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知的財産2020年04月06日 JASRAC vs 音楽教室 執筆者:矢吹遼子

 先般、世間でも注目を集めていた音楽教室vsJASRACの判決が出ました。JASRACの完全勝訴とでもいうべき内容。何が争われたのでしょうか。

1、JASRACと著作権
 JASRAC(一般社団法人日本音楽著作権協会)とは、Japanese Society for Rights of Authors, Composers and Publishersの略で、作詞者・作曲者・音楽出版者と著作権信託契約を締結し、音楽著作物の管理を行う一般社団法人です。
 著作権とは、著作物を創作した場合に、他人が許諾を得ずにその著作物を利用したり、無断で模倣したりすることを禁止する権利です。著作物が有名になり、様々な場面で利用されるようになると、それを著作者が自分で逐一管理して勝手な使用の差止を求めたり、使用料を請求したりするのは大変です。そこで、音楽著作物について言えば、JASRACなどの音楽著作権管理事業を行う団体との間で契約を締結することで、音楽著作物の管理を委託するわけです。JASRACの場合、著作権信託契約を締結することになり、この契約により、著作権は、JASRACに移転します。

 JASRACは、2003年から、音楽教室における演奏について、運営事業者に対して楽曲使用の利用許諾の手続きを取るよう要求していましたが、音楽教室側はこれを拒否し続けてきました。これ以降、JASRACは、フィットネスクラブ、カルチャーセンター、社交ダンス以外のダンス教授所、カラオケ教室、ボーカルレッスンを含む歌謡教室との間で協議を重ね、音楽著作物の管理を始めてきました。そして、2017年、JASRACは、音楽教室での演奏に関しても、文化庁長官に対し、「楽器教室における演奏等に関する使用料規程」を届け出ました。しかし、音楽教室側はJASRACに請求権が存在しないことの確認を求める訴訟を提起し、争いは司法の場に移ったわけです。

2、今回の裁判で何が争われたのか
 著作権とは、複製権、上演権、演奏権等の個別の権利(「支分権」と呼ばれます)の総称です。著作権法21条から27条で規定されていますが、今回の訴訟で問題となったのは、上演権及び演奏権(22条)です。著作権法22条は、以下のように規定しています。
 「著作者は、その著作物を、公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として(以下「公に」という。)上演し、又は演奏する権利を専有する。」
 今回の訴訟では、音楽教室での演奏が「公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として」なされるものかどうかが問題となったわけです。(なお、本件の訴訟は多数の論点を含んでいますが、紙幅の関係上、著作権法22条に関する主な論点に絞って述べます)。

 音楽教室における演奏が「公衆」に対するものかどうかを判断するにあたり、そもそも著作物の利用主体は誰なのかという問題があります。音楽教室側は、教師と生徒だと主張し、JASRACは音楽教室だと主張しました。
 一般的な感覚では、演奏するのは教師と生徒ですから、音楽教室側の主張が妥当ではないかと感じるかもしれません。
 しかし、判決では、音楽教室での演奏が、音楽教室側の営利目的の事業の一環として行われていることから、その演奏が誰の管理・支配下において行われているかという観点で判断されています。そして、音楽教室側が作成したレパートリー集から課題曲が選定されるという著作物の選定方法、教師は音楽教室との雇用契約又は準委任契約に基づいてレッスンを行っているので音楽教室での演奏には音楽教室側の管理・支配が及ぶこと、演奏に必要な設備を音楽教室側が提供していること、生徒が支払うレッスン料には、音楽著作物の利用の対価部分が実質的に含まれていること等から、音楽著作物の利用主体は音楽教室だと判断されました。

 これを前提に、生徒が「公衆」にあたるかどうかという問題があります。著作権法22条の演奏権について、著作権者の権利が及ばないのは演奏の対象が「特定かつ少数の者」の場合のみと解釈されています。
 音楽教室で個人レッスンを受けるような場合はもちろんのこと、最大でも10名程度の生徒を対象に行うレッスンであれば、文言上「特定かつ少数」の者を対象としているように考えられそうです。
 しかし、ここでも判例の考え方は少し違います。「特定か不特定か」どうかは、利用主体との間に個人的な結合関係があるかどうかによって判断されています。かみ砕いて言うと、本来誰でも容易にその演奏にアクセスできるのかどうかという視点が重要なのです。とすると、音楽教室は、申し込みさえすれば、誰でもレッスンの受講が可能ですから、「不特定」となるわけです。「少数か多数か」という点も、一時点のレッスンの生徒数ではなく、音楽教室側が多くの生徒を抱えていること、生徒の入れ替わりも予定されていること等から「多数」にあたると判断されました。
 「特定/不特定」「少数/多数」という問題は、他にも様々な法律で問題となることがあり、法律家としてこの判決の解釈は比較的受け入れやすいものです。しかし、「特定かつ少数」という文言から得られる一般的なイメージとは少しかけ離れているかもしれません。

 音楽教室における演奏が「聞かせることを目的」とするものであるかどうかも問題になりました。音楽教室側は、「聞かせることを目的として」(著作権法22条)の解釈として、「音楽の著作物としての価値を享受させることを目的とする演奏」という限定的な解釈を主張しましたが、判決は、「外形的・客観的にみて公衆に聞かせる目的意思が存在するかどうか」で決するべきとしました。こうなると、生徒が演奏する→教師から課題を提示される(その際に、教師が見本の演奏をすることも多々ある)→再び生徒が演奏する、という流れで行われるレッスンの基本的な流れからして、この目的は認められることになります。

3、音楽教室の生徒の立場からみて
 このように、判決は音楽教室側の主張を悉く排斥しています。
 ただ、個人的には、1つ目の論点(著作物の利用主体が誰か)に関しては、判決の踏み込みはやや甘いようには感じられます。この論点に関して、判決が採用した見解は、規範的利用主体論、いわゆる「カラオケ法理」と呼ばれるものです。物理的・自然的な実態をみると演奏の主体とならない者(今回のケースでは、音楽教室)について、営利を目的として著作物を利用していること、実際の演奏者に管理を及ぼしていることを理由に、著作物の利用主体と認める考え方です。クラブキャッツアイ事件と呼ばれる最高裁判決(S63.3.15最判)で採用された法理です。
 今回のケースでは、教師に音楽教室の管理が及んでいるかどうかについて、音楽教室における教育の実態を踏まえた、より詳細な検討が欲しいところでした。管理が及んでいるかを具体的に検討しなければ、利益を得ている以上、著作権使用料を支払えというような、乱暴な議論になってしまいかねません。
 私は某音楽教室で10年近くお世話になった経験があります。音楽教室の教師は、教師である前にやはりミュージシャンだといつも感じます。もちろん生徒に教えるにあたってのマニュアルや研修はあるのでしょうが、同じ楽曲を演奏するにしても教師によって全然違うことはありますし、教え方も十人十色です。それは、それぞれの教師の音楽的な経験に裏打ちされたものであって、そこに音楽教室側が管理を及ぼすということはなく、教師の裁量は極めて大きいと思います。だからこそ、生徒らは正式に受講を決める前に、通常は体験レッスンを受講し、自分にとって合う教師が誰かを探すのだと思います。音楽教室と雇用契約又は準委任契約を締結しているわけですから、一定程度の管理は及ぶのでしょう。しかし、そのような形式的な点だけを捉えるのは、物足りない感じがします。
 音楽教室側は、知財高裁に控訴しました。なかなか厳しい戦いではあると思いますが、知財高裁の判断が楽しみです。

(2020年3月執筆)

執筆者

矢吹 遼子やぶき りょうこ

弁護士(弁護士法人 本町国際綜合法律事務所)

略歴・経歴

平成21年弁護士登録(大阪弁護士会)。
弁護士法人 本町国際綜合法律事務所所属。
CEDR(Centre for Effective Dispute Resolution)の認可調停人。
契約書(和文・英文)のリーガルチェックや作成等の国際案件、一般民事、家事事件を多く担当する。
薬害肝炎訴訟、全国B型肝炎訴訟、HPVワクチン(子宮頸がんワクチン)薬害訴訟にも参加。

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