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契約2023年02月02日 現代スポーツ組織の意思決定の難しさ ~スポーツガバナンス最前線 執筆者:松本泰介

1. カタールW杯をめぐる状況

 2022年11月から12月にかけて、中東のカタールにてサッカーW杯が開催されました。日本のドイツ戦、スペイン戦の歴史的勝利など大きなニュースもある一方で、今大会はカタールにおける労働問題、人権問題を背景に大きな批判が寄せられていました。

 このようなカタールの労働問題や、女性、性的マイノリティの人権問題に対する欧米メディアの批判について、国際サッカー連盟(FIFA)のインファンティーノ会長は、大会開幕前の会見で、欧米の「偽善」や「二重基準」であることを指摘し、異例の欧米批判を展開しました。確かに欧米でも過去または現在でも少なからず労働問題や女性や性的マイノリティの人権問題が存在していますし、また、現代の中東の混乱に欧米が大きく関与した歴史からすれば、欧米がカタールを一方的に非難する点には疑問を持ちました。

 また、カタールW杯では、欧州の7チームの主将が、今回、ダイバーシティやインクルージョンを推進するため、「One Love」と書かれた腕章着用を予定していました。しかしながら、FIFAが着用した選手にイエローカードを出す方針を明確にしたことを受けて、全チームとも着用を取りやめざるを得なくなってしまいました。カタールW杯に対する批判的な国民意識を受けながら、一方で、試合においてダイバーシティやインクルージョンを推進する活動も禁止された、欧州の選手たちは非常に複雑な状況の中でプレーしていたのではないかとも感じられました。

2. スポーツ組織の意思決定の難しさ

 もちろんカタールにおける労働問題や人権問題は極めて重大な問題であり、社会性が極めて高まった現代のスポーツにおいてこのような問題をスポーツを通じて解決に向かわせることは、現代のスポーツ組織として取り組まなければならない必須の事項になっています。これまでは、オリンピック憲章第50条など、スポーツ組織がこのようなアクションを禁止することの是非が論点とされてきました。これまでもBLACK LIVES MATTERなどの人権問題、ロシアのウクライナ侵攻など、スポーツの社会的価値の発揮の観点からも、 スポーツ組織として、選手がフィールド上で何らかのアクションを行うことを認めていく方向で議論が進んでいます。

 一方で、メガスポーツイベントを開催する地域で、このような労働問題や人権問題に対して、一方的に批判だけ行うことは簡単です。メディア報道の商業性からあまりにも一方的な報道、価値観の提示であることも少なくありません。ソーシャルメディアによってそれが増幅されている点も見逃せないでしょう。このようなあまりにも度を超えた批判が国民意識を煽り、選手のプレーにまで影響が出てしまう場合、これはスポーツが本当に進むべき方向性なのでしょうか。冒頭FIFAのインファンティーノ会長の会見も、その発言内容や表現には大きな課題があったものの、スポーツ組織としてどのような対応を採るべきか大きな苦悩があるようにも思えます。

 日本でも、ひと昔前まで社会的に許容されていた事象に対して、本質的な解決がないがしろにされ、苛烈な批判のみが行われていることも多々あります。スポーツ現場における暴力指導問題や、東京オリパラ組織委員会をめぐる贈収賄疑惑や談合疑惑もその典型でしょう。当事者のみに非難が集中しすぎ、早急な対応が求められるため、スポーツ組織が抜本的な解決策を十分に検討することが困難になっている場面もあります。我々法曹でさえ、このような複雑な状況のもとではバランスある解決が難しいと感じる中で 、スポーツ組織の意思決定が非常に難しくなっています。

(2023年1月執筆)

執筆者

松本 泰介まつもと たいすけ

早稲田大学スポーツ科学学術院教授・博士、弁護士

略歴・経歴

専門分野はスポーツ法、スポーツガバナンスなど。

主な経歴は、日本プロ野球選手会監事、日本プロサッカー選手会執行理事、日本スポーツ仲裁機構スポーツ団体のガバナンスに関する協力者会議委員、早稲田大学競技スポーツセンター副所長、早稲田大学スポーツビジネス研究所(RISB)研究員など。

主な著作に、「スポーツビジネスロー」(大修館書店)、「代表選手選考とスポーツ仲裁」(大修館書店)、「標準テキスト・スポーツ法学」(エイデル研究所刊。編集委員)、「理事その他役職員のためのガバナンスガイドブック」(日本スポーツ仲裁機構刊。共著)、「トラブルのないスポーツ団体運営のために ガバナンスガイドブック」(日本スポーツ仲裁機構刊。共著)など。

その他経歴、肩書などは、https://wasedasportslaw.amebaownd.com/参照。

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