相続・遺言2021年02月12日 相続法が変わった(4) 民法改正と遺言 執筆者:北村明美
1.6年前、子どもはおらず配偶者は先に亡くなっている方(Aさん)の自筆証書遺言の検認手続きに立ち会ったことがある。
兄弟もすでに亡くなり、法定相続人は、甥や姪の計11名であった。
遺言検認の日には、そのうち7名の甥姪が家庭裁判所までやってきた。東京や広島や金沢の方たちも含まれていた。
自筆証書遺言は、近くで交流のあった一人の甥(Bさん)に全部相続させるという内容であった。
それを見た東京の甥が「少しはもらえるんですよね。」と言った。
私は、「兄弟には遺留分はありません。その子供さんである甥や姪にも遺留分はないので、全ての遺産は、遺言によってBさんがもらうことになります。」と説明せざるを得なかった。
すると、今にも私の胸ぐらをつかまんばかりに近寄ってきて「こんな遠くから出てきて、そんなこと言われるために出てきたのか!法律がどうであろうと許さんぞ!」と大声を出した。
他の甥や姪も私をにらみつけた。私は単なる遺言執行者で、Aさんから遺言を預かっていたものである。
このような経験をしているので、遺留分のない方が相続人のケースでは、遺言の検認は気が重い。
また、遺言書の写しや作成した財産目録を送ることも躊躇される。Aさんのように遺産が3億円以上あったケースはなおさらである。
しかし、東京地裁の判例(2007年12月3日)は、
「遺言執行者は、遺留分が認められていない相続人に対しても、遅滞なく被相続人に関する相続財産の目録を作成してこれを交付するとともに、遺言執行者としての善管注意義務に基づき、遺言執行の状況について適宜説明や報告をすべき義務を負うというべきである。」
と判示し、遺留分を有しない相続人に対しても説明・報告義務があるという原則を述べた。(民法1012条3項、同法645条)
ただし、説明・報告義務の内容については、個別事情を考慮した上で判断されるべきとの限定も付している。
そして、当該遺言執行者はこれらの義務に違反したとして、相続人から遺言執行者への損害賠償責任が認められている。
この判例に従うと、遺留分のない方に対しても少なくとも遺言書の写しと財産目録を送らなければならないことになる。
2.年末に、「遺言を書き直したい」という依頼を受けた。
10年ほど前、公正証書遺言を作成したCさんからである。
以前は、お元気であったが、今は介護施設に入所し、車いす生活とのことであった。
子どももおらず、配偶者もおらず、兄弟姉妹は8人もいて、甥や姪が相続人となり、法定相続人は計12名以上となる方である。
私はその介護施設まで行って話を聞くことにした。
コロナ禍のため、介護施設では、入り口ドアすぐそばの狭いスペースに置いてある小さな机といす二つのところまでしか通してもらえなかった。そこへCさんが、施設長に車いすを押してもらって連れてこられた。
3.「遺言の内容をどう変えたいのか」ということをまずお聞きし、法務局に遺言書を預ける「自筆証書遺言保管制度」の方が安いのでこれを勧めようとした。
ところが、Cさんは、運転免許証を持っておらず、マイナンバーカードも申請しておらず、写真入りの証明書は全く持っていなかった。
マイナンバーは、かつて国民総背番号制といわれ、国民の情報を国がすべて把握して、税金の補足や行動まで管理しようとするものということで、申請したくないと言う。
それでは、自筆証書遺言保管制度は使えない。
「公正証書にしましょうか。」と言ってみたものの、なんと、Cさんは、住所を施設の住所に変更しており、以前の印鑑カードは無効となっていた。今の住所で新たに印鑑登録をしないと、公証人が要求する本人証明書としての印鑑証明書が取得できない。施設長は、「今はコロナが大変なことになっているので、役所へお連れすることもなかなかできない。コロナが落ち着いてからしか役所へも連れて行ってあげられない」という。
そこで、私は、やむを得ず全部自筆で書いてもらう自筆証書遺言という方法をとらざるを得なかった。
そして、コロナがおさまった時に、公正証書遺言にするしかない。
4.さて、公正証書遺言と自筆証書遺言保管制度のメリットは、検認の手続きが不要なことである。
一方、遺言執行者は、法定相続人全員に対して、遺言書の写しと相続財産目録を作成して送付しなければならないので、結局、全法定相続人を把握し住所も調べなければいけない。(民法1007条2項、1011条)
この点では、どの方式の遺言も手間は同じである。
5.検認の手続きに手間取っている間に、遺言執行するより早く、預金の仮払い制度(2019年7月1日から開始)によって、被相続人の預金から仮払いしてしまう法定相続人がいる場合もあり得る。また、法定相続人の中に債務がある人がいた場合、その債権者が債権者代位権を行使して法定相続分どおり不動産の相続登記をして債務者の持分を差し押さえてしまうということもあり得る。
その法定相続人に遺留分がない場合は、問題となる。
やはり、遺言執行を速やかに実行できる公正証書遺言が一番いいということになるのだろうか。
(2021年1月執筆)
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執筆者
北村 明美きたむら あけみ
弁護士
略歴・経歴
名古屋大学理学部物理学科卒業
コンピューターソフトウェア会社などに勤務
1985年弁護士登録(愛知県弁護士会所属)
著書・論文
「女の遺産相続」(NTT出版)
「葬送の自由と自然葬」(凱風社・共著)など
「医療事故紛争の上手な対処法」(民事法研究会・共著)
「証券取引法の仲介制度の運用上の問題点」(商事法務 ・1285)
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