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相続・遺言2021年10月20日 相続法が変わった(6) 遺留分権利者は弱くなった 執筆者:北村明美

1.71歳のX氏は医師である。医院の院長でお金持ちだ。
 でも、もっとお金持ちになって、医師になった息子にこの医院を引き継がせ、医師会でも幅をきかせ地域の名士として一目置かれる人でいたいと思っていた。
 しかし、番狂わせが起こった。母が2020年1月に亡くなった。X氏は、全ての遺産をX氏に相続させるという母の公正証書遺言を持っていたので、母所有の不動産も預金も医療法人の株式も全て自分のものになると思っていた。
 ところが、妹の弁護士が、全ての遺産を妹に相続させるという公正証書遺言のコピーを送りつけてきた。X氏が所持している母の遺言書より、妹の所持している母の遺言書の方が日付が新しい。
 しかもだ。母が生命保険金の死亡受取人をX氏から妹に変更していて、1億円の生命保険金は全て妹に持っていかれてしまった。
 そんなことが許されていいのか。断じて許されない。
 X氏は知り合いの弁護士に相談した。

(1)妹の所持している母の遺言書が有効なら、X氏には遺留分侵害額請求権しかない。1年内に、内容証明郵便で、その意思表示をしないと、時効によって消滅する。(民法1048条)

(2)民法改正前は、遺留分として現物(土地や株式)の減殺請求が原則だったが、民法改正後、請求できるのは、遺留分侵害額に相当する金銭の支払いだ。株式や不動産の請求は原則できなくなった。(民法1046条)
それは困る。医療法人の株式を妹になんか持たせたくない。病院経営を妨害されたくない。どうすればいいんだ。

(3)母がX氏夫婦と住んでいた自宅を出ていってしまうまで、母の体力がなくなり、物忘れするようになって、X氏はお手伝いさんを雇って母の世話をした。寄与分はどうなりますかとX氏が聞くと、弁護士は、「遺留分を算定するための財産価額に特別寄与分を加えていないので、民法改正前も改正後も寄与分は全く考慮されない。」と述べた。(民法1043条)

(4)妹は40年前に結婚するとき、持参金として1000万円母に持たせてもらったはずだし、家を20年前に新築した時、母は1000万円出したと言っていたけど、それはどうなりますかと、X氏。
 弁護士は「民法改正前なら、法定相続人である妹さんへの生前贈与は、40年前や20年前のものでも、持ち戻す(遺留分を算定するための財産の価額に加える)ことができたが、民法改正後は、相続開始(母の亡くなった日)前10年間にした贈与しか持ち戻せなくなったんですよ。」という。
 弁護士は、「ところでXさんも、お母さんから生前贈与を受けていませんか」ときく。X氏「ムム・・・」。

(5)八方塞がりだと感じたX氏。母親が認知症で遺言能力がなかったから遺言無効で、生命保険金の受取人変更も無効という訴訟に踏み切ったのである。

2.父は、X氏が中学一年生の時に亡くなった。妹はまだ小学生だった。母は、父の商売を引き継ぎ大きくしていった。そして、X氏の教育にお金を注いでくれた。家庭教師として現役の中学教師・高校教師をつけてくれた。
 そのおかげで、名門高校を卒業し私立の医学部に入学・卒業して医師になることができた。医院を開業するに当たって母は、2億円を出してくれた。母は商売をやめ、医院の事務や経理も取り仕切ってくれ、他の医師を雇ったり、看護師を雇ったりにも能力を発揮してくれた。
 そんな母も70歳すぎから、体が弱り、物忘れをすることが増えた。母のしていた仕事はX氏の妻がやるようになっていった。
 X氏は、母に、全てXに相続させるという遺言を作ってもらってから、医院をやめてもらった。
 X氏は、母に対して、「医師の資格もないんだから、退職金はこれだけだ。これまで支払ってきた給料は、ほとんど仕事をしていないお母さんに対して、払い過ぎだと税理士に言われた」と言って、「退職金6000万円、過払給料と相殺して、残り1000万円」という書面を渡した。
 母は、表情を強ばらせた。唇と手は震えていたが、何も言わなかった。
 翌日、母から連絡を受けた妹夫婦がやってきて、母を連れていった。母は、長年住んでいた土地を離れ、二度とX氏のところへは戻ってこなかった。

(2021年10月執筆)

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