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一般2021年11月15日 スポーツベッティングの未来 執筆者:冨田英司

1 スポーツベッティング
スポーツベッティングは、スポーツを対象とした賭博(=ギャンブル)であり、日本では競馬法、自転車競技法、モーターボート競走法、スポーツ振興投票の実施等に関する法律(サッカーくじ法)など特別法によって正当業務行為(刑法35条)として運営が許容されているものを除き、賭博罪(刑法185条)にあたり違法とされる。
一方で、スポーツベッティングは収益率が高く、税収の増加が見込まれるだけでなく、収益の合理的な分配によって、スポーツ団体やチームなどスポーツ産業の強力な財源になると言われている。株式会社サイバーエージェントは、日本においてスポーツベッティングが解禁された場合の市場規模は、中央競馬の2019年実績売上の2倍以上である年間最大7兆円の売上額となると推計している1。こうした経済効果を受けてか、一般社団法人新経済連盟は、2020年12月に発表した「観光立国復活へ向けた緊急提言」の中で、「刑法の特例法を措置しスポーツベッティングを全面解禁」といった対策の必要性に言及している2
本コラムでは、日本におけるスポーツベッティングの適法性を確認しつつ、スポーツベッティングの未来を展望する。
2 スポーツベッティングの適法性
(1)賭博と賭博開帳図利
刑法185条は、「賭博をした者」を処罰すると規定する。ここで「賭博」とは、2人以上の者が、偶然の勝敗により財物や財産上の利益の得喪を争う行為とされている。技量や能力が勝敗に影響を持つ場合であっても、少しでも偶然の事情により勝敗が影響される場合は「偶然の勝敗」とされ、賭博に参加する複数の者が財物等を喪失する危険性を負担している関係がある場合に、財物や財産上の利益の「得喪を争う」とされる3。客が遊興施設にて金銭を賭けて行うスポーツベッティングがこの「賭博」に当たる。加えて、刑法186条2項は、「賭博場を開帳」する行為等を賭博開帳図利罪と規定し、主宰者として賭博をさせる一定の場所を提供する者を処罰している。
ところで、特定複合観光施設区域整備法(IR整備法)2条7項は、「カジノ事業者と顧客との間又は顧客相互間で、同一の施設において、その場所に設置された機器又は用具を用いて、偶然の事情により金銭の得喪を争う行為」を「カジノ行為」として、カジノ行為区画で行う場合には、賭博罪や賭博開張図利罪の適用はないと定めるが(IR整備法39条)、スポーツベッティングは対象外とされている4
なお、富くじを発売した場合は富くじ発売等罪(刑法187条)が成立しうるが、富くじの発売等は、賭博行為のうち、行為者の技能や情報を投入して勝敗を競う余地がなく、抽選などもっぱら偶然性を利用する方法によって金員を分配する行為とされる5。スポーツベッティングは、情報分析等を投入する可能性があることから、富くじの発売ではなく、賭博罪及び賭博開張図利罪のみが成立しうると考えられる。
(2)オンラインでのスポーツベッティング
近年、海外で賭博の事業許可を得たベッティング会社が、インターネット上にベッティングサイトを開設し、日本を含む世界中の客の賭博を可能とするという、オンラインスポーツベッティングが広がっている6
前提として、オンラインでのスポーツベッティングも「賭博」なので、日本国内からベッティングサイトに接続して金銭を賭けた場合、賭博行為の一部が国内で行われたとして、その客=利用者には賭博罪が成立すると考えられる。
問題は、ベッティングサイトを開設した事業者には、賭博場を提供したとして、賭博開張図利罪が成立するかどうかである。
ベッティングサイトのサーバーの設置を「賭博場の提供」と評価すれば、ベッティング会社が国内に同サーバーを設置した場合には、賭博開張図利罪が成立することになるが、海外サーバーを利用した場合には国内で賭博場を提供したとはいえないように思われる。この点、「賭博場」と評価するためには、賭博を行うための場所が設定されていれば足り、かつ、賭博行為への関与者をインターネットツールなどで結びつける電子空間(サイバースペース)それ自体を「賭博場」と解することも刑法上許容されるとの見解がある7。この見解を採用すれば、日本国内でベッティングサイトを通して賭博に参加できる状態にした場合には、サーバーの設置場所如何に関わらず賭博開張図利罪が成立しうることとなる。
実際に賭博罪や賭博開張図利罪で摘発され有罪判決を受けるかどうかは別として、いかにオンラインであったとしても賭博罪及び賭博開張図利罪が成立する可能性はある。
(3)ファントークン等を利用したスポーツベッティングの類似体験
近年、スポーツチームやリーグが、ブロックチェーン技術を利用した資金調達方法としてファントークンを発行する事例が増えてきている。そして、クラブチームが、ファンエンゲージメントやトークン価値上昇を企図して、ファントークン保有者に対し、試合結果や試合経過の予想を出題し、正答者にトークンの追加発行(や財産的価値のあるものの付与)をするというイベントを実施する例がある。
上記イベントでは、参加者=トークン保有者は、出題に正解した場合にトークンの追加発行等を受けるという利益を得るだけで、不正解の場合に「財物や財産上の利益」を失うことはなく、賭博罪は成立しないと考えられる。ただし、イベントに参加できる保有トークンと比較して正解の場合に得られる追加発行分のトークンの価値が大きい場合には、トークンの購入代金が実質的に賭け金であり、賭博となる場合がある点は注意が必要である。
クラブチームとしては、上記イベント単体でみれば損失を被るだけであるが、イベントを通して、ファントークンの価値を上昇させ、将来的な資金調達に反映させることが可能となる。こうしたスキームは、現行法下でスポーツベッティング類似の体験を提供しうる新たなファンエンゲージメントといえるが、いわゆるスポーツベッティングと比べれば小規模にならざるを得ないだろう。
3 八百長のリスクとインテグリティ保護の対策の必要性
スポーツが賭けの対象となるためには、試合結果や試合経過が不確実であることが必要不可欠である。しかし、同時に、「賭け」に不正に勝つために、試合結果や試合経過に対するコントロールを及ぼそうとするモチベーションが生まれ、スポーツ選手にそのコントロールが及ぶ可能性が生じる。スポーツベッティングでは、エンターテインメント性(=射倖性)を高めるため、totoなどのような試合結果だけでなく、次にどちらのチームが得点を取るかなど、個々のプレーが賭けの対象となるが、それゆえ選手への不正な働きかけや買収、すなわち八百長のリスクは高まる。
そこで、スポーツベッティングをビジネスと維持し、選手が不正に手を染めるのを防ぐための対策、インテグリティ保護の対策が必須となる。こうしたインテグリティ保護の対策には、事前対策と事後対策がある8
事前対策としては、①競技団体によるルール設定、②八百長の発見・監視システム、③選手の活動環境整備が挙げられる。①の例としては、イングランドサッカー協会(FA)が、クラブ関係者や審判の賭博参加を禁止し、参加者が試合結果等に直接または間接に影響を及ぼす行為を禁止して罰則を設けており、米国MLSにも同様の規定がある。②の例としては、日本サッカー協会も導入しているFIFAのEWS(early warning system)があり、これは賭け金の推移などから八百長リスクを検出できるような制度である。③としては、選手への教育活動のほか、選手の待遇面の改善が挙げられる。
事後対策は、法による制裁である。イギリスのGambling actや米国ネバダ州のNEVADA REVISED STATUTESには、ギャンブルにおける不正行為に対する刑事罰が定められている。この点、我が国のサッカーくじ法も、選手等関係者によるサッカーくじ購入及び賄賂の授受、不正行為を、罰則を持って禁止している(サッカーくじ法10条、37条)。
4 スポーツベッティングによるスポーツマンシップの変容
スポーツが賭けの対象となった場合、スポーツマンシップや美徳感が変容する可能性もある。例えば、マラソンの最後の直線で1位の選手が転倒し、2位の選手が転倒した1位の選手を抱き起こして、2人で肩を組んでゴールするという感動の場面も、ひとたびスポーツベッティングの対象となった場合には、不正行為として非難される可能性がある。また、サッカーの試合で人種差別に抗議する意図で選手らが残り時間を無気力に過ごした場合も、スポーツベッティングの観点からは不正行為とされてしまう可能性がある。
このように、スポーツベッティングは、スポーツマンシップやスポーツの価値を変容させてしまう可能性を秘めている。
5 スポーツベッティングの未来
スポーツ賭博の市場規模は1兆ドルともいわれるなか、その90%が違法賭博とも言われており(2015年国連犯罪防止刑事司法会議のP.ジャイ氏の発言)、日本のスポーツ界も既に賭けの対象となっているのが現状である。
スポーツの醍醐味のひとつが勝敗結果等の「予測」であるところ、スポーツベッティングはその「予測」の射倖性を高めるものであり、新たなスポーツファンを獲得する起爆剤となりうるものである。2022年にはtotoの対象にバスケットボールが追加され、単一試合投票などの導入が予定されるが、エンターテインメント性が十分であるとはいえない。スポーツベッティングには上記にみたような様々な論点があり、前述の新経済連盟の提言にある刑法の特例法だけで解決するものではないが、スポーツ界の未来におけるスポーツベッティングの価値を踏まえ、様々な角度から議論する必要があるだろう。

1 https://www.cyberagent.co.jp/news/detail/id=25267
2 https://jane.or.jp/proposal/pressrelease/12609.html
3 橋爪隆「判例講座・刑法各論 第20回(完)賭博罪について」警察学論集第74巻9号(2021)129頁
4 特定複合観光施設区域整備推進会議「特定複合化観光施設区域整備推進会議取りまとめ~観光立国の実現に向けて~」(平成29年7月31日)44頁
5 前掲注3)
6 例えば、イギリスのWilliam HILL社は、日本語版のウェブサイトを開設している。
7 前掲注3)
8 山崎卓也「Integrity問題の法的な論点整理と国際的動向-Sports Bettingに関する八百長問題、無気力試合・故意敗退行為、その他-」スポーツ法学会年報第20号(2013)42頁

(2021年10月執筆)

本コラムは執筆者個人の意見であり、所属団体等を代表するものではありません。

執筆者

冨田 英司とみた えいじ

公益社団法人ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ
管理グループ/コンプライアンス事務局
弁護士(バックステージ法律事務所)

略歴・経歴

同志社大学スポーツ健康科学部客員教授(スポーツ法)
一般社団法人大学スポーツコンソーシアムKANSAI(KCAA)理事
大阪大学人間科学部卒業、京都大学大学院法学研究科(法科大学院)修了後、2011年大阪弁護士会登録。2013年から公益財団法人日本スポーツ仲裁機構(JSAA)仲裁人・調停人候補者を経て、2017年には同機構(JSAA)理解増進専門職員、平成29年度スポーツ庁委託事業「スポーツ競技団体のコンプライアンス強化委員会」委員を歴任。
主な取扱分野はスポーツ法務、エンターテインメント法務、ベンチャー企業・スタートアップ法務。

詳細はバックステージ法律事務所HP(https://st-law.jp)を参照

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