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一般2022年07月01日 侮辱罪の法定刑引き上げで何が変わるか?何か変わるのか? 執筆者:亀井真紀

 2022年6月13日、刑法の一部改正により、侮辱罪の法定刑の引上げがされることになりました。
 現行法上、侮辱罪の法定刑は拘留(30日未満)または科料(1万円未満)とされ、刑法に羅列されている罪名の中では最も軽い部類にありました。ちなみに、「拘留」とは、裁判が確定するまでの間、被疑者・被告人を拘束する「勾留」とは全くの別もので、短期の刑罰のことをいいます。
 今般の法改正により侮辱罪は「1年以下の懲役もしくは禁固、30万円以下の罰金、または拘留もしくは科料」となり、公訴時効も1年から3年に延びました。
 報道もされている通り、ネットで中傷を受けたプロレスラーの女性が命を絶ったことを機に厳罰化の機運が高まったこと、また今なおSNS等で悪質な投稿が横行していることなどが背景にあります。勿論、このような痛ましいことはあってはならず、侮辱罪の厳罰化により、一時的にはこのような悪質な投稿は減少するかもしれません。
 しかしながら、それは「侮辱罪で処罰されるかも・・」という国民の抽象的な不安からくるものであり、結果的に表現の自由の萎縮効果という重大な副作用を伴っていることを認識しなければなりません。表現の自由の制限には常につきまとうものです。
 そもそも、今回の法改正は刑を重くしたものであり、侮辱罪の処罰対象範囲は全く変わりません。名誉棄損罪が事実の適示(例えば「〇〇は××と不倫をしている」など)を公然と示した場合に問題となるのに対して、侮辱罪は事実の適示をせず(例えば「生きている価値がない」など)に人の社会的評価を下げるおそれのある場合に問題となることも変わりありません。ただ、厳罰化されたことで、侮辱罪が注目され、従前であれば構成要件に該当するものの軽微なものとして警察が特に動くこともなかったケース(実際、被害届を出しても動くことは稀でした)でも捜査に乗り出してくる可能性はあります。懸念するのはそれが何かの狙い撃ちであったり、見せしめであったりする可能性があることです。その場合には表現の自由の萎縮効果はより深刻なものとなります。大きく報道されればよりその効果は大きくなります。結果的に政治家への批判など公共の利害に関することすらも躊躇してしまう人がいるとすれば、民主主義の根幹に関わります。
 捜査機関が悪質な表現の撲滅というスローガンや世論を味方につけ、侮辱罪が不当な身柄拘束や処罰の理由に利用されないよう注視しなければなりません。
 もとより、SNS上の誹謗中傷による権利侵害を防止し、また被害救済をしていくためには発信者が誰であるかをすみやかに特定できるような民事上の制度構築が必要です。見るに堪えない多くの表現が匿名でなされているところ、それにより被害を受けたとしても、現行法上加害者を知ることは容易ではありません。被害者は差し止めや損害賠償請求の手段をとることすらできずに泣き寝入りしている例が多くあります。
 以上のような懸念事項があることから、今回、改正法の附則に、施行後3年を経過したときに、その施行の状況について、「インターネット上の誹謗中傷に適切に対処することができているかどうか、表現の自由その他の自由に対する不当な制約になっていないかどうか等の観点から外部有識者を交えて検証を行い、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする」との規定が追加されました。
 附帯決議により、3年経過後には「公共の利害に関する事項に係る意見・論評は表現の自由の根幹を構成するものであることを踏まえ」、「侮辱罪への厳正な対処が図られることにより自由な表現活動が妨げられることのないよう、当該罪に係る公共の利害に関する場合の特例の創設について」検討することも求められています。
 当然ですが、3年を待って振り返るのではなく、法改正された今から、正当な表現行為が処罰されていないか、また国民が表現することに過度に萎縮したりしていないか、果たして被害者救済はされているのか、運用を注視していかなければなりません。

(2022年6月執筆)

執筆者

亀井 真紀かめい まき

弁護士

略歴・経歴

第二東京弁護士会所属。
平成13年弁護士登録。北海道の紋別ひまわり基金法律事務所(公設事務所)に赴任。
その後、渋谷の桜丘法律事務所(現事務所)に戻り現在に至る。
第二東京弁護士会高齢者・障がい者総合支援センター委員会、日弁連高齢者・障害者権利支援センター委員会等所属。
一般民事・家事、刑事事件のほか、成年後見、ホームロイヤー契約等高齢者、障がい者の事件を多く担当する。

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