一般2022年01月12日 最高裁判所裁判官の国民審査がおもしろい 執筆者:矢吹遼子
令和3年10月31日、衆議院議員選挙とともに最高裁判所裁判官の国民審査が行われました。結果は、予想通り、全員「信任」でした。そもそも、過去に国民審査で罷免された裁判官はいません。
制度が形骸化しているという指摘はあります。例えば、この国民審査は、裁判官が任命されてから初めて行われる衆議院議員総選挙の際に行われることになっています。タイミングによっては、任命後すぐに国民審査が行われることもあり、我々としては何を判断材料にしたら良いか全く分からないということもあります。また、衆議院議員選挙と一緒に行われるので、どうしても「おまけ」感も出てしまいます。そして、過去に最も高い不信任投票を得た裁判官でも15%程度であり、国民審査で罷免されることはまずないと言ってよさそうです。では、より良い方法に変えることができるか。最高裁判所裁判官の国民審査については、憲法に規定があります。
第6章 司法
第79条
第1項 最高裁判所は、その長たる裁判官及び法律の定める員数のその他の裁判官でこれを構成し、その長たる裁判官以外の裁判官は、内閣でこれを任命する。
第2項 最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後十年を経過した後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し、その後も同様とする。
第3項 前項の場合において、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は、罷免される。
第4項 審査に関する事項は、法律でこれを定める。
第5項 最高裁判所の裁判官は、法律の定める年齢に達した時に退官する。
第6項 最高裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は、在任中、これを減額することができない。
任命後初めて行われる衆議院議員総選挙の際に行われることは憲法上明記されているので、憲法を改正しない限り、この方法を変更することはできません。また、不信任投票がどの程度あれば罷免されるかについて、憲法は「投票者の多数が裁判官の罷免を可とするとき」としか定めていません。最高裁判所裁判官国民審査法で、過半数を超えれば罷免される旨規定されており(32条)、法律を改正すれば変更はできるのですが、「投票者の多数が」という憲法上の要件を満たす必要があるので、低い不信任得票率で罷免を可とすることはできません。また、信任の場合にのみ〇をつける方法だと、「罷免を可とする」という意思が積極的に現れないので、やはり憲法の規定にそぐわないように思います。そう考えると、国民審査の制度を変えるのはなかなか難しいと言わざるを得ません。
今回の国民審査では、その後の報道にもあった通り、一部の裁判官の不信任率が他の裁判官より高い傾向がみられました。これには、令和3年6月に大法廷決定があった夫婦別姓訴訟や、同年7月の辺野古サンゴ移植訴訟の判断が影響しているとみられています。
事実上罷免されない制度であったとしても、裁判官はご自身の不信任投票率をある程度は気にされるのではないでしょうか。他の裁判官より高い不信任投票率であれば、自分の感覚が民意と離れていないかを気にすることはあるでしょう。ですから、民意は一定程度反映されていると言うことはできます。
そうなると、国民に、国民審査の十分な判断材料を提示することが重要になってきます。報道機関が国民審査前に裁判官に対しアンケートを実施していましたが、個別の事件に関するものについては回答を差し控えられていることが多く、あまり参考になりません。一番の判断材料はやはり判決です。近年、個々の裁判官の価値観が反映される訴訟が注目を集めており、国民も関心を寄せやすくなっています。そういう意味では、今回はNHKのサイトが比較的充実していたように思います。
NHKサイト|最高裁判所裁判官 国民審査 2021“憲法の番人”ふさわしいのは
私は、さらに一歩突っ込んで、判決に付される「補足意見」「意見」「反対意見」を読むことをお勧めします。これらの意見には、裁判官個人の価値観が如実に表れており、読んでいて大変興味深いです。判決文は読み解くのに難解な部分もありますが、裁判官が平易な文章で書くよう努めておられますし、随分国民の目線を意識したものになってきているようにも思います。担当された訴訟に付される意見を裁判官ごとに読んでいくと、「この裁判官は、被害や権利を主張している個人に寄り添い、どんな権利が侵害されているのかをとことん考える方だな」とか「この裁判官は、立法や行政の行為をできる限り尊重し、積極的な判断をしない方だな」というのが分かります。一概に言えることではありませんが、裁判官のご経歴も拝見しながら、なるほどと思うこともあります。
(2021年12月執筆)
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執筆者
矢吹 遼子やぶき りょうこ
弁護士(弁護士法人 本町国際綜合法律事務所)
略歴・経歴
平成21年弁護士登録(大阪弁護士会)。
弁護士法人 本町国際綜合法律事務所所属。
CEDR(Centre for Effective Dispute Resolution)の認可調停人。
契約書(和文・英文)のリーガルチェックや作成等の国際案件、一般民事、家事事件を多く担当する。
薬害肝炎訴訟、全国B型肝炎訴訟、HPVワクチン(子宮頸がんワクチン)薬害訴訟にも参加。
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