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教育・宗教2010年08月30日 あこがれの職業「保育士」  保育事故、変わりゆく意識と変わらない思い 執筆者:古笛恵子

 それこそ何十年も前、まだ幼稚園や小学校のころ、大きくなったら何になりたいか、という話がよく出たものです。もう記憶がだいぶ薄れてきましたが、花屋さん、パン屋さんから始まって、交通安全教室の後は婦人警官、病気をした後はお医者さんなどいろいろ言っていた気がします。小さい頃には思いつきもしなかった弁護士になった今から考えると、夢一杯だった頃のとてもなつかしい思い出です。
 そのころ、女の子の間でいつも1,2を争う人気の職業は、「保母さん」でした。子どもたちに囲まれて、一緒に歌を歌ったりお遊戯をしたりする可愛い保母さんは、女の子にとってあこがれの的でした。そうそう、ロンパールーム(でしたっけ?)のお姉さんごっこもよくしていました。
 長い年月を経て、保育園や幼稚園、学童保育の先生方、ベビーシッターさんと、小さい頃には思いもよらなかった形でご一緒することが多くなりました。弁護士として関与するわけですから、いやな話ですが、どうしても事故やトラブルが前提となってしまいます。
 子どもが可愛いこと、子どもが何よりも大切であることは、いつの時代も変わりません。しかし、事故やトラブルを通しての感想ではありますが、子どもをめぐる大人たちのあり方について、私が子どもだった昭和の時代はもとより、十年一昔ではありませんが、ここ何年でも大きく変わっているのではないかという気がしています。
 耳を疑うような虐待事件が報道される一方で、昔であれば、「子どものことだから」とか「お互いさま」と親同士が笑い話ですんだような小さなトラブルが、保育園や学校、自治体も交えた大問題になることも珍しくありません。保育の現場に携わる先生方は、子どもたちと歌ったり踊ったりしている「保母さん」では済まされない難しい立場に置かれていることを痛感します。
 保育の現場、子どもの居場所が安全でなければならないことは言うまでもありません。子どもの心身の安全を確保することは、子どもにかかわるすべての大人に最優先で課される義務です。しかし、元気いっぱい活動的であってこそ子どもですから、打ったり転んだりとケガはつきものです。正直すぎて残酷ですから心を傷つけあうこともあります。園児が心身を傷つけたら、すべて保育園の責任になると、保育園では何もできなくなってしまいます。転ぶから走らせない、ケンカをするから子ども同士遊ばせない、ケガをするからハサミは使わないとなると、子どもの心身を成長させる本当の意味での保育は実現できなくなってしまいます。
 子どもが可愛いこと、子どもが何より大切であることは、家庭でも保育園でも同じです。保護者と保育士が同じ思いに立って、一緒にトラブルを解決できることが望ましいと思います。そこは、法律とか裁判以前の世界です。しかし、そのような解決を促進するためにも、最終的にどうしようもない場合の解決方法である法的な判断基準、注意義務の基準を確立する必要があります。ことに、学校事故については、ある程度、裁判例も集積し、学問的にも実務的にも研究分析が進んでいますが、プレスクール、アフタースクールといった保育事故については、学校事故ほど研究が進んでいないように思います。この点は、われわれ法律家に課せられた課題でしょうが、保護者と保育士とが、子どもが可愛いこと、子どもが何より大切であることという変わることのない同じ思いに立って、問題に取り組みたいものです。
 いつまでも女の子のあこがれの「保母さん」であってほしいのです。

(2010年8月執筆)

執筆者

古笛 恵子こぶえ けいこ

弁護士(コブエ法律事務所)

略歴・経歴

(財)日弁連交通事故相談センター 本部・東京支部 委員
早稲田大学大学院法務研究科・中央大学法科大学院 兼任講師
日本賠償科学会 理事、日本交通法学会 理事

〔主要著書・論文〕
「〔改訂版〕事例解説 保育事故における注意義務と責任」(編著・新日本法規・2020.5)
「〔改訂版〕事例解説介護事故における注意義務と責任」(編著・新日本法規・2019.5)
「事例解説 高齢者の交通事故」(編著・新日本法規・2007.4)
「新型・非典型後遺障害の評価」(共著・新日本法規・2005.5)
「交通事故責任と損害賠償・保険・示談Q&A」(共著・日本法令・1999.9)
「損害算定における高齢者の問題点」(賠償科学2006.3)
「交通事故における損害算定上の諸問題」(月報司法書士2006.2)

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