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一般2026年04月01日 アスリートの表現の自由 ~“追悼ヘルメット”問題に関するCASアドホック仲裁での「表現ガイドライン」の審査~ 執筆者:飯田研吾

 2026年2月6日~22日まで、ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピック競技大会が行われ、熱戦が繰り広げられました。晴れの舞台で躍動するアスリートからは、たくさんの興奮や感動を受けたのではないでしょうか。
 そうした中で、いろいろと考えさせられる出来事もありました。その一つが、Vladyslav Heraskevych(ウラディスラフ・ヘラスケビッチ)選手の“追悼ヘルメット”の問題です。
※3ページにヘルメット写真が掲載されています。
 ヘラスケビッチ選手は、ウクライナ代表として2月12日に予定されていた男子スケルトン競技に出場予定でした。同月9日に行われた公式練習走行では、ロシアによるウクライナ侵攻により死亡したウクライナ人アスリートの写真があしらわれたヘルメットを着用しました。
 これを受けて、IOC(国際オリンピック委員会)は、ヘラスケビッチ選手に対し、IOC’s Guidelines on Athlete Expression(「表現ガイドライン」)1に違反する装備(ヘルメットを含む)での競技への参加は認められないこと、例外的に個人が特定されない黒の腕章やリボンを着用することを認める用意があること、を通知しました。
 ヘラスケビッチ選手は、かかる通知にもかかわらず、競技中に“追悼ヘルメット”を着用することを公に表明すると、IBSF(国際ボブスレー・スケルトン連盟)のジュリー2は、2月12日に実施される男子スケルトン競技のスタートリストからヘラスケビッチ選手を除外する、との決定(「本件IBSF決定」)を出しました。
 ヘラスケビッチ選手は、この決定を争い、CAS3のアドホック仲裁4に申立てを行いました5
 本事案の仲裁廷(単独仲裁人)は、結論としてヘラスケビッチ選手の申立てを棄却しましたが、その中で、「表現ガイドライン」が、欧州人権条約6第10条に適合しているかどうか判断されました。
 具体的には、「表現ガイドライン」の以下の部分が問題となりました7
 以下の場合、意見の表明は許可されない
 ・公式の式典中(オリンピックメダル授与式、開会式、閉会式を含む)
 ・競技場内での競技中
 ・選手村の中
 そして、欧州人権条約第10条は次のように定めています。
1 すべての者は、表現の自由についての権利を有する。この権利には、公の機関による介入を受けることなく、かつ、国境とのかかわりなく、意見を持つ自由ならびに情報および考えを受けおよび伝える自由を含む。(以下、略)
2 前項の自由の行使については、義務および責任を伴うので、法律によって定められた手続、条件、制限または刑罰であって、国の安全、領土保全もしくは公共の安全のため、無秩序もしくは犯罪の防止のため、健康もしくは道徳の保護のため、他の者の名誉もしくは権利の保護のため、秘密に受けた情報の暴露を防止するため、または、司法機関の権威および公平さを維持するため、民主的社会において必要なものを課することができる。
 仲裁廷(単独仲裁人)は、まず、欧州人権条約が直接的には署名国に適用されるとしつつ、欧州人権裁判所の先例8やCASの仲裁判断9を引用し、主要なスポーツイベントの組織・計画・実施において市場支配的な地位を有する国際スポーツ団体にも、間接的に適用されると述べました。この点は、日本における憲法の私人間効力の議論と似た点があるように思います。
 その上で、「表現ガイドライン」におけるアスリートの表現の自由の制限が、欧州人権条約第10条2項に適合するかどうかが判断されました。
 判断にあたって、第一に、以下の点に言及し、制限の目的が正当であることを認めました。
・表現の自由の制限の目的が、競技場における焦点がアスリートのパフォーマンスに集まり、意見表明によってそらされないようにすることにある
・上記の目的は、IOCアスリート委員会がオリンピック選手への意見聴取とコメント要請を経て支持したものであり、IOCとの間で綿密な協議プロセスを経たものである
 第二に、以下の点に言及し、表現の自由への制限が上記目的との関係で公正かつ合理的な均衡を保っているとして、「表現ガイドライン」が欧州人権条約第10条に適合していると判断しました。
・「表現ガイドライン」では、表現の自由を全面的に支持することが強調され、アスリートが意見表明可能な詳細な機会を列挙している
・この意見表明可能な機会は広範であり、アスリートの意見表明の権利が原則であって、意見表明の制限は例外的であることが示されている
 本件で問題となったヘラスケビッチ選手による表現の方法は、ロシアによるウクライナ侵攻により死亡したウクライナ人アスリートの写真があしらわれたヘルメットを着用するというものでした。このような表現方法は、他の選手のパフォーマンスに影響を与えるものとは言い難く、いたって平穏に行われているといえ、混乱を招くようにも思えません。表現の自由に対する制限は、正当な目的であっても必要最小限度であるべきであり、一定の時と場所について、表現の方法や態様を問わず一切の表現について制限する定めは、果たして妥当といえるのでしょうか。
 また、IOCアスリート委員会がオリンピック選手への意見聴取を経て支持したものであるという点は、確かに、アスリートの意見を反映させるという点において非常に重要なプロセスであり、評価されるべきです。ただ、意見聴取を経た事実など手続面が重視され過ぎることで、少数意見が封殺されてはならないと思います。
 こうしてこの原稿を書いている間にも、アメリカによるイランへの攻撃が始まるなど、世界各地で争いが絶えません。どのような目的や思いをもってオリンピックに出場しパフォーマンスをするのか、アスリートによって様々であり、“追悼ヘルメット”のような出来事は今後も繰り返されるように思います。現在の「表現ガイドライン」の元となるものが定められたのが2021年の東京オリパラの前であり、既に5年が経過しようとしています。アスリートの表現の自由への制限のあり方も、時とともにアップデートされる必要があるように思います。


1  https://img.olympics.com/images/image/private/w_auto/primary/hlhnqokktckbxgc3vbd7
2 競技大会における最高権威であり、IBSF国際競技規則に照らして最終決定権を有する者。ジュリーの決定は最終であり、議論の余地なく即効である、と定められている。(以上、2025年スケルトン国際競技規則6.4.1)。
3 The Court of Arbitration for Sport(https://www.tas-cas.org/
4 CASによりオリンピック大会の開催都市に設置される仲裁廷。申立てから24時間以内に仲裁判断を行うことを原則とする。
5 CAS OG 26/09(https://www.tas-cas.org/generated/assets/lists/feb900ba-1137-4b78-a9ff-d68af7869087/OG%2026-09%20Arbitral%20Award.pdf
6 European Convention on Human Rights(ECHR)
7 “expressions are not permitted in the following instances:
・During official ceremonies (including Olympic medal ceremonies, opening and closing ceremonies)
・During competition on the field of play
・In the Olympic Village”
8 ECtHR, decision of 2 October 2018, 40575/10 and 67474/10 [Mutu/Pechstein]
9 CAS 2008/C/1619

(本記事の内容に関する個別のお問い合わせにはお答えすることはできません。)
(2026年3月執筆)

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