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契約2021年01月29日 アスリートの不倫は何に違反するのか? 執筆者:冨田英司

1 瀬戸大也選手の不倫問題とその後の経緯
2020年9月、東京オリンピック競技大会の水泳競技日本代表に内定している瀬戸大也選手に不倫問題が報じられた。報道によれば、その後、瀬戸選手本人が不倫を事実と認めたことを前提として、所属先であったANAを含むスポンサーが同選手との契約を解除するなど撤退し、JOCシンボルアスリートを自ら外れた。さらに、日本水泳連盟は、同年10月、瀬戸選手の不倫が、競技者資格規則第8条1号「第2条のスポーツマンシップに違反したとき」及び同6号「その他本連盟及び本連盟の加盟団体の名誉を著しく傷つけたとき」に該当するとして、同規則第9条に基づき、同選手に対し、①年内(2020年12月末まで)の登録停止、②スポーツ振興基金助成金の2020年下半期の推薦停止、③日本水泳連盟やJOCの教育プログラムの受講、という処分を行った。
この問題に対しては、瀬戸選手が受けた経済的損失や競技環境への影響などが活発に議論されてきたが、本コラムではアスリートの不倫がもたらす効果を法的観点から検討する。
2 スポンサーシップ上の契約違反
スポーツ・スポンサーシップでは、スポンサーとなる企業は、イメージの構築・改善、販売促進、市場ポジショニングや市場獲得などのマーケティング目的を持っているとされ1、アスリート個人とのスポンサー契約においては、アスリートの持つイメージを宣伝広告や販売促進に利用することを動機とする。
では、スポンサーシップにおいて、アスリートは、スポンサー料の対価として、どのようなメリットを提供しているのかというと、アスリートの氏名や略歴、肖像等を商業的に利用する権利、すなわちアスリートの肖像等が持つ顧客吸引力の使用権である23
そして、アスリートに不倫などがあるとスポンサーメリットの不可欠の構成要素であるアスリートの顧客吸引力が大幅に毀損される。スポンサー企業としては、毀損された顧客吸引力では宣伝広告や販売促進などの目的が達成できず、対価に見合わなくなり、むしろ企業イメージの低下すら起こりうる。
その意味で、アスリートの不倫は法定解除権の発生要件である履行不能もしくは安全配慮義務違反というアスリート側の債務不履行にあたると考えられるが、そうでなくとも、一般的なスポンサー契約では、顧客吸引力の毀損に備えたアスリート側の遵守義務を定めて、素行不良など契約相手方のイメージを害する事情を約定解除事由として列挙しており、いずれにしてもアスリートの不倫はスポンサーシップの契約違反となる。
3 スポーツマンシップの違反?
では、アスリートの不倫はスポーツマンシップに違反するのであろうか。
この点、日本水泳連盟の競技者資格規則第2条は、スポーツマンシップを、①スポーツとして水泳を愛し、フェアプレーの精神とマナーを尊び、水泳スポーツの向上と発展に自ら貢献しようとする意志を持つこと、②善良な市民、健全な社会人としての品性を保ち、市民社会における水泳スポーツの地位の向上に寄与すること、と定義している。日本水泳連盟は、瀬戸選手の不倫が上記②のスポーツマンシップに違反すると判断したと思われる。
しかし、国語辞典によれば、スポーツマンシップは、「正々堂々と公明に勝負を争う、スポーツマンにふさわしい態度」とされる4。広瀬一郎氏はスポーツマンシップを「規則(ルール)にしたがう。」、「相手を尊重する。」、「勝利のために最善の努力をする。」、「良い試合をする。」、「負けても相手を称え、落胆せずに次に備える。」、「チームの良き一員として、協調し助け合う。」、「審判を尊重する。」、「フェアプレー(ルール違反をしない)を心掛ける。」という8項目に整理している5
このように、スポーツマンシップはフィールド内の言動と理解されることが多い以上、資格停止など規律処分の要件としてのスポーツマンシップに社会人としての品性の保持などフィールド外の言動を読み込むべきではないと思われる。アスリートの不倫はフィールド外の言動であり、スポーツマンシップに違反するという認定はできないというべきである。日本水泳連盟の競技者資格規則第8条は合理性を欠くと考える。それと同時に、様々な定義が散見されるスポーツマンシップの違反に基づく処分は被処分者である選手の予測可能性を害するという側面もあるように思われる。
そうすると、日本水泳連盟の瀬戸選手に対するスポーツマンシップ違反に基づく処分は、日本スポーツ仲裁機構の仲裁判断で採用されている処分取消の基準である、スポーツ連盟の「規則自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠く場合」、あるいは「決定が著しく不合理な場合」に該当するのではないだろうか。
4 スポーツ統括団体の名誉の侵害?
日本水泳連盟の瀬戸選手に対する処分のもう一つの理由は、瀬戸選手の不倫が日本水泳連盟等の名誉を著しく傷つけたというものである。
しかし、アスリートの不倫は、アスリート自身の名声や社会的評価を傷つけるものの、登録するスポーツ統括団体の名誉を侵害するものではない。実際、瀬戸選手の不倫で日本水泳連盟の社会的評価は全く下がっていないと思われる。
この点で、日本水泳連盟の瀬戸選手に対する処分は「著しく不合理な場合」にあたり処分取消事由と言わざるを得ない。
ところで、日本水泳連盟の処分規程をみると、役職員等が「本連盟及び加盟団体の名誉又は信用を毀損する行為を行ったとき」(同規程第3条、第4条)は、違反行為として降格や出勤停止の処分が科されることとなっている。日本水泳連盟は、アスリートの不倫を日本水泳連盟の名誉毀損と認定した以上、仮に役職員等の不倫が発覚した場合も名誉毀損として相当な処分をしなければ、翻って今回の瀬戸選手に対する処分が比例原則違反との評価を受けるようにも思われる。
5 アスリートは不倫によって本当に処分されないのか?
もちろん「不倫は文化だ」などとアスリートの不倫を肯定するものではないが、権利行使も処分も合理的で相当なものでなければ法的に許されないことは言うまでもないだろう。アスリートの不倫はスポンサーシップ上の契約違反になるものの、スポーツマンシップには違反しないし、ましてやスポーツ統括団体の名誉を毀損するものではない。
もっとも、日本水泳連盟の倫理規程が「役職員等及び登録者等は、関係法令及び本連盟の定款、関係規程等を厳格に遵守し、社会的規範に反することのないよう行動しなければならない。」(第5条)と定めているように、多くのスポーツ団体では「社会規範」を含むコンプライアンス遵守を求めている。したがって、スポーツ競技団体は、不倫が社会規範に違反するか、という質問に対する合理的な回答も用意しておく必要があるかもしれない。

1 藤本淳也「スポーツ・スポンサーシップの概念と日本の現状」AD STUDIES 67巻(2019年)
2 この顧客吸引力を排他的に利用する権利はパブリシティ権といわれ、著名人の肖像等を無断で利用する行為は、専ら著名人の肖像の有する顧客吸引力の利用を目的とするなど一定の場合、パブリシティ権を侵害するものとして不法行為法上違法となる(最高裁平成24年2月2日第一小法廷判決<ピンクレディー事件>)。
3  NPBやJリーグでは、選手の肖像権やパブリシティ権の利用許諾の主体が球団やクラブにあり(NPB統一契約書第16条、Jリーグ選手契約書第8条)、MLBでは選手会が選手の肖像権を一括管理しているなど、競技種目によって利用許諾主体が選手以外の場合もある。
4 新村出編『広辞苑第7版』(岩波書店、2018)
5 広瀬一郎『スポーツマンシップを考える』(小学館、2005)

(2021年1月執筆)

執筆者

冨田 英司とみた えいじ

弁護士(バックステージ法律事務所)

略歴・経歴

同志社大学スポーツ健康科学部客員教授(スポーツ法)
龍谷大学非常勤講師(スポーツと人権・平和)
一般社団法人大学スポーツコンソーシアムKANSAI(KCAA)理事
大阪大学人間科学部卒業、京都大学大学院法学研究科(法科大学院)修了後、2011年大阪弁護士会登録。2013年から公益財団法人日本スポーツ仲裁機構(JSAA)仲裁人・調停人候補者を経て、2017年には同機構(JSAA)理解増進専門職員、平成29年度スポーツ庁委託事業「スポーツ競技団体のコンプライアンス強化委員会」委員を歴任。
主な取扱分野はスポーツ法務、エンターテインメント法務、ベンチャー企業・スタートアップ法務。

詳細はバックステージ法律事務所HP(https://st-law.jp)を参照

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