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一般2017年01月10日 検事から弁護士へ― 一六年経って(法苑180号) 法苑 執筆者:落合洋司

 私が司法修習を終えて検事に任官したのは一九八九年(平成元年)四月、昭和天皇崩御、昭和から平成へという大きな節目の時で、世はその後の修羅場を思うこともなくバブル経済に沸き立っていた。その後、バブル崩壊に伴う事後処理的な事件やオウム真理教関連の事件など、様々な事件の捜査、公判を経験して、二〇〇〇年(平成一二年)八月、私は検事を辞め、弁護士になって、二〇一六年(平成二八年)一〇月で、弁護士登録後、満一六年を迎えた。
 以下、できるだけとりとめなくならないように注意しながら、この一六年を振り返ってみたい。こういう変わった「ヤメ検」もいるという話になる。
 弁護士になってから、よく、なぜ検事を辞めたんですかという質問を受けてきた。当初は、続けていれば検事正になれたのに、若くして任官したのだから出世できただろうに、早まりましたね、といった否定的なことも併せて言われることが多く、その後、検察庁が様々な問題に直面するようになると、先見の明がありましたね、という人も出るようになり、最近は、弁護士になって、より活躍していると思ってくれる人が多いのか(自分にはその意識はないが)、辞めて損しましたねといったニュアンスではなく、ちょっと興味感じて聞いてみますという聞かれ方をすることが多い。
 任官後、数年程度で、このままずっと検察庁にいるのが自分の人生なのかと漠然とした考えが時々湧き上がるようになり、最後の任地に異動になった頃には、そのような考えが具体的なものになっていた。組織の一員として動くことにそれほど抵抗はなくそれなりにこなしてもいたが、どことなく違和感はあったし、何よりも、捜査、公判に従事して刑事事件を取り扱うことによる、ある程度狭く限られた状態から、もっと広く経験を積んだり、より多くの人々に接する、そういう機会を持ってみたいという意識が強くなってきたというのが実状だった。そして、紹介してくれるところがあって、ヤフー株式会社で企業内弁護士として働くことになり、検事を辞めてすぐに、二〇〇〇年九月から同社の法務部で働くことになった。
 なぜ法律事務所に入らず企業内弁護士になったんですかという質問も、その後、よく受ける。何か高い目標とか考えがあってというわけではなく、大学卒業後、すぐに司法研修所に入り、さらに検察庁に入って、民間企業で働いた経験が皆無だったので、法律事務所で働く前の二、三年程度、検察庁でもらっていた給与程度は貰いながら働いてみるのも良い経験になるだろうという思いからで、特にそれ以上のことは考えていなかった。ただ、結局、ヤフー株式会社では六年七ヶ月と、当初の予想よりははるかに長く働くことになる。
 インターネットの会社で、自由な雰囲気で社員が働いていて、服装も、営業担当者や社外で人と会ったりする時以外は、例えばポロシャツにチノパンといった思い思いの装いで、それまで仕事に行くのにスーツ、ネクタイ以外にはあり得ない公務員生活しか送ってこなかった自分にとっては一八〇度の大転回だった。慌てて、通信販売でカジュアルな感じの服を買ったり、黒っぽい革靴以外の靴を買いに走ったりしたのが懐かしい。検察庁では、捜査を担当している時は立会事務官と個室にいることが多かったが、広いフロアでずらっと並んだブースの中に自席を与えられ、朝から夕方まで、インターネットを見続ける状態になったのも、それまでとは一八〇度の大転回だった。
 法務部所属の企業内弁護士というと、契約書をチェックしたりといった仕事に従事しているというイメージが湧くし、実際、そういう仕事をしている人が大多数であるが、私の場合、そういった企業内弁護士らしい仕事をするために入社したわけではなかった。当時のヤフー株式会社は、日本でのサービス開始後、四年余りが経過し、大きく注目されて株価が一億円を突破したと話題になったりもしている状態で、特に、インターネットオークションが、出品数もうなぎ上りに増加して、それに伴い、様々な問題も出て(例えば児童ポルノ関連出品など)、警察庁から対策の強化を強く要請されていた。アメリカのヤフーでは、abuse担当(ここでのabuseは「濫用」という意味で、サービス濫用対策を行うこうした部署がアメリカのインターネット関連会社には以前から存在する)の弁護士が数十名単位でいることから、日本でも弁護士に担当させようと考えていたところに、私が視野に入ってきて、検事出身なら刑事事件にも詳しいだろうということで採用に至ったという経緯であったようである。
 こういう経緯だったので、担当はabuseで、連日、オークションや掲示板(誹謗中傷など今に至る問題が既に頻発していた)など各種サービスの担当者やカスタマーサポートと協議しながら、また外部(権利者や警察当局、官公庁など様々)とも連絡、協議を行いつつ、広報担当者と連携して何かと否定的に書かれやすい報道(その前の取材)にも対応するといった、検事当時とは一定の関係性は持ちつつも、ここでも一八〇度大転回した仕事に放り込まれた状態になった。
 今でも、インターネットに関する相談を受けたり訴訟を担当したり取材を受ける機会があるが、その当時に経験したことが大きく役立っていることをよく感じる。実に様々な紛争(もめ事)があり、関係者の様々な思惑も錯綜していて、それまで検察庁にいた当時は「検事さん、検事さん」と下手に出ていた警察が、高圧的だったり小馬鹿にしたような口ぶりで言ってきたりと、人の姿を立場を変えて見ることで学ぶことも多かった。特にインターネットオークションについては、問題のある出品について、出向いて説明したり苦情を言われて謝ったりすることが多く、罵詈雑言を浴びせられて会社に戻りながら、検察庁を辞めたのは失敗だったかと思ったことは何度もあった。
 振り返ると、ヤフー株式会社のようなポータルサイト(インターネットの入り口になるサイト)を運営する会社で、様々なサービスを見つつ(サービス自体をよく知ることが社内でも推奨されていて自分でもいろいろと使って試しながら中身を把握していた)、次々と生起する問題に、日々対応する経験を積み重ねることができたことは、実に良い経験になったと感じるものがある。
 そういった中で、二〇〇四年(平成一六年)六月から、その当時流行り始めていたブログを始め、日々起きる事件、事故についてのコメントを中心に、毎日、更新するようになった(毎日更新状態は現在まで続いている)。これについて、よく続きますねと言われることがあるが、それほど長いエントリーを書いているわけではなく、題材も日々起きる事件、事故が中心で(最近は興味、関心があるモバイル系の話題も多いが)、習慣化しているのでそれほど時間も取らず、無理なく続いている状態である。二〇〇九年(平成二一年)からはツイッターも始め、二〇一六年(平成二八年)一一月時点で三万四〇〇〇余りのフォロワーがいて、法曹関係者としてはフォロワーが多い方になる。
 こうして、刑事分野やインターネット分野に取り組んでいるのが珍しく、目に留まったのか、二〇一二年(平成二四年)に起きたパソコン遠隔操作事件では、犯人からの犯行告白メールなどが次々と私のところへ送られてくるという事態も生じ、大きな事件の渦中に放り込まれたような状態になって、弁護人、代理人ではなく一種の当事者として関わるということにもなった。全く予想外のことで、面食らったし、そういう立場になるのは初めてのことでとまどいもしたが、こういったことは、検事から弁護士になり、上記のような、風変わりな経歴を経ていなければなかったことだろうということも、当時感じたものだった。
 話は戻るが、企業内弁護士として活動し始めて一年程度経過した頃、法廷へ行ったりして従来型の弁護士らしい仕事もしたいと強く感じるようになった。会社に相談したところ、それまでの正社員としての常勤勤務を契約社員としての非常勤勤務に変更して良いとのことで、好意に甘える形でそうしてもらい、週に三日、出社してabuse担当としての業務を行い、それ以外は、当初は地道に国選弁護を担当したりして、一般的な弁護士業務も並行して行うようになった。そのうち、徐々に仕事を依頼してくれる人も増え、会社と弁護士業とを並行して行うのが次第にきつくなって、二〇〇七年(平成一九年)三月をもってヤフー株式会社は退職して現在に至っている。
 ヤフー株式会社という大きな組織に身を置き、インターネットの世界に深く関与しつつ働くことにも強い魅力を感じ、迷いはあったが、思い切って弁護士業をやってみたいという気持ちを尊重しての決断で、自分にとって、検事から弁護士に転じた時に次ぐ、大きな決断の時であったと振り返って感じるものがある。
 最近は、同期で検事任官者の中でも検事正に任じられる人も出てくるようになり、検事任官当時は先の先にあって到底見えていなかったところに、自分も差しかかっているという感が強くなっているし、あのまま検事を続けていたら今の自分はどうなっていたのか、ヤフー株式会社での勤務を続けていたらどうかなどと、ふと思うこともある。
 「ヤメ検」というと、とかく、犯罪を摘発する立場にいたのが節操もなく弁護士になり金目当てでえげつなく動く魑魅魍魎のような悪いイメージがつきまといがちだが、中にはこういう風変わりな者もいるということで、紹介させていただいた次第である。

(弁護士)

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