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一般2020年07月17日 「スポーツの場」における人種差別への抗議活動を巡る議論 執筆者:安藤尚徳

1 人種差別に対するアスリートの反応

 アメリカ・ミネソタ州でのジョージ・フロイドさんの死亡をきっかけに、人種差別に抗議するデモやメッセージ発信が活発になされています。人種差別は人権侵害であって、決して許されるものではないことはいうまでもありません。スポーツ界でも当然ながら、人種差別を禁止しています(スポーツ界の人種差別に対する対応につき、新日本法規WEBサイト記事飯田研吾氏執筆「スポーツにおける人種差別行為」参照)。
 人種差別の禁止や抗議活動はスポーツ団体だけではなく、世界中のアスリートもツイッターなどのSNSで人種差別に抗議するメッセージを発信したり、デモへの参加、試合会場で人種差別への抗議パフォーマンスを行っています。メディアの報道を見ていると、これらのアスリートの抗議に対して、賛同する声もあれば、否定的な意見を持つ声もあるようです。アスリートが持つ発信力や影響力からすると、人種差別に対する抗議のインパクトは強く、多くの人に人種差別を考えるきっかけを与えました(私もその一人でした。)。改めてアスリートの持つ力に感銘を受けたところです。

2 オリンピックにおける人種差別に対する抗議

 この人種差別に対する抗議として、スポーツ界で有名なのは、1968年メキシコシティーオリンピックでの陸上男子200mの表彰式での一幕ではないでしょうか。同種目で当時の世界記録で優勝したアメリカのトミー・スミス選手と、3位になった同じくアメリカのジョン・カーロス選手の黒人差別に抗議するデモンストレーションです。この二人の選手はアフリカ系アメリカ人で、表彰台にシューズを履かずに黒いソックスを履いて上り、スミス選手は黒いスカーフを首にかけていました。アメリカ国歌が演奏され、星条旗が掲げられるや、スミス選手とカーロス選手は、国旗から目を反らし、黒い手袋を着けた手で握り拳を突き上げました。「ブラックパワー・サリュート」と呼ばれるデモンストレーションで、アメリカで起こっている黒人差別への抗議でした。2位のオーストラリアのピーター・ノーマン選手も、拳を突き上げることはしませんでしたが、二人の抗議に賛同をする意味で、人権を求めるオリンピックプロジェクトのバッジを付けて表彰台に上りました。
 この選手らの映像と写真は世界中に配信され、大きな社会問題になりました。IOC広報担当者はこの選手らの行為を「オリンピック精神の基本原則に対する意図的かつ暴力的な違反」として非難し、IOCはスミス選手とカーロス選手をオリンピックから永久追放することを決定、2選手はアメリカに強制帰国させられました。

3 オリンピックの中立性とRule50

 ここにいう「オリンピック精神の基本原則」とは、スポーツの中立性(政治的中立性、宗教的中立性、その他あらゆる種類の干渉からの中立性)を指しており、オリンピックの基本原則を定めたオリンピック憲章50条2項において「オリンピックの用地、競技会場、またはその他の区域では、いかなる種類のデモンストレーションも、あるいは政治的、宗教的、人種的プロパガンダも許可されない。」と規定されています(Rule50)1。さらに、東京2020大会に向けたRule50のガイドライン2によれば、表現の自由を全面的に支持しているとの前提に立ち、アスリート達が関心を持っていることについて沈黙をすべきということではないことを強調し、一定の場所や方法による意見表明の機会があることを確認しつつ、しかし、オリンピック期間中の、・・・・・・・・・・・競技場内、選手村、・・・・・・・・・メダルセレモニー、・・・・・・・・・開会式・閉会式・・・・・・・・・その他公式のセレモニーにおける・・・・・・・・・・・・・・・抗議やデモを禁止することが明示され、禁止される抗議の具体例として、①サインや腕章で政治的なメッセージを表示すること、②ハンドジェスチャーや膝をつくような政治的なジェスチャー、③セレモニーの慣習に従うことへの拒否が挙げられています。このように、スポーツ、オリンピックの中立性を守りつつ、アスリート達の意見表明権をできるだけ制限しないような配慮が見て取れます。

4 Rule50に対するアメリカオリンピック・パラリンピック委員会の動き

 このようにオリンピックでは、スポーツの中立性を守るべく、スポーツの場での政治的、宗教的、人種的な抗議活動が禁止されていますが、冒頭述べたジョージ・フロイドさんの死亡をきっかけとする人種差別に抗議活動が続くアメリカにおいて、本年6月8日、アメリカオリンピック・パラリンピック委員会(USOPC)が、アスリート主導のグループを作り、抗議権を含め、進歩を阻む障壁を作っている組織内のルールやシステムの見直しをすると発表しました3。その発表の中で、サラ・ハーシュランドCEOは、「アスリートは数十年にわたって平等や連帯を求める声を上げ、自分たちのための瞬間を犠牲にして表彰式で変化を訴えてきた」「しかし、我々はその声に耳を傾けず、人種差別や不平等を容認してきた。申し訳ない。もっと適切に対応すべきだった。」との声明を出しました。さらに、6月28日には、USOPCとメキシコシティーオリンピックでのブラックパワー・サリュートを行ったジョン・カーロスさんが連名で、IOCに対し、Rule50の廃止を求めるように求めたようです4

5 「スポーツの場」における人種差別への抗議活動に対するスポーツ界の変化

 上記USOPCの動きと前後して、サッカー界においてもジョージ・フロイドさんへの人種差別に対する抗議活動に関するドイツ・ブンデスリーガの試合での選手らのデモについて、世界サッカー連盟(FIFA)ジャンニ・インファンティーノ会長は、「先日ブンデスリーガの試合で選手が見せた行動にふさわしいのは、処分よりも拍手だ」とメッセージを送っています5
 さらに、プロアメリカンフットボールリーグ(NFL)のコミッショナー、ロジャー・グッデル氏が、ツイッターで「私たちNFLは人種差別と黒人への組織的な弾圧を非難する。我々NFLは、NFLの選手たちの声に早く耳を傾けなかったことが間違いだったことを認め、すべての人が声を上げ、平和的に抗議することを奨励する。」と発言をしています6。NFLでは、2016年、サンフランシスコ49ersの選手であったコリン・キャパニック氏が、人種差別と黒人に対する警察官の暴力に抗議するため、試合前の国歌斉唱中に膝をついたことがあり、NFLはこの抗議活動を支持しなかったという経緯がありました。
 このように、オリンピックだけでなく、スポーツ界全体を巻き込んで、「スポーツの場」における人種差別への抗議活動に対する受け止め方に変化が起こっています。

6 今後の議論への期待

 スポーツの価値が、「平等」「公正」「平和」に求められるのであれば、スポーツやオリンピックは政治的に中立でなければならないと考えます。それを堅持するため、スポーツの場では政治的なデモンストレーションを禁止するという方針は必要でしょう。ただし、今回のような人種差別への抗議活動を政治的なデモンストレーションと位置づけてよいかどうかはまた別の問題のような気がします。人種差別もまた、スポーツの価値とは相容れない存在であり、これに対してスポーツは抗議しなければならないでしょう。
 残念ながら東京2020大会は1年後に延期となってしまいましたが、この延期された1年間に、「スポーツの場」における人種差別への抗議活動について議論が深まり、1年後の東京大会は、これまでとは違ったオリンピックになることを期待せずにはいられません。

1 原文は「No kind of demonstration or political, religious or racial propaganda is permitted in any Olympic sites, venues or other areas.」
 日本オリンピック委員会「オリンピック憲章2019年版・英和対訳」https://www.joc.or.jp/olympism/charter/pdf/olympiccharter2019.pdf
2 「Rule 50 Guidelines Developed by the IOC Athletes’ Commission」
 https://www.olympic.org/-/media/document%20library/olympicorg/news/2020/01/rule-50-guidelines-tokyo-2020.pdf
3 「USOPC Creates Athlete-Led Group To Challenge Barriers To Progress & Empower Black Voices」
 https://www.teamusa.org/News/2020/June/08/USOPC-Creates-Athlete-Led-Group-To-Challenge-Barriers-To-Progress-And-Empower-Black-Voices
4 https://www.afpbb.com/articles/-/3290748
5 「Stop racism. Stop violence.」
 https://www.fifa.com/who-we-are/news/stop-racism-stop-violence
6 https://twitter.com/NFL/status/1269034074552721408

(2020年7月執筆)

執筆者

安藤 尚徳あんどう なおのり

弁護士(東京フィールド法律事務所)

略歴・経歴

スポーツに関する案件(スポーツ団体のガバナンス・コンプライアンス、スポーツ事故、スポーツ仲裁、マーケティング等)を専門に扱う。
日本スポーツ法学会事務局、共栄大学国際経営学部非常勤講師 (スポーツ法学)、公益財団法人 日本スポーツ仲裁機構 仲裁調停専門員。
著書に「スポーツ権と不祥事処分をめぐる法実務-スポーツ基本法時代の選手に対する適正処分のあり方」(共著 2013 清文社)、「標準テキスト スポーツ法学 第2版」(共著 2017 エイデル研究所)、「スポーツの法律相談」 (共著 2017 青林書院)など。
その他の略歴等は、事務所サイト(http://tokyofield.jp/)を参照。

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