労働基準2025年01月23日 外国人や外国企業からの人事労務相談はニッチな分野ではない?! 執筆者:大川恒星

最近、日本企業で働く外国人や、日本に子会社等の拠点を設け当該拠点で従業員を雇用するあるいはこれから雇用を始める外国企業からの人事労務相談を受ける機会が少なくない。
この背景には、日本で働く外国人労働者の増加、日本政府が呼び込む対日直接投資など様々な要因が絡み合っていると考えられるが、確実に外国人や外国企業からの人事労務相談のニーズは高まっている。
日本企業で働く外国人であれば、「突然解雇されてしまった」、「残業代が支払われない」といった日本人従業員でもしばしば遭遇する問題のほか、転職エージェントとのコミュニケーションミスに起因する転職先や転職エージェントとの転職時のトラブル(例えば、「転職先での採用が決まった」という転職エージェントの言葉を信じて前職を退職したが、転職先での採用が決まっていなかったケース)もある。一方、外国企業からは、日本企業と変わらず、能力不足・パフォーマンスが低い社員を解雇したいなどの相談を受けるほか、日本ビジネス参入のため日本企業を買収する際の当該企業への労務監査(労務DD)や買収後の労務管理に関する相談に対応することもある。さらに、外国企業の日本の拠点となる子会社等では、本国との円滑なコミュニケーションを確保するため、外国企業の所在地たる本国から人員が子会社等の役員や従業員として派遣されてきたり、また、本国の言語や英語に長けた在日外国人が日本現地で雇用されたりすることも珍しくなく、外国人労働者の雇用も問題となる。
これらの外国人や外国企業からの人事労務相談については、外国人が日本で就労するために必要な在留資格(ただし、情報通信技術が発達した昨今、外国企業の所在地たる本国からの人員派遣において本国に滞在したままの越境リモートワークであれば、在留資格は不要)、外国企業とその日本の拠点となる子会社等との間の人員派遣に関する契約やその内容、外国人役員や外国人労働者との紛争解決方法(民事訴訟法に規定される国際裁判管轄や、法の適用に関する通則法で規律される準拠法決定の問題 1)、属地主義の原則のもと日本で就労する外国人労働者に適用される労働法の行政取締りや刑事罰の発動に関する公法的規制(労働基準法等)、外国人労働者の雇用に関する労働保険や社会保険の適用問題、外国人労働者の雇用に関する特別な法令として労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律2 や同法8条に基づく外国人労働者の雇用管理の改善等に関して事業主が適切に対処するための指針(この指針に反した事業主の対応が民事上の違法性に直結するものではないものの、労働契約における債務不履行や不法行為の認定に際して斟酌されうる)、外国人労働者の雇用に関する判例・裁判例(例えば、国籍を理由とする労働条件格差に関する労働基準法3条の均等待遇原則の適用が問題となった事案や高度人材といった専門能力を期待して雇用された外国人労働者の能力不足・適格性欠如を理由とする解雇事案)を意識した対応が求められる。これらのルールは、日本企業において日本人従業員を雇用するだけであれば通常問題とならないため、日本弁護士であっても見落としかねないものである。
さらに、このようなルールを熟知して、きちんと外国人や外国企業に説明するのが重要であることは言うまでもないが、ときに日本語ではなく英語や(筆者はできないが)中国人であれば中国語といった母国語での相談対応が求められ、筆者のように米国への留学経験はあるとはいえ日本で生まれ育った者にとって外国語による法律相談対応は簡単ではない(メール相談であれば比較的容易であるが、面談、ウェブ会議、電話など、要は口頭での外国人との英語のやり取りは、筆者も四苦八苦しながら対応している。もっとも、日本の労働法に関する正確な助言を求める外国人や外国企業の立場を踏まえて、拙い英語であったとしても、なるべくシンプルに、自信を持ってはっきりと説明することを意識している。彼らも流ちょうな英語が聞きたいのではなく、信頼できる日本弁護士からの確かな助言を求めている)。
また、外国人や外国企業に対して日本の労働法を説明する場合には、単なる制度説明で終わらないようにも意識している。当該外国人や当該外国企業にとっての「常識」である、当該外国の労働法制や雇用慣行を調べてみて、当該外国と日本の労働法制との違いを踏まえて、日本の労働法制について説明している。インターネットを用いて英語の情報を厭わなければ、外国の労働法制や雇用慣行の概要はすぐにつかめるし、外国法が問題となっているわけではないから現地の専門家に頼らずともこれで十分である。例えば、日本とは異なり、「ジョブ型雇用」が一般的で労働市場が流動的であるとされ、(州によっても異なるが)解雇規制が比較的緩やかとされる米国出身の者や企業に対して、日本では解雇が容易に認められないと教科書通りの説明をするだけでは、なかなか納得を得られない。このとき、米国の労働法制や雇用慣行との違いを意識して、日本ではこうなっていると、「日本のメンバーシップ型雇用」や「終身雇用制度」にも触れて説明すれば、彼らの納得感もずいぶんと異なる。過去には、「日本は不思議な国であるが、よく分かった」と言って納得してくれる人もいた。
このように、外国人や外国企業からの人事労務相談については、言語や文化(雇用慣行)のみならず、日本企業において日本人従業員を雇用するだけであれば通常問題とならない、複雑な法律問題が関わってくる。また、越境リモートワークにおける適用法の問題(例えば、米国人が米国からリモートで日本企業で働く場合、準拠法はどのように決まるのか、罰則も伴う労働基準法の労働時間規制が適用されるのかなど)に代表されるように、これまであまり論じてこられなかった興味深い法律問題も生じている。
すでに外国人や外国企業からの人事労務相談に対応されている、あるいはこれに関心をお持ちの方々との繋がりが増えることを願って、この辺りで筆を置くこととする。

1 前述の本国に滞在したままの越境リモートワークであれば、通則法における最密接関係地法に関する労務提供地を特定することができるのかという複雑な問題も生じる。この場合、労務提供地は日本とも本国とも解釈し得ることから労務提供地を特定することができない場合として、通則法12条2項かっこ書きに基づき当該労働者を雇い入れた事業所の所在地の法を最密接関係地法とする解釈もあり得よう。この点に関連して、国際線の客室乗務員としての業務であるから、労務提供地は、航空機の飛行する複数の法域にまたがっているとして労務提供地を特定することができない場合に当たると判断したケイ・エル・エム・ローヤルダッチエアーラインズ事件・東京地判令和5年3月27日労判1287号17頁がある。
 

2 外国人を雇用する事業主には、外国人労働者の雇入れや離職の際に、その氏名、在留資格などについて、ハローワークに届け出ることが義務づけられている(28条) 。ただし、外交・公用の在留資格者および特別永住者は除かれる。届出を怠ったり、虚偽の届出を行った場合には、30万円以下の罰金の対象となる(40条1項2号)。

(本記事の内容に関する個別のお問い合わせにはお答えすることはできません。)

(2025年1月執筆)

執筆者

大川 恒星おおかわ こうじ

弁護士・ニューヨーク州弁護士(弁護士法人淀屋橋・山上合同)

略歴・経歴

大阪府出身
私立灘高校、京都大学法学部・法科大学院卒業

2014年12月   司法修習修了(第67期)、弁護士登録(大阪弁護士会)
2015年1月   弁護士法人淀屋橋・山上合同にて執務開始
2020年5月  UCLA School of Law LL.M.卒業
2020年11月~  AKHH法律事務所(ジャカルタ)にて研修(~同年7月)
2021年7月   ニューヨーク州弁護士登録
2022年4月   龍谷大学法学部 非常勤講師(裁判と人権)

<主な著作>
「Q&A 感染症リスクと企業労務対応」(共編著)ぎょうせい(2020年)
「インドネシア雇用創出オムニバス法の概要と日本企業への影響」旬刊経理情報(2021年4月)

<主な講演>
・2021年7月 在大阪インドネシア共和国総領事館主催・ジェトロ大阪本部共催 ウェビナー「インドネシアへの関西企業投資誘致フォーラム ―コロナ禍におけるインドネシアの現状と投資の可能性について」
・2019年2月 全国社会保険労務士会連合会近畿地域協議会・2018年度労務管理研修会「働き方改革関連法の実務的対応」

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