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民事2025年11月04日 預託金返還請求訴訟について(5) 相続人が預託金返還請求をしたら・・・ 執筆者:北村明美

 「亡くなった父の遺産を整理していたら、ゴルフ会員権の預託金証書が出てきたんですが、預託金を取り戻せますか?」とAさん。
 ゴルフクラブの名称を聞いて調べてみたが、このゴルフクラブは民事再生等の法的手続きは、これまでやったことがないと思われた。
 次に、このゴルフクラブの会則を見ると、次のように記載されている。
「会員が死亡したとき、資格を失う。ただし、正会員が死亡したときは、第7条の定めを準用して相続人はその資格を継承することができる。」
「第7条 正会員資格の譲渡を受けて入会を希望する者は、譲渡人の譲渡承認願い及び入会申し込み書(他の会員および理事、委員又は、会社の役員の推薦を要する)等を提出し、入会審査を受け承認を得たのちに名義登録料を会社に支払うものとし、譲渡人の権利義務のすべてを承継するものとする。」
 示談では解決しそうになかったので、提訴した。
 Aさんの父上の遺産のうち、このゴルフクラブの会員権のみの遺産分割協議書に、相続人全員の押印(実印)と印鑑証明書を用意してもらった。会則第7条の書面は「入会保証金預証名義変更願」という書面で、身元保証人が2名必要となっていた。この2名を探し、お願いするのが大変であった。その方達に、実印で押印してもらい、印鑑証明書もいただかねばならなかったからだ。どなたであっても、軽々に印鑑証明書をくれたりするものではなかった。顔の広い親族の方に協力をお願いし、2名をようやく探すことができた。
 身元保証人2名の方に署名押印(実印にて)してもらった「入会保証金預証名義変更願」と印鑑証明書を、証拠として提出した。ところが、突如、ゴルフクラブ経営会社の訴訟代理人弁護士が「私は本件訴訟の委任を受けているが、名義変更に関する件の依頼は受けていないので、名義変更願は会社に直接送って下さい」なる旨述べ、訴訟進行は空転した。
 こちらは、名義変更願一式をレターパックで、被告会社に直接送ったが、一向に名義変更を承認したのか承認しないのかの返答がなかった。
 承認すれば、Aさんは会員として預託金返還を求めればよいはずだ。しかし、被告会社代表取締役は、承認すれば入会保証金について永久債(被告会社が解散・清算するまで支払わなくてもよい債権)になることを同意してもらうことになると述べた。
 承認しなければ被告ゴルフクラブ経営会社が預託金を預かる法的根拠は無くなるので、不当利得返還請求が成立すると考えた。
 ともかく、被告代理人が、引き延ばしを図っていることを、担当裁判官も不快に感じておられ、このまま、名義変更の承認について返事がないのなら、判決をすると判断された。ただし、担当裁判官は慎重で判決までに時間がかかる。次回もう一度待って、それでも返事がないなら、次々回に結審、そして判決だが、判決しなければならない案件がいくつもあって順番なので、判決は、5ヵ月後になるという。
 ようやく結審した。しばらくして、被告代理人からFAX送信があった。なんと、預託金全額とその日までの遅延損害金全額を支払ったという報告と弁論再開の申立書であった。被告会社としては、敗訴判決を絶対得たくないのであった。預託金だけでなく遅延損害金も全額支払ってしまえば、弁論再開して得られる判決は、「原告の請求は棄却する。」という勝訴判決になるからだ。
 それから数カ月後、遅まきながら判決がなされた。主文「1.原告の請求を棄却する。2.訴訟費用は、これを23分し、その8を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。」
 はじめから、会員資格を得ようと名義変更願をせず、直截に退会の意思表示をして、預託金返還請求をすべきであった。
 Aさんは、亡くなった父上からゴルフ会員契約上の地位を承継しているので、その地位に基づき、ゴルフ会員契約を解約(退会)し、その契約の終了により生ずる預託金返還請求権を行使するのである。契約終了による預託金返還請求権の行使であれば名義変更願に伴う名義登録料の支払いが発生することもなく、名義変更願のための身元保証人も不要である。
 このようにすれば、会則の内容にかかわらず、相続人の預託金返還請求はうまくいくと思われる。

(2025年10月執筆)

(本記事の内容に関する個別のお問い合わせにはお答えすることはできません。)

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執筆者

北村 明美きたむら あけみ

弁護士

略歴・経歴

名古屋大学理学部物理学科卒業
コンピューターソフトウェア会社などに勤務
1985年弁護士登録(愛知県弁護士会所属)
著書・論文
「女の遺産相続」(NTT出版)
「葬送の自由と自然葬」(凱風社・共著)など
「医療事故紛争の上手な対処法」(民事法研究会・共著)
「証券取引法の仲介制度の運用上の問題点」(商事法務 ・1285)

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