福祉・保健2026年02月27日 電車の中のバリア 執筆者:亀井真紀

昨年、スポーツをしている最中に右足首を捻り骨折をしてしまいました。あれやこれやでギブス、入院、手術・・という展開になり、医師から1か月程の両松葉杖命令が下されました。初めての経験でした。在宅ワーク、WEB会議を駆使しつつも全く外出しないわけには行かず、タクシーに加えて公共交通機関も利用して果敢に松葉杖で色々な場所に移動してみました。
これまで仕事上、高齢者や障がい者の権利擁護に関わる中で、世の中が実際はバリアフルであることは頭では分かっていました(つもりでした)。しかし、歩くのが不自由になって気づかされることの多さに改めて驚きました。
駅の表示、エレベーターの位置など色々と思うことはあったのですが、特に衝撃を受けたのは電車の中の優先席のことでした。松葉杖で移動をして最初に分かったことは、電車に乗ってもまずもって席を譲ってもらえることはないということです。そこで、なるべく車両の端にある優先席マークのある座席付近に向かい、連結部分そばなどに居場所を構えるようにしていましたが、基本的に何も起きません。見た目的に分かりやすく不自由な姿であり(実際、歩行中は結構視線を浴びます)、窓ガラスに貼ってあるピクトグラムでも松葉杖は高齢者や妊婦ととともに典型的な優先席対象者として描かれているのですが、「どうぞ」と席を譲られる割合は感覚的に3割程度でしょうか。圧倒的に多いパターンは、スマホを画面に目を落としたままスルーされるということです。勿論、ご自身が優先席に座る必要のある方もいるはずであり、一概に疑問を持ってはいけませんが、スーツケースやテーマパークのお土産袋を持っていたりする若者が当然のように優先席に座ったままなのは「?」と思わざるを得ません。時に、積極的に譲って下さろうとする方は、ご自身こそ高齢でお身体も弱そうな方だったりします。おそらく普段から優先席を意識されているから故の思いやりのように感じ、何となくほっとしつつ、常日頃から不自由を感じているのではと複雑な心情にもなります。
そもそも優先席の起源は1973年に導入された「シルバーシート」のようですが、その後、対象者が高齢者から広がり、現在のJRの広報では「ご高齢の方やお身体の不自由な方、内部障がいのある方、乳幼児をお連れの方、妊娠されている方などのための優先席を普通列車の各車両に設置しています。」と説明されています。
2006年には、公共交通機関や公共施設等において、高齢者、障害者等の移動や施設の利用における利便性、安全性の向上を促進するために「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」(いわゆるバリアフリー法)が施行されたこともあり、まずハード面のバリアフリー化が社会で整備されていったものと思います。今では、私の感覚ですが、都内周辺では私鉄含めて、ほとんどの車両で優先席が設置されているように思います。これはありがたいことです。
一方で、使用方法等が分かりにくい、声かけの心理的抵抗があるなど、ソフト面の課題が指摘されるようになり、設備の充実だけでは不十分という問題意識の下、人によるサポートや事業者・国民(学校教育含む)への啓発活動を促すための法改正などが行われてきました。
2014年に日本は障害者権利条約を批准し、2016年に障害者差別解消法が施行されるに至ったことも重要な動きのひとつでした。2024年の同改正法では、事業者による障害がある人への合理的配慮の提供が義務付けられることにもなっています。
他にも様々な法改正、各事業者向けのガイドラインの制定もされ、この20年余りの間に、理念の外堀自体は随分固められてきたようにも思います。
しかし、今回の経験を経て、電車の優先席という単純な局面においてすら、適切な利用がなされているとはいえない現実があるのだなと感じました。おそらく原因のひとつは、優先的に座るべき人が分かりにくい、気づきにくい、対象者も自分からは言いにくいという事情もあるように思います。加えて、人に対する「無関心」が大きな要因でしょうか。停車駅で人の乗降があっても、下を向いたままスマホから目を上げないというのではどんなに不自由さが分かりやすい人でも気付いてもらえないわけです。ましてや、JRがいうところの「内部障がいのある方」への配慮は絶望的かもしれません。私自身、偉そうなことは全く言えず、今まで配慮が必要な人に気づかずのほほんとしていたことがどれだけあっただろうかと思い、反省モードになります。
思うに、優先席を優先席として利用するためには、できる限り席を空けておくか、または座った人は混雑具合と車両を見渡し、停車駅で人が入る度に譲るべき人がいないか確認し、素早く立ち上がるという環境を構築する他ないのかなと思いました。本来は優先席に限った話ではないのですが、少なくとも優先席に近づいて来る人は、もしかしたら譲ってくれるかもしれない(出来れば譲ってほしい)という期待をしている、そこにはそれなりの事情があるという意識の共有が必要です。「譲った方がよいのか分からない、むしろ失礼にあたらないか」ということもよく言われ、私自身も悩むことは多いのですが、その可能性(実際、不快に思う方はほとんどいないと思いますが)と優先席ですら譲ってもらえない失望感をもつ人とを比べれば圧倒的に後者の方が多いと思うのです。声掛けをしないでいい理由をことさら探すのは、自戒を込めて言えば単なる言い訳です。
バリアフリー法では、国、地方公共団体、施設設置管理者等のそれぞれの責務も規定されていますが、第7条では国民の責務もしっかり規定されています。「国民は、高齢者、障害者等の自立した日常生活及び社会生活を確保することの重要性について理解を深めるとともに、これらの者が公共交通機関を利用して移動するために必要となる支援、これらの者の高齢者障害者等用施設等の円滑な利用を確保する上で必要となる適正な配慮その他のこれらの者の円滑な移動及び施設の利用を確保するために必要な協力をするよう努めなければならない。」
絵に描いた餅になりませんように。
(2026年2月執筆)
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執筆者

亀井 真紀かめい まき
弁護士
略歴・経歴
第二東京弁護士会所属。
平成13年弁護士登録。北海道の紋別ひまわり基金法律事務所(公設事務所)に赴任。
その後、渋谷の桜丘法律事務所(現事務所)に戻り現在に至る。
第二東京弁護士会高齢者・障がい者総合支援センター委員会、日弁連高齢者・障害者権利支援センター委員会等所属。
一般民事・家事、刑事事件のほか、成年後見、ホームロイヤー契約等高齢者、障がい者の事件を多く担当する。
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