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紛争・賠償2022年10月21日 入試における女子差別の慰謝料 執筆者:矢吹遼子

 医大・医学部の入試差別に基づく損害賠償請求事件の判決が、今年になって出ています。いずれも大学側の不法行為責任を認め、原告らに対する損害賠償を命じています。5月に判決があった順天堂大学では、受験1回につき30万円、9月に判決のあった東京医科大学では、受験1回につき20万円、得点調整がなければ合格していた又はその可能性があった元受験生に対しては、100~150万円の加算という判断になっています。
 日本の裁判では、慰謝料は低く抑えられる傾向にあります。ただ、そうであっても、やはり低廉ですね。受験生らは、なぜ医者になりたいと思ったんだろうか、どんな受験時代を過ごしたんだろうか、どうしてその大学を志望したのだろうか、不合格となった後どんな進路変更を余儀なくされたんだろうか、想像を膨らませると、その精神的な苦痛を金銭に見積もって20万~150万円かと思うと、やりきれない気持ちになります。

 日本の損害賠償は、あくまでもその人が被った損害を賠償するというもので、英米法で認められる懲罰的損害賠償の要素はありません。懲罰的損害賠償(Punitive damages)というのは、被告の行為が特に有害であったときに裁判所の裁量で制裁金として課されるものです。代表的な判例と言えば、マクドナルドのコーヒーの事案(ニューメキシコ州、1994年)があります。この事案は、マクドナルドのコーヒーの温度が熱すぎて、それをこぼしてしまい火傷を負った女性が損害賠償請求をした事案です。この事案では、陪審が、損害補填の賠償金(Compensatory damages)として20万ドル、懲罰的損害賠償(Punitive damages)として270万ドル(当時の価格)を認めました(なお、この事案では、裁判官により懲罰的損害賠償額が48万ドルに減額され、その後当事者間で和解が成立しています)。 1

 日本でも懲罰的損害賠償の要素を取り入れるべきではないかという議論がありますが、否定的な考え方の方が根強いです。取り入れに否定的な考え方の根拠の一つに、民事責任と刑事責任は峻別されており、加害者に対する制裁や一般予防は民事ではなく刑事責任の範疇の問題だというものがあります。2しかし、刑事責任まで問われなくても民事上非難されるべき行為というのは特に企業責任などでは多く、同じことを繰り返させないためには何らかの抑止力が必要であるように思われます。

 日本はジェンダーギャップ指数が146か国中116位と極めて低く、先進国の中で最低レベルです。女性差別の問題は、国策としてかなり優先的に取り組まないといけない事項であるにもかかわらず、立法も行政もなかなか進めることができない状況であるからこそ、司法に画期的な判決を期待したい。それにもかかわらず、低廉な慰謝料しか認められず、何の抑止力にもならず、なかなか悪循環を抜け出せません。
 しかも、日本は審理期間が長いという問題もあります。この訴訟に関して言えば、訴訟提起後2,3年も経てば状況も心情も変わってもやむを得ないであろうし、訴訟係属中という状態に対する心理的な負荷も大きいでしょう。また、学生なら、いつまでも訴訟云々より、前を向いて自分の人生を歩いていきたいとも思うはずで、早期に和解に応じたり、不本意ながら控訴はしないという判断は、頷いてしまうものがあります。
 なかなか暗澹たる思いにさせられた判決でした。

1 McDonalds Coffee Case Facts | Texas Trial Lawyers Association (ttla.com)
2 第193回国会 参議院法務委員会 第13号 平成29年5月23日

(2022年10月執筆)

執筆者

矢吹 遼子やぶき りょうこ

弁護士(弁護士法人 本町国際綜合法律事務所)

略歴・経歴

平成21年弁護士登録(大阪弁護士会)。
弁護士法人 本町国際綜合法律事務所所属。
CEDR(Centre for Effective Dispute Resolution)の認可調停人。
契約書(和文・英文)のリーガルチェックや作成等の国際案件、一般民事、家事事件を多く担当する。
薬害肝炎訴訟、全国B型肝炎訴訟、HPVワクチン(子宮頸がんワクチン)薬害訴訟にも参加。

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