国籍・人種・宗教・性的指向・障害の有無など、前提としての違いの存在を表す言葉です。さらにこれに加えて、インクルージョン(Inclusion)という言葉もセットで使用されることがあるように、ガバナンスの議論でも、多様な違いを前提に、それを受け入れることが重要な要素とされています。
 ガバナンスにおけるこのような考え方からすると、今回の問題で注目されるのは「わきまえない」という発言です。わきまえないという表現は、意に沿わない発言をする人間を排除する考えであり、ダイバーシティやインクルージョンの考えに全く合致しません。ダイバーシティやインクルージョンという考え方が生れてきた背景には、アメリカにおける1960年代の公民権運動や女性運動、その後の世界経済における商品、サービスのニーズの多様化への対応、そして、グローバル化やビジネス環境の急激な変化への対応などが求められることがあります。
 したがって、今回の問題において、ガバナンスとして議論すべきは、男女平等の問題だけではなく、ダイバーシティやインクルージョンでしょう。日本のスポーツ団体ガバナンスコードでは、多様性の確保について、外部理事の目標割合(25%以上)及び女性理事の目標割合(40%以上)の設定やアスリート委員会の設置などが原則に掲げられていますが、男女平等の問題だけと捉えてしまうと、単純な数字を均等にすることに意識が行きがちです。日本のスポーツ団体をめぐる環境が大きく変わっていく中で柔軟な組織運営を行っていくには、ダイバーシティとインクルージョンに関する十分な対応が必要になるでしょう。

2.ステークホルダーエンゲージメント

 今回の問題で大きく非難を浴びたのは、これまでお話してきました女性差別、ダイバーシティやインクルージョンの課題のほか、国民が大きな疎外感を感じていたことも一つの要因と考えられます。
 というのも、東京オリパラは、その開催費用の一部を国が負担するなど、日本国民にとって重大な利害のあるイベントであるにもかかわらず、特に新型コロナウィルス感染拡大に伴う開催、中止の議論において、国民の意見が置き去りにされてきました。いろいろなアンケート集計がありましたが、「中止すべき」という意見が少なくない中で、組織委員会は開催ありきの主張に終始し、開催か中止かの議論を封じてきました。このような組織委員会の対応は国民の疎外感を生み出し、さらには今回の問題でも「わきまえない」発言でいっそう大きな疎外感を生む結果となりました。組織委員会の前会長は、調整型のリーダーとして評価されていましたが、それは身内の調整に関しては優れていたかもしれませんが、ステークホルダーの範囲設定とステークホルダーとの対話という観点にあっては不十分でした。
 ガバナンスの議論ではステークホルダーエンゲージメントと言われます。複雑な現代社会において意思決定を行うにあたっては、結論が正しいかどうかを判断することが困難な場合が多く、結論の正しさではなく、ステークホルダー(利害関係者)の十分な納得を得られるか、すなわち、これらのステークホルダーの意思を踏まえることの方が重要です。このようなステークホルダーの巻き込みがあって初めて組織運営におけるチェックアンドバランスも働きます。
 特に、新型コロナウィルス感染拡大の中で東京オリパラを実施しなければならない組織委員会としては、開催するにしても中止するにしても正解のない結論を求められ、ステークホルダーエンゲージメントを十分に実現する意思決定が求められるでしょう。
 この点、組織委員会が公益財団法人であることから、適用される法令である一般法人法や公益法人法を順守していれば足りる、という考えが主張されることもあります。しかしながら、一般法人法や公益法人法は、一般法人の設立や公益法人の認定にあたっての最低限の条件を定めているだけで、ガバナンスの議論において求められる要素が十分に網羅されたものではありません。特に、一般法人法は、法人の意思決定に関与させる者の範囲をその法人が自由に設計できる内容になっており、法律上、民主主義やステークホルダーエンゲージメントを十分に確保する内容にはなっていません。
 したがって、スポーツ団体を含めた組織運営においては、適用法令の遵守のみならず、ステークホルダーエンゲージメントの観点を意識し、意思決定に生かすことが必要になります。

3.透明性(transparency)とは

 また、今回の問題でもう一つクローズアップされた用語が「透明性」です。前会長が特定の人間を後任指名してしまったかのように報道されてしまい、指名方法の透明性に関して大きな非難を浴びました。そして、その後の後任選考においても、透明性を旗印に選考委員会の全面公開が求められるなどの事態に至りました。
 ただ、この透明性の議論においても、そもそも透明性とは何のために求められるのか、という点が十分に理解されていないように感じられました。透明性とは、日本語だとガラス張り感が出ますが、ガバナンス用語としてのtransparencyは、物事の認知や理解のしやすさを示す言葉です。透明性は、ガバナンスの議論においては、単に情報をフルオープンにすればいいというものではなく、前述のダイバーシティやインクルージョンを実現するため、さらにはステークホルダーとの対話、チェックアンドバランスを実現するための前提になされるものです。とすれば、透明性は、何を実現するかによって、その対象や範囲、確保するための方法も柔軟に考えていく必要があります。
 今回の問題であれば、東京オリパラを実施するか、中止するかという意思決定に関与する、組織委員会のトップを決める重要な選考でした。ですので、ステークホルダーである国民の納得を得るために、選考の客観性を高めるのであれば、選考基準を事前に明確にすることや選考委員会の構成などを事前公表することなどは必要だったでしょう。また、数回行われた選考委員会で何を議論するのかについても事前に公表することで、国民は今何が議論されているのか、どのような素養をもった方が選考されるのか、理解が進んだでしょう。
 一方で、選考候補者については、その候補が誰かを明らかにしなかったとしても、前述の選考基準や選考過程がはっきりしていれば自ずと選考者が決定しますので、公表しなくても問題にはなりません。また、このような選考は一人しか選ばれないものですので、当然選考されない方がいます。選考されない方にとっては、選考されなかったこと自体が不名誉なことでもあるので、候補者名を公表しない、ということは透明性の観点からも十分に許容されます。
 透明性と言われると昨今は何でもフルオープンにという議論になりがちですが、やはり透明性も目的との関係でどのように対応すべきかと検討する必要があります。

4.まとめ

 これまでの日本の組織運営においては「わきまえない」発言にあるように、会議ではほとんど議論しない、事前に決められた既定路線を決定する、ということが多々見られます。日本のスポーツ団体ガバナンスコードでもこのような組織運営が継続できる設計になってしまっています。
 しかしながら、新型コロナウィルス感染拡大への対応もそうですが、複雑な現代社会において正解のない組織運営を行っていくためには、多様な人材を有効活用し、十分な情報提供と議論を行うことで最も適応力のある組織になれるでしょう。皆様の組織でも、ダイバーシティやインクルージョン、ステークホルダーエンゲージメント、透明性の意味について改めてご検討いただいてはいかがでしょうか。

【参考文献】
Council of Europe report, Good governance in sport - A European survey (2004)
European Union, Expert Group on Good Governance, PRINCIPLES FOR THE GOOD GOVERNANCE OF SPORT IN THE EU (2013)
International Olympic Committee, Basic Universal Principles of Good Governance of the Olympic and Sports Movement(2008)
ジャン・ルー・シャプレ・原田 宗彦「オリンピックマネジメントー世界最大のスポーツイベントを読み解く」大修館書店、2019年
堀雅晴「ガバナンス論研究の現状と課題 : 「スポーツのグッドガバナンス」に向けて」体育・スポーツ経営学研究27(0)、2014年、pp.5-21
拙稿『中央競技団体に関するスポーツガバナンス再考-法学からの整理』「これからのスポーツガバナンス」創文企画、2020年

(2021年2月執筆)

執筆者

松本 泰介まつもと たいすけ

早稲田大学スポーツ科学学術院准教授・博士、弁護士

略歴・経歴

専門分野はスポーツ法、スポーツガバナンスなど。

主な経歴は、日本プロ野球選手会監事、日本スポーツ仲裁機構スポーツ団体のガバナンスに関する協力者会議委員、日本スポーツ仲裁機構将来構想検討委員会委員、早稲田大学競技スポーツセンター副所長、早稲田大学スポーツビジネス研究所(RISB)研究員など。

主な著作に、「代表選手選考とスポーツ仲裁」(大修館書店刊)、「標準テキスト・スポーツ法学」(エイデル研究所刊。編集委員)、「理事その他役職員のためのガバナンスハンドブック」(日本スポーツ仲裁機構刊。共著)、「NF 組織運営におけるフェアプレーガイドライン」(日本スポーツ仲裁機構刊。共著)、「トラブルのないスポーツ団体運営のために ガバナンスガイドブック」(日本スポーツ仲裁機構刊。共著)など。

その他経歴、肩書などは、https://wasedasportslaw.amebaownd.com/参照。

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